10話 嘘で得た好感度
武蔵浦春桜を駅まで送りに自転車を押して同行してきた三郷楽阿。ラクアは道中で知人に出会すことなくサクラが乗る電車が来て、安堵する。
扉が開き、これで手を振るのは最後にしようとラクアは自転車のハンドルを握ってない方の手を上げると唖然とした。その扉からサクラと入れ違いに降りてきたのは知人だった。中でも一番見られたくないと思っていた、彼の片想い相手。美南哀月だったのだ。一方、サクラはアイリと面識がないので気にせず乗り込み、中からでも彼に手を振る。だが彼は手を半端な高さのまま固まっていた。
ラクアは頭の中がごちゃごちゃになる。ラクアは改札に入れないからそれまで荷物を自転車で運んでいた。だから改札は道路に面して、珍しいプラットフォーム直結の場所を選択した。南口から上り方面に向かう人には楽で、反面そこを利用する人は限られる。知り合いに出会す確率も下がる合理的な選択のはずだった。
まだまだ思考を走らせたいラクアを待ってはくれず、アイリは改札から出てサクラは手を振ったまま帰っていく。
「こんばんは」
「あ、こ……こんばんは」
パニックに陥るラクアとは対照的に、アイリは平然と彼に挨拶する。彼女からしても彼に出会すのは予想外だったが、それで動揺するような事情はなく堂々としている。
「じゃあこれでっ」
「あっ、待って」
自棄になって自転車に跨り全速力で漕ぎ出すラクアをアイリは呼び止める。その声を聞き、彼は急ブレーキをかける。振り向くと彼女が走って追いかけてくる。なぜ呼び止めたか聞く前に、彼は冷静を取りした。駅前で途中まで一緒に
「……途中まで運ぶよ」
「ありがとう。じゃあ失礼して……」
「違う! カバン!」
アイリは荷台に腰掛けて鞄を抱えて足を浮かせる。提案を二人乗りと解釈されたラクアは背中に触れる感触に鼓動が速まり、そうではなくて荷物を前籠にいれるよう説明し直す。すると彼女は降りて荷物を彼の自転車に預けて、重くてごめんと謝った。
「帰ってよかったの? 誰か待ってたんじゃ」
「あー、大丈夫」
女子を送り届けた後だ、と正直に答えるのを避けた。だが代わりの言い訳が思いつかず曖昧な返事だけ。かといってアイリも深追いはしなかった。というより、する隙がなかった。
「アイリこそ、なんであっちから……学校は逆だろ?」
「ハーブ園に行ってきた」
アイリが進学した私立中学校は上り方面だから、寄り道か寝過ごしでもない限りあの電車から降りてくることはない。だが今はラクアたちと同じで春休み。そして用事も学校と逆方面になったから、今ので帰ってきたのだ。
「ああ、隣町の」
「うん。電車と、バスで」
中学校とは逆方面にある施設から帰ってきたと聞き、ラクアは納得した。小学生の頃からハッカ飴が好物のアイリはハーブも好むことは、以前から知っていた。それなら鉢合わせも仕方なかったと受け入れ、入れ違いで済んだだけ良かったと捉えた。彼の出発があと十分遅かったら、サクラと談笑しながら駅に向かうところをすでに駅を出て自宅へ歩いていたアイリに見られていたにちがいない。
そうなったら特殊能力者になった時期が近い"同期"の仲であり恋愛感情は一切ないと弁明しなくてはならず、一緒にノベルゲームを作っていることも、攻略ヒロインのモデルを勝手にアイリにしていることも芋づる式にバレてしまいかねない。そうなったら気味悪がられて嫌われる。彼の初恋は告白もできないまま木っ端微塵になってしまうのだ。
「でも園内で一日ずっと歩いてクタクタ。だからごめんね、無意識に甘えて乗っけてもらおうとしちゃって」
「ああ、いいってそれくらい」
アイリは話を続ける。施設までは乗り物での移動だったものの、朝から昼食を挟んで夕方までずっと歩き回っていた。最寄り駅から自宅までまた歩くのが億劫になり、たまたまラクアに会って運んでくれると言うので、楽しようと甘えた結果、校則違反の二人乗りをしようとしたことを謝る。
謝られたものの、悪い気がしなかったラクアは気にしなくていいと告げる。それに異性に気軽に二人乗りを持ちかけるようになったわけではないと理解して安堵した。たまたま今日は疲れきったからそんな行動に出たのであって、日頃からそういうことをしていることは無いと。
ただ心配になったのは、鑑賞に夢中で昼食を厳かにして力が出ないのではないかという可能性だ。
「ご飯ちゃんと食べた?」
「食べた食べたっ。新しく食堂がオープンしたの。今月」
「へえ、食堂が」
だが栄養失調の疑いは杞憂だった。しっかりしたもの食べており、むしろアイリにとってはそれが本題だったので、その話もしたいところだった、と意気揚々と答える。今月自体まだ初旬でラクアも知らない話だったので興味を持ち、安心しつつ、そして彼女は彼と二年ぶりにまともに話すのに楽しそうだなと不思議に思った。きっとそれだけ楽しい一日だったのだろうと考え、嬉しくなった。
「……でも学校の友達、誰も行きたいって言ってくれなくて、一人で」
「そうか。まあ学校から遠いしな」
同級生にこの食堂の話を持ちかけたときも、今のラクアみたいな反応をした。だがそこがハーブ園と知ると遠慮され、仕方なく一人で行ってきた。
ラクアは中学から遠い自宅から通っていることを知っている。そこよりさらに先なんて、気軽には行きにくい。そして最大の問題点は、アイリのようにハーブを好きな友達がいないこと。はるばる行って口に合わないのは損した気分になる。だから誘いは断られた。
彼は気の毒だと思いつつも、男子と行ったわけではないと知って安堵もした。二年前に別々の中学に進学し、知らない内に親しい異性ができていたらなんて、想像するだけで胸が苦しくなってしまう。
「ラクアは美味しいって言ってくれるのにね」
「まあな」
ラクアは反射的に嘘をつき、直後に内心焦り出す。彼も美味しいとは思っておらず、小学生の頃からずっと彼女に嘘をついている。泣いている彼女のハッカ飴を舐めて、本心でマズいと言ったらもっと泣かせてしまうと思い、嘘をついて乗り切ったのがすべての始まりだ。
だからラクアは思う。アイリがこの距離感で接してくるのは、数少ない共感者と信じているせいだと。これは嘘で得た好感度だ。
そうとは思いもしないアイリは、中学進学を機にラクアと離れて二年経ち、彼が特別だったのだと実感していた。
「それに、食堂は平日だけだから。社員食堂ってやつ」
「ああ。春休みの内にしか行けねえのか」
アイリが一緒に行く相手が見つからないまま一人で行った理由は、時間がなかったから。休日は閉業しているため、学校がない平日にしか行けない。
「社会人は土日休みだしな」
なぜ休日は休業なのかというと、そもそもその食堂自体が施設の職員向けに作られたものであり、ついでに来客もごちそうになれる。だから客が行きやすい休日は、職員も休みなので閉まっているというわけだ。
業務過多や重大トラブルで土日も駆り出される社員がいることを動画で観たラクアは、例外もいることを考えながらそう呟いた。
そしてアイリ同様に中学生のラクアも、春休み明けの平日は毎日が登校日。半日で下校する始業式がハーブ園のランチに行ける最後のチャンスだ。
「写真撮ってきたよ。見て見て」
アイリのスマホを見ることにどこか後ろめたさを感じつつも、合意は得ているしそもそも向こうから見せにきてるのでラクアは画面を覗く。そこには彼女が頼んだランチを直撮りした写真があった。
「え、これ全部?」
「うん……お腹空いてたし」
そういえば社員食堂と言っていたのでボリュームには納得した。けれどもその言い回しのせいでアイリは、女子の割に食べ過ぎではないかと呆れられたと解釈し、園内を巡った後だからと言い訳する。
「彼女さんが残したら手伝ってあげてね」
「え、うん。……ん? え、彼女!?」
またも反射的に答えたラクアだったが、数秒後にアイリの言葉が頭に入る。恋人がいると思われているようだが心当たりは一切ない。
「てっきり彼女さんの量より多いのに驚いたのかと」
「いや待て! そもそも誰? 誰からそんな話」
アイリはラクアの反応から女子の食事量を知っているの捉え、それは自分が知らない間に恋人を作っていて、その人と比べられたと判断した。恋人ができたと考えた根拠については、そういう噂を聞いたわけではない。
「違った? ラクア、モテそうだしてっきり付き合う相手できたのかと」
「いやいや全然! コクられたこともねえし」
面と向かって言われたことも手紙を貰ったこともない。モテる自覚は一度もしたことがない。そう考えたとき、ラクアは小学校の卒業式の日を思い出す。まだ帰る前のアイリの下駄箱に置かれた、送り主も中身も知らない、その後彼女がどうしたかも知らないラブレターと思わしき手紙のことを。
アイリのように手紙を貰ったこともない。そう言ったら自然に聞き出すことができる。そうは思いつつもラクアは声が出ない。実はその送り主と、なんて答えが返ってくるのが怖いからだ。聞かないうちは、断ったと思い込んでいられるので精神的に楽。しかし真実に打ちのめされた暁には、自分と彼女をモデルにしたノベルゲームを作って現実でできない欲を満たすことへのモチベーションも、消し飛ぶことだろう。
「だからその、女子がどのくらい食うのかよく分からねえ。アイリのも、普通に収まると思う」
悩んだラクアは話題を逸らす。一緒に食事をする仲の異性はいないから、ランチの量を比較したのではない。強いていえば給食で席の近いクラスメイトと食べているが、それは男女問わず同じメニューで、おかわりする人がいるもののさほど差はない。
「給食と比べたら多いって思ったからさ」
「あー……私も学校ではここまで食べないな」
私立は給食がなくお弁当持参か購買やカフェに行く。ラクアはアイリの学校生活を知りたいが、二年間ロクに話す機会がなかったばかりに話題が渋滞してしまう。
思い返せばサクラと歩いていたときも同じような気分を味わった。課外活動のノベルゲームの話ばかりして、プライベートの会話をしたのは帰り道くらいで、物足りなかった。
けれどもそのときと明確に違うのは、一番聞きたいことを聞く勇気が出せず、アドリブで話題を逸らしていることだ。だがそれは、あくまでもラクアに限った話。
「そうだ、忘れる前に……ちょっと止めて」
アイリはラクアの自転車から鞄を取り出したいので、一旦押すのを止めてもらう。岐路に着いてからでも間に合うが、今だってすっかり忘れて会話を楽しんでいたので、気づいたときに済ませた方がいいと考えた。
「はいこれ、お土産」
「え、ありがと」
ハーブ園に行ったことはさっき聞いたことなので、お土産を買ってくれたとはラクアは想像もしなかった。仮に事前に聞いていても頼む勇気は出せなかったにちがいないが、ともかくアイリは彼のために選んで買ってきてくれた。戸惑いと喜びが混じり、震える手で受け取る。
「ごめん、片手塞がってたね。離して」
お土産はジュースとジャム。合わせて数百グラムとはいえ、片手で自転車を支えつつもう片手で掴むには不安定だったので、手渡すのを止めて彼の前カゴにしまってあげることにした。
「小さいけど高そう」
「二千円ちょっとかな」
「高っ!? お金出すよ」
じっくり見ると容器から高級感を匂わせていると感じたラクアが呟くとご明察とアイリは答える。するとそんな額のお土産をただで受け取るわけにはいかなくなり、財布からお札を取り出そうとする。
「いいよ、ラクアの分だけだし」
「あ、そう……ん!?」
確かにこの費用で何人にも買っていたら破産する。だが渡すお土産はこれだけだから平気だ、とアイリは財布を押す。ラクアは本人が平気と言うならと思い納得しかけたところで、自分にだけ買ってきてくれた事実に動揺する。
「美味しいって言ってくれる人に味わってほしいし」
「そ、そうか……ありがとな」
ラクアは罪悪感を覚える。アイリのために見栄を張って、嫌な味を嫌と言えなかったばかりに彼女に気に入られてしまった。彼も本当は周りと同じなのに、嘘をついて信頼されてしまっている。
後々バレるくらいなら、受け取るべきではないと思いはしたものの、やはり告白する勇気は出ない。喜ぶフリをして受け取ってしまった。
「荷物持ってくれてありがとう。またね、ラクア」
「うん、またね……」
そして岐路に着き、アイリは鞄を持ってラクアに手を振る。結局何も言えないまま別れのときが来てしまった。次こうして話せるのは、いつになるか分からない。第一今日だって色々な偶然が重なった結果だ。
背中を見送るラクアは自分の問題点を振り返る。アイリに対しては、告白できなかったことだけが未練ではない。本心さえ隠して向き合えていないことだ。そして彼女には偽りの自分が特別視されている。そのことをお土産で実感する。
彼と彼女をモデルにした、彼が作成するノベルゲーム。そのトゥルーエンドとするべきは、本心も好意も伝えたうえでのグッドエンド。そう気づいたとき、サクラたちとの話し合いではまとまらなかった主人公のキャラクターが明確になった。
好意に浮かれて本心を偽り続け、その原動力は好きな子を泣かせたくないから、などと他人に責任を押しつける主人公。それがゲームの主人公であり、現実の彼自身であり、変わらなくてはならないと誓った。それが彼女から好意を向けられている唯一の線を断ち切ることになるとしても。




