第16話 猫柳の突撃!武藤くんのお宅訪問②
そして、2日後。駅で待ち合わせをした武藤と猫柳は、共に武藤の家へと向かっていた。駅から徒歩で10分。まずまずの立地ではあるが、アパート自体は古かった。例えば漫画などで『〇〇荘』などの看板が立っていそうなイメージである。
錆びた階段は上がらず、武藤は角部屋でもある1階の3号室の鍵を開けた。これもまた昔からあるようなシリンダー錠だ。猫柳はそれを見て少々防犯が心配になった。
「ねぇ、武藤くん……ちょっと思ってたのとイメージ違うんだけど……」
「それはお前の勝手なイメージだろう?俺がどんなところに住んでいようが自由だ」
「まぁ、そうなんだけどね」
「心配しなくても中は普通だ。あんまり大騒ぎしなければ問題ない」
「問題ない……かなぁ?」
武藤が玄関ドアを開け、どうぞ、と猫柳を招き入れた。お邪魔しま~す……と、どこか小声になりながら、猫柳は武藤の自宅に一歩、足を踏み入れたのだった。
武藤の部屋はセパレートタイプの1LDK。リビングには二人掛けソファがあり、テーブルを挟んだ向かいにテレビがある。一人暮らしタイプだからか、DKは小さい。
奥の部屋は武藤の寝室兼書斎のようだ。「見ていい?」と武藤に訊ねたら簡単に許可が出た。
家具に拘りがないのだろうか、プラスチックの衣装ケースに簡易クローゼット。あとは、ベッドと机。それ以外は全部本棚だ。ただ、本棚は猫柳のところと違って綺麗に整頓されていた。
「キレイな家じゃん。見た目に騙された……?」
「俺が入居する前に、リフォームが入ってたらしい。おかげで防犯はともかく非常に快適だ。あ、お前のレポートはリビングでやるぞ」
「え?」
「快適すぎてお前がベッドで寝てしまうと困る」
「信用がない……」
リビングはフローリングで武藤の部屋はカーペットなのに、仕切りが襖のままなのが少し面白い。恐らく武藤の部屋は、リフォーム前は和室だったのだろう。小さく笑って猫柳はリビングに足を向けた。
資料とタブレットと、現地の写真。それからレポート用紙と筆記用具。今回の荷物はそのぐらいだ。それらを広げて猫柳はレポートに取り組む。自宅のように雑然としたところから必要なものを拾い上げる手間がない分、非常にやりやすい。
リビングと繋がってるキッチンから武藤の声が聞こえた。
「おい猫、アイスコーヒー、アイスココア、牛乳、好きなものを言え」
「……なんでこの季節に『麦茶』っていう選択肢がないの?」
「うっかり作り忘れてたんだ。水出しで数時間待つか、煮出してこの暑い中、熱い麦茶が飲みたいなら用意するが?」
「なんでそうなるんだよ!じゃあ牛乳がいい!!」
「お前、これ以上身長伸ばしてどうするつもりだ」
悪態をつきながら、それでも武藤は牛乳をコップに注いで、テーブルの邪魔にならないところに置いた。ちなみに武藤自身はアイスコーヒーを涼し気に飲んでいる。
「別に身長も伸ばしたくて伸びたんじゃないよ。勝手に伸びただけ」
「そういうところが腹立つんだよ。……お前、何cmだ」
「えっと、変わってなければ180。ちなみに武藤くんは?」
「…………。」
「え、俺に言わせといて黙る!?」
「………………175。」
ぽつりと、ほんの小さく。聞こえるか聞こえないか程度の声音で武藤が言う。それほど低いとは思わないが、彼にとってはコンプレックスなんだろう。
「いいじゃん、160cm台の子と並んだら一番映える身長差になると思うけど?」
「最近の女子は、なぜだか知らんが背の高い奴が多い。168cm……下手したら170って奴もいる」
「それが気になるの?」
「身長で相手を決めるつもりはないがな。ただ、お前ぐらいの身長があれば、もう少しバランスが良かったんじゃないか、とは思う」
「へぇ。武藤くん、誰かと付き合ったことがあるの?」
「ない」
「ないのに言うのかよ!!」
テーブルに突っ伏して笑っていると、その後頭部に手加減のない拳が降ってくる。これはかなり痛かった。
「まぁ、そんな話はいい。……これは、あの時の祠の写真か?」
「そうだよ。印刷だけして、デジカメのデータは消した」
「……何かあったのか」
「まぁね……ほら、この写真」
それは祠を後ろから撮ったもの。それの土台になっている部分の木材に、小さな取っ手がついているのに武藤は気がつく。
「なんだ……引き出し?」
「そう。でね、中の写真がこれ」
引き出しを開けたそこには、うず高く積まれた封筒があった。普通の長3封筒もあれば、可愛らしいレターセットもある。気になるのは、なぜこれがこんな所にあるのか、ということだ。
「遺書……ではないのだろうな。それなら誰かの目に留まらないと意味がない」
「うん、俺もそう思う。でもさすがに出してみるほどの勇気がなかったから写真だけ撮ったんだけど……ちょっと思ったことがあって」
「思ったこと?」
「うん。遺書ってさ、『遺される相手に対して』書くものじゃん。じゃあ、まるで隠すように遺されたこれらはなんだろう?って」
「……答えは見えたのか?」
「あくまでこれは俺の想像だよ?……『旅立つことにした人たちの本心』が書かれてるんじゃないかな、って思ってる」
「本心……」
「結局さ、遺書なんて上っ面のおためごかしだよ。先立つ不孝をお許しください、なんて、許してほしいぐらいならそんなことすんなって話。じゃあさ、本当はその人、どんなことを考えていたんだろう……なんてさ」
「なるほど」
「そうなるとちょっと気になることができた。もしここに隠されてたものが、死んだ人の『本心』なのだとしたら、コレちょっとヤバイもん撮っちゃったかもしれない、って」
「もしかして……昨日はそれで」
「印刷して、ちょっとお寺に行ってきた。住職さんに見せて、大丈夫って言ってもらったけど、一応写真も含めて俺もお祓いしといてもらった。何もせずにこのまま持ってきて、武藤くんに何かあると嫌だしさ」
「で、デジカメのデータは消した、と」
「そういうこと」
そう言って、猫柳は汗をかき始めたコップを手に取ると、牛乳をぐいっと呷った。なるほど、彼は彼で色々考えて動いていたということか。恐らく昨日お寺に行ったのも、今日ここへ来る前に済ませてしまった方が良いという、猫柳なりの気づかいだったのだろう。
武藤はおもむろに立ち上がると、キッチンの棚をあさり、手にしたものの封を開けながら戻ってきた。
「猫にしてはよくやったな。俺を気にかけてくれた礼だ、甘いものをやろう」
そうして武藤が出してきたのはポッキーだった。それを1本取り出し、何かを思い出したかのようにニヤ、と笑った。
「おい、両手が塞がってるなら、あーん、してやろうか?」
その言葉に猫柳が一瞬言葉に詰まった。右手にはペン、左手は資料。ふむ、と少しだけ考えて、猫柳は武藤の手にあるポッキーにそのまま齧りついた。むしろ驚いたのは武藤の方だ。ちょっとからかっただけの冗談だというのに。
「な、ば、馬鹿猫、お前……」
「え?だって武藤くんが言ったんじゃん。糖分が染み渡る~。ねぇ、もう1本ちょうだい?」
「くっ……好きなだけ食えばいいだろ!!」
「おぶっ?」
5本ほどを一気に摘み出すと、武藤は猫柳の口の中に突っ込んだ。一気にくるとは思わず猫柳が目を白黒させている。そこで少し溜飲が下がったのか、武藤は大きくため息をついた。
「……こういうのは、仲のいい奴にでもしてもらえ」
「え……?俺、武藤くんと仲良くないの?」
「……うん?」
「武藤くんが“猫”って愛称で呼んでくれるようになったから、友だちになってくれたんだと思ってたんだけど……俺の気のせいだった?」
「い、いや、気のせいっていうか……」
「まぁ、駄猫、駄目猫、アホ猫とか、バリエーションに富んでるけど。全部悪口なのってどうなのかな~って思ってるけど」
「悪口なんだから間違ってはいない」
「はァァァ!?」
「だけど、お前、怒らないじゃないか」
「え?」
「だから、駄猫も馬鹿猫もアホ猫も、ひどい!って言われたことはあったが……別に嫌がってなかったみたいだし、やめろとも言わなかったしな」
「……うーん……?」
確かに言われてみればそんな気がする。武藤には散々に言われているが、それに対して怒りを覚えたことは一度もなかった。
「嫌だったらやめるぞ?」
「え?」
「猫柳、と今まで通りに呼ぶことにするが」
「誰もそんなこと言ってないから!これからも“猫”でお願いします!!」
「……ふっ」
猫柳の言いように、思わず武藤が吹き出す。くつくつと笑ってから、武藤はじゃあ、とまだ真っ白なレポート用紙を指差した。
「さっさとレポートを書け、駄猫」
次回へ続く!!
☆面白かったときは評価や感想、レビューなどお待ちしています☆




