32話 苦労する時間
三郷楽阿は水天宮千城と帰宅する。さっきまで"同期"で集まっていて、家が離れている武蔵浦春桜と川口青空澄とは途中で分かれた。
「アスミの印象変わったなぁ……本人には言わないでね」
「言わないよ。俺はさっきのが初対面だけど、確かに聞いた感じとは違ったな」
チシロはアスミ本人に聞かれたくない話を切り出す。だから言い触らさないようラクアに念を押す。悪口を言う雰囲気ではないしチシロとは幼馴染の仲なのでラクアは彼女の頼みを聞き入れる。
「……まあそうだよね。成功するタイミングが分かるんなら、可能性が無いってのも分かるよね。当たりの残ってないくじは引かないみたいな」
チシロはスマホでアスミの情報を確認する。特殊能力は、直感でうまくいくと分かるというもの。逆に言えば粘っても失敗のビジョンしか見えないこともある。今月からサクラと三人で始めたノベルゲーム作成は挫折の未来が待っている。そう宣告されたのだ。
だから"同期"になったところで作成には加入しない。そんなドライな態度をされるとは思いも寄らなかったし、それによって彼女の印象が変わったが、データを見ると納得はいく。
「俺も夏休みの自由研究を途中で変えたことあるしな」
「私も。お金無駄に使ったし、もっと早く諦めておけばなあって」
徒労に終わった経験ならあるし、そうならないよう止めてくれるのは悪くない。もしもアスミがもっと前にこの島に来てその頃から関わりがあったら、彼女の宣告に助けられたかもしれない。
自由研究と違って期限さえ決めていなかったし、ゲームが完成したらどうするかも考えていなかった。ただそれが問題とはならない。趣味で始めたものなので、挫折して怒られることはないからだ。加えて始めたときは春休みだから順調に見えても、学校が始まってからは自由時間が減る。期限も必然性もない状態でゴールまで走れるものか、アスミの宣告は現実的だ。
「でも、おかげでやる気出た。いや、やる気は元々あったけど」
「俺もだ」
けれども今回のは、諦めではなく気を引き締めるつもりで聞き入れた。コンテスト応募を目指し、その締切を期限に決めた。焦るほどの期間ではないがモチベーションは上がったし、元々の熱意でアスミを活動に乗り気にさせた。
結果、彼らは今まで以上に本気で取り組むようになった。そしてアスミも手伝ってくれることになり、個人の作業は減って楽になる。彼女の加入は良い方向にはたらいた。
「ところであっちの方はどうだった? Bランク女子の会」
「ああ、まあ……フユキが溺れるトラブルはあったけど、楽しかったよ」
話題を変えて"同期"で集まる前、チシロが参加していた交流会についてラクアは聞く。最後の方で危ない事故が起こったが、無事助かったしトータルで見れば楽しい時間だったと答える。広小路冬雪はサクラの妹で、ラクアは不安になった。
「それサクラに言った?」
「ついさっきね」
妹が危ない目に遭ったのに悠長に交流会でサクラを拘束している場合ではなかったとラクアは後悔する。だがチシロは意図して伏せていたと明かす。
「すぐ助けられたし、サクラが近くに来ているって知っているの私だけだったし……先に話したらアスミとの顔合わせどころじゃなくなると思って」
「そういうことか。なら、ありがとな」
「まあ……後で言われそうだけどね、なんで先に言わなかったのって」
一刻も早くサクラに伝えないといけないレベルではなかったこと、けれども彼女が聞いたら気になって無関係のゲームの会に参加している場合ではなくなること、それらを踏まえて会が終わった後に伝えることにし、今しがた済ませたところだ。
知らぬ間に手回ししてくれたことにラクアはお礼を言う。ゲームの話に集中できたのはチシロのおかげだったのだ。
一方チシロは自分で考えてその通りに行動したが、サクラから返事が来るのが怖い。帰り道が同じうちに直接伝えることもできたが、それだと本人の反応を見ることになる。チャットのやりとりなら顔を見ずに済むから、責められてもマシと思っている。責任はチシロ自身にある以上、もしも裏目に出たなら受け止めなくてはならない。
「溺れたのはお前のせいなのか?」
「いや、フユキが無茶して水面に立とうとしたから」
「……なら大丈夫だろ」
何があってフユキがそうしたのかはさておき、事故にチシロが関与していないなら連絡を少し遅らせたことにサクラが怒ることはないとラクアは推測する。ただ、代わりにフユキ自身が危険な行動を彼女に叱られるかもしれないが、それは彼らが踏み込む領域ではない。
「来た!」
「……大丈夫だな、俺らは」
返信の通知にチシロは驚き震える。ラクアもその画面を見て、読むと自分たちは平気だ分かり安心する。詳細を求められたり防げなかったことを問い詰められたりせずに済んだ。サクラは姉妹の問題と捉え、帰宅後にフユキとお話をするつもりとのことだ。
「まあ、サクラのゲームのネタが増えたと思えば」
「そうね。何より無事だったし」
サクラが作成するノベルゲームは彼女とフユキがメインの物語。現実での出来事や会話がアイディアとして活かされるかもしれないとポジティブに捉えて、この話題は片付けた。
帰宅後、ラクアはパソコンを起動してカレンダーを開き、アスミに言われた、叶わなそうな夢というフレーズを思い返す。せっかく始めたゲーム作成を、無駄な徒労で終わらせたくない。チシロたちの前では応募期限的に大丈夫だろうとは言ったが、それはゲーム作成経験のある彼の頑張りにかかっている。ノベルゲームは初めてでそれ専用のツールも扱ったことが無いが、プログラミングの知識のある彼は一番理解が進んでいる。つまり彼が楽をすると、皆の夢が叶わない。
もちろん期限に間に合わないと今年は応募ができないだけで、作成は続けられるし完成したら友達に遊んでもらえる。むしろ元々の目標がこれだ。
それでもラクアは間に合わせたいと思った。そのためには四ヶ月あるからと呑気な構えでいられない。早速作業に取り掛かった。彼自身とチシロとサクラ。ゲームのカテゴリーは同じとはいえ、三つのゲームを完成させたら、それは大きな自信になると思った。
手始めに、ゲーム作成を挫折した経験談の動画を観る。配役に動物を据え加工した物語を、笑ったり同情したりする動画を観るのが彼の趣味で、今回の自分たちと同じ境遇の投稿者もすぐに発見した。
締切を守れなかった、そもそも完成を諦めた。それを伝える動画だが、制作過程も動画に含まれており、投稿者はこんなものを作ってないでその時間も頑張ればよかったのでは、と率直に思った。
だが知りたいのは挫折の理由だ。それはライトノベルやアニメなど他の娯楽に没頭した結果、時間が足らなくなりやる気も失ったというものや、作成が難しくて適性が無いと思って折れてしまうものだった。他人事のように笑わせてもらった後、思いつきで始めた自分たちも同じ道に進みかねないと考えてしまった。
ラクアはノベルゲームコンテストのホームぺージから応募者が公開しているプログラムをダウンロードした。一見複雑で長いがパッと見でも読める。一部はコメント、つまりコードが何を意味するかを示したもの。和訳が挟まった英語の長文のようなものだ。これがあるとコードを知らなくてもどんな効果かイメージでき、むしろ読みやすい。
まず気になったのは改行と改ページの多さ。それはゲームをプレイして理由に気づく。ノベルゲームと小説の違いは、一度に見られる文章量。小説は一ページ五百文字に対し、ノベルゲームは数十文字。これは媒体の違いだ。そもそもゲームは映像が常にある。画面の大部分に背景と人物があって、下部にセリフや説明の文章が表示される。そして文字数で余裕があっても発言者が変わると前の文章が消えて次のセリフが表示される。
上限と読みやすい工夫。これらを踏まえて、ゲームは頻繁にページ、すなわち文章を消して次の文章を表示する処理がプログラムに組まれている。
そしてキャラクターの動作。誰がそのセリフを発しているか表示する処理、表示と連動して表情や動きが変化する処理、好感度の増減。文章の表示以外にも、様々なプログラムが記述されている。ラクアが今まで作成したゲームと同じような感触だ。
ラクアは早速ツールを起動し、自分のゲームを作成する。現時点で考えてある導入をゲームの中で再現する。背景やキャラクターのデザインにこだわるのは後回し。後で差し替えは利くので、とにかく物語を作る。ツールにデフォルトで作成されている男女の立ち絵をそのまま使い、どっちがどのセリフを発しているかなど間違えないよう意識して作り出す。
まだ選択肢は作らない。一本道にトゥルーエンドを目指すことをまずは目標に掲げた。
幼少期と主人公とヒロインの出会い。現在の両者の別れ。試行錯誤の末、それらの物語はゲームになった。ラクアはゲームをスタートし、すぐに終わってしまった。
味気ないというのが率直な感想だった。頑張って書いたつもりが思ったほどのボリュームになっておらず、流れを作ることだけ考えた結果一つひとつの描写が淡白になり、文章が流れるスピードも一定の設定のままなので起伏を感じない。
ちゃんと動いてクリアできれば良しのゲームと違うのを改めて実感した。
改善の余地はある。文章の切り替えが頻発する仕様上、個々のフレーズがすぐに頭から消えて印象に残らないこと。文章以外、すなわち画面の大部分が変わり映えしないこと。動けばいいでは解決されない問題が山ほどある。そしてコンテストに応募された作品は、それらが解消されている。相当な手間をかけたことが、さっきダウンロードしたプログラムから読み取れる。
当初はシナリオの完成が活動の山場だと思っていたが、その先に、つまりゲームに反映させることにさらなる壁が待っていると思い知らされた。ゆくゆくはチシロもサクラも、手伝うアスミも、この壁にぶつかることだろう。
そうなったとき、四人で頭を抱えては時間の無駄だ。事前に誰か一人が苦労して、解決策を叩き込まれておくそれから三人が挑戦すれば、躓いたら都度解決策を伝えることができる。後追いの三人が苦労する時間を削ることができる。学校の授業と同じだ。教わる生徒がいて、教える先生がいる。ラクアは先生になることを目指した。
それからラクアはひたすらパソコンと向き合い続けた。物語の導入部分だけでも、なかなか納得いく形にならない。主人公のモデルは自分なのに、作った主人公に感情移入も自己投影もできない。参照画像を差し替えて、デザインが似ていないの問題ではないことは理解した。見た目が瓜二つでも、ゲームの中の主人公が自分と同じに思えない。
セリフを声に出しても、やはりしっくりこない。その理由は分からないが、何かが違う。実際は向き合って会話するのに同じ方向を向いているから、ではない。キャラクターがプレイヤーに顔を向けて話すのはゲームではよくあることだ。
けれども違和感の正体に気づけたら、いずれチシロたちが同じ悩みを抱えたときに力になれる。先陣を走る自分が頻繁に躓くのは仕方のないことと割り切り、何を駄目と思ったのかはメモに残しておくことにした。そして解決策が分かったら書き足す。
ラクアは物語を前からこだわるのを一旦諦めゴールの改善に取り掛かる。これは恋愛もので、ヒロインの告白成功がゴール。告白のセリフは良い案が浮かんでいたのだが、いざゲームの主人公のセリフとして見ると物足りなさを覚える。
しばらく悩んだのち、もしかしてと思い試したら違和感が少し減った。それは画面の映像の工夫。普段はセリフを発するとき、画面には発言者を映していた。けれども告白の主人公のセリフに、ヒロインだけの姿を映したら、一気に良くなった。
彼はこの気づきを大事にしようと決めた。文章と映像は一体。そんな先入観を捨てることで、新しい魅せ方が生まれる。
その気づきを皮切りに、彼はノベルゲーム作成が一気に楽しくなってきた。とはいえ限定的な閃きで一気に解決が進むことはなく、後回しにしていた疑問に再度ぶつかって勢いが消えた。それでも彼は折れなかった。気づけば何時間も経っていたが、過去にゲームを作ったときも同じ経験があり、違和感は覚えなかった。




