↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
23/172

23話 努力と勇気

 ハーブ園から帰宅した三郷(みさと)楽阿(ラクア)は自室に入ってすぐパソコンを起動する。昨日から始めたノベルゲーム作成について、今日も色々アイディアが浮かんだ。主人公のモデルは彼自身で、ヒロインのモデルは美南(みなみ)哀月(アイリ)。友達の裏工作によって園で予期せぬ合流を果たし、おかげで会話する機会を得られた。アイリの進路に、彼女が二年前に貰ったラブレターの中身と反応。ヒロインのキャラクターを練るにあたり参考になる情報を聞けた。送り主が誰かは流石に教えてくれなかったが。

 今からパソコンのメモに追記する。主人公がヒロインに告白する流れを考えるために。


 現状、ラクアが作る物語は彼の経験をベースにしつつオリジナリティを加えている。経験そのまま作ったところで、現実から過去に戻れるわけではない。ゲームを作成して、その経験を活かして現実で告白する。

 アイリは中学校から私立に進学し、その前の卒業式で誰かからラブレターを貰ったのが現実での過去。それを高校から私立に通い、中学の卒業で受け取るという設定にゲームでは改変した。春休み明けから中学三年生になるラクアは、一年後にゲームの主人公と同じ立ち位置になる。高校が離れ離れになる点は、現実もゲームでも一緒だ。

 つまりこのゲームを作成した経験で、今から一年後にアイリに告白する。嫌われたくなくてずっと嘘をついていたことを、そして好きだということを。



 今書いてあるヒロインのキャラクター像について、使命は仲間を作ることとしている。仲間とはハッカ味の飴が好きな人のことで、彼女はかつてその飴を取った子どもに美味しくないと叩かれたことがある。痛い、悲しい思いをもうしたくない。そのために共感してくれる友達がそばにいてほしい。

 ラクアはアイリとの出会いと、彼女は昨日誰も誘えず一人で園に行った話から、彼女の内面を想像しヒロインの設定に据えた。けれども彼は彼女に共感できない。美味しくないと思ったし、泣かせたくなくて見栄を張った。すると笑った彼女に恋をして、以来彼女からも好意的に接してくるようになった。そんな関係を壊したくなくて、今も本心を伝えられていない。


 かといって本心を隠したまま、好きと告白しても付き合ってからバレて余計に傷つけてしまう。だからラクアの狙いは、先に本心を明かす。同じ味が好きというのは嘘だったと。仲間と思って接してきたのを、裏切って好感度をリセットさせる。その後は好きと伝えるためにアプローチ。明かしてからだいたい五日間で、好きだと告白する計画を立てる。ゲームでもここが一番の肝となるだろう。まだ世界観とメインキャラクターしか考えていないから手戻りは発生しない。むしろストーリーがぼんやりしていたから、方針が決まっただけ前進した。


 それが昨日時点の設定。問題は今日アイリから話を聞いて、想像とのズレがあるのではと疑わしく思えたことだ。主にラクアが中身を知らなかった、誰かからの手紙のせいで。彼女は本当に仲間を求めているのかと不安になった。手紙の中身には、仲間のいない彼女一人だからこその良さが彼女の魅力と褒めるような内容があったのだ。


 ラクアにとって今日一番衝撃的だったのは、アイリと出会したことではなく、手紙の送り主が彼のずっと先をいっていたことだ。渡すという行動に出たことだけではない。中身も、彼がまだ言語化できていなかったり、気づけてさえいなかったものだった。


 彼は手紙を読んだわけではない。二年前の卒業式の日、帰り際のアイリの下駄箱に手紙が置かれているのを見た。それから彼女は別の中学校に行ってしまったから話す機会はなくなり手紙の正体も彼女の答えも闇の中だった。

 昨日彼女に会って二人きりのとき、ラクアは手紙の存在に気づいていたことを明かした。彼女は現物を持ち込んでいなかったが、文章は鮮明に覚えていて、可能な限り話してもらった。


 アイリの特徴は幼い頃から飴はハッカ味が好きなこと。けれどもそれは子どもにはキツい味と香りで、他の味の方が好きな子の方が圧倒的に多く、彼女の感性は周囲に理解されなかった。それは手紙、もといラブレターの送り主も知っており、彼女の良さであり好きな所だと手紙に書かれていたと彼女は言っていた。


 アイリは周りと違っても、我慢して合わせたり避けたりしなかった。自分の好きを貫いた。彼女からほのかに感じるハッカの香りがその証で、そんな香りがする彼女が好き。

 ラクアはこの話を聞いて送り主に共感すると同時に、彼女の特徴を知っていながら話を聞くまで彼女の良さも自分が好きな所も言語化できなかった事実に打ちひしがれた。彼女を好きな気持ちは誰にも負けていないと思っていたのに、同級生の誰かは彼と同程度の情報から好意を表現してみせた。そしてしっかり勇気を出して伝えた。ラクアは悔しかった。


 もしラクアがアイリに手紙あるいは言葉で恋心を伝えるとしたら、その手紙の内容以上に良いと思えるものが思いつかない。それだけ非の打ちようがない手紙だったが、告白成功のエンディングは迎えていない。

 これもまた送り主が一枚上手で、手紙を出した時点では返事を求めていなかった。こちらは彼が思いつきもしなかった発想。進学先が別々と分かった時点で付き合うのは負担になると彼は割り切っており、手紙に気づいても出すだけ無駄と考えて、黙って何もせず帰るのが正解だったと思っていた。

 進学先が別々なのは今さら変えようがない。アイリが望んで選んだ道だ。なら次の進学先は一緒になって、それから付き合おう。それが送り主が手紙に書いた提案だったのだ。



 好きと伝えたが、今付き合うのは難しい。アイリは自宅から遠くの中学まで通っているから、平日だと日中は会えないし帰りも遅い時間になる。休日も部活動やプライベートなどで予定が合わないことも少なくないだろうし、そんな状態で交際を続けるのは彼女の負担が大きい。それに私立だから勉強も難しいだろうし、成績を落とさないために頑張るのと恋人のために時間を作るのと両立が大変になる。そうなったとききっと彼女は別れようと言い出せない。それはラクアにも何となく分かる。


 だから中学生でいるうちは恋人関係に発展させない。そしてアイリが高等部へ内部進学する気なら、女子校なので送り主は高校から合流することもできない。なら彼女を地元に戻ってこさせる。強要ではなく彼女がそうしたいと思ったならの話だ。それなら小学校の頃のように一緒にいられる。同級生になって登下校を共にしたり、運が良ければクラスも同じになれて、恋仲でも負担になりにくい。これは送り主の特権ではなく、同じく地元民たるラクアにも実現する権利がある。

 付き合いたいなら戻ってくればいい。付き合いたくなくても戻ってきたいならそうすればいい。今の友達を大事にしたいなら送り主も手紙も忘れていい。とにかくアイリの気持ちを第一に考えた手紙だった。だから彼女は今、返事を保留にしたまま毎日を送っている。気持ちがどちらに寄っているかは、このまま私立の高等部に上がりたい気持ちが強い。そう思えるような友達に出会えたようなことを言っていた。


 もしもアイリがその気持ちを貫いたら、ラブレターへの返事はノーということになる。告白は三年待った挙げ句に玉砕。フられただけの敗北者になるのだ。三年も空いて、忘れる一方で塾や習い事など学校外での出会いで彼女が別の誰かを好きになる可能性はゼロではない。返事は後でいいと悠長な判断をしたのが間違いだと思い知ることだろう。

 そんな結末を想像したラクアは、彼をカッコいいと思った。彼女のどこを好きかアピールする時点で満点だが、告白への返事から想定されるあらゆる結末を考慮して、満点以上のラブレターに思えた。


 告白にノーを返したら、送り主と彼女はもう会うことはない。送り主もそうなることを覚悟のうえで渡したにちがいない。お互い手紙のことを引き摺らず、離れた場所でそれぞれが頑張る。離れても頑張るためにノーを選んだのだから、そこにきっと未練はない。その決断の証拠が、同じ学び舎でもう会うことの無い現実として自覚する。

 再会が告白へのイエスの証な一方で、もう会わないことがノーである対極な結果が綺麗だ。ノベルゲーム的には一種のバッドエンドでも、スッキリする結末だ。ラクアはフられた側の気分を想像して、死にたいとか忘れたいと思うことは決してないと考えた。逆に、思い切って伝えて良かったとさえ感じる予感がした。



 ここまで考えて、ラクアは手紙の中身が自分の理想そのものだと思った。だから悔しくなる。自分と同じ情報で書き上げて渡した送り主に敵わない現実に。情報については、むしろ彼より少ないと気づく。彼がアイリに恋をしたきっかけである、ハッカ味を好きと聞いたときに見せたあの笑顔は、送り主が知らない。だから手紙にも書いておらず、彼女は昨日言及していなかった。

 彼自身、知っているのは自分だけと自負している。味を嫌いと言った連中は追い払った後で、あの場に居合わせたのは彼だけ。後に友達との恋バナで出会いと笑顔のことを打ち明けたことはあるが、その目で確かめたのは自分だけ。

 だから送り主はラクアと違う決め手でアイリを好きになったわけで、それはさっき纏めた通りハッカ味好きを曲げなかった結果彼女から感じるミントの香り。好みの味を知っているラクアもその香りに気づいていたが、告白するときに好きな点として伝えようという発想に至ったことはなかった。手紙を知って、その手で行こうと思い至った。


 要は、送り主はラクアに無い何かを持っていない。彼より少ない情報で、それらを好きと思う気持ちに纏め上げる頭の良さがある。けれども彼にもチャンスはあった。好きになって今に至るまで、考える時間を無駄にしてきた結果、どうして好きかがぼんやりしたままだっただけだ。頭の回転の滑らかさを僻む以前に、アイリのことを考えようとした時間の差、すなわち想いの強さの差が如実に表れた。たったそれだけのことだ。


 まるでゲーム作成を進めて様々な気づきから想いを言語化できた未来のラクアが、過去にタイムスリップして手紙を残していったような、それくらい彼の上位互換的な存在が送り主だ。きっとそうだと彼は考える。突拍子のない発想だが、それがあり得るのが特殊能力者が目覚めるこの島だ。何のからくりのない同級生の努力と勇気と考えることから逃避した彼は、目の前のパソコンを見て悪しき想像を企てる。過去に戻った未来の自分、その干渉だと都合の良い解釈に逃げた彼はキーボードで文字を打つ。


 手紙の中身と送り主については、ゲーム内では現実から大きく設定を変更する。作中で手紙の中身は明かさず送り主は物語を左右しないモブ。そして現実での手紙の内容は、クライマックスで主人公がヒロインに告げる想いとして採用する。つまりは手柄の横取り。だが未来の自分が与えたヒントなら好き勝手しても構わない。

 思い込みから卑劣な発想に走り、踏み留まることなくグッドエンドのやりとりを練る。どのみちアイリにも、恐らく送り主にも存在を明かさないゲームで、共同制作者たる"同期"二人は特殊能力者になった時期がラクアと同じなだけの仲。手紙の真相は知る由もない。


 悪魔に魂を売った彼は止まらない。入念に保存して記憶が新しいうちに次々と文字に起こす。すると唐突にチャットの通知が届き、本気で驚いた彼は思わず悲鳴を上げる。

 だが今の話とは全く関係なく彼は安堵した。チャットの送り主は"同期"の一人、武蔵浦(むさしうら)春桜(サクラ)。能力者になるまでは顔も名前も知らなかった、遠く、といってもアイリの私立とも全然違う地域に住む同学年の女子だ。アイリは能力者ですらないから二人は面識もない。昨日一瞬すれ違ったことさえ覚えていないのだ。


 そしてチャットの内容は、明日午後買い物に付き合ってもらえるかという相談だ。用心棒として。


 ラクアは首を傾げる。確かに男手や能力者として力になれる節はあるが、そんな警戒が必要ならそもそも行かない方が楽で安全だと思えてならない。その疑問に答えるようにサクラは追伸を送る。そもそも彼女の妹がその"同期"とアウトレットに出掛け、うち一人が暴走する危険性がある。サクラも付き添うが心許ないから、力になりそうで"同期"として長期休暇のうちにもっと交流しておきたいこともありラクアを用心棒で雇いたいというものだった。


 ラクアは行くと返事をした。幸いにも予定は入っていないし、交流を広げたい気持ちもある。ゲームはおかげでネタが浮かび気持ち余裕がある。そもそも始めたばかりでいつまでに何を目指そうと決めていないが。

 そういうわけでショッピングと遊びに同行を決めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。