22話 今のままでいい
「終わりかよ」
水天宮渡は三郷楽阿に声をかける。スマホに連絡があったから来てみたら良い雰囲気で見守ってたが、肩透かしな終わりを迎えたので呆れて顔を出した。突然の声にラクアは驚き、様々な感情が押し寄せる。
危うく告白するところだった焦り、けれども踏みとどまった安堵。ワタルたちに無事に会えた安堵、けれども今の発言を聞かれていたかもしれない焦り。
「……探したぞ」
ラクアはしらを切る。今は美南哀月と雑談していただけで、ワタルと水天宮千城が戻ってきたなら一件落着だ、と振る舞う。実際はアイリに結婚したいと告白し、撤回した。好きなことは事実だが、偽りの一面で彼女に気に入られている今、それを打ち明けてはいずれ破滅を迎える。
ハッカ味が好きは嘘。アイリと味の好みは合わない。そう伝えることが先だが、後先考えず言い放ったら悲しませてしまう。かつて彼女の飴を横取りし吐き捨てた子どもを見たから、悲しむのが目に見えていて同類になりたくない。だから計画を練って、打ち明けてからフォローして恋心を伝える準備ができてからにすると決めていた。
「私ラクアと結婚なんてヤダし」
「俺も嫌だから」
ラクアはしらを切ったもののさっきのやりとりがチシロとワタルに聞かれていたことを確信する。チシロは嫌で、だったらいっそアイリとがいい。そうラクアは言い放ったのが、彼女にもバッチリ聞かれていた。だが彼からすれば、嫌と聞かれた分には困らない。本心だし、彼女に非はない。友達のワタルの義弟になることが嫌だから拒否するだけだ。
チシロは兄であるワタルが好きで結婚するなら彼が良いと本気で思っている。ラクアや他の男子には目もくれない。ただそれは彼女だけで周りは反対派だ。ワタルも、好きな相手はいないが肉親との恋愛は拒んでいる。チシロがそうなったきっかけが、年子の兄を偏見から守るために双子らしく振る舞い名前呼びに変えたこと、つまり思いやりなので無下にはできないが。
ただ年子と関係なく、ラクアがチシロと、アイリがワタルと結婚すればラクアはアイリの義姉になる。そんな話を二人は水天宮きょうだいを探しながらしており、話が聞こえたチシロはそんな未来は来ないと釘を刺す。
きょうだいであることは既知のことだが、ラクアが自作ゲームのトランプの絵柄でキングを彼に、クイーンをチシロにしているという話をアイリに明かしたばかりに恋心の表れと誤解されたことが結婚したいしたくないの話に発展した元凶だ。当然誤解でラクアはアイリ一筋だ。告白はごまかしたものの。
「俺としては嬉しいが」
「嘘でしょ!?」
「知るか。てめえの義弟なんてお断りだ」
禁断の恋は回避して、妹の結婚相手は信頼できる友達。それはワタルにとって良い話なので気があるなら是非と前向きな意思を示す。しかしチシロとラクアの双方から猛反対され、期待できないと悟る。
「へえ。あのソリティア、そういう意味が」
「ああ。だから配役に深い意味は無くて」
ラクアはチャットのプロフィール画像を最近変更したことについて、アイリに話したことをワタルたちにも明かす。自分とチシロが校内同学年で十二番目タイの特殊能力者で、なった順にトランプの数字となるようゲーム内の画像を加工した。それで二人がキングとクイーンすなわち夫婦の仲の暗喩と話が飛躍し、もしも相互結婚したらという会話に繋がった。
ワタルは納得しつつ、ラクアは結果的にアイリとチャットで友達申請できたということを知り、前進を内心褒めた。裏工作で彼をアイリと鉢合わせにしてしまったが、チャンスをものにした彼を上出来と称える。
「ごめんねアイリ。能力のこと自慢したいわけじゃないから」
「いいの、気にしないで」
特殊能力の話題はアイリの前でタブーという了解があった。彼女は二年前、能力が目覚める自信がないから少しでも優等生になろうと中学受験で遠くの私立に進学した。三人が能力者になったのはその後のこと。チシロはラクアが口を滑らせたと思って代わりに謝るも、それは誤解でアイリの方から切り出した話だから謝らなくていいと返す。
「貴様だってなれるかもよ。高校はこっちに戻ってくれば」
「確かにね。でも、まだ迷ってる」
現状アイリ以外の三人が能力者で、彼らには同級生という共通点がある。その中学校で特別な教育を受けているなど明確な原因が判明しているわけではないが、彼女も高校からは地元に戻ってくれば一味に加われると期待するのは悪くない。なれないと決めつけて遠くまで通うより、前例が多い地元を選ぶ方が気楽だからとワタルは勧めた。
「なんだ。気になる奴でもいるのか」
「女子校だよ。そんなわけないじゃん」
「いっぱいいるよ。可愛い子」
チシロが割って否定するも、アイリは違う意味でイエスと答える。
けれどもその遠くの中学校で興味がある同級生を発見した。リンゴ味の飴みたいな子やレモン味みたいな子。アイリはそういう可愛さのないハッカ味という自覚があるから、輝きを持っている子に憧れる。
ワタルが尋ねた気になる異性という意味ではないが、彼女はその子たちと一緒に内部進学したい気持ちがあるのだ。
「……まあせっかくできた友達とお別れってのもな」
アイリが抱えているのはどこか淀んだ思いに見受けられたワタルだが、深追いせず理解できる範囲で共感した。それにアイリの言う"子"は人でなく小動物な可能性もある。だが動物かと尋ねて否定されたらもうグレーにはできないので黙っておいた。
「逆にワタルは彼女できた?」
「ないから!」
今度はアイリから、気になる相手は見つかったかと尋ねる。ワタルが何か言う前にチシロが否定する。そこでラクアが代わりに答えた。万が一にも彼が恋敵にならないように。
「まあ、良い感じだけどな。全然遠くの学校で、Sランク仲間の」
「無いから! 無いからぁ!」
「じゃあ私の知らない子か」
それらしき相手はいるが、アイリが知らない他校生だ。交流のきっかけは特殊能力の覚醒。とはいえ公式に登録されているから調べようはある。そして心当たりがあるチシロはがむしゃらに否定する。いたたまれないワタルは、さっき気づいたことに話題を変える。
「二人が来る前だけどさ、ウサギ見たよ、園内のどこかで」
「えっ、私一回も見てない」
「なあラクア」
「お、おう」
動物といえばワタルは思い出す。ラクアに誘われチシロに黙ってこのハーブ園を訪れたとき野ウサギを見かけたことを。それは彼も覚えているはずだと話を振ると相づちを打ってきて間違いないと確認した。
それを聞いたアイリは見られた二人が羨ましいと思った。出没する噂は聞いていたものの、彼女は直接見たことがない。するとワタルは内心ラクアを憐れむ。素直に彼女を誘っていれば見て喜ばせることができたのにと。
ワタルはアイリが見たことなくて残念がる反応を予測できていたから、言わなければよかったとは思わない。今の発言を次の話題の導入にする目的は達成した。
「それでさアイリ、ウサギはハーブの葉って食えるの?」
「大丈夫。香りとか強くなければ」
うっかり食べて病気になるリスクはあまり無いとアイリは答える。確かに薬効が強いものだったり大量に摂取したり人にとっても害がある食べ方は悪影響だが、人が意図的に関与しない限りは実現しない。野生の勘に委ねておけばいいと彼女は考える。
「香りは食欲を取り戻す効果があるから」
「へえ。あ、だから小学校のウサギはアイリがエサやりしたら食いついてきたのか」
「私そんな匂ってた!?」
「ワタル、女の子に失礼だよ」
ハーブが主食というよりは、その効果を活かして木の実や他の葉で栄養を摂るというのが近い。そう聞いたワタルは小学校の記憶を振り返る。アイリが飼育委員会になった時期はウサギの食欲が上がったという話を聞いた記憶だ。それは彼女に付いていたハーブの香りの効果だったかもしれないと気づく。
だが彼女は好きで食べたり見たりしているだけで狙って香りを付けているつもりはなかったから、実は周りに気づかれるレベルだったのかと焦る。
なおラクアはアイリに関するその噂を聞いたことがない。彼女に適正があったとはいえ何期も同じ委員会を任せるのは方針上良くないため、別の委員会に移ってから噂はどんどん消えていった。
すぐに知らなかったこと、一方でワタルは知っていたことにラクアは唖然とし、会話に置いてけぼりを食らう。
知っていればその香りは彼女の良さだと理解し、自分も卒業式の日に手紙を書けていたはずだ、と負け惜しみを考える。
チシロはすかさずワタルに釘を刺し、単なる思い込みだとフォローする。匂いなら自分だって負けないと自虐も込めて。
「全然匂わないし気のせいよ。それに私だって鉄の匂いするし」
「ならいいけど……」
体を鉄化する特殊能力が目覚めたチシロは、そのせいで金属の匂いがまとわりつくと告げる。ただ本人は気にしておらず、むしろ腕から磁力を発するワタルに引きつけられる体になったのを喜んでいる。鉄の体が飛んでくるのでワタルからすれば溜まったものではないが。
ただアイリとしては気のせいと言われても気休めにしかならない。そこへラクアは思いを告げる。
「アイリは今のままでいいと思う。俺だけじゃなく、それが良いって人もいるはず」
「……そうね、ありがとうラクア」
香りを気にして自分を抑えなくていいと励ました。本心でもあるが、その香りが好きで彼女にラブレターを出した同級生がいるという事実を知って、彼女の良さと捉える人がいると告げる。
手紙の中身を知らないワタルとチシロは、そんな物好きな人いるのかと首を傾げる。
「そういえば、ハーブってものによって値段違うんだね。この前スーパー行って気づいた」
「そうそう。容れ物は同じ色なのに倍近く違ってさ」
チシロは春休みにワタルと買い物に行ったときの話をする。スパイス売り場に陳列している値札を見て、名前が違うだけでこうも値段が変わるのかと驚いた。
それは知ってる、とラクアは内心マウントをとる。その買い物に居合わせたわけではないが前々から気づいていた。ただその話題でアイリと会話するのを先越された現実に嫉妬する。
「ソースは全部一緒だったのに」
「バカにしやがって」
ソース売り場では別物でも値段は同じだったから、材料は大して変わらない。という見下しがこの話題のオチで、ラクアの反応も想像通りでむしろ笑えた。
「ここにあるのも、高級だったりお手軽だったりするのかな」
「うん。あとハーブティーとしての人気も色々」
ワタルは社員食堂目当てで、チシロは彼を追ってここに来たが、知識があれば園内の散策も様々な観点で楽しめるのだろう。そんな感想を抱く。
「売ってたのと同じ名前の所行ってみようか」
「そうだな。ラクアもそれでいいか?」
いつの間にか午後は四人で回ることになったがラクア抜きでその決定に向かっていたことに気づくワタルは一応確認する。彼はぶっきらぼうに頷き、スーパーで見かけた高額ハーブ探しの散策に同行した。
帰りのバスも一緒だ。四人が固まって座れる、二人席二列を発見した。行きは同性同士二人ずつ来たからという理由で、ワタルの提案でラクアはアイリと隣同士になる。
「こういうの修学旅行以来ね。私だけ制服じゃないけど」
「あーあ。誰かさんが制服で行こうぜって言うから」
「ごめんねアイリ、私も私服にしておけば」
ワタルが制服に着替えて出発するのを玄関で見たチシロは、自分も制服で追いかけた。食堂のことはアイリから聞いたと言っていたから、彼女を急遽誘ってここに来た。そして彼と来ていたラクアも制服だったのでアイリだけ違う服装という構図が完成してしまった。
後から向かったチシロがこうなることを想定して私服のまま出ていればアイリだけ仲間外れにならなかったと反省するが、そもそも男子二人が春休みで学校の用事でもなく制服なのはラクアが原因だ。
そしてラクアはチシロたちが来ることが想定外であり、元々はワタルと二人で制服で行く予定だった。
「だから、言っただろ。社会人気分を知る勉強で、アイリたちも来るとは思ってなかったって」
「まあどのみち私はその制服持ってないから……」
自分だけ他校生だから、どのみち制服で統一感を出すのは無理だったとアイリは言う。いっそ自分が、チシロを園に案内した時点で帰っていれば三人で揃えられたとも考えた。
「私がお邪魔だったみたいだし」
「そんなことないって! アイリといて楽しかったし」
「久しぶりに会えて良かったぜ」
チシロは場所を教えてもらうためだけに声をかけたつもりはなく、ワタルはアイリが来る可能性を考えたうえで彼女から聞いた食堂に行くとチシロに伝えた。彼女が来ることが想定外だったラクアがどう思っているかは知らないが、充実した一日だったと伝える。それを聞いてアイリはホッとした。その居心地は、彼らと同じ小学校だったときとあまり変わっていない。
きっと高校で戻っても、こうして温かく迎え入れてくれる、そう思えた。来年は同じ高校の制服で来たい。まだ進路は悩んでいるが、選択した先でやりたいことが彼女の中で一つ増えた。




