第八話「おじさん、育ててください。」
「ん…んん…なんだぁ…っ…」と言い、俺は目覚める。
「頭いてぇ…昨日は…何してたんだったか…くそ…思い出──」と言いながら、起きあがる。
「…は?」と、起き上がった先で見た光景に驚愕する。
白髪のガキと、黒髪の獣人のガキが俺と同じベットで寝ていた。
白髪のガキはベッドの端で寝ていて、黒髪の獣人はそいつに抱きつくように丸まっていた。
そして、見るからに歳は成人しておらず…少なくとも黒髪の方は間違いなく女だ。
「…ついにお縄になる時が来たか…」と、俺は冗談混じりに一言呟き、うっすらと笑うのだった。
* * *
そして、その事情を聞き──
バァンッ!と俺は水が入ったジョッキを机に叩きつける。
「マジで!?俺お前達買ったのか!?」
「い、いくらだ…!いくら!」
「え、え〜と…100億って言ってましたけど…」
「マジかよ!?!?」
「あ、コクラ君、これ美味しいですよ、あ〜んしてください!」と言い、黒髪のガキは満面の笑みでその白髪の口へ料理を運ぶ。
「ん…わかった…」と、その白髪のガキもガキで口を開く。
「…おいおいまじかよ…そんだけあれば後2世紀は生きれたぞ…」
「まぁそれより先に人間としての寿命が来るが…」ボソッ
「…で、お前、只者じゃないだろ…」
「なんだお前、その雰囲気…ガキが出すもんじゃねぇぞ。」と言い、俺はその白髪の皿にフォークを伸ばす。
「…やめてください」と、黒髪が俺のフォークを弾く。
「おい一応俺がお前達助けたんだよな!?なぁ!?」と、俺は机を叩き、叫ぶ。
「あ、あはは…」
「僕はコクラです、それ以外はわかりません。」と、そいつは答えた。
「はぁ…記憶喪失かよ…まいったな…」
「…でも、お前は記憶喪失の人間特有のふわつきを感じないんだよな…」
「…まぁいいか…!」
「俺は…まぁ…便利屋『フォード』だ、よろしくな。」と言い、後頭部を掻いた。
「…あ…」
「…る、ルア…ルアも自己紹介…」と、小声でコソコソと黒髪へ囁く。
「…しょうがない…」
「…獣人族のルアです、よろしくお願いします。」ペコリ
「…なんか俺に対して冷たくね?」
「…ゆ、許してあげてください。」
「はぁ〜…せっかく貯金貯めて…男1人…欲しい物買って好きなもん食って、毎日酒飲んで、たまに女抱いての自由な生活してたってのによぉ…」
「…なのによぉ…」
「…やっちまった…」と頭を抱える。
「…男1人で…たまに女を抱いて…結婚とかしてないんですね…」と黒髪の小娘、ルアが俺に毒を吐く。
「……るせぇな!」
「小娘の分際で余計なお世話だ!」
「いいんだよ別に!結婚が全てじゃねぇんだよ、ちくしょう!」
* * *
…面白い人だ、それがしばらく僕が彼、フォードと話して感じたことだった。
「ふ〜ん…なるほどなぁ…つまり——」
「お前が噂の白い怪物で」
「自分が何者か探してる、と」と言い、フォークで自分の口へ肉を放り込んだ。
フォードの皿の上には、香ばしく焼かれた大きな肉が乗っていた。
肉汁がじゅわりと滲み、香辛料の匂いが鼻をくすぐる。
(…いいな、お肉…)
「…な、なんだよ…」
「まだ足りねぇのか!?さっき散々食っただろ!?」
そんなこんな会話をして、僕達は酒場を出た。
「はぁ…買っちまったなら…俺が責任持たねぇとダメだよな…」と言い、チラリと振り返り、僕達を見る。
手を繋いでいたルアが手をギュッと握る。
「…勘違いするなよ…」
「俺はただお前達の衣食住と娯楽を約束してやるだけだ。」と無愛想そうにフォードはそう言うのだった。
* * *
…私は、大人が嫌いです。
故郷から私を連れ出したのは大人でした。
私を買ったのは大人でした。
私に嫌なことをしたのも大人でした。
全部、大人でした。
だから、この大人を私は信用できない。
酒と女が大好きで、だらしない服装、見るからにダメな人間。
そのはずなのに…コクラ君は自然に接する。
…コクラ君に何かするなら…私は──
こいつを許せない。
* * *
そして、俺は宿の部屋に戻ってきていた。
「よし、とりあえず嬢ちゃんは風呂入ってろ…おい坊主、お前はちょっとこっち来い。」
「…?わかりました。」
コクラ君が一歩踏み出した瞬間、嬢ちゃんは坊主の服を掴んでいた。
「……ルア?」
「……何する気ですか」と、その黒髪の少女は俺を睨みつける。
「何もしねぇよ、ただ話すだけだ、あっち行ってろ。」と俺は言う。
「…ルア、大丈夫だから。」坊主のその一言を聞いて、黒髪の少女はしばらく動かなかった。
だが、やがて、服を掴んでいた手がゆっくり離れる。
「……絶対、変なことしないでください」それだけ言い残し、渋々といった様子で風呂へ向かっていった。
「…はぁ…」と、俺は深くため息をついた。
こいつらは…どっちもイカれてる。
コクラ、こいつは、必要と判断すりゃ何だってやるタイプだ。
ルア、あいつは、とんでもなく愛が重い。
コクラのためなら、多分なんだってやる。
……はは。
最高の組み合わせじゃねぇか。
皮肉っぽく口角を上げながら、俺は机の上にあった空のグラスを指先でくるくる回した。
「…それで、どうしたの?」と、対面に座った白髪のガキ——コクラが、静かにそう尋ねる。
「…ああ…それはな──」
言いかけて、俺は口を閉じた。
風呂場の向こうから、ぱしゃり、と湯の跳ねる音が聞こえる。
数秒、妙な沈黙が流れた。
そして俺は、真顔で言った。
「…あの嬢ちゃん…俺に対してめっちゃ当たり強いからどうにかしてくれ。」
「……」と、コクラが瞬きをした。
「…そんなこと言われても…」
「いや、だってよぉ…」
俺は身を乗り出し、机を指でトントン叩く。
「あいつ、俺に常に殺意向けて来やがるし、ずっと睨んでくるんだよ。」
「お兄さん流石にそりゃキツいぜ…」
そう言って肩をすくめる。
「それにあいつ、お前以外信用してないし…」
「…そう言われても…」と、コクラは困ったように視線を落とした。
俺はそんなガキの顔を数秒眺める。
……やっぱりだ。
こいつ、自覚が薄い。
「…ルア。あの嬢ちゃん──」
俺は椅子にもたれ、天井を見上げながら言う。
「お前が死ねと言ったら、多分死ぬぞ。」
ぴくり、とコクラの肩が揺れた。
「……」
「恐らく、あの警戒心と俺に対する殺意は、過去と…お前から来るものだ。」そこで俺は視線を戻し、コクラをまっすぐ見る。
「…まぁ、だから気をつけろ。」
風呂場から、また水音がした。
「それと——」
俺はグラスを止めた。
カタン、と小さな音が鳴る。
「これはお前のせいでもある。」
「だから、お前がどうにかしろ。」
「…俺が言いたいのは、それだけだ。」
部屋に、短い沈黙が落ちる。
「…そっか」そう言うと、坊主──コクラは静かに椅子から降りた。
キシッ、と床板が小さく鳴る。
そのまま風呂場へ向かう……かと思った、その時。
「…なら、お礼に」と言い、ピタリと足が止まる。
「僕に戦いを教えてもらいますからね」そう言って、コクラは肩越しにこちらを振り返った。
その顔には、ほんの僅かに──
イタズラが成功した子供みたいな笑みが浮かんでいた。
「……は?」と思わず間抜けな声が漏れる。
「……はぁ…しょうがねぇなぁ…」
頭をガシガシと掻きながら、深くため息を吐く。
(……こいつ……)
(こんなに表情豊かなやつだったか?)
最初に会った時は、もっと無機質で、何を考えてるか読めないガキだと思っていた。
なのに今の一瞬、妙に年相応に見えた。
* * *
私は……風呂に浸かりながら、ぼんやりと思考に沈んでいた。
湯気がふわふわと立ち上り、耳がぴくりと揺れる。
(……恋人……)と、その単語を思い出した瞬間、顔が熱くなる。
あの時…あのオークションでコクラ君は——否定しなかった。
(……えへへ……♡)と湯の中で、口元が緩む。
(つまり……恋人……だよね……?)
(うう……言葉にすると破壊力すごい……♡)尻尾がぱたぱたと湯を叩く。
(じゃあ……将来は結婚して……)
そこまで考えたところで、私の思考は一気に飛躍した。
(……子供、何人がいいかな……♡)
「にゃっ……!?」と思わず変な声が漏れる。
(な、何考えてるの私!?)
(は、早すぎるよ!?)と、顔の熱がさらに増す。
でも、妄想は止まらない。
(でもコクラ君、小さいし…華奢だし……)
(無茶するし、すぐ危ないことするし…)
じわりと真剣な顔になる。
(…私がしっかりしないと)
(家事もやって……)
(コクラ君と子供たちの面倒見て…)
そして——
(コクラ君が怪我して帰ってきたら、私が手当てして…)
(おかえりって言って…)
(ぎゅーって、抱きしめて…♡)
「〜〜〜っ♡」湯船にずぶずぶと沈む。
その瞬間、ガチャッと、脱衣所の扉が開く音がした。
ビクッ、と体が跳ねる。
(こ、この足音は……)規則正しく近づいてくる、小さな足音。
聞き間違えるはずがない。
(コ、コクラ君……!?)
一瞬で、顔の温度が爆発した。
尻尾がぶわっと膨らみ、耳がピンと立つ。
(む、無理無理無理!!)
(心の準備できてない!!)
(は、裸見られちゃう…!)
「ルア、入るよ」
扉越しに聞こえた、落ち着いた声。
「にゃっ!?!?」と思わず湯をばしゃっと跳ね上げる。
コクラ君になら見せていいと思う自分と、恥ずかしいと思う自分が争い合い、私の頭はぐちゃぐちゃになっていた。
「る、ルア?大丈夫?」と、心配そうな声。
その優しい声が、余計に心臓を暴れさせる。
「…っ…入って…いいよ…」と言い、結局近くにあったバスタオルで私は体を隠した。
ガラッと扉が開き、コクラ君が入ってくる。
…だけど、コクラ君はタオルすら巻いてなくて…
「なっ…」と、私の耳と尻尾はピンと立つのが自分でもわかった。
(1人だけ恥ずかしがって私のばかばかばかばか!)
(くぅ〜っ…!恥ずかしい…!)
「…えっと…どうしたの…?」と、頬を掻きながら私にそう聞いてくる。
「…な、なんでもないよ…」と言い顔を逸らす。
ザバッ、と真横で水音が響く。
(えっ…待って待って待って、ち、近い!)
「…ルア…」と、真横から声が響く。
その声が私の心臓を震わせる。
「な、何?」
「…フォードさんに、どうしてあんなに当たりが強いの?」と、私に優しい声色が語りかける。
「……」喉の奥が、ひどく乾く。
答えようとして、言葉が出ない。
湯の中で、尻尾が小さく揺れた
「…どうしてそんなこと…聞くの?」と、ようやく絞り出した声は、少しだけ震えていた。
「………それは…」コクラ君の間が、一瞬だけ落ちる。
「……あの人に…頼まれたんだね」
「…やっぱり、保身しか考えてない…大人なんだ…」
「…ルア、それは違──」
「…‥何も違わないよ、大人は汚い…それだけ。」
「…先、上がるね…」
そうして、私がそこを出ると、椅子に座ったまま、その大人は寝ていた。
「…」
さっきまでの怒りが、完全に消えたわけじゃない。
それでも残っているのは、怒りそのものじゃなく、コクラ君に、冷たく言ってしまったという事実だった。
(……ちがう……)
(私はただ……)
答えは出ないまま、言葉が沈んでいき、私は視線を逸らした。
そして私は、その場にいられなくなって、気まずさから逃げるように、早足で部屋を出た。
人気のない場所で、何も考えずに、ただぼーっとするだけ。
ただそれだけでも、私には気分転換になった。
どれだけこうしていたかはわからない、だが、かなり長い時間なのは確かだろう。
(…強く、言いすぎたな…)
(…帰ったら、コクラ君に謝ろう。)
そう思い、立ちあがろうとした瞬間。
何かが私の目前まで迫っていて──
* * *
「…ド!」
「…ォード!」
「…フォード!」
と、その白髪が叫ぶ声で俺は目を覚ます。
「…っあ?」目を開くと、そこには焦った様子のコクラが立っていた。
「ルアが…ルアがいないの!」
「…は?」と、声を漏らし、ガタッと椅子から立ち上がった。




