39話 予防策
『火事になったら?』
『ああ。というよりは、パソコンのデータが消えたときかな』
帰宅後、三郷楽阿はノベルゲーム作成のメンバーにオンラインで相談した。ゲームは各々のパソコンで作業している。今は世界観やキャラクターが決まってストーリー作りを進めている。四月頭に初めて半月経って、目指すは八月末が期限のコンテスト応募。
『まだゲーム作りは全然だし、メモはドライブに上げている。だから今のパソコンが使えなくなってもそんな困らないけど』
『後になっていきなり消えたら困るものね』
解説動画を参考に作成したテンプレートシートを使ってアイディアをメモに文字起こししては共有ドライブに保存してお互いに披露している。見せたくないなら自分用ドライブに留めておけばいい。だから今の段階では、新しいパソコンに乗り換えても支障は無い。
だが水天宮千城の言う通り、数ヶ月後にゲームが形になってきた頃に吹き飛んだら溜まったものではない。心配し過ぎに見えて、台無しになる件に心当たりがある。
『アスミが言ってた通り、叶わない夢になって』
『火事が原因かは分からないけど、実際挫折なんて簡単に起こるものよ』
先週末、川口青空澄がゲーム作成のメンバーに加わった。そのときアスミはラクアたちの活動を聞いて、達成の兆しは見えないと宣告した。それは彼女の特殊能力で、成功するかが直感的に分かるため。何も感じられないから、この活動に加わる意味は無いと捉えていた。
それでもラクアたちの熱意を受けてアスミは真面目に取り組むと決めた。いつ何が原因で徒労に終わるかは分からないが、頑張れば運命は変えられると信じて。現に最初は作るだけで期限は設けてなかったが、彼女の宣告を受けてコンテスト応募を決め締切を見据えたことで、彼らのモチベーションが高まった。
だがどこに断念のきっかけが潜んでいるか分からない。極端な話、火事による作品の紛失だってその一因になりうる。何にせよ危険因子の対策は講じておいて損は無い。
『そうそう。私なんてもう二度と帰ってこられないと思ったもの』
『アスミは知らないかもだけど、サクラ先月まで行方不明だったの』
『へ、へえ……それは大変だったのね』
不意のトラブルで今まであったものが消える。そんな経験に覚えがある武蔵浦春桜は深く頷いた。だがこの春に越してきたばかりのアスミは知らない。二人が知り合ったのはサクラが見つかった後のことだ。
『で、まずは火事……もといパソコンが駄目になったらの場合よね』
『持ち歩いていつの間にか無いなんて、割とあることだからね』
本人が行方不明になることに比べたら紛失は現実的だ。パソコンくらい大きい物を部屋で見つからなくなることは早々ないが、外に持ち出すと話は別だ。抱えていて落としたり、どこかに置き忘れたり。そうならないためには持ち出さないことが無難な運用だ。
『とりあえず外に持っていかないことね。また集まるんだったら慎重に』
『え、駄目か。学校に持っていこうと』
『いや駄目でしょ校則的に』
『失くすって』
だがラクアは今後携帯するつもりでいた。理由は家に置いて学校に行くと火事になったとき手遅れだからで、いつも身近にあれば安心と思っていた。同級生のチシロの言う通り持ち込みは校則違反だが、学校で使う気は無い彼はバレなければ大丈夫と割り切っている。
家で保管するか常に手元に置くか。紛失のリスクはどちらが高いかラクア以外は後者派だ。
『だってカナタが、俺の部屋見て火事の心配したから』
『俺の? え、来たの? カナタが』
孤立したラクアは咄嗟に溜池彼方を言い訳に使った。そもそも火事対策の話題は昨日の夕方にカナタが彼の部屋を見て言及したことがきっかけだ。するとサクラがカナタの話題に食いついた。彼女は能力者としての評価がカナタと同じAランクで、このラクア以外の三人の中で彼との面識は一番多い。
『お姉ちゃん今カナタって言った!?』
『ちょっといきなり来ないでっ』
サクラのスピーカーから違う声が響いた。彼女の妹の広小路冬雪だ。フユキとカナタは先月能力者として登録された時期が近い"同期"の仲。ラクアやサクラたちが今月の"同期"で、つまりサクラにとってのカナタは妹の"同期"という立ち位置でもある。
『私じゃないの。ラクアの家に来たみたいで』
『ああ。名前を出したのは俺だ』
マイクオンのまま説明するサクラの声が聞こえたラクアは助け舟を出す。彼が名前を出して彼女が復唱した。サクラだけがそうしたのかは、単に一番カナタのことを知っているからだろうと考え、それはフユキが納得しなかったときの返しとしてパソコンのメモに備えておいた。これは他人には見られていない。キーボード音が聞かれるだけだ。
『ごめんね、追い出したから』
『大変ね。私はきょうだい居ないから平気だけど』
『私はいるけどいきなり入ってこられることは無いかな』
声が部屋から漏れる。それはアスミは気にしていないが、サクラは今のようなゴタゴタが起こり得る。兄がいるチシロにも言えることだが、異性ゆえそこの線引きはしっかりしている。
『……チシロがやってるんじゃねえの?』
『違うよ、私が磁力で私を呼ぶの』
しっかりしているのは兄だけではないかとラクアは訝しむ。するとチシロは開き直り兄の特殊能力のせいと言い張った。理屈上は可能だが兄がそんなことをするように思えないラクアは、深追いしないことにしてカナタの話題に戻る。
『このゲームで対戦したんだよ』
『それ私も持ってるよ。私とも対戦しない?』
ラクアは家に呼んだ経緯を話すと、目的だったゲームはアスミもプレイしていると答えた。そして腕に自信があるようで、迷わず彼に対戦を提案する。彼としては受けて立つところだ。
『週末チシロに会いに行くから、そのときとかどう?』
『すぐじゃん。……まあ、いいか。いいぜ』
ただ準備の時間は欲しく、けれども少ないと知りラクアは迷いが生じる。対戦は会えるときでなくともオンラインで各々の家でもできるが、それなら普段のランダムマッチと変わらない。対面でやりたがる気持ちを無下にしたくなかった。
だが時間の問題はお互い様。普段ランダムマッチで使っている編成で挑むか、相手読みで専用の編成を準備するか。どっちをとるか、後者なら限られた時間でどこまでできるかはアスミも同じ条件なのだ。
だからラクアは応じた。フェアなら自分から逃げるわけにいかない。
『……アスミはクモって平気?』
サクラの一言でラクアの手の内が割れて若干不利になった。そのゲームといえば以前彼女がフユキやラクアたちと行ったアウトレットモールのグッズ専門店が思い当たり、そこで彼が買ったのはクモ系モンスターのぬいぐるみ。
意気揚々と対戦に臨んだらクモ集団を見せられてショックを受けないかサクラは心配して尋ねた。だが全年齢対象のゲームでデザインもデフォルメされており、注意喚起が必要なレベルではない。
つまりこれはアスミからすれば、ラクアがゲームでどういう対戦するかの判断材料でしかないのだ。
『クモ、ねえ…… ありがとうサクラ、平気よ』
案の定アスミに勘づかれたが、悪気のないサクラを責めるわけにはいかず、ラクアは相手にデータを読まれた事実を受け入れる。
『困ったなあ。俺も苦手な生き物いるんだよなあ』
そこでラクアは演技した。するとアスミは意図に気づき、乗ってあげるか迷ったが自分だけ得するのもズルいと自覚し、彼にヒントを与えた。
『虫、ムシ…… 引っ付き虫は?』
『はぁ……』
『……それ虫じゃないよ?』
アスミの編成はラクアのようにモチーフ統一ではない。それを言ったら彼も違う。ぬいぐるみは対戦で使うかは置いといて欲しかったから買ったわけで、それはデザイン好みで選んだ結果クモだらけになった。
とにかく彼女は与えるヒントに迷ったが、直感的にそう呟いた。よく考えれば生き物ではなく植物だが、モンスターを連想したラクアはそんな冷静にツッコむ余裕はなく、深いため息をついた。
なおアスミは植物モチーフのモンスターのヒントのつもりで言ったのでラクアに正しく伝わっている。
『お前ゲームだと陰キャか』
『ううん、むしろ逆よ』
そのモンスターは非常にねちっこい戦い方を得意とし、対策していないと突破が楽じゃない。だがそれはそういう類の技を習得できるからであり、他の戦い方に寄せた育成もできる。アスミは後者だと言い張った。そう聞いてラクアは安堵した。前に会ったとき彼女からはアクティブな雰囲気を感じたから、ゲームのプレイスタイルが真逆だったら印象が変わってしまいそうだったのだ。
『ところでどっちが勝ったの?』
『ああ俺。でも良い勝負だった。ビデオも撮ってあるぜ。画面のだから、俺らの顔とか声は無いけど』
聞かれたから勝敗を先に教えてしまったが、対戦のリプレイを保存していたのだから見てからのお楽しみにすればよかったと反省した。最後まで勝敗が読めない接戦だったから尚更だ。だが次のアスミ戦は先に映像を見せればいいと気づき、メモを残した。
『見たいけど、アスミに見せたらラクアが不利だよね』
『それもそうだ』
しかしこれから対戦するアスミの前で編成や動きを見せると、彼女はその対策に絞った準備ができてしまう。その点ではやっぱり今回は映像を見せなくて正解だったとラクアは考えを改めた。かといって彼女を退出させて上映なんて仲間外れにするのも良くない。
そうはいうもののラクアはカナタと対戦したときは自分だけ相手の編成を予測して対策を整えて臨んでいた。
『まあそんなことは今はよくて……やっぱり持ち歩く方が危ないよな』
『うん……火事とか泥棒とか警戒するよりは』
相談のきっかけたるカナタの話から対戦へと話題が脱線したが、今考えているのはゲームの紛失の予防策だ。まず常備するか家から持ち出さないかについて、ラクアは後者が安全に思えてきた。ただそれでは今までとやることは変わらない。
『そしたらプログラムもドライブに上げておくか。そうすればツールだけ入れ直してすぐ復旧できる』
『それが無難ね。たくさんあると何が何だか分からなくなるけど』
『でもしまっておけば探せば見つかるし、それでいこう』
必要なときに取り出せるよう工夫できたら完璧だが、その方法は後で考える。今は失くす前に片っ端から保存しておく。これなら探せばどこかにあり、紛失は防げる。ゲーム作成用のツールはダウンロードしたもので、消えたらもう一度やれば済む話。そこにプログラムを嵌め込んでいけば、作りかけの状態に戻せるという算段だ。
これなら持ち歩いて壊したり失くしたりするリスクを冒さなくて済む。
『後は泥棒対策でパソコンにパスワードだな。点ける度にいちいち入力するのは面倒だけど』
『それも大事ね。まあスマホで慣れてるし』
復元のやり方を考えたら、次は家から盗まれたときの対策。これはパソコンに触れたときにパスワードを入力しないと開けないよう制御するのが手っ取り早い。自分が使うときの手間が増えるが、スマホを使うときにも言える話だから苦にならない。
『せっかく作って、盗作されたらやる気無くすよ』
泥棒がコンテストのことを知って、メンバーが保存していたデータやアイディアを利用して自分オリジナルのように公開されたら、せっかく今まで頑張ってきたのにと嫌な気持ちになる。そうならないためにも他人に干渉されないよう対策することには一同賛成だった。
『じゃあこの話はもうオーケーかな。じゃあラクア、週末よろしくねっ』
『おう。駅でいいか?』
泥棒対策も案が出たところで、区切りをつける。どのついでにアスミはラクアにゲームでの対戦の約束を改めて告げた。すると彼は集合場所が未定だと気づき、分かりやすい駅前を提案した。
『いいの? そんな目立つ所で』
アスミは反対しないが地元の人目につく場所でラクアは困らないかと尋ねる。そして彼は思い出す。以前サクラを駅まで見送りにいったとき、一緒にいるのを好きな子に見られそうになったことを。
『家に入れてあげたら? カナタ呼んだときみたいにさ』
『それは楽だけど……いや、いいか。アスミもそれでいい?』
ラクアは悩んだが対戦は彼の部屋でと提案する。アスミが異性の部屋に二人きりの状況に抵抗があるなら別の案に変える気だ。
『じゃあ私も行くわ。チシロもどう?』
『うん、私も』
そこへサクラは、自分もいればアスミは安心できると考えチシロも誘った。それならとアスミも乗り気になり、結果ラクアの部屋に全員集合が決まった。
『あの、それ俺の家に女子三人来るの見られると俺がヤバいんじゃ』
『仕方ないじゃない。この中で男子はラクアだけなんだから』
せっかく集まるなら課外活動の話もしたいし、それなら"同期"以外を呼ぶのは抵抗がある。するとチシロが自身の特殊能力を活かした案を閃いた。
『だったら私の能力で鉄の体になって行くのは? それなら女子って分かりにくい』
『それ賛成っ。これなら怪しまれないわ』
『別の意味で怪しくない?』
その案で可決し、週末はラクアの部屋に鉄人間が押し寄せてくることになった。知らない人からは怖い光景だが、女子を大勢連れ込んでいると思われるよりはマシと考え、賛同した。




