41話 細心の注意
水天宮千城は特訓しに公園に向かう。川口青空澄は同伴するが問題は残る二人だ。
「二人も来る?」
「俺はパス。知り合いに見られて誤解されたら困るんで」
「私は……ラクアが良ければ、ゲームのこと教えてもらいたくて」
三郷楽阿は断る。その公園はチシロと彼にとって地元。同級生に見られたら、他校の女子に囲まれているなんて噂を広められかねない。だから彼女らをこの自室に入れるときも細心の注意を払った。
彼の答えを受けて、武蔵浦春桜も残りたいと告げた。ラクアがいる内に、ノベルゲーム作成の技術を学ばせてほしいから。
「じゃあ、いってきます」
「頑張れよチシロ」
チシロが特訓する目的は、これから来る戸塚智絵との勝負に勝つこと。ラクアはトモエとはSランク仲間だが、幼馴染で"同期"のチシロを応援する。彼女とアスミが部屋を出ると、彼はサクラと二人きりになった。これは先週の交流会でBランクの二人が一緒に来るのを待っていたとき以来の状況だ。ただそのときはカフェだったのに対し、今回は彼の部屋だ。そのせいか彼は騒がしい二人が去った後、却って落ち着きを失った。
だがサクラが鞄からパソコンを取り出すのを見てラクアは冷静になった。二人きりだが、やることは至って真面目な作業だ。教室でクラスメイトの女子に教えるのと遜色ないと自身に内心で言い聞かせて落ち着きを取り戻す。
「……そ、それでゲーム、やるんだよな」
「うん。実は私もちょっとずつ作り始めてて……」
ノベルゲームは全員初心者。"同期"初期組の三人でシナリオ、絵や音楽などの素材、そしてプログラミングのように担当を決めて一つの作品を完成させる方が楽。だがそれぞれが書きたいシナリオがあり、分担せず全員で違う作品を作成することにした。そのシナリオをゲームで実装するには専用のツールにスクリプトを作成する必要があり、それはパソコンでゲーム作成が趣味のラクアの役目だ。
違う作品といえど流れは同じ。背景とキャラクターを映して会話や地の文を表示し、選択肢に合った遷移をしてエンディングを目指す。ラクアがサンプルを作ったら、文言を変えればチシロやサクラ、手伝いのアスミでも作れる。
すでにラクアは導入部分を作成し、プログラムをメンバーに展開していた。それをサクラはダウンロードし、早速アレンジしていたのだ。
「場面ごとに合格点を超えたら次に進めるようにしたいのよ」
「合格点……選択肢に点数をつけてるってことだよな」
サクラの作品は不正解を選択したら即バッドエンドではなく、減点を積み重ねたらアウトというコンセプトを目指している。
ノベルゲームのバッドエンドには意味がある。冒険ものは主人公が敵に負けたら途中からリトライができ、リベンジを挑んでも敵はさも初見のように応じ、一発勝利するのと変わらない結末に辿り着く。だがこのジャンルは違う。プレイヤーはそれが正しいと思って選択肢を決めて、その先のバッドエンドは相応の結末となっている。だからアウトは悪いことではないわけで、多少のミスでもグッドエンドを迎えて良い。
「でも、偶然合格点を超えることもあるかもって思って」
「……じゃあ、偶然じゃ超えにくくするのはどうだ?」
だが雑にプレイしてクリアされるのは嫌だ。ノベルゲームはマークシート。選択肢は限られた数で、どれかに決定したら点数が加算される。勘で合格も可能で、しかしその方式はゲームの限界。
普通のテストと違い全部解いてから採点ではなく、一問ずつその場で行わないと物語の先へ進めない。だから文章を入力させて満点か減点ありか判断する、出題者つまりゲーム作成者が採点する記述式の出題はできないのだ。
そこでラクアが提案したのは、一問ずつの加点ではなく、完答で得点になるよう仕込むことだった。
「一問一点の選択肢が二箇所あって、合格点を一点とする。ここで足し算じゃなく掛け算をする」
ラクアはサクラのパソコンを借りてブラウザで論理演算の真理値表を検索する。真を一、偽をゼロとしたとき、二つの入力値の真偽が四通りある。そこに二種類の演算を行うと結果の出力値が異なることが、二つの表を見比べると分かる。
「左の表が足し算。どっちかで一点取ったら合格。で、右が掛け算」
違いが出るのは真✕偽と偽✕真の二通り。偶然の合格を抑えるなら、この二通りを不合格にする。それがラクアが挙げた考え方だ。
「それ良いかも。掛け算か……」
問題は変えず難易度を上げることを、採点方式の捻りで実現させる。楽で工夫し甲斐のある案にサクラは納得した。
「面白そう。例えば組合せ次第で、あのときの言葉は嘘だったの!? なんて展開も書けるし」
「まあ作り手からすれば、そういうのは勘で選んだなって分かりそうだよな」
真剣にプレイしていたら絶対に選ばないような組合せを用意して、適当にやると痛い目を見る罠を仕掛けることもできる。半端な正解はバッドエンド行きにするのもアリだと気づくサクラは楽しくなってきた。それはまるで心理テストのようだとラクアは思う。選択肢を選ぶ傾向からプレイヤーはどんな性分か透かせたら、作成者の自分たちは相応のシナリオを用意できるようになる。
レベルやテクニックが足りないのではなく、それが正しいと思って進めるのがノベルゲームだ。適当に進めたら、ゲームオーバーではなくそれを後悔する結末がある方が、作成者の気持ちを踏みにじる行為に走るプレイヤーへの罰に相応しい。
「でも苦しむのは主人公……つまりモデルの俺らなんだよな」
「まあ正しいルート選べば関係ないことだから」
だが自分の分身を痛めつけるようでラクアは気が進まなかった。かといってそれだけの理由でゲームを別物に変更したくはないので我慢した。ただサクラの言う通り真✕真のパターンは足し算のときと変わらない。つまりグッドエンドへのルートには干渉しないので、良い結末における主人公はノーダメージだ。
一方、チシロは公園でトモエが来るのを待っていた。同級生の東戸寿々絵が案内に同行するから迷って遅れることはない。
「そろそろ時間ね。じゃあこっそり見てるから、頑張って」
「任せて」
チシロが拳を振りながらヒットの瞬間に鉄化させる、スピードと威力を両立する攻撃になるタイミングをレクチャーしたアスミは、陰で勝負を見守る。彼女がチシロに加担しているのを相手に見られると警戒されかねないから、あくまでもチシロ一人で策を練ったよう見せかけた方が効果的。タイミングはアスミが合図で伝えて練習してきたが、彼女は体で感覚を覚えて合図に頼らなくて大丈夫になった。
「ありがとね。あと、アスミも頑張ってね。ラクアとの対戦」
「もちろん」
アスミはこの後ラクアの家に戻って彼とゲームで対戦する。チシロは彼女に協力できていないから、せめて応援をと思った。彼女も自分の勝負に勝つ気満々だ。
そして定刻、トモエだけが到着した。
「また会ったね」
「呼んだのよ。スズエは? 用事?」
気さくに挨拶するトモエに低いトーンでチシロは言い返す。スズエの姿が見えないわけを聞くも彼女もよく知らなくて首を傾げた。だが勝負には関係ない。途中までの案内で事足りたのだと考え、チシロは思考を切り替えた。
「お邪魔します。しーっ」
スズエはアスミの隣にこっそりと現れ、騒いでバレないよう咎める。彼女も同様、気づかれないよう観戦する気で、せっかくだからアスミに会いに来たのだ。
「……あの、もしかして私がいること」
「大丈夫、スズエには話してないわ。私もチシロを応援するもの」
アスミはあっさり発見したスズエを見て、自分がチシロに協力したことをトモエに知られているのかと焦った。だがそれは思い過ごし。スズエの特殊能力は潜んでいる人を特定できる。そしてトモエとは二ヶ月前に能力者になった"同期"の仲だが、彼女には負けてほしいと願っている。
「私が"同期"で一番上で目立つはずだったのに、その座を奪ったトモエを……私は許さない」
「へ、へえ……そういう」
"同期"は仲が良いものと思っていたアスミは、スズエがトモエを敵視していると知ってイメージが変わった。ただもしも二人の立ち位置が逆だったらチシロの目の敵にされたのは彼女になっていただろう。
「ところであのビニール袋は?」
「柿の種。普段から持ち歩いて、道行く人と交換をお願いしてる」
アスミはスズエを味方と認識すると、トモエが片手で持つ白い物体が気になった。目を凝らすとビニール袋と分かったが中身は見えない。だが一緒に来て、そもそも彼女のことをよく知っているスズエは中身が分かる。植えて育てると木になる種だと。
「お菓子?」
「ううん、本物の柿の種。あれをあげる代わりにおにぎりとかお菓子を貰おうとして」
食べられない種だがきちんと育てたらたくさんの実が成る。ゆくゆくは大きなリターンを得られるからと呼びかけて、だが自分ではそんな根気が無いから目先の小さなリターンを得られる物を欲する。そのために携帯しているのだと教えた。アスミは納得するとスズエが袋に手を突っ込むのを見た。チシロに交換の交渉を持ちかけるつもりと判断した。
「探してみるか」
トモエは種を放り投げた。すると空中でいい加減な回転が加わり、アスミたちの所へ降ってきた。咄嗟に飛び退くも、急カーブでスズエの額にヒットした。
「居た。あれ、あの子……」
トモエは落下地点を目で追うと飛び出していたアスミを発見した。スズエの行方を特定する狙いだったが思わぬ収穫だ。彼女が家や学校から離れた公園にスズエと潜んでいるのは怪しい。そしてチシロに目を向けると、明らかに動揺しているのが見てとれた。
「やけに自信満々だったみたいだけど、あの子と組んで何かしたのね」
アスミが見つかったのはチシロの想定外。現にトモエは考え込んでいる。彼女の特殊能力を思い出し、チシロと組んで何ができるかを考えている。
「今よ!」
アスミはチシロの勝利のチャンスと直感し、予定外だが彼女に合図を出した。すると察した彼女は腕を振り、相手に当てる直前に能力を発動して拳を鉄化させた。トモエも反射的に拳をキャッチしたが、想定より速くて重かったので支えきれず、手ごと押されて顔に当たった。
ガッと当たったその一撃でトモエは倒れた。まだ始めの合図も出していない。どう勝負するか説明もしていない不意討ちだが、チシロは勝利を実感し跳んで喜んだ。
結果オーライなのでスズエも便乗して喜び、飛び出してチシロとハイタッチを交わす。そういえば二人は同級生だったと気づくアスミは、ここからどうしようかと戸惑った。
「じゃ、じゃあ私は予定あるから……これで」
「うん、頑張ってっ。スズエ、私たちも」
「ええ。起きる前に撤収よ」
勝ちと扱っていいか怪しい卑怯な手口に、トモエは意識を取り戻したら怒って言い返してくるだろう。だからチシロたちは逃げる。それでいいのかとアスミは困惑したが、この件の責任を負うのも気が進まないので、一緒に退散して、一応二人に尋ねた。
「大丈夫なの!?」
「平気平気。この後Sランクの集まりがあるし、ラクアたちに任せて平気」
時間になってもトモエが来なければラクアたちがこの公園にやってくる。もし怒って暴走したら制御は彼らに任せておけばいいと責任転嫁し、見つかる前に撤収する。
「そしたら負けたトモエが悪いってことになる」
「厳しいのね……あんな突然狙われたのに」
かといってSランク能力者総出で敵討ちされる心配も無い。事情を知ったら、油断が招いた無様な結果だと非難されて終わる話になると予想がつく。
そう聞いてアスミは勝手に巻き込んだラクアに申し訳ないと思いつつも、とりあえず公園に置き去りのことはこれから伝えると決めた。
「私この後ラクアに会うから……居場所は伝えておくね」
「そうなの。じゃあタイミングに注意するのよ。彼とサクラ、二人になってから妙に近いから」
「え……いやいや、ゲームのこと聞いてるだけで」
距離が近いのはゲーム作成で教わっているからだが、位置しか分からないスズエはそうと知らない。ただチシロたちが家を出てサクラから距離を詰めた事実だけは確かだから、不用意に飛び込んであらぬ光景を見てしまわないようにと忠告した。
アスミは一瞬変な想像をしてしまったがサクラが来なかったわけを思い出し、一緒にパソコンを見ているだけだと考えた。だがどんなゲームを作成しているかは秘密の約束なので咄嗟に手で口を覆う。
「だといいけど」
「もう……ラクアは他に好きな人いるって知ってるでしょ」
思わせぶりな言い回しでアスミの心を弄ぶスズエにチシロが叱責する。サクラはともかく、ラクアは小学生の頃から片想いの相手がいる。だから他の女子に言い寄ることは無く、迫られても距離をとるはず。それはスズエも知っているはずだと言い返した。
「ふふっ、ごめんなさいね変なこと言って。でもその方が楽しそうだったから」
思い過ごしだとしても面白そうな反応を期待できたから誘導してしまったとスズエは謝る。ともあれアスミはラクアの家に戻る予定は変えないと決めた。




