34話 悩みは解決
「ラクア、この前は悪かったな。相談聞いてやれなくて」
「……ああ、大丈夫。なんとかなったから」
三郷楽阿は学校で酒々井鉄道に話しかけられた。騒がしいのが嫌いなテツジは普段耳栓をつけており自分から声をかけるのは珍しい。ラクアは驚いたが、用件を理解し、以前相談しようとした悩みは解決したと答える。
「でもそれ伝えるのに手紙は止めろ」
「え、もしかして今度こそラブレターかと思ったのか?」
ラクアはテツジの下駄箱に手紙を仕込んでいた。中身は、以前手紙に書いた相談は一件落着したから、もう気にしなくて大丈夫というもの。彼への手紙は二回目。一回目は相談の用件を伝えるために出しテツジをラブレターと糠喜びさせ、けれども拗ねて相談には乗ってくれなかった。
彼の協力は得られなかったがラクアの"同期"の協力あって解決したので、手紙のことは忘れてよくなり、それを彼に伝えるためにまた手紙を出したのだ。そこにテツジは怒っている。
テツジの反応はラクアにとって予想外だった。同じ手口には引っかからないと思って彼はその手段を選んだが、テツジは今回こそ本物の女子からの告白かと期待していた。つまり彼はまた騙してしまった。
「だいたいチャットや手帳のが楽だろ。なんでこういうのは楽しようとしないんだ」
書き置きならスマホでメッセージを送ったりメモ帳を破いて渡すだけで済む。これなら誰からの用件かすぐに分かる。
それなのになぜわざわざ手の込んだやり口で伝えるのかとテツジは抗議する。楽したがり屋のラクアに限って、そういう類の発想がなかったはずはない。だから自分を好きな女子が恥ずかしがって忍ばせたラブレターだと期待してしまったのだ。
「練習かな。いずれ本物を出すための」
「……お断りで」
「お前にじゃねえよ!」
そして案の定、ラクアには別の意図があった。それは彼がラブレターを好きな相手の下駄箱に置く未来に備えた練習。決行する勇気、そして人に見られないように置く技術。それらを磨くために手間をかけたと明かす。
ただその相手はテツジではない。誤解するなと怒った。そのとき東戸寿々絵が物陰からニュッと現れた。
「フラれただけか、良かった」
「フラれてもねえよ!」
スズエは人それぞれの頭上に失恋あるいは死までのカウントダウンが見える特殊能力に目覚め、ラクアの数字がゼロになる瞬間まで監視していた。これは確定ではなく、干渉すれば数字は変わる。失恋なら放っておいて問題ないが、これが死の切迫なら助けて運命から回避させなくてはならない。スズエは不慮の事故から救うことが、その能力を得た者としての責務と感じている。
結果、テツジにフラれたゆえの時間切れだと判明し安堵したが、ラクア自身フラれた自覚さえない。お断りと言われたがそれはテツジに誤解されたせいだ。
「アスミとはうまくやれてるって伝えたかっただけだ」
「ああ、この前ラクアの"同期"になった子ね。私がチシロに聞かれたことと同じかも」
ラクアはついでにスズエにも話す。テツジに頼ろうとした相談とは、先週能力者になった縁でノベルゲーム作成に参画した川口青空澄のこと。初期組で決めて始めた課外活動に、後から加わったアスミはどうすれば快く協力してくれるか。スズエも水天宮千城からその相談を受けていたのでピンと来た。彼女の答えが参考になって、テツジの答えを待たずして解決した。
「ああ。チシロたちのおかげでいい感じになった。俺は何もしてないけど」
迅速な解決は"同期"のおかげだ。チシロはスズエに相談して能力者としてBランク仲間の点を活かして事前にアスミと親しくなり、もう一人の武蔵浦春桜は自己判断で彼女を遊びに誘い、ゲーム作成の話題に触れる前にそれぞれ親睦を深めていた。きっとそのおかげですぐに打ち解けられたのだと彼は考え、二人と相談に乗ってくれたスズエに感謝している。
一方でラクアはテツジに相談すると約束しておきながら悪手に走って何の役に立てなかったことを情けなく思っている。別にテツジのせいとは思っていない。
「そんなことないよ」
そのチシロが会話に混ざってきた。彼女はラクアが何もしていないとは思っていない。テツジに相談する件については否定しようのない事実だが、それ以外のことで一役買ってくれたと思っている。
「ラクアが堂々と、俺たちは本気だってアピールしてくれたから……私たちも自信を持てた」
自分の未来を信じる。ラクアはそう啖呵を切って、夢は叶わないと宣告するアスミに対抗した。あの一言をきっかけにチシロたちは自分たちも同じくらいやる気だと胸を張って言えた。
「私がなんとなく思っていたことを、完璧に言葉で伝えてくれた」
ラクアより先に言おうとはしていた。けれどもうまく言葉にならなくて、自分の思いを言葉にするとこうなるのだと彼は手本を見せてくれた。それをチシロは彼の最大の功績だと感謝している。
「……そうか。なら良かった」
ラクアは何もできなかったという考えを改めた。アピールも虚言ではなく本心。将来的に成功させることを彼は確信している。彼が当時うまく言語化できなかった想いを綴ったラブレター。あれは未来の彼が過去に遡って置いたものと決めつけているのがその根拠だ。
「話は変わるけど……女子なんだ、俺以外の"同期"。テツジは追加メンバーが男子で、スズエは全員が女子じゃん」
ラクアは本題に入る。相談が解決した件はテツジと会話できる状況を作るための前座で、彼の貢献度に至っては話題の脱線。スズエとチシロが来たのは想定外だが、せっかくなので二人にも伝えた。
その本題とは男女比。テツジのように追加組が男子でもなければ、スズエのように初期組全員が女子でもない。最初は一対二だったのがアスミの加入で一対三に偏ったことをラクアは少し気にしている。週末はBランク能力者で女子会をやっていたから、その発展で"同期"女子会、すなわちラクア抜きの集まりをやり出しそうな予感がしている。
「自慢か?」
「いやいや、肩身が狭いって話」
「まあ、そもそも女子のが多いしね、この代」
中学三年生、つまり同学年の能力者自体、女子の方が若干多い。だからラクアの置かれた環境が異端なわけではない。
「それに、女子らしいテーマを選べば良かったなって。後から来る奴は選択権がないし」
それは課外活動のテーマを決める前から分かっていたこと。だから今後加入するのは女子の可能性が高いと予測して、女子ウケがいいジャンルに決定しておくべきだったというのがラクアの反省だ。
半端な時期に編入して、すでにいくらか進んだグループワークに混ぜられるようなもの。希望の所に入れるわけではなく、能力は突然目覚めるものだから、タイミングが悪いとアスミのように知らないうちに決定していた活動に強制参加となってしまう。
そうなったとき受け入れやすいように意識する。もしもそうしてテーマを決めていたら、円滑に加入してもらえたかもしれないと、ラクアは気にしている。
「男子も女子も関係ないよ」
「ああ。俺だって追加メンバーが女子でもやること変えなかったと思うし」
するとチシロとテツジが立て続けに異議を唱える。スズエは二人のように意見は無いが、同感なので頷いた。チシロは男女で意見が割れて男子の案を採用、なんて経緯で決めたのではないことを知っているし、テツジは追加組が偶然男子だったことでホッとしたことはない。
それを聞いてラクアは安堵した。自分の選択は間違ってなかったと。チシロは察した。週末にBランク能力者の女子会があったから、"同期"でもそれをやると実質的に彼をハブにした交流になってしまうと。課外活動への不満が、そういう集まりのきっかけになり、それを彼は危惧しているのではないかと。
「"同期"で女子会やるってなったら私は断るから」
「……そうか」
そしてチシロは約束した。ラクアを除け者にするようなことはさせない。彼抜きでやりたいなら自分も抜ける。そう告げた。
彼は悩んだがとりあえず相槌を打つ。味方をしてくれて嬉しい気持ちと、自分のために輪に入る機会を捨てないでほしい気持ちがあり、今はチシロの意思に任せることにした。
「そういえばあったらしいね。うちの学校、こんなに能力者がいてBの女子ってチシロだけなのよね」
「確かに。楽しかったか?」
女子会と聞いてスズエとテツジは思い出した。ラクアは交流会の帰り道でチシロから聞いているのでもう知っている。するとチシロは意気揚々と答える。
「うん、楽しかった。それに、アスミとの連携で私、強くなった」
同じチームになったアスミとは、お互いにどんな特殊能力を持っているかを明かした。すると手を組めばチシロがその能力をもっと活かせることに気づき、試したらうまくいったことが、良い思い出だ。
「私って体を鉄にすると、強くなるけど重くて動き鈍るから……そのせいで二人にボロボロに負けたけど」
「俺は勝った」
一撃の威力を高めても、機動力が失われては機能しない。それがチシロの弱点で、始業式の放課後にAランクのトップ四からの歓迎もとい洗礼に為す術なく負けた。その件は兄が仇を討ってくれたのでリベンジする気はなく、改善策をスズエたち本人の前で話しても問題ない。
対してラクアは勝負を制したと自慢すると、やかましいとテツジに一蹴され彼の特殊能力でその場に座らせられ声を出せなくなった。
「それを克服できたの。インパクトの瞬間に鉄に変えれば、動きは鈍らない。そのタイミングをアスミが教えてくれる。実際できたし」
直前までは普段通りに動き、威力が必要な瞬間に鉄化する。これで威力と機動力を両立できる。タイミングの見極めが重要だが、成功する瞬間が直感的に分かるアスミの特殊能力なら、彼女の合図に合わせることで実現できる。実際実現させた。
「だから今度トモエに会わせて。ボコボコに」
「それが狙いなのね」
強くなったと伝えたがっている時点で物騒な予感がし、ボロを出すまでスズエたちは静かに聞いていた。そしてはっきりした。兄の能力者としてのライバル、戸塚智絵を負かすことが目的だと。それをスズエに頼んだのは、彼女がトモエと"同期"の仲だからだ。
「もう気にしなくていいじゃない。二人きりのSランクじゃなくなって二ヶ月で、これから増えていくだろうし」
「私がなる。そのために勝たないと」
チシロがトモエを目の敵にしたのは二ヶ月前、彼女が能力者になった時期のこと。当時は兄、水天宮渡に次ぐ二人目のSランクで、序列はワタルが上だからかトモエは対抗心を燃やして接してきた。チシロは妹として許せなかったが幾度となく投げ飛ばされて敵わず、彼女が能力に目覚めても差は覆せていない。
その間にSランクは増えたから二人きりのトップ層ではなくなった。そこで着座させられている人もその一員だ。二人だけの仲ではなくなったから競争心が恋に発展する可能性は低くなり、チシロが敵視するのは無意味となる。
そう説得しようとしたものの、チシロは友達のおかげでできることを増やし、燃えている。そして自らがSランクに進化することで、ワタルに近づく人への監視の目を伸ばす。それを実現するためにトモエを狩ろうと図ったのだ。
「まあ声はかけてみるわ」
大事にはならないだろうことは、スズエに見えている恋か命の終わりを表す頭上の数字からなんとなく予想がつくので、都合がつくか尋ねてみることにした。
「負けたらどうするの?」
「あー、信用してないでしょ! まあ考えてるけど」
勝ちたい気持ちは強いチシロだが負けたときのことも考えている。それを言及する前に勝ったときより先に負けたときのことを聞かれたのは癪だが、先に質問に答える。
「私としてはトモエのことを知れたらいいから」
「……そう。まあ、それでいいなら何も言わないけど」
勝負を通じてどんな人かを知る。それもチシロの目的だから、負けても成果は得られる。その意見を聞いてラクアは思った。もしや彼女は自分や周囲をモデルとするノベルゲームにトモエも登場させようと企んでいるのではないかと。
イメージだけでキャラクターを作るのは難しいとラクア自身も実感した。チシロも同じ悩みを抱えて、体を張ってでもモデルの理解を深めようとしている。そう思えた。
逆にラクアは、ヒロインのモデルに最近会っていないと思い返す。チシロのように隠れた取材の名目でコンタクトを図るのもアリと思えた。




