44話 自由な時間
「貴様、チシロに色々吹き込んでいないか」
水天宮渡は三郷楽阿を問い詰める。中学三年生Sランク能力者にラクアが加わって半月が経った。他校生の久里浜華燐と戸塚智絵も同ランクという縁で交流会に来たが、まずは各々ラクアに聞きたいことがあり、順に伺う。
「チシロが貴様と同じ日に能力者になってから……あいつは色々変わった。突然俺のことをお兄ちゃんと呼んだり」
「良いことじゃん、呼び捨てよりも」
あくまで一時的な変化で従来の呼称に戻っているが、経緯をワタルは知らない。水天宮千城は彼と同い年の妹。双子ではなく八ヶ月弱離れており、きょうだいとしてどっちが上かは明確だ。
けれどもある日を境にチシロはワタルのことを兄ではなく名前で呼ぶようになり、それは昔の話なので今はどうでもいい。問題は先日、能力者になってラクアと"同期"の仲になってから、再び兄と呼ぶときがあった。そこには彼が一枚噛んでいるとワタルは睨んでいる。兄と呼ぶのが普通だ、なんてありきたりな意見程度で揺らぐとは思っていない。
「そう言って強要したのか?」
「……いや、心当たりないが」
ワタルはラクアが、その特殊能力でチシロを脅しているのではないかと推測している。能力者として関わる機会が増えたことで仲間の負の印象が彼にも悪いイメージをつけると思い込み、それを嫌って仲間を更生しようとしている。彼自身の特殊能力で周囲に強要できるのは事実だ。妹が被害に遭っているのなら、ワタルは見過ごせない。
だがラクアにそういう野心はなく、そもそもチシロが呼称を変えた理由にも身に覚えがない。呼び捨ては変などと口にしていないのだから。
けれども一つ心当たりがある。それはラクアがチシロたち"同期"と始めたノベルゲーム作成。チシロは自身とワタルをモデルに世界観やキャラクターを練っている。呼称の変化をゲームで採用するため、実際に呼んで感覚を掴んだ。それが理由かもしれないと思った。
だがその憶測は言えない。ゲーム作成を始めたことはワタルたち同学年の能力者にチャットで公言したが、勝手にモデルにしていること含めてゲームの中身は内緒にしている。理由は当然、バレたら恥ずかしいし嫌がられそうだからだ。だから考えても口に出さず、考えつかなかった体で振る舞う。
「……まあいい。ブラコンが治るのはむしろ望むことだ」
「そっか。なら楽にしていいかな」
「待った、俺からもう一つ。あいつに劣等感を抱かせたくねえ」
冤罪と納得してもらえたように感じたラクアは正座を崩していいか尋ねる。けれどもワタルの話は終わっていなかった。だがこれは問い詰めではなく彼への頼み事だ。
「劣等感?」
「ランクで可視化されただろ。俺はSでチシロはB。それであいつが自分は低いと気負うこと、無いままでいたい」
チシロがこの場にいないのは能力者であってもランクが彼ら未満だから。同い年のきょうだいで階級に差があると比較されかねないし、されていなくても本人がされていると思い込むかもしれない。
そんな事態をケアする役目を果たすは兄だけではない。"同期"としての縁を持ったラクアにも協力してもらいたい。
「"同期"として、妹のことをよろしくな」
「おう」
身構えたが実態は挨拶回りでラクアは拍子抜けだ。ワタルの頼み事を快く引き受けて、彼は足を崩そうとした。
「で、私を倒せばSに上がれるかもとか吹き込んだわけ?」
しかしトモエから追撃される。きょうだいのランク差。それを埋められる可能性として格上を討ち取るのを、ラクアが提案したのかと問い詰める。彼女は、さっきチシロにやられたのは今のワタルとのやりとりと関係しているではないかと睨んだ。同ランクとして彼が特徴を叩き込む形で味方したようにも見受けられる。
だがそれも誤解だ。勝ってランクが上がることに懸けたのは入れ知恵ではなくチシロの意思だ。
「吹き込んでねえよ。チシロは、お前がワタルと仲良くするのが気に食わなくて勝負したんだ」
「別に仲良くないし!」
「まったくだ。俺のが上だからって絡まれてるだけだ」
「はあ!? 私負けてないし」
Sランクについて、今はラクアが入って四人になったが二ヶ月前はワタルとトモエの二人だけだった。そのときから序列は彼が上で、納得いかない彼女は突っかかる。今となってはカリンがトップで二位争いをしているに過ぎないが、チシロから見れば距離の近い男女のじゃれ合いなのだろう。
お互いの感情が恋愛に変化しないか気が気でないから、チシロはトモエに勝負を挑んだ。勝てば牽制になり、それを機に昇格できたら監視しやすくなる。
そもそも張り合うのを無くせば、チシロが二人を警戒することも薄れていくだろう。それが一番楽な対処に思えたラクアはカリンに丸投げした。
「カリン、お前から言ってやれ」
「うん、私も困ってて……サクラとフユキが、私を挟んでギクシャクしたことがあって」
なお伝わらなかった。自分がトップである自信のないカリンはラクアの意図を読み取れず、物言いのターンを渡されたと勘違いした。さっそくワタルやトモエのようにお困りごとを告げる。一方二度目の追撃を察知していなかった彼は、これまた心当たりのない出来事に困惑する。
これはチシロが広小路冬雪に同じくゲーム絡みで相談したのが発端。姉でなく兄だったら身内でも恋愛感情を抱いたか、と尋ねた結果、もしそうだったらとフユキが想像してしばらく武蔵浦春桜と普段通りに接することができなくなっていた。二人を居候として受け入れているカリンは、その空気に挟まれたのだ。
「それと……あまりサクラの時間を取らないであげて」
カリンはラクアにもう一つ頼んだ。"同期"として時間を拘束し過ぎてフユキが姉と過ごす時間を奪わないでほしいと。春休みに休日と、彼女は度々彼らに会うためフユキを置き去りにして外出する。残される妹が気の毒に見えるから、程々にしてほしいというものだ。
この件には彼が心当たりがあり、時間が経てば解決されると自信を持って答える。
「……それは悪かったな。でも大丈夫。軌道に乗れば、家での作業でよくなる」
ラクアがチシロ以外の"同期"と家が離れていることは最初から気にしていた。だからゲーム作成を始めたとき、対面で会話や指示した方がいいことから済ませ、帰宅後に一人でできることは後回しにした。今日の交流会も強制ではなく、別の用事で自分以外が揃うのならついでに自分も、という動機でサクラは来た。
頻繁に週末呼び出すつもりは無い。それは気を使っての判断ではなく、もとより集まらず通話やパソコン同士のやりとりで事足りるからなのだ。
「学校帰りにパソコンでやるってこと?」
「その時間が増えて自由な時間ができないってことじゃねえか。嘘つきめ」
トモエとワタルも会話に混ざってきた。二人はラクアが騙すつもりだと疑っている。移動時間が無くなるのは事実。けれども家での作業時間に変わるだけで、フユキと過ごす時間を取られたままなことに変わりはない。何も好転していないのに言葉巧みにカリンを納得させる、そんなことはさせないと二人が阻む。
なおラクアとしてはそんな意図は無く、本当に往復を自由な時間に変えられる気でいた。だがワタルたちの想像通りになる可能性は否定できない。ゲーム完成は夏休み中がノルマ。せっかくやるなら目標を決めようと話しただけで、間に合わなくてもペナルティは無い。それでも皆は達成したいだろうから、時間が足りなくて家での作業時間が延びる事態に直面しかねない。そうなればサクラはきっと諦めず、妹よりゲーム作成を優先し、仮に自分のが順調でもラクアや他のメンバーの支援に行くだろう。
「ごめん、否定できない。だから、そうならないよう俺が頑張る」
「無理しないでね。私もなるべくフユキに構うから」
考えが浅かったとラクアは反省する。後でバタバタしないためには、彼がなるべく先行してプログラムを組み、後々サクラたちが取り掛かるときにサンプルとして渡せれば、彼女らの手間は減る。
その計画にカリンは手を貸せないから、代わりにできる支援として、フユキがサクラに駄々をこねないよう同居人として抑えようと考えた。
「貴様だけに負担かける気か」
「まさか。全員同時に悩むなら、誰か一人が先に終わらせればいいって話だ。宿題の答えを見せるのと同じ」
頑張ると言ったがメンバーの分まで背負うわけではなく、ラクアのやることは変わらない。例えると学校の宿題をクラスメイトと一斉に解くか、先に自分だけ解いて皆はそれを写すかの違い。どちらでも解く一人の負担は変わらず、後者は残り全員が楽になる。
「それ意味あるか?」
「うるせえな。他にあるのかよ」
失敗も経験だ。だから真似しないで自力でチャレンジする方が為になる。だから宿題は非効率的でも各自で取り組むわけで、そんな意見を出されてラクアは感情的に反論する。学習の機会だなんて綺麗事を優先すると、悩む時間が増えて作業が長引き、拘束問題は解決しない。
「そっくり真似して、そいつらは楽しいかって聞いているんだ」
「そっくりじゃねえ。ちゃんと自分らしいゲームを……」
ここでゲームの詳細を伏せていた弊害が出た。ワタルはラクアが簡単だけど手間のかかる作業、例えば十人分の宿題を終わらせるノルマのために丸写しさせる要員にサクラたちを割り振るつもりと思い込んで問い詰めた。
だがゲームの実態は違う。確かにジャンルは全員ノベルゲームで、選択肢に沿ったエンディングを迎えるという流れは同じ。けれどもシナリオが変わるだけで別物になり、そうするために複雑な知識は要らない。
ゲームという形にするやり方こそラクアが学ぶが、そこから自分だけのゲームにするのが他のメンバーの役目にして最大の楽しみなのだ。
その楽しみに、勝手に知人をキャラクターのモデルに使っているのを隠しておきたいから、誰でもいい作業を与える気は一切ないことを伝えにくい。
「……悪い、俺が早とちりしたようだ」
「いや、俺たちこそどんなゲームか秘密にしているから、そう思うのも仕方ないっていうか」
ワタルはラクアの反応から自分が誤解していると察し、非を認めた。ラクアは言い合いが収まったことに安堵しつつも、情報を伏せていて誤解もやむなしだからお互い様だと捉える。
「ゲーム作るときってさ、エラー潰しばかりなの? モグラ叩きみたいに」
「まあそうだな。これ直したら次はあれって感じだし」
トモエは抱いているイメージが実態と近いのか気になりラクアに尋ねる。プレイするときは市販品すなわち完成版だからサクサク進むが、作りかけから完成へ持っていくまではトラブルの連続だ。
彼は答えたものの、それを聞いてどうするのか彼は疑問に思った。
トモエは袋から柿の種を取り出す。交換を強請るサインで、ラクアは立ち上がりスーパーで買ったカキフライを取りに台所へと向かう。
「……ぬるぽ」
そう彼女が呟くとラクアはずっこけた。正座で足が痺れたのかとワタルは心配し、手を貸す。一方彼女は有名なエラーの可愛い呼び方を知っており、彼に伝わるか興味本位で試した。すると彼は拒絶反応を起こして蹌踉めいた。
思いがけない反応だったが、彼女はオモチャを見つけてテンションが上がった。もう一度コールすると彼が違う方向に倒れた。カリンは戸惑いつつも滑稽な光景に思わず噴き出すのを堪える。
じきにワタルからゲンコツを落とされ、解放されたラクアは壁伝いに部屋を出て、持ってきたカキフライをトモエの種とトレードした。お叱りを受けた彼女は、蓋を外して皆と分け合おうとするがソースが無い。
「ラクアソース」
「俺はソースじゃねえ」
言わんとすることは分かっているも揚げ足を取り、春休みに買ったソースをテーブルに置く。
「……爪楊枝とかある?」
「要らないだろ、こうすれば」
ラクアはテーブルに顔を近づけて一つを噛み、頬張るとソースをがぶ飲みする。これが一番楽な食べ方だとアピールするように堂々と和える。
「ぬるぽ」
「ゴフッ」
「馬鹿じゃねえの」
トモエがまた呟いたせいで噎せて、その間抜けな絵面はワタルに罵倒され呆れられた。
「安全ピンならあるけど割り箸とかの方がいいよな? ちょっと探してくる」
流石に女子にもラクア流の食べ方を強いることに抵抗があるワタルは、爪楊枝代わりになる備品は手元にあるが、ちゃんとした物の方を使うのが手間なわけでもない。悶える彼の代わりに探して、持ってきた。




