46話 今のままでいい
新座黄麟が能力者になって"同期"に加わった。三郷楽阿の家に集まり、既存メンバーで決めて取り掛かった課外活動であるノベルゲーム作成のことを話す。
初期組の三人がそれぞれ一つずつ作り、先週加わった川口青空澄は彼らの手伝い。それでも四ヶ月後のコンテスト応募に間に合うかは怪しい。かといって数を絞るのももったいないのがラクアたちの言い分。
挑戦が成功するか直感的に分かる能力を持つアスミは、実現できる可能性を疑問視している。だがキリンという人手が増えて、達成は現実的になって喜んだ。
けれどもそれは糠喜びに終わる。なにせキリンは手伝うのではなく、新しく一つ作ると言い出したのだ。
「まあ待て。俺は皆の、やりたい気持ちを優先させたい」
「……じゃあ別のコンテスト探す?」
「いや、延期はしなくて大丈夫」
何ができるかより何をやりたいかを考えたい。そんなラクアはキリンが自分のゲームを作りたいという気合いに乗った。するとアスミは期間を長くする方向で妥協するも、それは要らないと彼は言う。
「こいつ、パソコンには俺と同じくらい詳しいんだ」
「だったら、まあ……」
「ってわけでキリン、自己アピールを」
「よろしくお願いします」
スキルの面では申し分ない。やりたいを突き通すだけの実力があるとラクアは太鼓判を押した。そして具体的にはキリン自らに話してもらう。マイクを渡すイメージで振ると、彼は軽く頭を下げて話し始めた。
「能力は、なぞると黄色くマークできるもの」
「おい俺の机……消えるならいいけど」
キリンは実演してみせるも、試しに使われたのはラクアのテーブル。そもそも彼の部屋だから、周りはだいたい彼の私物だ。そしてもう一度なぞるとマークが消えて元通りになった。
「これだけ」
「へえ……Eランクなのも納得かも」
ペンを携帯していれば代用できそうな効果。色を簡単に消せるのは便利だが、特殊能力としては今ひとつの性能に思えてしまう。能力者はSからEの六段階に区分され、その中で最低なのでなおさらだ。疲れさせるラクアや風で浮遊できる武蔵浦春桜に比べると、戦闘面や学力、日常生活など活かせる場面が見当たらない。
「キリンらしい評価だな。でもこいつの凄い所は他にある」
「うんうん」
キリンには長所が少ない。勉強も運動も並以下で、料理や裁縫もできない。幼馴染のラクアと水天宮千城は、彼の通知表が常にどれも平均以下なのをよく覚えている。なお本人は気にしておらず、届く度に見せびらかしては笑い話にしている。
「俺は人型ロボを作った」
キリンはスマホの写真を皆に見せる。彼の部屋にある、二足歩行のメイド姿のロボの写真だ。これが彼の最大の長所。一方でその用途がランクの低さにも表れている。
「動いている動画もあるよ」
今度はビデオを再生する。それはキリンに代わって宿題を解いている光景だ。彼は録画しているだけで、操作はしていない。ロボ自身が問題を認識して答えを出し、手で書いている。他にも料理や掃除をする動画を見せた。
「凄っ……確かにこれだけの技術があれば安心かも」
「それに実質二人分ってことよね?」
「確かに。すごく助かるかも」
買ったのではなく作ったのなら、動かすためのプログラムを書けるわけで、それは間違いなくこのゲーム作成にも活かせる。そしてサクラが気づいたように、ロボに協力してもらえば人手がさらに増える。そんな強みがあるキリンの加入を、アスミは心強いと感じた。
「でも、どうしてこんな難しそうなことを?」
「俺、何の取り柄も無くてさ。物覚えが悪くて、テストになると全然駄目で」
「授業だと分からないとき教科書探せばいいでしょ? そういうのはできるけど、それが禁止のテストのときだと」
チシロは補足した。キリンも答えを導くことはできる。だがそれは物頼りで、自分の記憶しか頼れないテストになると途端に正答率が落ちる。授業で指名されたときや宿題の出来は褒められるレベルだが、それは何かに頼れるからだ。
「そう。だから俺の代わりにやってくれるロボが欲しくて」
一度覚えたら頭に残る。それがロボの強みと知り、キリンは作り始めた。自分が得た情報をロボに入力し、自分の代わりにテストを受ければ高得点を取れるようになるのを目指して。
「ロボの性能を上げることばかりやってたせいで、俺自身はダメダメのままなんだ。運動も楽器とかも」
「普通に過ごす分にはできなくても平気だけどな」
「そうね。ここに来て、話もできてるし」
問題はそこに労力を注ぎ込み過ぎているため、体力は伸ばせず他の趣味に手を出せず、ロボ作りとゲームしかできない身となった。とはいえ日常生活に支障を来すレベルではない。支え要らずで歩けるし、会話もできる。
「つまり本人のスペックを伸ばす時間をロボに費やした結果のEランクってこと?」
「恐らくな。だからランク以上にできる奴だ」
「……というか、わざと低い評価出して自分をレベルアップさせろって意味かも」
能力の性質だけではランクは決まらない。それを活かせる体や脳が必要だ。これらがキリンに足りないばかり、ランクが低くなっている。むしろ低く出して、自分を磨くよう警告したとも考えられた。
「ふん、俺は今のままでいい」
島の大多数が無能力者のFランクだから、評価Eでも上澄みの部類だ。そしてキリン自身、低いことを気にしていない。評価が警鐘の暗喩としても、自分よりロボを優先してスペックを上げるスタンスを曲げる気はなかった。
「ねえ、この子って友達?」
「ううん、メイド。主従関係」
すでに話題の中心はロボになりつつある。だがそうなるのもキリンの想定内で、作った自分を評価してほしいと思うことはない。ただデザインについては設計した彼が決めたことだから、彼に関する話題でもある。衣装はロボ自身に裁縫スキルを実装して作ったものだ。
そして彼は友達やきょうだいではなく使用人をイメージしたと答える。趣味にして野望、それが背景にある。
「皆だったらどうしたい? 性別とか呼び方とか」
「サクラはお姉ちゃんでしょ」
キリンは先手を打った。メイドを変な趣向だと批評しようものなら、真っ当な案を出せるのかと。そしてアスミはサクラならどう希望するかが分かったので図星かと尋ねる。
「よく分かったわね」
「だって皆のお姉さんみたいだし」
実際に妹がいるからか、サクラがロボと姉妹らしく接するのは想像できる。逆に姉が欲しいと思うタイプでもないように見えて、彼女自身もその考えだ。
「ラクアもそう思う?」
「ああ。間違えて呼んだこともあるし。キリンもそのうちやらかすだろう」
恥ずかしながら思わずそう呼んでしまった経験がある。ラクアは自分の成果に自信を持てなかったとき、サクラの言葉でポジティブになれた。その瞬間に口から溢れたのだ。誇れることではないから余計なことを言ったことに後で気づくと、いずれ身を以て知ると予言に繋げた。
「俺は……きょうだいはいいかな」
「好きな子そっくりが良いってこと?」
姉に飢えているのは誤解だとラクアは話題を逸らすも、パッと出てきたのは一人っ子のままでいいこと。だが深層心理はキリンに見透かされていた。ラクアはすぐに否定ができず、少し想像した後に慌てて弁明した。
「違えよ! 俺は本物が欲しい」
「でもゲームで作ろうとしてるじゃん」
「それは、練習的な……」
顔や性格が似ているだけでは代わりにならない。そう主張するラクアに、けれども彼が作成するゲームのヒロインはまさしく足りない代役ではないかとチシロに突っ込まれる。
「それと未練だな。現実世界でできなかったことを叶える。それがノベルゲームだ」
きっかけは過去の後悔を晴らすこと。そのためにラクアは自分と片想い相手をモデルに、過去の出来事をなぞる物語を考える。どんな選択をしたら望む結末を迎えたか、それを知って今から現実を変えられないか。探ることが彼の原動力だ。
「というわけで、キリンはどんなのを作りたい? ジャンルとか、感情とか」
「やっぱりロボの話かな。結末は見えないけど、想像するんだ。ロボだらけの日常」
どんなロボが欲しいか、全員の意見は出せていない。だが課外活動という本題に入るチャンスだったのでラクアは尋ねる。そしてキリンもすぐ答えた。日頃考えていたことを、ゲームに起こしてみたいと。
「テストって普通持ち込み禁止じゃん? 辞書とか電卓とか」
「うん。厳しいところは筆箱も」
「なんでかを聞いたことがあってさ」
そのせいでキリンはロボに頼れず正答できない。許可されたら彼の正答率は上がる。周りはロボなんて持っていないから点を上げることはできず、成績は逆転できる。ロボに限らず電卓や辞書があれば解ける問題が増える生徒が増え、そこで差がつくのは使っても正答が困難な問題だ。そしてそれを解くために必要なのは地力ではない。より高性能な道具。学校の支給ではなく、個人で手配する道具だ。
「認めちゃうと、どれだけ便利な辞書とか電卓を使えるかの勝負になる。ゲットする手段がある人有利で、フェアじゃない」
「あー、お金の問題?」
高性能な道具は値段も高い。金銭的に苦しい生徒は手に入れられない。だから学力以外で差がついてしまう。
「それもあるし、力ずくの勝負になる。奪うとか壊すとか」
「言われてみれば……シャーペンなら折れても借りればいいし」
その差を実力行使で埋めるという発想に発展する。周囲や店からの窃盗など、そんなスキルを評価したいわけではない。断じて実力などではない。
安価な道具は一人で複数所持して緊急事態でのリカバリーが利きやすく、そもそも性能差が小さい。むしろそうなる狙いで現状のルールがある。性能差や暴力を求める旨みを薄くし、トラブルを抑えている。
「……本当にそうなのかゲームを作って確かめたいんだ。違うって証明できたら、ロボを許してくれるかも」
もしも高性能な道具の活用が許される世界なら、どんな変化が起こるのか。キリンは自分で作成しながら、良い未来と悪い未来を知りたい。ゆくゆくは現実に干渉し、良い未来に辿り着くルートをなぞるために。そのためには他人のゲームを手伝うのでは駄目だから、自分がディレクターとなる。
「いきなり入った割には、しっかりした目標があるのね」
「ゲーム作りの話は耳にしていたからね。俺だったら何をしようか、考えてあったんだ」
「じゃあその思いが、このグループに入る運命を掴んだのかも」
能力の覚醒は唐突だったが、ラクアたちの課外活動に加入したら何をしたいかは参加資格を手にする前から考えていた。だからスラスラと、自己紹介にも絡めて伝えることができた。その事実からサクラが思ったのは、やりたい思いがあったから能力の発現を引き起こしたという逆の因果関係。能力者になった時期で"同期"が決まる。なれたのが来月だったら、彼ら四月組に加入できず、課外活動に混ざれなかっただろう。一員になれないだけで、作るのも応募するのも自由だが。
「とにかく、ようこそこのチームへ」
「うん、よろしく」
せっかく加入したのなら、メンバーと刺激し合いたい。一人でやるより良い効果を得られることを祈願して、歓迎会は幕を閉じた。
「わざわざ戻ってきてくれてありがとな」
「ううん、また家から来るよりは楽だし」
「そうか。俺迷ったんだ。戻ってきてもらうか、また別の日にするか……画面通話で済ませるか」
キリンの加入が決まった今日、"同期"で集まっていたがこれは解散後の出来事だった。顔合わせをいつにするか決めたのはラクアで、決断に少し迷った。長引くと帰り途中のサクラたちが遠くに行ってしまうから、思い切って決めてチャットで伝えた。
それで本当に良かったのかは、相手の態度から確かめたい。
「確かに電車乗ってなければ手間はかからなかったけど……ラクアだって予定があったわけだし」
「そもそも色々予定があって集まったんだから、おかげで挨拶できたのよね」
とはいえ今日"同期"で集まっていたこと自体、偶然の産物だ。アスミがチシロとラクアに会いに行く予定があって、サクラも行けば全員揃うという流れだった。アスミの予定が合わなければ誰も何もしなかったわけで、入れ違いなど些細な問題だ。
そんな意見を聞いて、彼は判断が正しかったと実感した。同時に、そこまで考えていたのなら先に言ってくれたら、自分は悩まずに済んだのにと内心モヤモヤした。




