36話 実験台
「へえ、カナタが来るんだ」
「ああ。春休みにゲームで対戦する約束してたから」
「……それネットでできないの?」
三郷楽阿は溜池彼方を家に誘うことに成功し、それを鎌ケ谷速に話す。目的はゲーム対戦だが、それだけならハヤトの言う通り各々の自宅からでもできる。だがラクアには裏の目的がある。それは好きな子を自室に招く前の練習で、彼女を家に呼ぶのは彼がパソコンで作ったソリティアを遊んでもらうため。
けれどもそれは彼女と二人で会ったときに決めたこと。巻き込んだカナタにさえ秘密の約束だ。
「けどせっかく隣の学校だしさ」
「確かに近いけど、あいつは……」
会いにいくのが面倒な距離ではない。能力者になったのを機に市内で他校の友達ができたのだ。せっかくなら会って遊びたい気持ちはハヤトにも分かる。ただ相手がカナタだから、勧める気は起こらない。
「そう。あいつのこと、ハヤトが一番詳しいみたいだから」
一方ラクアはハヤトをなぜ相談相手に選んだかを告げる。カナタはAランクでハヤトと同じ。彼以外にもAの同級生は大勢いるが、その中で彼が一番関わりが多い。そう知ったラクアはカナタのことを教えてもらおうとしている。
「……ああ。だから俺から忠告する。今は危ない」
「危ない……多分知ってる」
「そうか。なら、いいか」
よく知っているのは間違いない。だからハヤトはラクアを止めた。破壊者を自称する今のカナタと接触するのは危険だと。そうなる前の彼に戻っていたら何の心配もないのだが。
そう評されることにラクアは心当たりがある。勝負の約束をした日は、カナタが暴走したときのブレーキ役として呼ばれた。そして役目を果たせていたと太鼓判を押されたから、その点は問題ないと答えた。
ハヤトは彼の楽観ぶりに拍子抜けしたが、彼を信じ、引き留めるのを止めた。
「というわけでカナタの情報が欲しい」
「いや、俺もゲーム対戦したことは」
「そうか……じゃああいつの好きな食べ物とか」
ハヤトは詳しいが仲が良いわけではなく、ラクアのように一緒に遊ぼうと思ったことはない。だから彼を勝たせるアドバイスはできないと告げると、それなら彼はゲーム以外の情報を集めようとする。一緒にお菓子を食べたり、外食に行くネタになると期待して。
「カステラだな。気合いを入れる前に食べるって、携帯食にしてる」
「へえ。了解、ありがとう」
ハヤトはカナタと初めて会った日を思い出す。そのとき彼のルーティンを知った。ゲーム対戦するのなら、きっと持ってくると思えた。そしてラクアは良い情報を得られたと考えて、相談は済んだ。
「……ところで向こうから同じこと聞かれてたり?」
「いや、ねえよ。カナタにだろ?」
カナタにとっても相談できる中で一番ラクアに詳しいのがハヤトだろう。それなら彼も情報収集に動いていても不自然ではない。もしそうならハヤトは裏でお互いに手を貸すスパイだが、カナタにはそうしていないと答える。そう聞いてラクアは再確認した。向こうはきっと、この対戦に向けた準備をしていない。ネットで不特定多数の相手と対戦するのと同じように、誰が相手だろうと関係なくいつも通りに挑む気なのだと。
「何の話?」
「なんでもない」
ハヤトは同級生には内緒にした。ラクアの家にカナタが来ることを明かしたら、興味本位で便乗しかねない。無事に済むかの検証はラクア一人の実験台で済ませたいのだ。
帰宅後、カナタが都合の良い日を連絡してきたので、対戦は今週の放課後に決定した。それまでラクアは自室にいる間は準備に力を入れた。夕方は部屋の片付け、夜中は静かに対戦に勝つためのモンスターの育成、戦略構築。
ラクアはカナタに勝つことを考えた専用の編成で挑む。彼がどのモンスターを使ってくるかは予測できたから、普段と違う有利な編成を準備する。予測の根拠は春休み、そのゲームのグッズ専門店でカナタが買ったモンスターのぬいぐるみたち。デザインも世代も違うためエンジョイ勢は気づきにくいが、やり込む人はその面子が対戦用の編成だと気づき、ウゲッとなる。
このゲームはモンスター六体を編成、マッチングが成立したら相手の編成を見てルール指定の体数と先発を選択し、対戦する。全滅させるか、時間切れなら判定で勝敗が決まる。今回のルールは全部で三体、先発は一体だ。
そしてカナタが買ったぬいぐるみのゲームにおける特徴は、防御力や回復力が強み。戦略は強力ながらシンプルで、対面が有利なら技を選択、不利なら有利な控えと交代し相手の技を受ける。技は攻撃と回復等を使い分け、時間をかけてリードを広げる。
そんな編成を見た相手がウゲッとなる理由は、ゲームがイベント期間内にどれだけ勝てるかを競う形式上、一回の対戦が長引くのは避けたいから。それをなぜカナタが使うのか、それは相棒を失い楽しむことが嫌いになったという彼の特徴を踏まえると納得する。
そこでラクアが用意した対策は二つ。一つ目はいわゆる受け構築の欠点すなわち運の下振れを起こせる面子に偏らせた編成。低確率で相手の行動を制限させる。これはターンを重ねる受け構築に対して試行回数を稼げる利点を活かせる。とはいえこういう対策の対策は練ってあるだろうから、二つ目は相手の選択肢を潰す。交代や回復を戦略に組んでいるから、対策の対策を封じるモンスターを準備する。その対策までされたらお互い不自由で長期戦にもつれ込み、運を待つ一つ目の対策がより効果的になるのだ。考察、プレイング、そして運。これは彼が勝つために使う要素だ。
そして勝負当日。学校を終えたカナタが、待ち合わせの公園を自転車で訪れる。ここからラクアが家まで案内する。
「久しぶり。じゃあついてきて」
ラクアは駆け足で家に向かうと、後ろから足音がした。振り向くとカナタが自転車を押して走っている。
「いや乗った方が楽だろ」
「無理。のろくてフラつく」
カナタの自転車の速さに合わせるつもりで走ったラクアだったが、それでも遅かったようで漕いで併走すると危険と思われ、逆に彼に負担をかけさせてしまった。なら二人で歩くのが無難だが、亀と煽られ火が点いた。
「じゃあ全速力出すから」
ラクアがスピードを上げるとカナタは自転車に乗って追いかけた。走っても危ないだけだと気づいてもらいたかったカナタだが、伝わらなかったので諦め、見失わない程度に距離を空けてついていき、目的地に到着した。自転車を止めて玄関に立つ。
「じゃあ一分後にインターホン鳴らして」
するとラクアはカナタを置いて家に入る。一緒に入るものと思っていた彼は困惑しつつも指示に従った。そしてラクアは意気揚々とシミュレーションを始める。好きな子が玄関に着いた状況を想定してスタートだ。
「久しぶり。さあ上がって」
「……はい」
久しぶりとは公園で会ったときにも言われたのでカナタはまた困惑する。そもそもわざわざ家に呼ぶあたり何かおかしいとは思っていたが、何を図っているのか見当がつかない現実に恐怖を覚える。
「俺の部屋、どう?」
「火事になったときどうするんだ?」
埃臭いとか片付け忘れがあるとか特に気にならないとか、そういう問題点の有無を答えてほしくてラクアは聞いた。いきなり災害対策を聞かれるとは思わず、重視する背景があるのかと気まずくなった。
「ならないようには気をつけてる。コンセントとか。俺パソコンよく使うからさ。もっと普通に感想を」
「普通にって……味気ないけど、パソコンで部屋映りとか気にするなら納得かな」
目立った特徴はないが、それは動画配信などで部屋を背景に映すのならピントが合わないトラブル対策にあえて質素にする意味はあるわけで、ラクアらしい部屋だと思える。
「確かに」
「え? 俺の勝手な思い込み?」
ラクア自身は減点要素を排除しに専念しており、今日使わないパソコンを出したままなのは本命の子と遊ぶつもりだったから。背景を気にして整理したつもりは無かったが、理由付けに良いと思い、自信になった。
「……あと、クモがいなくて安心したわ」
「クモ?」
「ほら、ぬいぐるみの」
カナタはラクアのことをクモ好きと認識しており、それが部屋の趣味に反映されてなくて安心したと告げた。前に会った日にクモ系モンスターのぬいぐるみをいくつも買っていたから、その類を大量にコレクションした部屋ではなくてホッとしたのだ。
「見たい?」
「いやいい」
本棚のカーテンを捲れば勢揃いで披露できるがカナタは即座に拒んだ。そして尋ねる。虫、それもクモに固執する理由は何なのかと。
「だいたいなんでクモなんだよ」
「パソコンやってたら、小さいのが歩いててさ、画面を」
クモに愛着を持った経緯を聞かれたラクアは平然と明かす。部屋に現れた徘徊性のクモとの出会いを。
「マウスカーソル動かすと、追いかけてさ。可愛いなって」
「へぇ……」
「クモって糸張るタイプと張らないタイプがいてさ、張らないのは歩いて獲物を捕らえるから、エサだと思ったるんだ」
ラクアはクモについて調べるうちにクモの種類と、カーソルを追いかける理由を知って、いっそう好きになった。
「でも俺は生まれ変わったら糸張るクモになりたい。楽して獲物を手に入れたい」
だが自分がなるなら造網性が良いとラクアは言う。巣に引っかったら腹を満たす、そんな楽な生活を夢見て。なおカナタは微塵も共感しなかった。
「これ、近くで買ったカステラ」
「え、俺に? ありがとう」
持ってくるとは思っていて、気合い入れるのか、と反応するつもりだったラクアだが、まさか彼の分まで用意してくれたとは思いも寄らずお礼を言う。逆に彼は用意していないが、出せるものならあると気づき、冷蔵庫に向かう。
「取ってくる。皿とジャム」
「おう……ん?」
皿らフォークがあると便利だとは思うが、最後のワードにカナタは首を傾げる。予感は当たり、パンに塗るジャムが一緒に机に置かれた。ラクアが好きな子から土産に貰った植物園のジャムだ。
「それは? ブルーベリー?」
「ビルベリー。パソコン作業で疲れた目に効く。視力は戻らないけど」
中身を見ればやっぱりジャムだ。まさかカステラに塗るのかとカナタは戦慄したが、効用を聞いて別のことに意識を持っていかれた。
「嘘だろ? じゃああの妖精、視力は天然由来なの」
「何それ」
「CMで踊ってるブルーベリーの。あれ視力10ある」
「ああ、あれか……って本当だ」
カナタのジェスチャーで分かったラクアはスマホで調べると公式サイトに載っていた。妖精のプロフィールと、それを知っているカナタに驚いた。
「お前はラクア?」
「Bだった」
「嘘つけ。あんな夜中までゲームしてたくせに」
「いや、あれは……ってそっちがチャットしてきただろうよ」
ラクアが日付が変わった深夜までゲーム作成をしていたのは事実だ。けれどもそれがカナタにバレているのはその時間に彼にチャットを送ったからで、それは先に彼が送ってきたからで、お互い様だと反論する。それに視力検査がB判定以下は同級生でも珍しくない。
「だいたいカナタこそ、一回が長い対戦ばっかりやって目悪くしているんじゃねえの」
「ほっとけ」
「じゃあジャムあげない」
するとカナタは舌打ちをした。ラクアは手の内を読んでいることをうっかり話してしまったと気づき、けれども彼に触れられなかったのでホッとした。咄嗟にジャムの話に逸らしたのが良かったと思った。
対戦前に二人でカステラとジャムを食べながらラクアから話しかける。
「カステラ好きなこと、同級生のハヤトから聞いたよ。気合い入れるときに食べるんだってな」
「消化が良くてすぐエネルギーになるしな。あと美味い」
「俺は好きだぜ。お前の香り」
ラクアの告白にカナタは絶句した。一切れ刺したフォークごと手から抜け落ちる。なおラクアは練習のつもりでそう言ったのであって心はこもっていない。ただカナタの反応を確かめたいからじっと見つめる。
「悪い、俺彼女いるんで」
カナタはそう返して捕捉から逃げた。だがその返答はラクアの脳にダメージを与えた。好きな子に彼氏いるからと一線を引かれた光景を想像し、絶句した。
「いいから始めようぜ、対戦」
カナタは早く済ませて帰りたくなった。勝つまでに時間がかかる編成しか準備してこなかったが、そこは仕方ないと割り切る。目的はただ勝つことではない。相手がこのゲームを楽しめなくなるよう思い知らせることだから。




