孤狼4
教室の窓からは異寄町が一望出来る。この学園は小高い丘の上に建てられているから、かなり遠くまで見渡せる。学園の裏手は山になっていて、風に揺れる木々の葉音や、鳥のさえずりが聞こえてくる。春風に乗って入って来た朝の冷えた空気が教室を包みこむ。
(自然に囲まれてて、良い場所だな…………)
今朝、この学園を訪れた時は門をくぐった瞬間、濃縮されたような異質な空気を感じた。まるで住み慣れた我が家に帰って来たような安心感だった。それが嬉しくて、周りの景色なんて見てなかったな。
この町に入ってから色んなことがあったけど、ここに来てようやく一息つけた感じがした。
せめてこのひと時だけでも、のんびりしておこう。誰のものとも知れない席で、しばし休息をとった。
そして、俺の静寂は突然の怒号によって壊される。
「そこで、何をしているっ!!」
(あ、俺? 教室に勝手に入ったのマズかった?)
ひとまず、椅子から立ち上がる。
「ま~たお前かっ、凶也!!」
廊下に出ると、角刈りで体格の良い男性教師が窓の外の方を向いて、怒鳴っている。
どうやら、叱られてるの俺じゃないみたいだ。
窓の向こうは、学生寮か? よく見ると、学生寮の3階の窓枠の所に足を掛けている奴がいる。凶也と呼ばれたその男子生徒は坊主頭で、小柄な体躯でハーフパンツをはいた少年のような人物だったが、とりわけ目を引いたのは、顔中、身体中が傷だらけだった。まるで、刃物で切りつけられたような傷。
(あいつ、あんなとこで何やってるんだ?)
その坊主頭の生徒は、窓から身を乗り出している。
そして、次の瞬間、学生寮の窓から、こっちの校舎へ向かって、飛び移った。
(危なっ)
その動きは人間のものじゃなかった。10メートル程の距離を、あっさり飛び移り、こっちの校舎の窓枠をつかんでいた。
(なんか動きが猿っぽい。新種の猿か?)
「校舎を飛び移るのを止めろと何度言ったら分かるんだっ!! 窓枠が痛むだろうが!!」
「なんだよ、なんだよ。俺っちの心配をしてんじゃねぇのかよ! グレちまうぞ、この野郎」
新種の猿は、男性教師にむかって吠えている。
「お前等が遅刻すんなって、うるせぇから急いでんだろうが」
「阿呆。もうとっくに始業時間過ぎてんだよ!!」
「え? そうなの?」
「お前、授業終わったら職員室に来い!!」
男性教師はそう言い残して、去っていった。
この学園に集まる生徒達は、本当に個性的だ。
まるで自分の兄弟達みたいに感じる。
「あん? なんだ、お前? そこどけよ」
教室の扉の所で呆然と立っていた俺に対し、坊主頭は威嚇するように言い放った。
「え? ああ、ゴメン」
すぐに横に移動する。
坊主頭はにらむようにこっちを一瞥してから、自分の席へと移動した。足を机の上に乗せて、椅子に寄り掛かって座っている。この兄弟はちょっと生意気だな。
しばらくして3時限目終了のチャイムが鳴り、クラスのみんなが帰って来た。ひとまず座っている席を離れ、教室の後ろに立つ。
(なんか緊張して汗かいてきた。第一印象って大事だよな、やっぱり)
誰かの足音が聞こえ、勢い良く後ろの扉が開く。
《ガラッ》
最初に入ってきたのは、金髪頭で、耳にピアスをつけた似非関西弁男だった。
「………………あれ? あんた、どちらさん? 初めて見る顔やね?」
小脇にノートPCを抱えている。一見軽薄そうな感じなんだけど、奥底に何かを隠し持っているような、そんな印象を受けた。
「あ…………俺、今日このクラスに転入することにしたんだ…………よろしく」
「…………は~~ん」
金髪頭は、俺を頭の頂点から足の先まで舐めるように見る。
「難儀やねぇ、自分。よりにもよって、このクラスを選んでまうとはの…………ご愁傷様」
(どういう意味だ? 何かあるのか、このクラス?)
皆が戻ってきたので、どの席に座っていいか分からずそのまま立っていた。
「どないしたん? 転校生君。ワイの横、空いとるから座りぃな」
天地が逆転する程の衝撃に襲われた。
(こ、こいつ正気か? この俺を自分の隣の席に招くなんて? な、何かの罠か?)
俺を遠ざけようとする奴はいままで星の数ほど居たけど、近寄ろうなんて酔狂な奴は居なかった。
(お、落ち着け。ひとまず落ち着け)
「ん、ああ。ありがとう」
(どうにか動揺を表情に出さずに返答出来たぞ、多分)
ぎこちない動きで、椅子に座った。
「なぁ、あんた、名前は?」
(は、話し掛けてきたっ、フレンドリーにっ。何事だ? どう応じたら良いんだ?)
「…………す、杉原だけど」
「ワイは霧島 司。まあ、よろしくしたってな。もしかしたら、2・3日の付き合いになるかも知れんけど」
(同級生と自然に会話出来たぞ、すげえ)
彼は楽しそうに笑っている。すぐ辞めるとでも思ってんのかな。悪気は無さそうだけど、フランクな性格らしい。
5分ほどして、移動教室から全員もどったようだけど、やけに人数が少ない気がする。
机は40席程あるのに、今居る人数が15,6人しかいない。
(どうしよう? こいつに聞いても大丈夫かな? 少し様子を見るべきか? しかし気になってしょうがない)
「……なぁ、このクラス人数少なくないか?」
思い切って隣の霧島に聞いてみる。
「んん? このクラスはいつもこんなもんやで。このクラスは学年でも異端児達が集結した問題クラスやからなぁ」
霧島は面白そうに、にやにやしながら俺の反応を見ている。
「日本全国の異端児達が集まるこの学園で、更に異端児扱いされとるこのクラスの奴らは、もう妖怪の類のような連中ぞろいやで」
(妖怪みたいな連中だって? なんか親近感が沸くなぁ)
目を輝かせて話を聞く俺に対して、霧島は何かを察したように笑みを消した。




