9話 誤解
「じゃあまた今度ね」
ノベルゲーム作成で、今日集まっての作業はここまで。水天宮千城は玄関で三郷楽阿と武蔵浦春桜を見送る。チシロの兄、渡も部屋を出て見送りにやってきた。
「ラクア、それ駅まで運んでやれよ」
「そうだな。俺チャリだし」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
ワタルはサクラが両手で持つ手提げ袋を見て、中身はラクアが自宅に取りに戻ったノートパソコンだと見抜いた。サクラは家が遠く電車で来たから駅まで歩く必要があり、それなら男手の出番だと彼に頼んだ。
大したことないから気を使わなくても、と思うサクラに、自転車で帰るラクアは籠に入れれば重さは気にならないからと言って承諾した。それなら彼に重い思いをさせなくて済む。サクラは彼に運んでもらって出発した。
「……随分長く居たな」
「うん。つい熱中しちゃって」
玄関を閉めてそれぞれの部屋へ戻っていくワタルとチシロ。ワタルだけは集まりに参加していなかったが、長々とこもっていたことは分かっている。その集まりは"同期"。特殊能力者になった時期が近い者の集まりなので、半年前になったワタルは今月なったチシロたちの輪には入らない。だから彼女らが何をしていたのか見当がつかないが、長々と部屋にこもって没頭するくらい楽しい企画だったのは感じ取れる。
「……ワタルはさ、どんな使命を持ってる?」
「氏名? 俺は水天宮渡だけど」
「名前じゃなくて」
いきなり使命を聞いて面食らう気持ちは分かるが、これはチシロたちが"同期"の課外活動に関する話題。各々が作るノベルゲームのキャラクターが物語をどう動かすか考えるにあたり必要な設定だ。そして彼女のゲームには、ワタルをモデルとするキャラクターが登場する。
「そうか。てっきりサクラとそういう話をしたのかと。ほら、妹と苗字違うじゃん」
サクラは広小路冬雪の姉と名乗っていた。姉妹で苗字が違うのは気になるが、触れないのが暗黙の了解となっていた。
だが"同期"には打ち明けていたかもしれないとワタルは思った。同い年のきょうだいという点でサクラは姉でチシロは妹という繋がりがあることも踏まえて。
「……もしかして、実はワタルと苗字違うの!?」
するとチシロはある考えが浮かんだ。年子でも苗字が違うと義理のきょうだいにも見える。つまり年子なら実は義理のきょうだいである線も考えられるわけで、自分とワタルは同じ苗字になった血の繋がっていない堂々と結婚できる関係だったのではないかと期待が高まる。
「誕生日近いのおかしいと思ったよ! それなら結婚できるねっ」
「しねえよ馬鹿っ。第一れっきとした血縁者だ」
ワタルはしがみつこうとするチシロを押さえつつ、勘違いだと告げる。彼女は彼が産まれてすぐに第二子を産もうとして結果誕生した。それは事実だ。どちらかが実の子どもではないなんて残酷な話は存在しない。
「ふふん。そんな抵抗じゃ今の私は止められないよ」
「いいから離せ! そんなことに能力使うな」
チシロは先日目覚めた特殊能力で自分の腕を鉄に変える。すると密度が上がって腕は重くなり、ワタルが振り払うには力を擁する。本気になれば全身を鉄化して組み伏せることもできる。もうか弱い妹ではないことを実感し、そして分からせようとする。
だが自由を奪って欲望を解放するのも気が引けるのでチシロは体を元通りにし、ワタルから離れた。気が済んだ彼女は部屋へと戻っていく。
ワタルは感触の残る腕を見つめ、心の中で答えた。自分の使命は、チシロの兄で居続けることだと。同い年だから自分だけ留年や浪人すれば彼女より学年が下になる。それだけはみっともないし、かといって進学だけできればいいなんて妥協はしない。胸を張って兄でいられるために日頃から勉強を頑張る。
一方、ラクアは自転車を押して駅へ向かう。サクラは徒歩で、かといって二人乗りは校則違反。漕いだ方が速くて楽とはいえ、通学区域でそんな危ない真似はしない。
とはいえこれはこれで問題があるとラクアは気づく。行きはチシロが駅で待ってサクラと一緒に来てラクアは現地集合だったので二人で行動するのは初めてだ。地元で女子と二人きり、それも遠くの街に住む、知り合いが知らない子と。そんな子と一緒にいる姿を見られたら噂になりかねない。特に、彼が好きな子に情報が届いてしまうのは嫌だ。
小学生時代の同級生で別の中学へ行ってしまって二年も疎遠とはいえ、今も片想いを続けている。好きと伝える勇気は出せていないが、向こうからとも両片想いの線は捨てきれないことを踏まえると、他に恋人ができたと誤解されるのは避けたい。
そこでラクアは考えた。見られても誤解されないよう振る舞えばいいと。
「なあサクラ、お年寄りっぽく歩いてくれねえか?」
「……は?」
思考の過程をすっ飛ばして結論だけ声にしたところ、サクラは一瞬思考が固まり、理解したものの理解を拒んだ。
「私永遠の中学生だけど」
「ごめん失礼なこと言ったわ」
お年寄りの付き添いと見られたら大丈夫。サクラのことを地域の人たちは知らないことを利用すれば、彼女を老人っぽく歩かせればいいと考えた。それは華の女子中学生に失礼な要望だったと反省し、失言の経緯を弁明する。
「彼女って誤解されないためにと思って」
「ああ、そういう……」
春休みの駅前だ。コソコソ行くのは不可能だから、見られてもいいようにする。そう判断したゆえのお年寄り発言だったと理解し、サクラは苦笑いする。
「いきなり変なこと言うからドキッとしたよ」
「いやホントごめん……別に、隠すような関係じゃないのは分かってるけど」
内緒で交際しているとか、疚しい仲でないことは事実。しかし能力者仲間だということは傍目には分からない。むしろラクア自身そうなったのもつい数日前だから、まだ能力者として知られていないだろう。
「でも、ありがとう。そう思ってても付き合ってくれて」
「まあ迷ったりするのも危ないしな。それに楽で面白い乗り場がある」
サクラは自分で持ち運べるが親切に荷物持ちと案内をしてくれて、断りたい理由があっても我慢してくれる彼にお礼を言う。
だがラクアは今のがお礼とは理解できるが聞かれたら誤解されそうな言い回しは止めてほしいと思いつつも、建前を声にしてごまかした。それに、来た道より便利な帰り道を知っている。サクラが来たのは西からと聞いているから、きっとまだ知らない。プラットフォームに直結する、西に向かうには便利な改札があることを。それを教えるためにも、見られる前にサクラを一人で帰らせる選択には逃げない。
「乗り場って、駅の?」
「ああ。来るとき階段降りて出てきただろ?」
「そういえば……うん、降りた」
着いてみれば分かるから話すほどのことでもないが、聞かれたのでラクアは人目を気にせず会話を続ける。話し相手の前でキョロキョロするのは失礼だと無意識に判断していた。そして彼の言う通り、サクラは電車を降りたら階段を降りて改札を抜けたことは覚えているので頷く。
「だから帰りは登らないといけない。俺がついていけるのは改札の前までだから、これ持って登るのは面倒だろ。だから楽な方に行く」
「別に大した重さじゃないけど……でも面倒は無くす方がいいよね」
口癖のように"楽"と言葉にするなあ、とラクアに対してサクラは思う。だからこそ気づくことがあるのかもしれないし、がっしりした体つきからして苦に弱そうでもない。楽できるところは楽するのが彼の特徴だと肯定的に捉えた。
「来週から学校だっけ? 準備とか大丈夫?」
「うん。制服は注文して、届くまでは借りて」
「そっか。忙しければ次の予定は調整するから」
一度会話を始めると途切れたらまた始めたくなる。ラクアは話題を探して、サクラの春休み明けの予定を尋ねた。先日島に来て妹と再会し、この島での生活を始めるとまでは聞いているが、考えてみると疑問が浮かぶ。
実は準備がまだまだなら、次回のノベルゲーム作成の予定は彼女の都合に合わせなくてはならない、業務的な意味も含めた会話だ。
「……まだゲームのこと考えてる」
サクラの言葉にラクアは動揺した。必要な会話だとアピールしただけなのに、嫉妬する恋人のような発言をする彼女に心を乱される。普通にドキッとするし、万が一誰かに聞かれたら確実に誤解される。彼女は直接言わないが、仲間のチシロの家を出た二人きりの今こそ、切り出される話があるのかと期待しているようにも思えてくる。
「本当に一途なのね」
「そ、そうだ。俺には好きな子が」
「……ゲームの話だけど」
思わせぶりには乗せられない。自分には小学生の頃から好きな相手がいる。決意を声にするラクアに、サクラは会話が噛み合ってないことを指摘する。彼女は彼のことを本気でノベルゲーム作成に向き合う真面目な人だと評価したのであり、二人きりになってもまださっきの課外活動の話をするのを不満に思ったというのは彼の早とちりだった。
「……あー、ははっ、一途ってそういう」
「笑わないでくれ」
なぜラクアは突然好きな人がいると宣言したのか。それは自分が言った一途を恋愛方面で捉えたからだと気づいたサクラは話が繋がり、そしておかしくて笑みを溢す。彼としては勘違いを自覚しただけでも恥ずかしいのに、人にまで気づかれると閉じ籠もりたくなる。
「ごめんね、笑っちゃって。でも安心した」
サクラは笑いが収まると、抱えていた悩みがあったこと、そしてそれは杞憂だったことを彼に打ち明ける。
「さっきはチシロと三人だったから普通に話せていたけど、二人になったら話しにくくなるかも……って思ってたからさ、この帰り道」
パソコンをラクアが運ぶから駅まで同行するとい話になったとき、道中気まずくならないかサクラは内心不安だった。"同期"というのは偶然同時期に特殊能力者になった同学年の仲であり、地域や学校は問わない。だからなる以前は面識すらなかった人とも交流することもあるわけで、実際彼女らはそういう関係だ。
目的を持って全員で話し合っていても、その用事が済んで二人だけになったとき、全員の前と同じように気軽に話すことは、できなくなる。
ひょっとしたら駅まで無言の時間が続くかもしれないと思っていたから、いざ歩いてみたらラクアの新しい一面や面白い挙動を見られて、楽しい時間になっていた。けれどもその時間はもうすぐ終わってしまうのは、徐々に大きく見えてくる駅から伝わってくる。
「だからさ、駅でお別れってのもちょっと寂しいかも」
わざとなのか無自覚なのか、ラクアは頭を悩ませる。サクラのその言い回しは一日過ごした恋人と夜になって別れを惜しむシーンのようにも聞こえる。
「そういえば雑談とか全然しなかったな。ずっと真剣に企画のこと考えて」
確かに思い返せばノベルゲームの話し合いばかりで、気兼ねなく接する時間はほとんどなかった。帰路についてようやくその時間ができたと思ったら、もうすぐ着くので終わってしまう。その分作業は進んだものの、それは最初だから乗り気だったわけで、この調子では疲れてしまう。それは彼が過去にプログラミングでゲーム作りに挑戦したときに通った道で、ある日急にやる気を無くすこともあった。
だから次に集まるときは、もっと息抜きの時間を作るべきだと反省した。
「だから今度からさ、遊びの時間も作ろうぜ。行きたい場所とか考えてさ」
「賛成っ。まだ知らない所だらけだし」
今日だってサクラははるばるこの街に来たのに、駅からチシロの家まで往復しただけだ。ゲームセンターや商店街など紹介したい場所はいっぱいある。
「で、そこから行けばすぐだから」
「わっ本当!」
たった今、知らない場所を一つ教えた。改札とその目の前にあるプラットフォーム。通って少し段差を上がればあとは電車を待つだけだ。ラクアは改札の手前までの付き添いだが、これならサクラがパソコンを運ぶのも苦ではない。彼が言っていた楽な乗り場とはこのことだったのかと気づきスッキリする。
「じゃあ気をつけて」
「ありがとう。また来るねっ」
電車が来ていないから焦って別れる時間でもないが、邪魔な位置に自転車に跨っているわけにもいかない。ラクアは見送りの言葉をかけると、サクラは笑顔で手を振り、彼に背を向け改札を通る。すると彼女は振り向いて、改札を挟んでラクアを見つめる。
ここで彼は失態に気づく。通常なら電車を待つには改札を離れて一人で待たなくてはならないが、この駅構造なら彼が見える位置で待てる。そんな場所を紹介したのは彼の方であり、まるで彼がそうしたいように受け取られてしまうのではないかと焦る。現にサクラはそう解釈したかのような微笑みをずっと彼に向けている。
善意が裏目に出て恥ずかしい思いをする。サクラが乗って発車するまでの数分間は、ラクアにとってとても長く感じた。




