21話 半ばプロポーズ
「居ねえし。アイリには連絡来てる?」
「ううん、何も」
三郷楽阿は美南哀月がランチを済ませると食堂を出た。先に来ていた水天宮渡たちは黙って先に出ていて姿が見えない。かといってラクアたちのスマホに連絡も来ていない。
「ごめんね、私がいっぱい喋ってて」
「いや、大丈夫。俺こそ色々聞いて悪かった」
ワタルたちは出る前に一言かけるつもりだったが、やりにくくて無言で出たとも考えられる。なにせアイリは食事中ずっとラクアと話していた。二年前の小学校卒業式に貰ったラブレターについて。
そしてラクアも話に食いつくあまり時間が経つのもワタルたちの動向を窺うのも忘れ、どんな内容だったか、返事はどうしたのかと色々追及してしまった。彼が好きな子に、同級生の誰かがそれ以上の好意を抱いていたと知って、気持ちが抑えきれなかった。
とにかくワタルたちと合流しなくてはならない。元々ラクアは彼と来たし、アイリはその妹の水天宮千城と来た。きょうだいで揃って別行動を始めたばかりにラクアとアイリでペアになったが、彼女もそろそろ離れたいと思っている頃だろう。彼としてはこのまま彼女と二人きりで過ごしたいが。
「……でも、俺まだ話したいことがあるから、良かったらこのまま」
「いいよ。歩きながら探そうか」
確かにラクアはランチ中ずっと話ができた。けれどもそれは予定外の会話で、聞くつもりだったことに踏み込む余裕がなかった。それにここで逃げるとラブレターの送り主に勝てない気がした。彼は決意して誘うとあっさり承諾された。それだけ彼女から好感度が高いのは嬉しいが、それはそうなるよう彼が自分を偽っているせいだと分かっているから心苦しい。彼女の好きなハッカ味は彼も好きだという嘘で。だからきっとハーブ園を彼と一緒に散策できることを彼女は楽しみにしていると予想がつく。彼の本心としては別にそんなことはなく、ここへ来たのは昨日彼女が来たと聞いたからだ。
「ラクアは来てどうだった?」
案の定アイリに感想を聞かれる。だがラクアはすでに一つ答えを考えてあったので落ち着いて返した。
「大人になったらあんなランチを楽しめるのかなって」
「あー。横のテーブル、従業員いたものね」
ランチを済ませた場所は社員食堂。ラクアはそこで会社員気分を味わうために来た。平日限定だが春休みの今なら行ける。彼はアイリと合流する前にワタルとランチを済ませており、そのときの会話を思い返す。アイリが食べているときはお腹いっぱいだったので土産を買って相席しただけだ。
「俺がやりたい仕事とは全然違うけど、ここで働いたら家が近いし、早く帰れていいなって」
「今は電車とバスだけど、車の免許取ったら近そうだよね」
勤務地としては良い条件という意見にアイリは同意する。彼女はどんな仕事をしたいか悩んでいるが、かといって焦ってはいない。
「あと、夜帰ったら、ハーブティーを用意してくれるお嫁さんがいたら、幸せだなって」
「色々効果あるのよね。疲れとか寝不足とか」
半ばプロポーズの発言にラクアは出たものの、アイリは彼と夫婦になる想像をしなかった。彼ならきっと出会えると心の中で応援する。立候補する、あるいは求められているという発想には至らなかった。
「ところでさ、手紙の差出人とここに来たことあるか?」
「ううん、無いけど」
「じゃあ、もしも誘われたら」
食堂がオープンした今月になって、このハーブ園にアイリが誰かと来たのは今日、すなわちラクアが初めて。だが園自体は前々からあるわけで、ラブレターの送り主に誘われて、あるいは彼女から誘って訪れたことがあるのか、ラクアは気になり尋ねた。ただラブレターを貰ったことを他人も通る道で声にするとどこで噂が広まるか分からないから手紙だとぼかす。
そしてその答えはノー。彼は安堵する一方で、来たい欲はあるのか尋ねる。彼女が送り主をどう思っているのか探るためだが、元々は彼女の使命を聞き出すための導入だ。
「……分からない。今はともかく、夏休みからは受験勉強で余裕ないかもしれないし」
仮に明日誘われたら、三日連続になるが行くと返事するかもしれない。心の準備ができなくて断るかもしれない自覚があるから曖昧な返答に留める。そして次に行ける機会は県民の日か夏休みような学校が無い平日。ただアイリは遊ぶ余裕ができている自信がない。今の私立から高等部に進学するには内部受験を乗り越える必要がある。
「そっか。俺らは受験なしで地元の高校に行くけど」
ちなみにこの島は高校に上がる際は中学までと同様、任意の私立を受験するか最寄りの公立に進学するかの二択だ。この島には特殊能力が目覚める人が若干名存在する。彼らの一極集中を避けるために公立高校に受験という選択肢を与えない。駅伝で一校だけ強くても面白味が無いのと同じ理屈だ。
だからラクアは勉強要らずで進路が決まっている。とはいえ勉強や一芸で優れていないとその先が苦しいのも事実なのでそれなりに頑張っている。きっと送り主も同じだ。ただアイリはそうしない。
そのときラクアは察した。小学校を卒業するタイミングで出したラブレターに、今は返事は要らないと書かれていた理由。それはアイリが遠くの中学に通って忙しいからだけではなく、彼女は受験があるのにそれがない彼が付き合うと、気を使わせると考えたうえでの決断だと。
彼はつくづく思い知らされる。送り主に落ち度が無く、同じことを先に自分ができなかった現実を。
「私はラクアと違って能力者になれるか分からないし……だったら勉強はできないと」
「いや、俺だってつい最近だし……え、ていうか知ってたんだ。ごめん」
そして特殊能力の存在こそアイリが受験決めた理由。能力が目覚めたらそれだけでオンリーワンの強みになるが、そうでなければ一般人として社会に出なくてはならない。そこでやっていけるように彼女は偏差値の高い私立に進学したのだ。
とはいえラクアも小学生の頃は無能力者で、中学三年生になる前の春休みに突然なった。だから最近までアイリと同じだったから大した差はないとフォローしつつ、そんな最近の話が彼女に知られていたことに驚く。なったことは島の同学年能力者約三十人にグループチャットに参加する形で伝わり、島のデータベースにも登録されているものの、彼女には伝えていない。むしろ受験動機を知っていたからこそ、彼女にだけは知られないよう意識していた。
「だってラクアの中学、毎月のように能力者が増えてたから。確か先月以外」
「言われてみればそうか」
能力者が現状ゼロ人の中学校もあり、他で多いところでもせいぜい四人のなか、ラクアの中学には彼含め十三人いる。中二の五月から毎月一人、先々月は二人増えた。その帳尻合わせか先月はゼロ人で記録が途絶えたが、今月は初めて同日に二人増えた。それがラクアとチシロだ。受験制限が意味を成さないバランス崩壊を毎月悪化させている。
アイリにとっては元同級生の巣窟でとんでもない革命が起こっているわけで、今月もチェックしたついでにラクアも崩壊の一味に加わっていたことを知った。だから彼女は興味本位の自己責任と捉えている。
「自分で調べたことだから、気にしないでっ」
アイリは受験の経緯を知っているラクアが能力者バレを謝った理由を察し、彼に非はなく自分から知りにいったので謝らなくていいと告げる。そう聞いて彼は、知らず心を傷つけていたのではないと分かり安堵する一方で、彼女と同じでハッカ味が好きという嘘とバレたら傷つけてしまう現状に胸を締めつけられた。
「あ、あの木。さっきワタルと話したんだけど、めちゃくちゃ背が高いなって」
ラクアはどうにか話題を逸らせないかと視線も逸らすと、午前中に見かけたアカザという植物が目に入った。彼より高く伸びた茎、それが並ぶと向こう側が見えない。だからもし園内で逸れたら姿が見えなくなって大変だという話に切り替える。
「で、ああいうのがあると人の姿が見えないから……迷子になったらどうしようって話をしたんだ。そしたらワタルの奴、能力で探知できるって自慢しやがってよぉ」
「へえ、凄いね。探知……」
「いいんだよスマホでいいし」
アイリはワタルの能力がどんな性質だったか思い出そうとしたところ、ラクアは遮るように科学の力で事足りると突きつける。決して強がりではなくチャットや電話で解決するという現実的な意見だ。
「スマホっていえば連絡先交換してなかったね」
アイリはふと思い出す。小学生の頃はスマホを持っていなかったし、学校で会えるから連絡手段に困らなかった。けれどももう別々の学校の生徒で、今後もそれが続くかもしれない。ならスマホで繋がっていた方が好都合と思う彼女に、ラクアは同じことを考えたことを思い出して答える。
「あ、小六のクラスメイトのグループチャットがあるからそこから友達申請すれば」
「そうね。じゃあやっておく」
かといって会っている今しかできないことではなく、ラクアはグループ経由でアイリのアカウントを発見しており、友達申請するか悩んで結局できていない。だから咄嗟にその連絡先交換手段を口に出すと、彼女は納得し自分から動く。彼はすぐスマホを開き、迷わず承認した。
これで願いが叶ったと内心浮かれていると、彼女にアカウントのアイコンを知られた。
「ラクアの画像、ソリティア?」
「ああ、うん……俺が作った」
ラクアがプロフィール画像に選択しているのは、彼がパソコンの画面キャプチャから編集したトランプゲームのプレイ画面。それはパソコン内蔵のソフトウェアではなく彼がプログラミングで作成した物。趣味であり彼らしさの象徴と自負し、能力者として交友の輪を広げたのを機に変更していたのだ。
そのゲームの中からソリティアを選んだのに理由がある。
「ゲーム自体はずっと前に作ってあって、トランプの柄を俺らにした」
「あ、本当だ」
「能力者になった順番を覚えるのにいいかもって。俺でちょうど十三人だから、同級生の能力者」
絵柄は自前の画像と合成し、数字ごとに同級生の顔を割り振った。能力者になった順に一から十三まで。ラクアとチシロは同日なので名前の五十音順とした。そういう経緯で彼が作ったというゲームに、アイリは納得しつそのアイディアを実現できる彼を凄いと思った。
スマホを指でなぞりつつ食い入るように眺めるアイリを見て、ラクアは提案した。
「俺のパソコンでしかできないから……良かったらウチ来る?」
「……うん、やらせてほしいな」
ゲームを理由にまたアイリと会うチャンスを作れると思っての提案に彼女は乗る。直後ラクアは焦った。今そのパソコンには彼女をヒロインのモデルにしたノベルゲームのネタが保存されている。知られたら一巻の終わりと覚悟しているから、バレるリスクを自ら背負うのは悪手だと後から気づく。もう一台はゲーム作成仲間にあげたのも間が悪いが、今さら取り消すわけにもいかず、やりたくなったらいつでも連絡してほしいと告げた。
「あれ、順番ってことはラクアが……キング? クイーンはチシロ。ふうん」
チシロの方は画像からは分からないがアイリは推測するとニヤッとした。つまりラクアは二人の関係をキングとクイーンに見立てている、彼の恋心の表れと考えて。彼は嫌な予感を察し即座に否定する。チシロを妃に据えた気は一切ないと。そもそも彼女と夫婦になると彼はワタルの義弟になるわけで、それは絶対に嫌だ。それに彼が一人でそのソリティアをするときはクイーン役をチシロからアイリに改竄している。追いやられたチシロは使わないジョーカー役だ。
「ねえから。ワタルの義弟とか御免だわ」
「あ、そうか。でも私はチシロの義姉……悪くないかも」
逆にアイリがワタルと夫婦になるとチシロは義妹になるわけで、それは悪くないと考える。だがラクアにとっては想像するだけで脳が粉々になりそうで嫌だ。
「それぞれ結婚したら私とラクアは従兄弟?」
「嫌だ! だったら俺がアイリと結婚したい!」
そこに追い討ちをかける想像をする彼女に彼は限界で爆発した。その告白にアイリはしばし固まり、ラクアは自分が何を口走ったか自覚し、心臓がバクバクする。
「いや! 違うんだ今のは!」
「そ、そうよね」
必死に弁明する裏で、何も違わないだろうと問いかけてくる自分がラクアの頭の中にいる。けれどもとにかく忘れてほしい一心で否定する。アイリも唐突にプロポーズされたと思い込み、まさか彼に求められるとは想像もしなかったから、恥ずかしさでいっぱいになる。彼の否定を聞いてホッとしたがまだドキドキは収まらない。
ラクアは今好きと伝えては駄目だと自分に言い聞かせる。想いを伝えるのは本心を打ち明けてから。アイリに気に入られている一面は、そうなるように偽った面だと明かす決意ができてから。そうしないといずれ露呈し裏切って悲しませてしまうから、今は心に抑え込んだ。




