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ようこそ、異寄学園生徒会へ!!  作者: 野村 誠
孤狼(リカントロピー)編
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6/14

孤狼6



 宮内さんは鞄から大きい弁当箱を出して、教室の後ろへ向かい俺を手招きしている。そして彼女はテントを軽く揺すり、声を掛ける。


「刹那。お昼にしよう」


 もしかして、凶也の言っていた狼女っていうのは刹那さんの事なのか?

 お招きにあずかり、テントの前に行く。しかしテントの中の刹那さんは出てこない。


「大丈夫だよ。杉原君は刹那を傷つけたりはしないわ」

 宮内さんは、穏やかな口調で話す。


 少ししてから、テントの入り口がゆっくり開く。刹那さんはそっと隙間から顔を出し、クラスの大半が学食に向かったのを確認しているようだ。

 そして今度は俺の顔をじっと見つめる。この時、初めて彼女の全体像を見た。身体は小柄で、顔を見るととても幼い感じがする。髪はショートで、後ろ髪が外側に跳ねている。服装は体育用の赤いジャージ。胸辺りに「犬神」という名前が刺繍(ししゅう)してある。


 テントの中は、ランプや、小さな棚、本、飲み物なんかがある。やっぱり彼女はこの中で生活しているみたいだ。


「今日は、刹那の好きな豆腐ハンバーグ作って来たよ」


 犬神さんは、瞳を潤(うる)ませ涙を浮かべている。

「……いつも……ありがと……久美……」


「何言ってるのよ、友達でしょう私達」


 改めて犬神さんと対面すると、俺と同種の異質さを感じる。学校のクラスメイトに対してそう感じるのは初めてだ。

 想像ではあるんだけど、彼女も俺と同じような異質な存在で常に疎外され続けて来たんだろうな。この現状を見るに、きっと親からも見離され、親戚をたらい回しにされ、ようやく行き着いた先がこの学園なんだ。

 そして犬神 刹那は生まれて始めて宮内 久美という心許せる存在を得た。そんな彼女の生い立ちがありありと見え、つられて泣きそうになってしまった。


 犬神さんはなんとなく同類なんだというのは分かるけど、宮内さんはそんな感じはしないんだよな。彼女にも何かがあんのかな?

「杉原君も、遠慮しなくていいんだよ? 私、料理にはちょっと自信あるんだから」

 宮内さんは、こっちを向いて話掛ける。


 (というか、何時の間にかとんでもないシチュエーションの中に身を置いてないか、俺?

 女子2人と昼食(ランチ)なんて、俺みたいな人間でなくても有り得ないだろ)


 きっと今までの15年間分の不幸の対価として、神様がくれた奇跡の時間なんだな。

 これで、一生分の運を使い切ったとしても悔いはない。ありがとう、神様。


 最初に目についた、だし巻き卵を口に入れる。

 …………本当に美味しい。絶妙な味のバランスと、料理に込められた彼女の優しさを舌で感じ、頬に一筋の涙が流れる。


「えっ!? どうしたの、杉原君」

 それを見て、彼女が驚く。


「あ、いや、マジで、美味くて、つい」

 彼女以上に俺自身が驚き、慌てて涙をぬぐう。


 料理を食べて涙するとか、料理漫画じゃないんだから恥ずかし過ぎる。犬神さんの事で涙腺が緩んでいる所へ、この絶品料理の波状攻撃で涙腺が決壊してしまった。

 そんな俺を見ていた犬神さんが微笑ったように見えた。


 2人分の料理を3人で食べたので、すぐに無くなってしまった。できるだけ遠慮して食べたつもりだったけど、2日ぶりの食事がこの絶品料理だったのでつい食べすぎてしまった気がする。


「何かごめん、遠慮無く食べちゃって……」


「美味しく食べてくれたんなら、作った甲斐があるよ。それに、大勢で食べたほうが美味しいしね」 


 犬神さんもこくこくと頷いている。こんなにも心と空腹が満たされた食事は初めてだった。2人にお礼を言って、自分の席へと戻る。宮内さんも右横に座り、犬神さんはテントの中へと戻っていった。

 俺は自分の席で至福の時間の余韻にしばらく酔いしれていた。


 ふと我に返って時計を見ると、もうすぐ午後の授業が始まる時間だった。 

 その前にトイレに行こうと思い立ち、教室を出る。男子トイレの扉を開けて、そっと中を覗いてみる。


 良かった、普通だ。トイレまで異質な構造をしていたらさすがに困るので一安心だ。


 他には誰もいない。トイレに入ったとき、誰かがいたらちょっと気まずくなるのは普通の人でも同じなんだろうけど、俺の場合は自身の異質さのせいでその気まずさが数倍増なんだよな。

 誰かの隣で用を足していると、隣の奴が異質な俺から離れようとするんだけど、身動きが取れない状態なんでなんかソワソワし始めて、それがこっちにも伝わって俺もソワソワしてくる。


 誰もいない今がチャンスだ。素早く用を足してから、洗面所に移動する。

 ミッションコンプリート! 心の中でガッツポーズを取る。

 虚(むな)しさがこみあげてきた。


 洗面所の蛇口をひねり、手を洗う。


   《ピリッ》


 痛(つ)っ? なんか、少し頭が痛い。微弱な電気が頭に流れたような。


 そういえば、今朝この学園に来てからずっと頭の中に違和感を感じる。まるで、頭の中に小さな虫が入りこんで脳を這い回っているような不快感。


 (疲れてんのかな?)


 ふと鏡を見ると、背後に誰かが立っていた。


   (誰だ?)    見たことがある、姿。  (ん? 体が動かない、金縛り?)  


 寝ている時に金縛りにあった経験は何度もあるけど、立ったままこうなった事はない。


 (おい、後ろの奴、黙って見てないで助けてくれ)


 再度、鏡の中に目をやる。そいつの姿を見て、違和感を覚える。

 後ろにいる奴の姿は、俺自身の姿だった。


 (なんだ、これ? もしかして、あれか? ドッペルゲンガーとかいったっけ?)


 ドッペルゲンガーを目にした者は数日中に死ぬという話を聞いたことがあるけど、そんなものきっと迷信だ。そうに違いない。


 ふと、そいつが薄ら笑った気がした。


 その瞬間、目の前が暗転した。


 気を失ったのかと思った。でも意識だけははっきりしている。目は開けていたはずなのに、何も見えない。音が消えた。耳を澄ませても何も聞こえない。

 とりあえず、自分の置かれている状況を理解しようと、視覚に神経を集中する。


 (俺、どうなったんだ?)


 何度もまぶたを開けたり、閉じたり、試行錯誤を繰り返す。まるで眼球に黒い膜が張ってあるみたいだ。何度繰り返したか、そのうち、目を開けたままもう一度目を開けることに成功した。

 自分でも何言っているのか分からないけど、今の自分の行為を表現出来る言葉はそれしか無かった。


 再び光が戻る。


 けど、目の前の世界は、今まで見てきたものとは全く異なるものだった。

 まるで写真のネガを見ているかのように、視界が赤茶けている。

 目から出血でもしているのかと、目をこする。しかし、自分の顔に触れてる感覚が無い。


 (う~ん、ちょっと意味が分からない。ここまで意味不明な現象は結構希少(レア)だ)


 前を見ると、そこには俺が居た。


 (目の前に俺がいる? さっきまで鏡の前に立ってたのに) 


 そいつは気を失ったかのように、洗面所下の床に倒れている。それはさっき見たドッペルゲンガーとは違う、質量を持った人間のようだ。間違い無く、目の前のそれが、本物の俺自身だ。


 じゃあ、今、ここに居る俺は何だ? 自分の身体を見る。見慣れた自分の手。昨日家を出る時に着てきた、青いチェックの上着。しかし全身が虚ろでぼやけている。


 俺の方がドッペルゲンガーに入れ替わったってことなのか?

 いや、だとすると、今の状態は幽体離脱とでも呼んだ方が正しいのか?

 幼少から様々な異常現象を体験して来たけど、幽体離脱は無かったと思う。


 その時ふと、あるネット上の書き込みを思い出す。

 「異寄町の住人たり得る程の異質な人間が、この町の空気に触れた時、それまでに無い特異な能力を開花させることがあるらしい」

 この情報は本当だったのかもしれない。


 再び目の前に倒れている俺の身体を良く見てみると、胸の辺りに何か白いものが浮かんでいる。まるでガラス玉のような球体。色彩の乏しいこの視界の中でそれだけが白く輝き、異彩を放っている。大粒の真珠のような美しさに思わず目を奪われた。


 俺の肉体がそこにあるという事は、きっと今の俺は精神のみの状態なんだろう。感覚も肉体から受容するものとは全く違う。なんとも言い表しにくいけど、感覚が広範囲に及んでいる感じだ。

 普段と違う感覚だからなのか、そのガラス玉の正体を俺は直感的に理解出来た。


  (あれは、俺の魂だ)


 他にもたくさん疑問はあるけど、きっとこの場でいくら考えても答えは出ないだろう。それよりとにかく、今は元の身体に戻りたい。なんかフワフワして落ち着かないし。


 自分の身体の所まで行けば戻れるのか? ひとまず地に伏している俺の方へと移動する。移動と言っても歩く感じじゃ無い。自分の意思でどこへでも行けるみたいだ。このまま遥か上空まで飛んでみたい気もするが、戻れなくなったりしたら怖いのでやらない。


 俺の身体に近づくにつれ次第に意識が遠くなった。


  (………………………………?)


 さっきと同じように、突如視界が暗転し、気がついたら元の体に戻っていた。


 ゆっくりと身体を起こし、どこも異常が無い事を確認する。

 視界も正常。音も聞こえる。感覚も有る。

 とりあえず、なんともないみたいだ。

 今のは、人生の中でも5指に入る奇跡体験だったな。

 ドッペルゲンガーも消えている。俺は自分の精神を分離する異能に目覚めた、と理解すれば良いのか? どうやったのかも分からないけども。


 ともあれ、ここでじっとしていても何も始まらないので、その場で立ち上がる。

 少し足が重い。自分の肉体が持つ感覚に違和感が有る。まぁ、しばらくすりゃ慣れるだろう。 


 足をひきずりながら、教室へと戻る。


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