45話 悩む時間
食べ終えた三郷楽阿たちは、荷物を持って駅へと出発した。最寄りではなく、二駅先。距離は四キロメートル。そこまで歩くので、最寄りから帰るより時間がかかるが、電車で帰る戸塚智絵と久里浜華燐にとっては運賃が浮く。なお地元民のラクアと水天宮渡はその駅で引き返すので得は無い。
「カリン、気分悪くなったらすぐ言えよ」
「うん。今は平気」
向かっている地域はカリンが去年まで暮らしていた街。今は遠くの祖母の家に移り、転校もした。戻る予定はない。出ていった理由は、怖い友達に会いたくないからだ。
特殊能力の評価は学年で四人しかいない最高級のSランク、その中でカリンは序列一位。だが彼女は炎使いのイメージにも合わない、消えそうでか弱い雰囲気を漂わせている。その元凶は、彼女より遥かに強い、けれども能力は未覚醒の旧友。その強さはトラウマに刻まれて、彼女は気配を感じると負かされた瞬間がフラッシュバックし、竦んで動けなくなるとのこと。
「何者なんだろうな、そいつ」
「無能力者でもフィジカルが馬鹿みたいに強いとか、そんなところだろ」
ワタルたちは怯えるカリンも元凶の姿も見たことがないが、調査と彼女の克服のために今日、Sランク全員で散歩する。彼女以外は肝試しのノリだ。そしてトモエが相手の顔を覚えれば、今後は彼女の特殊能力を活かして邂逅を回避できる。何か投げて飛んだ先に相手がいるから、そこを避けて進めばいい。
だが会う約束はしていない。アポ無しで出会すかも分からない。ただ、この面子ならカリンは街を歩くのが怖くないだろうと考えて決行した。
「まあどんな奴でもそいつ一人なら、俺ら四人で負けるはずがない……と思っていたけどトモエ、ラクアの足を引っ張るなよ」
「分かってますよー」
トップ四の力なら、誰が相手でも平気。そんな自信があったが、ついさっき揺らいだ。ラクアの家に集まったとき、彼はプログラムのエラーを表す言葉を聞くとゲーム作成経験由来の拒絶反応を示すという弱点が露呈した。家では遊び感覚でトモエが彼を弄っていたが、大事な場面でふざけて連携を乱すのは言語道断。正念場では絶対に言うなとワタルが忠告する。
「と言いつつ、ワタル一人でAランクのトップ四に勝ったけどな」
「へーおめでとう」
「……大したことないってさ」
ただ能力者上位陣が四人で一人に負けた事例がある。ラクアも勝ったが、あえて自分ではなくワタルだけが成し遂げたかのように告げる。
そしてトモエの適当な反応を見て、自分のことは言わなくて正解だったと捉えた。自慢気に話して無関心な反応をされたら心が傷つく。だが黙っておけば平気。ワタルを実験台にしたのは良い判断だったと自画自賛する。もちろん褒められていたら、実は自分もと意気揚々と明かすつもりでいた。
「わ、私は凄いことだと思ったわ」
「実は俺も勝ったんだ」
「貴様って奴は……」
カリンには認められたのでラクアは嬉々として自分もとアピールする。他人を反応の実験台にして、良い結果が得られたら自分も評価されにいく。都合の良い手口にワタルは呆れるも、些細なことなので目くじらを立てない。
「ところでもしもカリンがこの街に残ったらさ、高校は三人一緒だった?」
「いや、高校も違うよな?」
「ああ。俺らとカリンとで別々。普通に通える距離だけどな」
「良かったー。Sランク三人とかズルいもん」
回答を聞いてトモエは安堵した。彼女は唯一この市と縁がなく、市内の学校がどこにあるか知らない。そしてこの島は高校まで学区で指定の公立学校に進学するルールで、仮にカリンが転校していなかったら、来年の高校進学でワタルたちと同級生になっていたのかと疑問に思う。
だがそうはならない。高校も隣り合わせで、ラクアだけカリンと同じ高校に、ともならない。ただこうして高校方面に歩いているように、通学可能な距離ではある。
ラクアの脳裏を過ったのは同級生との会話に上がった、能力者の偏りを解消するために最寄りではなく少し離れた高校に振り分けられるかもしれないという推測。現に少し距離が伸びるだけで隣の高校にも行けるから、実現しても不思議ではないと思った。
そうなったら、最高ランク仲間のワタルとは十中八九切り離されることだろう。四人中の二人が同級生の現状でさえズルいと思われかねないからだ。
あくまでも憶測なので、この場では言及しなかった。
ラクアの"同期"にしてノベルゲーム作成仲間の武蔵浦春桜は、トラブルでこの島に来た都合でカリンの家に居候している。両者の家は遠く、春休みが明けた今は休日しか会えない。能力者になった時期が近い者同士という繋がりで始めたことだから、距離の問題が発生するのは仕方ない。サクラの妹が最初にカリンと出会ったのがきっかけだから、もしも別の人と出会っていたら結果は変わったかもしれない。
だがカリンの生まれがこの街なら、居候を連れて戻ってくることで距離の問題は解消される。この地域なら学校は違っても放課後に会える距離だ。
「俺としては、カリンがサクラを連れてここに来てくれたら楽なんだけど」
「貴様が頑張るって宣言したんだろ」
そこでラクアは、カリンがそうしてくれたら自分とサクラにとっても好都合だと話した。だがワタルにダメ出しを食らう。遠いのに会う頻度が多いとサクラが妹と過ごす時間が減る。だったら頻度を減らせられるように通話などオンラインでのやりとりで済むようにする。加えてラクアが作業を進めて困ったときの対処法を把握しておき、後から行うサクラたちがそこで躓いたら彼が教えて、彼女らが悩む時間を削る。
その実現に向けて頑張るとラクアは宣言したのだが、頑張らずとも距離を減らせば時間を作れるという他力本願な案を出したことで、覚悟は半端だったのかとワタルに勘づかれた。
「言ったけど考えたらさ、宿題をやる量は変わらないけど締め切りが早まるってことは密度が上がるわけじゃん」
頑張るとはどういうことか、宿題に例えていた。誰か一人が先に終わらせ、答えを残りの生徒に見せる。一斉に取り組むのと比べると、最初の一人がやることは同じで残りは答えを参考にやれる。宿題の中身は人それぞれだから、彼の答えがあっても自分なりに考えることが必要で、残りにとっても勉強になる。丸写しではないからつまらないことはないのだ。詰まりにくいが。
だがどっちのやり方でも提出期限は変わらない。最初の一人が期限ギリギリに終わるのでは、残りが取り組む時間がない。わけで、トータル量は同じでも完了を早めるには一日に進めるべき量は増える。そのことに後で気づいたラクアは、想定より楽ではなかったから宣言を撤回できないかと開き直る。
「でもここって鬼がいるんでしょ? カリンの」
「分かってる。だからまあ、怖くないならの話で」
そもそもカリンがこの街を出た件は解決していないので、戻る覚悟を決められない。トモエの言う通りで、だから当事者が何者なのかこうして歩いて訪れているわけだ。ラクアも分かっているので無理強いはしない。
「戻ってきたら、もう一度向き合うチャンスも作れるかもしれない。遠くに行って後悔するんじゃ遅いしな」
「……告白できないまま違う学校になった奴だ。説得力がある」
勇気を出せないまま手遅れになると後悔する。そんな経験があるラクアだからアドバイスを送れて、それを知るワタルは茶化すも気にしない。今年中に告白して、高校では一緒になるつもりで、彼を見返す算段はついている。
「そもそも今すぐは無理だけどな。制服とか教科書とか」
「確かに、注文したばかりだわ」
カリンがサクラたちを連れて元の家に帰る。そうすると転校も必要だから今すぐにとはいかない。だがゲーム作成は八月までに完成予定のわけで、転校できないなら結局ラクアが頑張るしかない。言われて気づいたカリンは今は悩まなくていいと考えるも、高校の分はまだ準備していない。進学のタイミングで転校なら、支障はない。
「能力者増えたって。でも俺らの同級生」
カリンにトラウマを植えつけた人物と接触できていない。だが偶然、たった今能力者になった同学年がおり、四人のスマホに通知が来た。能力者のグループチャットに加入しており、通知の内容は皆同じだ。
内容は新座黄麟が能力者になったのでグループに招待したことと、本人の自己紹介。Eランクという測定結果が出たこと、その能力は触れた部分を黄色く塗る性質で、趣味はロボのカスタマイズだと投稿された。
「へえ、キリンもか。というかラクアの"同期"がまた増えた?」
「そういえば先週も一人いたよね」
今月能力者に加わったのはキリンで五人目。春休みにラクア含め三人、始業式に一人、そして今さらに一人が能力者と認定された。"同期"としての人数は、中二の一月組に並んで最多タイとなった。
「女子じゃなくて残念だったな」
「いや、嬉しいぜ。男一人は窮屈だったし」
男子のキリンが加入したことでラクアは"同期"の黒一点ではなくなった。ハーレムの終焉と言われたが彼からすれば念願の同姓。グループで肩身の狭い思いをすることはもうないと分かり喜んでいた。
「あ、あいつらには内緒な」
けれどもそんな風に思っていたことはサクラたちに知られたくない。特にカリンは彼女と一緒に暮らしており、話す機会が多く彼女の味方につくだろうから、暴露しないでほしいと咄嗟に頼んだ。
「それより、これからどうするよ」
ただ、今気にするべきは性別でも人数でもなく、ラクアがこの後どうするかだ。普段なら顔合わせは後日でいいが、今日はその"同期"が彼の家に来た。けれどもSランクで集まる予定が先に入っていたから、その前に家を出ている。
「俺らが来る前に集まってたんだろ? まだ皆あの辺にいるんじゃねえか?」
解散したとはいえ、引き返せば再度合流はできそうな時間帯だ。ただそうするとラクアも向かわなくてはならない。行動する前に、彼は"同期"のグループチャットを確認する。
「もう電車乗って帰ってるそうだ。Uターンできるとは言ってるけど」
「そしたら私、サクラと帰ろうかな。そんなに遅くはならないわよね」
ラクアは悩んだ。いっそ今日はもう予定があると言ってくれたら後日でいいし、あるいはすでに引き返したと言ってくれたら今から集まると判断を下せたが、どちらでも構わないというのが一番困る。文面だけでは皆の感情が分からない。引き返すことに好意的なのか、我慢しているのかが。加わったのがキリンというラクアの同級生だったのも運が悪い。遠くに住む生徒だったら今から集まろうとは思わなかったのだから。
「早く決めないと戻ってくるんじゃねえの?」
「まだ降りてないならどんどん遠くに行っちゃうね。ラクアもだけど」
ワタルとトモエの言う通り、決断が後になるほど判断による負担が大きくなる。集まると信じてターンして後日と言われたり、後日と信じてターンしないで今日と言われたりしたら、余計な往復が発生する。現にラクアも皆と一緒に歩きながら考えているから、引き返すとなると悩みながら歩いた分戻る距離が伸びる。信じたものが裏目に出ても労力が少なくて済むには、迅速な決断を下すことが最優先なのだ。
「俺らのことは気にするな。何かあっても三人でどうにかする」
ぼやぼやしていたらカリンの付き添いを理由に決断するという逃げ道も塞がれた。そしてラクアは足を止める。答えが出た。
「……じゃあ、俺はここで」
「戻るんだな。いいぜ、またな」
「うん、ありがとね」
ラクアが抜けてもカリンは平気そうなので、彼はここで離脱し引き返すことにした。すかさずグループチャットに返信し、今からキリンを加えて再集合の音頭をとる。サクラたちの到着予定時刻を聞いて、急がなくても先に着くと分かった彼は歩いて向かった。
「と、いうわけで……ようこそキリン、我がグループへ」
"同期"全員集合し、顔合わせを済ませた。そして本題の、課外活動であるノベルゲーム作成に触れる。これから参加するキリンに、どの役割を任せるかを考える。
「ゲーム作りをやってるとは聞いてた。俺も参加できて嬉しいな」
「こちらこそ。人手が増えると安心だわ」
当初はゲーム作成なんて徒労に終わると思っていた川口青空澄も、メンバーの増員にホッとした。これからは五人で三つのノベルゲームを作成すればいい。
「俺も自分のゲーム作りたい」
「無茶言わないでよ!」
だがキリンの希望はアスミの想定外。五人で四つ作るという今以上に難易度の上がる事態に、彼女は断固拒否した。




