第九話「まったく…ついてねぇぜ…」
「っ…クソ!嬢ちゃんがいねぇってどういうことだ!」と彼は冷静さを欠き叫ぶ。
「わからない!お風呂に入ってる間…少し目を逸らしたら…!」
「〜っ…とにかく探すぞ!」と言い、僕と彼は走り出した。
胸がギュッと締め付けられる。
(…ルア…僕が守るって決めたのに…)
(…無事でいて…)
* * *
「…っ!」俺は、唇をかみながら走っていた。
(…ほとんど気配がしなかった…!)
(私生活を見てても、その予感はあった…!)
ルアの目、あの警戒心、コクラに向ける異様な執着。
普通のガキじゃないことくらい、わかっていた。
(だが…あそこまでとは思わねぇだろ…!)
「くそっ…!こんなことになるなら『探知魔法』もっと練習しておくべきだったなぁ!!!」
* * *
私は、時計台の上からそれを見ていた。
風が高すぎる場所特有の、薄い冷たさを運んでくる。
街の音は遠く、ここだけ切り取られたみたいに静かだった。
「……まーだあの子に執着してるの?」背後から、軽い声。
「……ニクス……なんのようだ……」ペシン、と床に尻尾を叩きつけながら振り返る。
その私には苛立ちを隠す気もなかった。
「あっはは〜……シャナちゃん怖〜い」ニクス、泣き顔の仮面をつけたその女は、いつも通りの口調で私に話しかけてくる。
身長は小さい。子供のように見えるのに、そこにある気配だけが妙にズレている。
私は少し目を細め、言葉を紡ぐ。
「……彼には、大量の残火が混ざっている」
「まるで、魔物のように」そう言い、彼の姿を思い浮かべる。
まるで心が踊るようだ。
「……だからこそ、私達は」と私は、ゆっくりと息を吐いた。
「理性のある魔物として、彼に接する」
風が一段強く吹き抜ける。
仮面の表情は読めないまま、ニクスはそこに立っている。
「……あれこそが、我々の悲願を叶える者と信じてな」
言い切ると同時に、私は冷ややかな視線をニクスに向けた。
「……それが、彼に執着する理由だ」静かに落とした言葉は、断言に近い。
時計台の針が、遠くで小さく鳴った気がした。
「…ふ〜ん…まぁ別にいいけどね」と言い、そいつは消えた。
…いけすかないやつだ。
あいつからは…嘘つきの香りがする。
そんなことを考えながら、私は階段を駆け下り、そこへ向かう。
黒髪に、琥珀色の目に、猫の獣人族…間違いない。
やつを人質として、私は救世主を手に入れる──
* * *
「…!そっちいたか!」と、俺はそいつに言葉を投げかける。
「いません!」とコクラは答える。
「クソッ!2人で似たような場所ばっか探してたら埒があかねぇ!」
「二手に分かれるぞ!何かあったら合図を送る!」と言い、俺は曲がり角を曲がった。
それを見てか、足音が別方向に離れていったのを確認しながらも、俺は探すために疾走するのだった。
* * *
「はっ…!はっ…!」息が切れる。
僕はそこまで筋力があるわけでも、体力があるわけでもない。
戦えていたのは、あくまで肉体が覚えている戦闘技術のおかげだ。
苦しい、だが、諦めるわけにはいかない。
僕は、あの子を守ると誓ったから。
僕は人混みを避けるため、屋根に登り、走り出した。
* * *
人気のない場所で、何も考えずに、ただぼーっとするだけ。
ただそれだけでも、私には気分転換になった。
どれだけこうしていたかはわからない、だが、かなり長い時間なのは確かだろう。
(…強く、言いすぎたな…)
(…帰ったら、コクラ君に謝ろう。)
そう思い、立ちあがろうとした瞬間。
誰かの手が私の目前まで迫っていて──
(やられる…!)そう思った。
(今回も大人だ…やっぱり大人なんて…!)とも、そう思った。
だけど、その瞬間。
「っ…はぁ…はぁ…誰の子に手出してんだ、その手を退けろよ。」と声が聞こえた。
* * *
その娘を攫おうとした瞬間、私の尻尾は誰かに掴まれていた。
「なっ…!」
「っ…はぁ…はぁ…誰の子に手出してんだ、その手を退けろよ。」と背後から声が聞こえ、私は体を捻り、回転の力で尻尾を無理やりそいつから離し、空中で体を捻り、背後を向きながら着地した。
そこにいたのは、茶髪のだらしない服装をした30代の長身の男。
「お前は…不随のフォード…!」
「みんなその名で呼ぶんだな。」と言い、そいつはタバコを咥え、火をつけた。
「…ああ、お前はその名で有名だからな。」
「ターゲットの体を動くなくする魔法の使い手、暗殺や窃盗を繰り返した伝説の犯罪者。」と言い、私は尻尾を強張らせ、睨みつける。
「ま、捕まってないから犯罪者じゃないんだけどな。」と、そいつは薄らと笑みを浮かべた。
「ところで、背後、大丈夫か?」と、そいつは私に言ってくる。
「…は?背後…?」と聞いた瞬間、私はハッとする。
いつの間にか、あの獣人が消えている。
「っ…!貴様…!」石畳に尻尾を叩きつける。
「おおっと、そう怒るんじゃねぇよ。」と言い、そいつは余裕そうにタバコの煙を吐いた。
* * *
屋根の上を走っていた僕の脚に何かが巻き付く。
「っ…!?なん──」
次の瞬間、引っ張られる。
体が宙に浮く。
そうして、景色が一転二転した後
僕の目に誰かの顔が逆さにが映った。
いや、僕が逆さに吊るされているのだ。
白いローブを被った、ピンク色の髪短い髪に、赤い目をした女性。
「…こんにちは、救世主様。」と、出会い頭でそう言ってくる女。
「…なに…君…」そう言う、僕の頬に何かが触れる。
これは…タコの触手…?
「…私は…魔物教アクアレイ統率担当『オクト・ファムン』…お迎えに上がりました──。」と、そいつはそう言うのだった。
* * *
…なんとか、間に合った。
ギリギリだった、今こそ余裕ぶっているが、心臓がまだうるさい。
この女…誰だ?
翠色の目で、紺色の髪、後ろ髪、側面の髪はまとめて細いポニーテール、前髪は真ん中で髪を分けているが、顎ほどまでの長さがある。
身長は170cmほどで、尻とタッパはでかい。
胸はDカップくらいか?ちょうどいいな。
って、何考えてんだ、悪い癖だな。
顔はかなり整っている、尻尾と頬にある鱗からして魚人か。
俺の「相手の一部の感覚を無くす魔法」は俺に恐怖を抱いてる対象、または俺より戦闘能力が下の相手にだけと、効果が制限されている。
…さっきから試してるが、こいつにはそれが効かない。
つまり、俺より実力が上で、しかも俺に恐怖を抱いてないってこった。
……実力ってのは、戦闘IQ、身体能力、その場の状況の有利不利、技術で決まっている。
だから俺はいつも正面からは戦わない…なのに…
「はぁ…やっぱり…100億を取るべきだったな。」とジョークを言いながら俺は笑った。
次の瞬間──
バッ!と音を立て、その女は一気に俺との距離を詰め、俺に向かって右回し蹴りを放ってくる。
(…っ!見えねぇわけじゃねぇが…!速ぇ!)
(まともに受けたらタダじゃすまねぇ…!かと言って、俺じゃこれを避けられねぇ…!)と言い、両腕で顔面を防御する。
鈍い音が鳴り響き、俺の腕が悲鳴を上げるのがわかる。
その瞬間、風圧が俺の顔を撫でた。
(…っ…てぇ…!だが…!折れてはいない…!)
(…防御を選んだか、やっぱり私の方が強い)
(こいつの魔法の発動条件は知っている…!だからなんだ!自分より弱いものになぜ恐怖する!)
地面に着地したそいつがまたしても地を蹴り、距離を詰め、左拳を固めている。
だが、肩が流れていない。腰も乗っていない。
あれで殴る気はない。
なら、本命は──
脚を狙ったローキック…!
脚の力を爆発させるように上へ飛ぶ。
俺の下を風が通り過ぎるのを感じる。
このまま俺は空中で身を捻り、壁に脚と手のひらをつける。
「『引き寄せろ』」
俺はその言霊を紡ぎ、魔法を発動させるり
見えない力が俺の全身を横へ引っ張る。
重力が狂ったみたいに身体が壁へ吸い込まれた。
次の瞬間、俺は石壁に蜘蛛のように張り付き、その眼下の女を見る。
「そのアグレッシブな魔法使いとは思えないな。」
「今からでも魔法盗賊と名乗ったらどうだ?」と、その女は俺に向かって嘲笑するように言ってくる。
「はっ、これからお前に殺されそうな勢いなんだが?」と、俺も冗談で返す。
「ああ、そうだな。」と言い、そいつは手のひらに魔法陣を出現させる。
(あいつの片足は使い物にならない、ここで仕留める。)
「『我が湧き出る力よ』」
「はっ…お前も魔法使えんのかよ…ふざけんな。」
(…走れば避けれるか…?)
「『無数の雨となり、敵を穿て。』」そう彼女が言霊を紡いだ瞬間、その女の掌から無数の水弾が解き放たれた。
俺は風を切るように、壁を走った
その瞬間──
ダダダダダダッ!!
さっきまで俺が張り付いていた石壁が、凄まじい勢いで抉られた。
石片が弾け飛び、粉塵が舞い、俺の視界を白く染め上げる。
一瞬でも脚を止めれば終わる。
ならば、走るしかない。
石壁を蹴るたび、靴底がギリギリと悲鳴を上げた。
土埃が俺を包み込み、すぐ背後から衝撃が背中に伝わる。
俺のすぐ背後に着弾しているのだとわかる。
まるで豪雨だ。
だが、降っているのは水じゃない。
殺意そのものだ。
「っ……!」
一発ごとに石壁が抉れ、破片が頬を裂く。
息が切れる、風の魔法が不安定になり、足が離れそうになる。
だが、ここで死ぬわけにはいかない。
走って、走って──
ついに、その攻撃は停止した。
「……っ、はぁ……」
肺が焼けるみたいに熱い。
だが、雨は止んだ。
(そりゃそうだ……あんなイカれた火力、撃ち続けられるわけがねぇ。)
(……それとも、俺がミンチにでもなったと思ったか?)そう考えながらも、粉塵が晴れる前に、俺は魔法を発動する。
「『その力よ、我を常闇へ覆い隠せ。』」
そうして、粉塵は晴れる。
(…いない…本当にミンチになったか…?)
(…だが、あの男はそんな単純な男ではない。)と、考え私は神経を研ぎ澄ます。
微かに、私の右から空気の揺らぎを感じた。
私は尾を振い、その攻撃を弾く。
「…おいおい…化け物かよ…」俺のナイフはその尻尾へ弾かれていた。
「…チェックメイトの時間だ!フォード!」
その瞬間、既に俺の眼前にその女の脚が迫っていて
「…っ…!」と、俺は身を屈め、それを避ける。
髪がその脚に掠る。
そうして、俺が反撃を加えようとナイフを握った瞬間、そいつが空中でグルリと身を翻した。
見る間なんてものはなく、反射で身体を捻る。
遅れた左脚に、鋭い衝撃が走り、次の瞬間、轟音が鳴り響いた。
空気が弾け、俺の左半身に衝撃が走る。
何かが俺の左脚を擦り、血が流れている。
さっきまで俺が立っていた場所を見ると叩きつけられた尻尾が地面にヒビを作っていた。
だが、尻尾の力でバネのように跳ね、俺に迫ってくる。
(…休む暇なんてくれちゃあくれねぇか…!)と考えながらも、俺は身を翻す。
そいつの尾が俺の頬を擦り、
(…!集中しろ!)
俺は懐から拳銃を取り出す。
手を伸ばせば届きそうな距離、普通ならば回避不可な距離…俺は1発の弾丸を放つ。
手に衝撃が加わると同時に、カァンッ!と言う音が鳴り響く。
(…!弾丸を噛んで止めやが──!?)と考える俺の拳銃が拳で弾き飛ばされ、逆の手の掌底が俺の顎めがけて迫ってくる。
首を傾ける。
風圧が頬を裂く。
耳元の壁が音を立てて崩れる。
「はっ…!随分強烈な壁ドンだな…?」と言うと、その女は横を向き、ペッと弾丸を吐き出す。
「その減らず口もいつまで叩けるか、試してやるよ」と、その歯を見せながら笑った。
「…いつまでも囁いてやるよ…『吹き飛ばせ!』」と、不慣れな魔法を放つ。
それは瞬時に強烈な風を起こし、そいつを数m後退させた。
その瞬間、爆風に紛れるように、俺は地を蹴った。
それに反応するように、その女は蹴りの構えをとる。
そして──
俺は懐に潜り込んで、そいつの脇腹に一撃を入れた。
だが、それと同時にそいつの蹴りが俺の脇腹にも入り、嫌な鈍い音が鳴り響いた。
内臓が揺さぶられ、喉奥まで血の味がせり上がる。
吹き飛びそうな俺の襟をそのまま女は掴んだ。
その瞬間、その女の顔が急速に近くなり、脳が揺れるような衝撃が俺の頭を駆け巡った。
強烈な頭突きだ。
視界が揺れる。
焦点が合わねぇ。
…まずい。
次が来たら、本当に終わる。
「…っ…なんで顔じゃなくて脇腹を狙った…!私を侮辱しているのか!」と言いながらも冷や汗をかいている。
一応かなり効いたみたいだな。
「がはっ…紳士ってのは…惚れた女の顔を傷つけねぇもんなんだよ…」と、俺は血と共にタバコを地に落とした。
一瞬、静寂が訪れた。
そして、次の瞬間、女の顔がみるみると赤くなり。
「…はっ…?えっ…あぁ…」と、間抜けな声を出した。
「かかったなアホがぁ!」と言い、その隙だらけの女に対して魔法を発動する。
俺の襟を掴んでいた手が開き、力無く崩れるように倒れた。
「はっ…?な…にを…」
「…『不随』…お前の体は俺が魔法を解除するまで動かない。」と言い、フラフラと立ち上がった。
(…っ…肋骨2本くらい逝ったか…?頭蓋骨もやばそうだな…)
(…はぁ…つれぇ…)
「これだけ苦労したんだ…情報は吐いてもらうし…何なら、いい女だし胸くらい揉ませてもらおうか。」と、いつもの軽口を叩きながら、俺はゆっくりと一歩踏み出す。
肋骨が軋む。視界もまだ少し揺れている。
正直、今にも膝をつきそうだ。
だが、それを悟らせるわけにはいかない。
こういう時に大事なのは、実際の余裕じゃない。
相手に、余裕があると思わせることだ。
「なっ…い、いい女っ…!?待て…!それより、辱めは受けない!情報も吐かないぞ…!」と言うその顔は真っ赤に染まっていた。
(…やはりこの女…初心なんだな…)と考えながらも俺は歩みを進めようとした瞬間。
一瞬にして、周りの音が消えたように感じた。
「…シャナちゃん、口車に上手く乗せられたらダメだよ。」とその瞬間、声が聞こえた。
その瞬間、風切り音が一瞬聞こえ、俺の真横に何かが迫る。
(この女ほどじゃないが早い…!)
(まずい…周囲への警戒を怠った!)
(やられ──!)
その瞬間、バッ!と言う音と共に、俺の脚は地を離れる。
俺の腹部に暖かい感触が触れ、俺は尻餅をついた。
「ってぇ…」数秒、何が起きたのかわからなかった。
触手に吹き飛ばされたんじゃない。
俺は──誰かに、庇われたのか?
俺は腹部に目を向ける、そこには俺に抱きつくようにしている、コクラとルアの姿があった。
「おじさん、大丈夫?」
「…あ、ああ…だが、なんでお前達がここに…?嬢ちゃんは逃げたんじゃなかったのか…?」
「って…そんなこと話してる場合じゃなかったな…」
俺の魔法は…俺の優位が続く限り、効果が持続する。
つまり一対一ならば、決まれば相手を常に拘束することのできる最強の魔法だ。
だが…これで俺の優位は崩れ去ってしまった。
(…まずいな…もうボロボロで戦えたもんじゃねぇし…魔法も使えねぇぞ…)
ゆっくりと、目の前の触手が小さくなり、動く。
そうして、触手の向こうにシャナと、もう一人の女が立っていた。
白いフード付きのローブ。
脇あたりまで伸びたピンク色の髪。
赤い目。
優しそうな雰囲気なのに、妙に底が見えない。
「…っ…オクト…何をしにきた。」
シャナが低く唸るように言う。
すると、その女──オクトは、まるで散歩の途中みたいな声で答えた。
「ん? 助けに来たんだよ。」
「…でも、救世主様がいる…私達は救世主様を攻撃するわけにはいかないからね…」
「もう戦いはおしまいだよ。」と言い、そのシャナと呼ばれた女の方を向く。
「シャナちゃん、帰ろう?」と、優しい声色で、微笑みながら言うのだった。
「…っ…!だが…こいつは…!」
「…しーっ…」と、シャナの唇へ触手を当てる。
「だめだよ」
「ね?」と、笑顔で言う。
その言葉を聞き、そのままシャナは何も言わなくなる。
「それじゃあ、救世主様…またお迎えにあがりますから、お楽しみにしておいてくださいね。」と言うと、どこかへスーッと消えていった。
オクトは去り際、一瞬だけこちらを見た。
優しい笑顔のまま。
なのに、背筋が凍った、それだけの威圧感があった。
…その瞬間、思いっきり息を吐く。
助かった。
安堵と疲れ、痛みが体を満たす。
そうして、安堵した瞬間、緊張の糸が途切れ、体が膝から崩れ落ちるのがわかる。
「おじさん!?」
「フォードさん!?」
そんなガキどもの呼ぶ声が聞こえる。
ああ…うるせぇなぁ…
俺は…お前達にそんなに必死に心配されるほど、できた人間じゃねぇんだよ…
そんなことを考えながら、俺の意識は暗い闇の底へ堕ちて行くのだった。




