第二話 異世界での生活1
徹君がアリスの家に転がり込むまでのお話です。
アリスは俺の目をまっすぐ見ながら言う。
「私の、復讐を手伝って――――」
「……復讐?」
俺がそう聞き返すと、ザワッ、と風が吹き、アリスの金髪が揺れた。
しばらく間があり、アリスは髪を左手で押さえながら口を開く。
「うん、あったばかりのトール君にこんなことを頼むのは申し訳ないんだけど、私の復讐に協力してほしいの。」
「えっと、俺に頼む理由を聞いても?」
さっきの流れで、なんでいきなり俺なんかにそんなことを頼むのかわからず、理由を問うことにした。
「トール君のさっきの魔法だよ」
「え、魔法ってファイアだろ?初歩的な魔法なんだっけ?」
アリスはコクリとうなずく。
「うん、でも、トール君がさっき使った魔法、あれはファイアじゃなくてカオスフレイムって言うんだよ。」
アリスは興奮気味にまくしたてる。
「あれは、本来なら王宮魔導士クラスが魔法構造が緻密に書かれた図式を見ながら一日中詠唱し続けてやっと顕現させることのできる魔法なんだよ。なんたって炎の女神フレイの、力の大半を呼び出す魔法なんだから!」
「へー、そうなのか」
「例えば、家を作るときには設計図がいるし時間がかかるけど、トール君は設計図なしで、且つ一瞬でその家を組み立ててしまうようなものなんだ。はっきり言って、トール君は規格外だよ。」
よくわかっていないことがばれたのか、アリスにたとえ話をされる。でも、そのおかげで分かったのだが、どうやら俺が何気なく使った魔法は凄い魔法だったらしい。
「ま、まあ、取りあえず、魔法がすごかったのはわかったよ。で、理由はそれだけなのか?」
「うん、そうだよ、それだけ。君の、その力があれば、私は復讐を遂げることができる。」
そう独り言のようにつぶやきながらアリスは微笑むが、その瞳は先ほどの青い輝きを失っており、まるで感情のない氷のような笑みだった。
それが俺に、得体のしれない気味悪さを感じさせる。
アリスの急な温度変化に思わず一歩後ずさる俺に、アリスはポンと手を合わせる。
「……ああ、そうだ、私の復讐を手伝ってくれる人には 見せて、おかないとね」
そう言って、アリスは俺に手を差し伸べる。
「トール君、私の手を握って。」
「え、でも、その……なんで?」
俺が突然のことにうろたえていると、
「私の過去を『リライヴ』っていう魔法でトール君に見せるの」
アリスはそう俺に説明する。
「アリスの、過去?」
そう聞くと、アリスはうなずいた。
「そうだよ、これさえ見てもらえば私が復讐を決めた理由がわかるの。だから――――」
アリスは氷のような表情のまま言ってくる。しかし、
「ちょ、ちょっと待ってくれ、俺は別にアリスの復讐を手伝うなんて一言も言ってないぞ」
俺に頼む理由は聞いたが、手伝うとは言っていない。それに、いきなりわけのわからない世界に来てしまい、右も左もわからない状況で、他人を手伝うなんてできるわけがない。自分のことだけで手いっぱいだ。
「それに、俺は戸惑っているんだ。信じてもらえないだろうけど、俺はこの世界の住人じゃない。元の世界で寝て、起きたらいつの間にかアリスに膝枕されていたんだ。だからそんな状況で復讐だのなんだのと言われても正直……困る」
先ほど、俺でも魔法が出せると知って喜んでいたが、その喜びも自分自身の言葉によって不安に変わっていく。
この後、俺はいったいどうなってしまうのだろうか。アリスと別れた後はどうすればいいんだろうか、何も知らない土地だけに、最悪、野垂れ死になんてこともあり得る。衣食住がそろっていた元の世界とは違い、ここは異世界。幸い、今までのアリスとの会話の中でわかったが、言葉は通じるようだ。しかし、それだけでは腹も膨れないし雨風を防ぐところもない、雨は降るのかどうかはわからないが……。ともかく、状況としては絶望的、まさに万事休す、である。
思考とともに暗くなってゆく俺の顔を見たアリスは声をかけてくる。
「……ええと、もしかして、記憶喪失なの?自分の家も思い出せないとか?」
そこに先ほどの氷の表情はなく、ただ単に俺を心配しているようだ。なんだか不思議な少女だな、と俺は思った。あんなに感情の見えない表情をしたかと思えば今度は俺を思いやるような優しい表情。アリスは一体過去に何を抱えているのだろうか、そう聞きたくなるが、興味本位では聞いてはいけない気がして思いとどまる。代わりに出たのは、質問に対する肯定の言葉だった。
「ああ、そうなんだ。きっとそうに違いない。混乱してわけのわからないことを言ってしまったんだ。悪いんだけど、このあたりに雨風をしのげそうな場所はあるかい?」
俺はアリスにそう言う。異世界から来たということを押し通して信じてもらおうとしても、変な奴と認識されて警察……この世界では憲兵だろうか?に引き渡される可能性だってゼロではない。
とりあえず俺はアリスに話を合わせておくことにした。
とりあえずは寝る場所の確保だ。何かの本で読んだが、こういう絶望的な状況の時、確保しなければいけないものは水、寝る場所、食糧だったはずだ。これだけ緑に覆われた平原なのだ、きっと近くに水源があるに違いない。その点から水はどうにかなりそうだが、寝る場所と食糧の問題はどうするか決めかねていたところだ。現地人に話を聞けば何かいい廃墟とか、そこまでいかなくとも、寝るだけなら困らなそうなところを知っているかもしれない。
俺は淡い期待を込めてアリスの返答を待つ。
すると、アリスはしばらく考えた素振りを見せた後、俺の期待をいい方向で裏切るようなことを言ってきた。
「うーん、だったら私のところに来れば?私のお義父さん木工職人をしているんだけど、今ちょうど人手が足りないってぼやいていたから、住み込みで手伝うっていえば喜んで迎え入れてくれると思うよ?」
「本当か!?」
その言葉に俺は一瞬歓喜するが、アリスの顔を見てそれを抑える。
「……でも、俺はその、アリスの復讐には……」
すまなそうに言うと、しかし、アリスは苦笑して首を振る。
「いいよ、それにさっきの私は少し強引だったから。あのことが絡むとつい……ね。だから、そのお詫びも含めて、家に来ない?私のことは気にしないでいいからさ。」
アリスはさりげなく俺の手を取りながら再び提案してくる。本人もこう言っていることだし、俺はその言葉に甘えることにした。
「じゃあ、よろしくお願いします。」
俺はそういって軽く会釈する。
「うん、よろしくねっ!」と言いながらさらに強く俺の手を握るアリス。アリスの、女の子の手は妄想していたものよりもやわらかくて、温かくて、俺の顔はリンゴみたいに真っ赤になったのだった。
次回もよろしくお願いします。




