孤狼5
そういえば、凶也と呼ばれていた彼も人間離れした運動能力を持ってたな。
「君も、そういう連中の一人ってことで良いのか?」
気になったので、霧島にそのまま聞いてみた。
「うん? このクラスの中では、ワイが一番人間寄りやと思うんやけどね。まぁ、この町では ワイのことを情報屋なんて呼ぶ奴もおるな」
斜め前の方の席から、押し殺したような嫌味な笑い声がした。見ると、さっきの凶也という生徒だった。
「ククッ。そいつに下手に関わるなよ、転校生。そいつ、情報を得る為なら手段を選ばない悪徳業者だぞ? 中坊ん時、どっかの企業にクラックかまして、指名手配されたんだっけか?」
霧島が困った風に頭をかく。
「おいおい、人様の個人情報、歪めて流したらアカンよ」
(否定しないのか……)
「あれは人助けの為にやったんやて。悪意があったわけやないんやから、せめてクラックやなくて、ハックって言って欲しいわ。ワイの第一印象悪ぅなるやん。まぁ、最近は昔のようなやんちゃはしてへんで? ワイがこの町に来たんは、サイバーポリスに目ェつけられる前に逃げてきただけや。この町じゃ警察は機能しとらんし、この町に居る限り外の奴らは手ぇ出しにくいからの。この町は紆余曲折あって、今は一種の治外法権が敷かれて自治法がこの町を治めとる。外の警察もこの町には関わりとうないってのが本音やろな。そういうわけで、あんたさんも この町で生きていきたかったらワイの情報は必須やで」
そう言って、名刺を渡してくる。見ると、異寄町情報発信室室長という肩書きが印字されていた。
「クラスメイトの誼みで初回サービスするで」
この町を終の住処と決めた俺にとって、彼とは長いつきあいになりそうな予感がした。
「はい、私語やめて下さい。古文の授業始めますよ」
次の授業の先生が入ってきた。教卓の方を見ると、紫色の服が目に付いた。
さっき職員室前で会った、くノ一の先生だ。先生は少し驚いた顔でこちらを見ていた。
「杉原君? 君、このクラスを選んだの…………?
…………あ、このクラスを選んでくれて嬉しいわ。改めまして、異寄学園高等部1年4組 担任の鬼村 静刃です。これから1年間、よろしくね」
(…………今の間は、何だろう?)
「え~と、杉原君は教科書持ってないよね? 隣の宮内さん、見せてあげてくれる?」
「はい、分かりました」
右横を向くと、宮内と呼ばれた女生徒が机を寄せてきた。
髪は栗色で少しウェーブがかかっている。この学校は皆私服を着ているけど、彼女は制服を着てスカートも膝下10センチくらいの見るからに優等生風の印象だった。
「どうぞ」
「……あ、ごめん。ありがと」
そんな俺の受け答えを見て、くすくす笑っている。
(か、可愛い過ぎる。こんな子が笑顔を見せてくれるなんて、信じられない。ホントにこのクラスどうなってんだ? あ、夢か、これ?)
「貴方、普通の人ね。どうしてこのクラスに来ることになったんだろう。運命というのは時々、意地悪よね」
(普通? 俺が? そんなこと言われたの生まれて初めてだ。すげー嬉しい)
「じゃあ、今日は8ページから。昨日だした課題、皆やってきた?」
静刃先生が授業を始める。
授業内容は至って普通だった。俺は授業内容よりもクラスメイトの方が気になってしまい、静刃先生には申し訳ないんだけど授業時間中、周りの人間を観察していた。
左横の霧島は自分のノートPCのキーボードを恐ろしい速さでキータッチしていた。ディス プレイを見ると、真っ黒の画面にコマンドが並んでいる。CUIで操作しているようだ。時折PCに話しかけているように見えるのは気のせいか?
斜め前に居る凶也は机にうつ伏せになり、人目もはばらず堂々と熟睡している。周りも気にしてないようなので、いつもこうなんだろう。
ふと視線を感じて後ろを見ると、教室後ろのテントの入り口が少し開いて、隙間から刹那さんが俺の方をじぃっと見ていた。目が合うと、彼女は驚いてテントの入り口を閉めて中にこもる。今更だけど、彼女はあそこで何しているんだ?
右横をみると、宮内さんが黒板に書かれた文字を見て熱心にノートを取っている。このクラスで真面目に授業を受けているのは彼女だけのような気がする。なんだか静刃先生が可哀想になってきたので、俺も黒板を見て授業を受けることにした。そうこうしているうちに、何事も無く4時限目が終了する。
「あ~、腹減った。飯、飯っと」
4時限目終了のチャイムを目覚まし時計の代わりに使い、凶也が起き上がって背伸びをしている。霧島は授業が終了したことにも気付かず、とり憑かれたかのようにキータッチを続けている。右横の宮内さんは、机を元の位置に戻している。
「杉原君は、お昼どうするの?」
不意に彼女が声を掛けてきた。
《ガタッッ》
あまりにも予想外過ぎて、膝を机にぶつけてしまった。
(……痛い……)
彼女は不思議そうに俺を見ている。
(ど、どうしよう、そういえば今パンを買う金も無いんだった)
家出同然でここに来た俺には、当然家族からの援助なんてあるわけもない。
「あ~、うん。俺、昼飯はあんまし、食べないんだよね」
我ながら少し苦しい言い訳をしてみた。そう言うと、彼女は俺の顔を覗き込む。
「杉原君? もしかして、お金持って無い?」
「……え? なんで……?」
「いいよ、隠さなくて。この学園そういう人結構多いんだ。お弁当、多めに作ってあるから3人で食べよう?」
彼女の背後に後光が射して見える。彼女はこの地上に舞い降りた天使だったみたいだ。
「大変だな、委員長様は。狼女だけじゃなく、転入生にも餌やりしなきゃなんねーのか」
こっちを見ていた凶也という名の反逆者は、大天使様に向かって畏れ多くも暴言を吐きやがった。すると、教室に怒声が響く。
「凶也っ!! 宮内さんに謝りなさいっ!!」
教室内が静まり返る。一瞬、誰の声か分からず辺りを見回す。それが静刃先生の声だと気付くのに少し時間が掛かった。
「げっ、まだ居たのか」
凶也が呟く。そして気まずそうに、頭をかいている。
「……今のナシな」
そう言って、凶也は教室を出て行った。
意外に厳しい先生なのかな? 静刃先生に対する印象が少し変わった。




