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40話 内面の変化

 土曜日を迎えた。この日の予定は決まっている。まずは三郷(みさと)楽阿(ラクア)と"同期"の計四人が彼の家に集合してノベルゲーム作成。時間になったら水天宮(すいてんぐう)千城(チシロ)と川口(かわぐち)青空澄(アスミ)が抜けて、チシロは戸塚(とつか)智絵(トモエ)に勝負を挑む。アスミは勝負前の最後の調整に付き合い、始まったらラクアの家に戻って彼とゲームで対戦する。決着したらアスミと武蔵浦(むさしうら)春桜(サクラ)が帰宅し、ラクアはトモエたちとSランク交流会に参加する。

 予定を詰め込んだ自覚はあるが、特殊能力者という繋がりがあるだけで学校はバラけているから、休日に寄ってしまうのは仕方がない。ラクアとチシロのように同級生で家が近いところがあるから、そこを中心に集まりやすいのが数少ない利点だ。


「いらっしゃい。サクラ、アスミ」

「会うのは一週間ぶりね。通話はしてたけど」


 まずはラクアの家で"同期"が集まり、そのメンバーで始めた課外活動のノベルゲーム作成だ。チシロが駅でサクラとアスミと合流し、彼の家へと案内する。


「帰りはあっちから乗ると楽よ。この前ラクアが教えてくれた」

「へえ、来たことあるんだ。そっか、私が参加したのは遅かったものね」


 サクラは別の改札口を指差す。帰りの方面へはそこから乗るのが早いと、春休みに来たときラクアが教えてくれた。以前も来て彼に見送ってもらったのかとアスミは想像したが、来る動機は今日と同じく"同期"の集まり。そのときはアスミが参加していなかったから、知らなくて当然と理解した。


「そのときは私の家だったんだけど、それはゲーム作りに決める前だったし……これからはラクアの家の方が便利かも」

「そうね。まあ、男の子の家にこんな大勢で上がるわけだけど」

「男なら私の家にもいるよ」


 自分でプログラミングをしてゲーム作りが趣味のラクアの部屋の方が、モニターや本などあると便利な物が多い。彼がゲーム対戦するという目的を抜きにしても作業場所として好都合で、今後どうするかは初めて上がる今日過ごして判断する。

 問題は家に上がる様子を知人に目撃され噂になることだが、そこは対策を用意してある。


 この点は女子のチシロの家なら気にならないとはいかない。彼女には同い年の兄がいる。つまり兄という男の家に女子数人が入っていく点ではラクアと同じと考えられる。


「でも大丈夫じゃん。チシロの友達なんだし」

「そういう意味だと便利ね、男女のきょうだい」


 だがラクアと違って言い訳が使える。仮に兄目当ての訪問としても、妹の女友達と言い張れば妙な噂は広まらない。性別を逆にしても同じで、ラクアがチシロの家に来ても兄に会いに来たと自然に誤魔化せる。そんな対策ができて良いと、同性のきょうだいのサクラは思った。


「私も男の子に生まれてればなあ」

「私がサクラが女子で良かったわ。ねえチシロ」

「うん。サクラは女子だから良いのっ」


 生まれ変わるなら男が良かったとふと思うサクラに、今の彼女が良いとアスミたちは力説する。それを聞いて彼女は嬉しく思った。



「じゃあそろそろ」


 歩いていくうちにラクアの家に近づき、そろそろ見られるとマズいので予定通り対策を決行する。それはチシロの特殊能力で鉄化し、傍から見て性別を区別しにくくするもの。彼女は二人に触れて顔と上半身を鉄化させる。歩けないと本末転倒だから足は元の体のままだ。


「重っ……」

「頑張って、もうすぐだから」


 欠点は体の密度が上がって重くなること。しかしラクアの家に入るまでの辛抱。チシロの案内でゆっくりと三人は向かっていく。


「大変そうだから引きつけてやってくれ」

「はいよ」


 玄関で待っていたラクアはあらかじめ呼んでおいた水天宮(すいてんぐう)渡(ワタル)に手を磁石にする能力で彼女たちを楽に移動させてくれと頼む。鉄の塊と化した彼女らが、特にチシロが勢いよく飛んでくるのを懸念するワタルは、慎重に鉄の三人を引きつける。チシロたちは磁力で体が勝手に前に進むと気づき、力を抜いた。


「チシロが飛んでくるかも」

「それが嫌なんだよ」


 ワタルが好きなチシロは磁力の源に気づくと、ジャンプして足も鉄化させた。すると加速して彼に接近し、このまま行けば胸元へ飛び込む。そうなるとは男子二人も読めており、ラクアはワタルを庇う位置で腰を落とす。協力してくれた彼を見捨てて家で待つわけにはいかない。

 しかし怖くなり黙って避けたラクアをワタルは見逃さず、手を横に払ってチシロの軌道を変え、的を彼に定めた。結果は激突。


「貴様が悪い。じゃあまたな」


 ワタルはラクアに吐き捨てて、サクラたちを玄関まで連れてきた後は役目を終えたので帰宅した。



 家の中に入ってチシロは鉄化を解除する。もう通行人に見られることはない。ワタルの協力で想定より楽に到着したが、チシロとしては愛情のハグが決まらず不満が残る。ともあれ、これでもう周りの目を気にしなくていい。


「じゃあ始めるわよ。ノベルゲーム作成会議。今日はこの表を書くわ」


 せっかく集まったのだから、普段のオンライン集会ではできないことや直接会話した方が進めやすい作業をしたい。テーマはゲームの物語だ。アスミはラクアのパソコンを借りて、今日のノルマを提示する。映されたのは縦二行、横三列の表。項目は、行は出来事と性格、列は物語の序盤と中盤と終盤だ。

 重要なことは物語を経てキャラクターに内面の変化をもたらすこと。そしてこの表には、それぞれのゲームでどんな変化ときっかけにあたる出来事があるかを考えて埋めていく。ゲームはラクア、チシロ、そしてサクラ三人分なので、表も三つ作成した。


「要するに、物語の中で何があってどう変わるか。プレイヤーじゃなくて、中のキャラクターがね」

「プレイヤーのはもう考えたからね」

「遊んだとき、どんな気分を味わえるかをね」


 それはゲームのジャンルを考えるときに決定した。スカッとしたり、謎を明かしたり、恋を実らせたり。


「でもだいたい同じじゃない? というかモデル自分たちだし」

「そうね……その感情を、キャラクターにも与えるの」

「ああ、分かった。プレイヤーである俺は喜んでも、ゲームのキャラクターは感情が無いって意味だろ」


 この会議の後にアスミと対戦するゲームがその一例と気づいたラクアは、彼女の意図を読み取った。プレイヤーとその人が操作するキャラクターは勝敗という同じ出来事が起こる。人は喜んだり悔しがったりしても、キャラクターは結果に応じたポーズと表情をとるなど設定された通りの挙動をする。これはゲーム性の違いで要否は分かれる。彼らがこれから考えるのは、そのキャラクターに感情を与えることだ。


「そう。サクラのゲームを自分でやるのとチシロがやるのとで、二人が同じ気持ちを味わうとは限らないけど」

「そっか、キャラクターは同じだから、それを考えるってことね」


 受け手の感情は人それぞれで、けれども同じ展開ならキャラクターは同じ動きをする。それがどこでどんなものなのか決めるのだ。



「始めと終わりの違いだけなら、考えるのは半分で十分。元々こうだったけど、何かがあってこうなったっていう」


 表の空欄は六つあるが、最低限三つ埋めればいい。しう言ってアスミがマウスカーソルで山なりに指したのは、序盤の性格と中盤の出来事、そして終盤の性格だ。残りは考えなくてもキャラクターの変化として成立する。ただ、より鮮明にするには考えた方がいい。


「でも、じゃあなんで元々この性格なのか分かる出来事があった方がキャラクターとしてしっくりくる」


 優しいとか努力家とか、物語を動かすのに適していたり周囲から好印象なことに説得力があったりする、属性を付けるのは簡単だ。けれどもそれは、物語を進める役割を与えられた存在に過ぎず、物語を経て一貫する特徴は変化と呼べる要素ではない。

 ならその属性を得た背景まで遡る。それが物語を経て変わるものなら、伴って変化する内面は見えてくる。


「あった方が、私は協力しやすいわ」


 後から加入したアスミは自分でゲームを作成しない。代わりにすでに始めているラクアたちの手伝いをすることにして、ならどんな情報があるといいのかを彼女は提示した。それが今回のテーマの、キャラクターの性格と出来事だ。


「まずはチシロ……あなたのゲームで主人公はどうなるの?」

「ワタル……お兄ちゃんが大好きで」


 この後にメンバー以外と予定が入っているチシロから聞く。ブラコンを性格と呼ぶかは怪しいが、パソコンは書き直すのが容易なのでアスミは一旦メモに残す。物語の序盤における主人公の性格に。重要なのは終盤にこれがどう変わるのかだ。

 ラクアとサクラは目を合わせる。チシロのこの要素は変わらないと思い込んでいたから、変化する部分として自ら挙げてきたのは想定外だった。


「お兄ちゃんが飛び級して、私がお兄ちゃんになる」


 中盤の出来事に書いて、次に終盤の性格を書こうとしたときアスミは頭が混乱した。好きが嫌いや大好きか何かに変わるという安直な想像の斜め上を行かれ、聞き間違いを疑った。


「最後のは、お兄ちゃんができなかったことを代わりに私……主人公がやるって意味で」

「ああ、そういうことね。どうしようか……対比にしたいのよね」

「一緒か別々かっていうのを、性格で表現したいな」


 チシロの物語は彼女と兄のような年子の偏見を払拭すること。第一子は親の期待に満たなかったからすぐ第二子の準備に入った。そんな劣等生のレッテルを貼られた兄と一緒に周囲を見返してスカッとするゲームだ。

 兄は年子と弄られないために飛び級を目指し、代わりに学校でできなくなってしまうものは妹が後を継ぐ。これをチシロは、妹が兄になると評した。アスミたちも理解はしたが、表に書くなら一目で分かるように対比させたい。

 状況なら、兄から離れられない序盤と兄が去って一人で頑張る終盤で対比になっている。とはいえ飛び級は現実ではないから、そうなったときどう思うかチシロ自身も分からない。


「私が参考になるかも。一緒のときとそうじゃないときがあった」


 そこでサクラは提案した。彼女は妹と離れ離れになった経験があり、そうなる前後の心情がチシロにヒントを与えられるかもしれないと考えた。



「……違うな。チシロみたいに、別々になることに前向きじゃない」

「それよっ。最初は離れるのが嫌で、でも最後は一人でも大丈夫で」


 サクラの意見でアスミは閃いた。兄が好きで離れたくない妹、けれどもお互いのために自立を決意し、やがて一人でやっていけるようになる。それは対比としてコンパクトでしっくりくる。これでチシロのゲームは空欄が最低限埋まった。


「うん、それだ。学校でもそんな感じのこと言われたし」

「アスミと初めて会うとき、自分で相談にいってたな」


 兄に頼らなくても平気になる。そんな変化をすることにチシロは共感した。今月に能力者になってサクラをはじめ他校生との交友が広がって、ゲーム作成も始めて。ワタル抜きの場が増えたことで、彼女は自然と彼に任せず自分で行動する意識がついた。それは先月以前からの変化だと同級生の気づきで自覚し、その変化を彼女モデルのキャラクターに反映させることに迷いはない。


「どう伝えれば後から入った"同期"を迎え入れられるかを」

「そうだったの……ごめんね、この前は酷いこと言って」

「ううん、気にしないで」


 チシロが同級生に相談して迎えたアスミとの対面。そのときは目標を決めていなかったので彼女は参加に否定的だったが、コンテスト応募という期限付きの明確な目標を決めて熱を入れた。


「じゃあチシロのは一旦これでよくて……サクラは? いつ帰る?」

「私はいつでもいいよ。アスミと一緒でも、それより前でも」

「オッケー。なら次はどっちが先でもいいわ」


 サクラは予定がないから、ラクアがSランク交流会に行く前までにここを出ればいい。急ぎの用がないなら、次はラクアと彼女のどちらが先でも問題ないとアスミは判断した。



 そして二人も主人公の内面の変化について最低限の空欄が埋まった。サクラの場合、主人公は姉を亡くした女子と出会って自身が姉になる物語で、序盤の性格は姉代わりを果たせているか不安げ。中盤の出来事は消えた姉が現れるというもので、終盤の性格は不安が取り払われて妹と素直に向き合えるようになる。すなわち彼女の物語で主人公は素を出せる変化が起こる。


 ラクアの場合もサクラと似ており、序盤は素を隠している。ここからが彼女と違い、それが出来事で変わるのではなく、出来事を起こすために変えていく。好きな子と結ばれる前に、素の自分を見せたい。それから告白という出来事を経て、終盤はサクラと同様で心置きなくヒロインと向き合えるようになるという変化が起こる。


 三人の情報を保存したアスミは、今日のノルマを達成と判断した。予定より早いが、当初の予定に向けて時間ができたのでむしろ好都合だ。


「じゃあチシロ、勝負に向けた最後の特訓しようか」

「うんっ。トモエに勝つんだから」


 ワタルに次ぐSランク能力者のトモエを、ライバル関係から恋仲に発展しないかチシロは警戒している。けれども彼女では軽くあしらわれるだけだった。そこでアスミの特殊能力の特訓をし、組めば勝てると自信を持った。やることはチシロが自身を鉄化させるタイミングの調整で、重さで動きが鈍るのをいくらかカバーできる。それをアスミにチェックしてもらい、体で覚えたら一人で挑み、その間にアスミは戻ってきてラクアとゲームで対戦だ。

 そのタイミングの最終調整のため、今からチシロはアスミと出発する。

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