11話 惚れた笑顔
三郷楽阿は帰宅した。鞄からパソコンを取り出し、ノベルゲーム作成を再開する。一緒にジュースとジャムも取り出すと、開封せず机に置いた。
メンバーを集まって作業していたときは考えつかなかった、主人公とヒロインのキャラクター。モデルはラクア自身と、彼が片想いをしている小学校の同級生。別々の中学に進学してもうすぐ二年経つ。それまで疎遠だったが、帰り道で偶然会うとたくさん会話できた。このジュースたちも彼女がくれたもの。目につく位置に置いて、帰り道の記憶が薄れるのを防ぐ。
空欄のままなのは、キャラクターの使命とその必然性、説得力。それはノベルゲームのシナリオに関連するものでなくてはならない。けれどもラクアは自分がなぜ彼女に固執するのか自分でも分からず、一方で彼女にとって自分はどんな存在かも分からなくて、ほとんど書けなかった。自分をモデルにした主人公の使命を、彼女に告白して付き合うことと書けただけで、なぜそうするのかは何も考えつかなかった。
だが今は違う。彼女と会話したおかげで、自分と彼女の解像度が上がったから、スラスラと書ける。思いつくままに書いて、要約してはまた書いていく。とにかく文字に起こして情報を可視化し、整理していく。
まず主人公。このモデルが制作者のラクア自身であることは変わらない。これは彼が現実でできなかったもしもの選択をした先の物語をゲームで実現する企画。だから自分に似せて、けれども自分にできない一歩を踏み出した選択ができる、そんな存在だ。
ただ設定は一部改変している。小学校ではなく中学校の卒業式で、高校から別々という設定だ。今の自分に寄せた方が心境を投影しやすい。
なぜ彼女と付き合いたいかに焦点を当てていたのがいけなかった。その原動力は今もよく分からないままだから、いくら考えても答えは出てこない。けれども着眼点を変えて、彼女に対しての使命はハッキリした。それは自分が惚れた笑顔を失わせたくないことだ。
小学校低学年の頃、好きな味のハッカ飴を不味いと言われ泣いている彼女と出会った。彼も気に入る味ではなかったが、それを表に出すともっと泣かせてしまう。だから見栄張って美味しいと答えたら、笑った彼女に恋をした。
一方で彼女にとっての彼、つまり主人公は、好みを理解してくれる存在となった。それはその出会いから今、もといゲームのスタート時点である、中学校を卒業した時期になっても変わらない。だから彼女は彼のことを、好みが合う希少な相手として認識し接している。
こんなにお土産をくれたのも、彼なら喜んでくれると思い込んでいるがゆえ。その誤解が解けていたら、貰えなかったにちがいない。彼の本心が分かったら、彼女からの印象も変わるから。
ラクアは主人公とヒロインにそれぞれ矢印を書く。お互いが向ける思いを矢印に添えていく。まず彼は彼女に笑顔でいてほしい。だから今の距離感を維持しようと無意識に思っていた。そのせいで告白する勇気が出せず、別々の高校に進学する目前になった卒業式を終え、もう同級生ではなくなった。
そして告白とは別に本心を明かすことも避けていた。泣かせたくないから美味しいと答えてしまったのであって、その味が好みではない。だがそう告げると彼女を傷つけてしまう一方で、黙っておけば楽なことだ。
その心理は告白できなかった理由にも繋がる。今以上の関係になったらもっとお互いに踏み込むわけで、無理に合わせていると見抜かれかねない。嫌われるのが怖くて動けなかったのだ。最優先にあの日の彼女の笑顔があって、失わせたくない使命から本心を隠し、そのうえ偽る必然性と説得力を持つ。それが主人公のキャラクター像。
今度はヒロインで、それは彼女の気持ちを想像して考える。さっき途中まで一緒に帰っていたときの態度や言葉を、お土産を見て思い出して想像する。使命はきっと、好みの合う相手に出会うこと。不味いと吐かれたあの出来事で、独りでは守ってくれる人がいないことを思い知った。つまり必然性はその相手に守ってもらいたいことで、説得力は味アンチの存在が証明している。
そう仮定すると彼女の行動に動機が想像できる。女子校への進学は、単純に身近な同性の母数が多いほど出会える確率が上がる。
現実は特殊能力者になれる可能性に懸けないで学力を上げた方が良いという動機だが、このゲームに特殊能力という概念はあまり存在意義がないから、無いものとして扱う。
逆に現時点ではそういう仲の相手がいないわけで、だからさっきも一人でハーブ園に行っていた。そして帰り道でラクアに会ったら、楽しそうに語っていた。それは彼のことを、好みの合う異性と認識しているためだ。
異性なので同性ほど距離感ではないが、異性の中では近い距離感。それが彼女にとって彼という存在で、けれどもそれは本心を隠して偽る彼を見ている。彼女からの矢印をもう一本追加し、これを本当の彼に対する認識とする。これは未知数。この矢印と一文をラクアは強調した。本心の彼を知ったとき、彼女が彼をどう見るか分からない。けれども隠したまま、彼女に都合の良い一面を作っている今は告白なんてできない。この課題の克服こそが、物語の根幹。そして現実の彼が乗り越えるべき試練なのだ。
最後にラクアはグッドエンドを見直す。当初は告白成功としていたが、告白の意味を恋心から本心に修正する。同時に告白のは恋心を言い訳にしているので却下。好きだから本音を隠していた、なんて言うのはむしろバッドエンドだ。本心をさらけ出して、彼女と向き合って。それを積み重ねてから改めて恋心を打ち明けるべきだと見直した。それはボリューム的に、厳しいのでボツとし、本心を明かすという手前のステップをゴールに変更した。キスまで済ませて唇はあの日の飴と同じ味がした、なんて小っ恥ずかしいゲーム作成のチームメイト発案の展開は封印した。
ひとしきり考えを文字起こししたラクアは、彼女が行ってきたハーブ園について調べる。最近食堂ができて、それは社員食堂だから平日の昼間限定の営業。つまりこの春休みが終わると行けるチャンスは当面来ない。一人か同級生と行く分には、夏休みを待たずとも学校行事の代休がある。けれども彼女はもう同級生ではない。代休が被るなんて都合の良い日は無いだろう。
先に知っておけばよかったとラクアは後悔した。彼女に教え、行くのを勧め、あわよくば一緒に行く。誰も誘いに乗ってくれなければ、紹介した本人として自然に同行に名乗りを上げることができた。けれども彼女が今日行ってきたばかりで、一週間も経たずに誘うのは良くない。つまり一緒に行こうと誘う機会を逃したのだ。
そしてラクアは考えるのを止めた。結局は彼女の好みに対する情報のアンテナを伸ばしていなかったことが手遅れの原因。彼女と向き合う努力が足りなかったと捉え、けれどもゲームならそういう分岐があっても良いと思い、アイディアを書き残した。ゲーム画面にこっそり映し、覚えていたプレイヤーはイベント発生のフラグが立つ、と。そして見逃したプレイヤーは、現実の彼と同じように後悔する。だがゲームなのでそこで諦めることはなく、もう一度プレイしたときにリベンジできる。選択を変える周回プレイがノベルゲームの本質だ。
ラクアはパソコンから離れて想像する。もしゲームのように選択をやり直して、彼女と一緒にハーブ園に行くことができたら、どんな一日を過ごしていたのかを。あくまでももしもの話だが、そのもしもが実現したときのゲームの展開があってもいいので、これはそのための必要な想像。そう自分に言い聞かせ、全開で想像を繰り広げる。
彼女が気に入るようなイベントや商品を見つけたい。日々そう思いながらスマホで検索していたある日、おすすめに表示された食堂オープンのニュース。現実では四月からだが、ゲームの中では卒業式後ということにした。さっそく彼女に教えてあげたら、ぜひ行きたいと乗り気になった。勢いで、よかったら一緒に行かないか、と誘おうとしたものの緊張して言葉に詰まる彼。けれども彼女は学校の女友達を誘ってみると言い出し、その人たちと面識のない彼は、気を遣わせないよう身を引いて、悶々とした日々を過ごす。
後日、彼女から連絡が来た。誰も誘いに乗ってくれないと嘆く彼女。好みの合う友達がいなかったが、かといって行かないのはもったいない。途方に暮れる彼女に、彼はチャンス到来と直感し、勇気を出して誘ってみる。自分と二人で行かないかと。すでに付き合っていたり好きな異性がいたりすると断られるにちがいない、そのうえ彼女に好意を抱いていることもバレてしまう諸刃の剣。彼女にラブレターらしき手紙が渡ったのを目の当たりにしている以上、手紙の正体と彼女の返答によっては残酷な返事も覚悟のうえで心臓バクバクで返事を待つと、彼女の喜ぶ声がした。
晴れて二人きりで行くことになり、彼は一人のたうち回って喜ぶ。そして当日を首を長くして待ち、それまでに時々彼女と連絡を取り合う。何時までいるか、他にどこに行くか。当日の予定を考えるその様子は、まるでデートの計画を立てているようだ。
そして迎えた当日。学校は離れても引っ越しはしないから、彼は彼女の家を訪れ、一緒に出発。それから歩いて駅へ歩き、彼女は気兼ねなく会話する。一方で彼は、卒業式の下校間際に発見した、彼女の下駄箱に置かれた手紙が気になってどこかぎこちない。この距離で話せる機会を逃したくない一方で、出かける前に問い出すことでもないように思う。そんな葛藤を抱え、今は聞かないことを選択した彼は、元気に振る舞う。そして彼女は、彼のことを妙には思わない。自分と好みの合う希少な存在と思い込んで、特別視して接してくる。
電車でもバスでも隣同士で座り、歩いていたときよりさらに近い距離になる。こうして並ぶのは修学旅行以来だ、なんて話もしながら、来月からは別々の高校に通うことを寂しいと彼女が呟いて、聞き間違いか本心かと気になる彼は、今なんて言ったかと尋ねてしまい、なんでもないと彼女ははぐらかす。
そして園に着き、食堂がオープンするまでは園内を探索。一面のハーブの野原を歩き、見た目や効能の違いについて知識を深める。何か悩みがあれば効果のあるものを探してみないか、と彼女が提案すると、彼は再び手紙の存在を思い出す。だがそんな悩みの種は隠し、夜になかなか眠れないことがあるという結果だけを告げる。
すると彼女は善意で探してくれる。悩みに自分が関係しているとは思いもせず、彼の役に立とうとする。
それから考えても、散策中のやりとりを彼は想像できなかった。これは一度行って目や耳で情報を集めないと具体的に想像できないと自覚し、いつか行くことを予定に追加した。一時冷静になった彼だったが、メモを残すと再び想像の世界に潜る。
スキップして食堂での光景を想像する。施設の社員を横目に、いつか大人になったらこういうランチタイムを過ごすのだろうと思い、将来をテーマに彼女と会話する機会に繋がる。彼はゲームが好きだからゲーム制作に携わる職に就きたいと言い、彼女はハーブティーを作る喫茶店のオーナーになりたいと言う。
お互い全然違う進路だと実感し、それが叶ったときはこうして一緒に出かけたり食事したりすることもなくなるのだろうと考える。そこで彼は呟く。エンジニアは激務だから、疲れの取れる飲み物を貰えたら嬉しいと。
言葉に出してふと気づく。妻として帰宅を出迎えてほしいとプロポーズしているも同然な発言だと自覚し、慌てて撤回する。その様子を面白おかしく笑う彼女。想像するだけで顔のニヤケが止まらない。
そんなこんなで食事して、午後もまた散策して、夕方に帰路につく。今日は楽しかったと振り返りつつ、またこうして来たいと彼女は呟く。今度は友達と来られるといいなと返す彼に、彼だから楽しかったと彼女は告げる。だから、今度は別の場所でも良いから、また出かけに行きたい。どこか照れながら、彼女はそう願う。
自分も同じ気持ちだ、と彼は告げて、静寂が流れる。そして覚悟を決めた彼は彼女に告白する。ずっと好きだった。付き合ってほしい。またこうしてデートしたいと。すると彼女は笑って頷き、手を繋いで帰る。
たった一日でグッドエンドに辿り着くシナリオが出来上がった。ラクアは自分の才能をあり過ぎて怖いと思った。スラスラと描けて絶好調と思った矢先、これでは本心を伝えていない問題点を自覚する。彼女の好みに合わせている嘘偽りの自分のまま付き合った暁には、バレたとき彼女の心に深い傷を負わせてしまう。ラクアは泣く泣くこの結末はバッドエンドの一つと受け止め、意気消沈した。




