孤狼8
宮内さんに見た目上の変化は無い。
(彼女は無事なのか?)
徐々に教室内に浮かび上がった文字が消えていく。
ほとんどの文字が消えた頃、教室の前の扉が開き、話を聞きつけたであろう静刃先生が入って来た。
先生は教室の中央に居た宮内さんの肩を抱き、倒れないように支える。他の先生達も1年4組に駆けつける。ひとまず事態は沈静化したみたいだ。緊張が解けると同時に、気が遠くなるのを感じた。
ふと、気が付いて目を開けると、いつも通りの視界に戻ってた。
どうやら元の体に戻れたらしい。教室の中央では静刃先生が宮内さんの状態を確認してたけど、どうやら彼女は気を失っているだけみたいだ。ほっと胸を撫で下ろす。
俺の体に特に異変は無い。
凶也は隣に立って、教室の様子を素知らぬ顔で眺めている。
犬神さんが気になったので、テントに声を掛ける。入口を開けると、彼女は中で気を失っていた。
(カタカタカタカタカタ)
静まりかえった教室から何か音がする。
音のする方を見ると、霧島がノートPCのキーボードを叩き続けている。
こいつ、もしかして4時限目の授業からずっとPCをいじってるのか? この教室の惨状にも気付かずに? この並外れた集中力はある意味感心するな。
その姿を見た凶也はずかずか霧島に近づき、後頭部を蹴る。霧島はその勢いでディスプレイに前頭部をぶつけた。
「な、何やぁっっ!?」
そこで初めて、霧島はクラスの惨状を目の当たりにする。
「なんやコレ、皆どないしたんや?」
面倒くさいので、誰も答えない。
静刃先生は教室の前の方へ行き、比較的ダメージの少なそうな生徒から事情を聞いている。
それを見てこの事態の元凶である凶也はあぶら汗を流している。しばらくして静刃先生は、ゆらりとこっちに振り向く。
「凶也……? ちょっと私と一緒に来なさい?」
静刃先生はとても静かな声で、語りかける。それが逆に怖い。
凶也は叱られた子供のように縮こまり、青ざめている。今までの傲慢さが微塵も感じられない。
他の教室から来た先生達は具合の悪い生徒を次々と保健室へと運んでいくんだけど、とても手馴れている。この程度の状況は日常茶飯事なんだろうな。
「それと……杉原君もちょっと来てくれるかな? 話があるから」
(え? 俺? 俺は別に何も悪くないです。悪いのは全部、隣でガクブルしてる坊主頭です)
静刃先生は宮内さんを抱きかかえ、俺は犬神さんを負ぶさり、保健室へと向かう。その後ろから凶也が両手をポケットに突っ込み、ふてくされたようについてくる。
「意外と大丈夫そうね、杉原君?」
静刃先生は、こっちを一目見てそう尋ねる。
「転校初日から、こんな事態に遭遇したら普通の子は学園から逃走しちゃうわ」
(……それは、ちょっと大袈裟だと思うけど)
「そいつも、頭のネジ5・6本スッ飛んでんじゃねーの?」
凶也は後ろで可笑しそうに、けらけら笑っている。こいつ全然反省してないな。
保健室に着くと、静刃先生は奥のベットに宮内さんをそっと寝かせる。先生に倣って、その隣に犬神さんを寝かせる。
「これで、良し」
静刃先生は振り返る。
「さて、凶也。あんたは、進路指導室で待ってなさい。お父さん呼んどいたから」
そう言われた凶也は再び、青ざめる。
「いやいやいや、マジでっ? 今日のは事故だって。不幸な事故! 不可抗力だったんだって!!そうだよなっ、転校生!?」
凶也は助け舟を求めるように、こっちを見る。
「いや? さっきのは、10割がた君のせいだと思うよ?」
俺はとても良い笑顔で即答した。
「てめえっ、裏切ったなっ!!」
静刃先生が割って入る。
「ほらほら、凶也早く行きなさい」
そう言われた凶也は観念して、とぼとぼ保健室を出て行った。出口の所で一度立ち止まり、恨みがましい目でこっちを見ながら。
「…………驚いたわね」
何の事か分からず、静刃先生を見る。
「初対面であの子と対等に張り合える生徒を見るのは、初めてよ」
静刃先生は興味深そうに見つめている。
「鬼村家の血筋は、代々常人離れした身体能力を持つ子が生まれる為に、どの時代においても様々な分野で重宝され、それは現代においても変わらないわ。あの子も幼少時から、毎日過酷な訓練を課せられ、他人を思い遣る心を失ってしまった。それは、母親である私の責任でもあるんだけど…………」
そう言って、静刃先生は頬に手を当て、深く息を吐く。やっぱり2人は母子だったのか。凶也に対する静刃先生の言動から、薄々そう感じてはいたけど。
「ねぇ、杉原君。もし良かったら、あの子と友達になってくれないかな?」
静刃先生はすがるような目で見る。話があるというのは、この事か。
自分の異質さの為に他人と関われない苦しみは身に染みて知っている。正直凶也に対してはいい印象を持っちゃいないけど、こう言われて断る事は出来そうにない。
「分かりました。一応、努力してみます」
静刃先生は普段はクールな印象だけど、そう言われた先生の顔は輝き今日一番の笑顔を見せた。
「本当にっ? ありがとう、嬉しいわ」
余程、息子の将来を案じていたんだろうな。まぁ、無理もないけど。
「あ、そうだわ。杉原君は今日から、学校の寮暮らしだったわね。この学園寮は2人が相部屋なんだけど、凶也のルームメイトが見つからなくて困ってたのよ。杉原君にお願いしても良いかしら?」
静刃先生は信じ難い提案をしてきた。それは、四六時中あいつと一緒という意味か?
(いや、いくらなんでもさすがにそれは無理だ。どうする、俺?)
けど、今更断ることも出来そうに無い。
「………………………………いいですよ」
引きつった笑顔で答えた。選択肢は残されていなかった。なんか、静刃先生に謀られた気がする。
「じゃあ、早速手続きしてくるわね」
静刃先生は軽やかな足取りで、保健室を出て行った。
まあ……なるようになるだろ(遠い目)。
学生寮に向かう前に、教室へ自分のリュックを取りに行く。すると4組の教室では当たり前のように、次の数学の授業が始まっていた。
このクラスじゃ、この程度のことで休んでいたら授業数が足りないんだろうな。10人程度になった教室で、午後の授業を受けた。
「大丈夫なんか? 杉原クン」
隣の霧島が、小声で話し掛けてきた。
「あ、ああ。俺は別になんとも無いよ」
「ほーか」
霧島は俺の目をじっと見る。
「最初見た時は神経細そそうやと思ったけど、案外図太いんやな、自分」
(なんか当たり前のようにクラスメイトと会話出来てんな。1週間前の自分じゃ考えられない変化だ)
「杉原クンは、ここがどんな町か知っとる?」
霧島はぼんやりと、黒板をながめながら問いかける。
「この世のあらゆる異質が集う町、人・物・現象、関わらずにな。まぁ、一口に異質言うても色んなタイプがあるんやが、人間の場合はその行動である程度はどんなもんかが判る。はっきり言うて、杉原クンはこの町においてすら異質や」
(そんなことは自覚してるけど、初見で見抜くこいつも只者じゃないな…………)
「情報屋として忠告させてもらえば、君は異質過ぎる人間や場所に関わらん方が良え。でないと、周りの人間を傷つけることになるかも知れん」
(本当になんなんだ、こいつ? 俺の特性に関しては何も話してないのに…………)
唖然とする俺の姿を見て、霧島が何故か少し慌てだした。
「あ、ゴメン。ちょっと言いすぎたわ。初対面で言うことじゃないわな。堪忍してな」
彼は両手を合わせて、頭を下げる。こっちは全く気にしちゃいないんだけど。




