第七話「愛が重いやつっていいよね(作者の意思)」
あの後、僕達は気にしていなかったが、僕の暴走が終わると同時に、魔物達の生息海域から抜け出していたらしい。
僕達は今も檻の中にいる。
ただ、少しだけ変わったことがあった。
誰も僕に近づこうとしない。
前までは怒鳴っていた男達も、今では檻に近付く時だけ妙に緊張している。
「──ん!」
……あの尻尾のせいだろうか。
「──ラくん!」
ただ、恐怖というよりは…何か別のものな気が──
「コクラ君!」と、そんなことを考えていると、耳元でルアの声が響き渡る。
「うわっ…!?」
「ご、ごめん…考え事してて…」
「…別にいいけど…そうやっていきなり黙ると…昨日のもあったし心配しちゃうよ…」と言い、ルアは僕をギュッと胸に抱き寄せた。
まるで離さないと言わんばかりに。
ああ…変わったことがもう1つあった。
やけにルアの距離が近い。
顔がいつもより若干赤い気もするし…
…あれは…なんだったんだろう…
僕に生えた…あの尻尾…
あれは…確かに砦で見た…え〜と…なんだっけ…
…「炎尾族」…そう、それだ。
…あの時のことを思い出した瞬間、指先が小さく震えた。
ルアを殴ろうとした感触が、まだ腕に残っている気がする。
…僕は…一体何者なんだろう。
…前に聞いた僕に似ていって言う人なら、何か知ってるかもしれない。
…早く探さないと
* * *
「…」
…やっぱり…ダメだ。
自覚したからこそ…この感情を抑えきれない。
…大好き
そう、私は2日足らずのうちに、コクラ君という存在を好きになってしまったのだ。
(スンスン…)
(あれ…)
(こんなにコクラ君オスの匂いしたっけ…)
(やばい…脳溶けそう…♡)
そんな私の体は火照り、ジンジンと疼いている。
(撫でてほしい)
(もっともっと匂い嗅ぎたい)
(キスってどんな感じなんだろう…)
(……え?キス?)
(だ、ダメダメダメ…何考えてるの私!?)
(だ、第一…私とコクラ君はまだ恋人じゃないわけで…)
(キスとかはまだ早いし────)
* * *
僕の目の前で、いきなり顔を真っ赤にし、顔をブンブンと振ったり、頷いたりしているルア。
…やっぱり…ルアの様子がおかしい。
(僕のせいだろうか…やっぱり…昨日のが怖かったんじゃ…)そう考えた瞬間、胸の奥がぎゅっと締めつけられた。
僕は血の気が引くのがわかった。
「おい…聞いたかよあの話…」と、そんなこんなしていると、僕の耳にそんな声が耳に入った。
「ああ、聞いたぜ…死の大陸の砦を1人で壊滅させた白い怪物だろ?」
「…ああ…あそこは元々戦闘が不向きな偵察兵ばっかだったと言っても…数十分のうちに数十人が殺されたって噂だ…」
「まじか…五英傑様は何をやってるんだ…」
「「…白い…待てよ…?白い怪物…?」」と、そいつらは僕の方をチラッと見るのだった。
「…あはは〜…そんなこともあったかもしれませんね〜…」と笑いかける。
「ひぃっ…!?」と、なぜかそいつらは怯えだす。
「ね、ル────」
隣に目をやると、すごい剣幕でルアは彼らを睨みつけていた。
「…る、ルア…?」
「…ん?なにコクラ君」と、何もなかったかのように僕の方を向く。
「…いや…な、なんでもないけど…」
* * *
いくつか、コクラ君について気づいたことがある。
コクラ君は感情に少し疎い、たまにこういう時どういう顔をしたらいいのか…正解を探してるような感じがする。
コクラ君は意外と繊細、今日なんか特に、私にずっと申し訳なさそうにしてる。
それより早く撫でて
コクラ君は意外と力自体は弱い、いや、強いには強いんだけど…これならちょっと鍛えた大人と同じくらいで、あの強さからはそんなに想像できない。
コクラ君はたまに知っているかのように道具を使うこと、あやとりや鉛筆は全く知らなかったのに、トランプをやる時はパラパラと手慣れたようにシャッフルしてくれた。
コクラ君は適応能力がすごいこと、昨日の昼まであんなに船酔いで苦しそうだったのに、今では船が揺れても軸1つ揺れない。
コクラ君はナイフの扱いとか戦いの動きがすごい、故郷で見た兵隊さんみたいな動きだった。
一体、どこで何をしてたらあんなになるんだろう…歳は…私と同じくらいだよね…?
コクラ君のあそこは意外と大き────
「ルア…そろそろ離れてよ…」
「……じゃあ…」
「……撫でて…」
(…あれ…?私何言って…)
「…???まぁ…いいけど…」と、コクラ君は優しく撫でてくれる。
「…♡」
(…ああ…やっぱり好きだなぁ…♡)
* * *
その日の夜
月明かり差す部屋の中
「…コクラ君…もっと近づいてさ…」
「…その…えっと…一緒に寝よ…?」と、僕の真横で彼女の琥珀色の目が綺麗に光る。
「…今真夏だよ…?」と、僕は心配する。
「…だめ…かな…」そう言うルアの体からは、いつもより甘い香りがした気がした。
「…別にダメとは言ってないよ…」と僕が言うと、すぐにルアは飛びついてきて、僕に体を擦り付ける。
そんなルアの喉からは、ゴロゴロと軽快な音が鳴り響いていた。
そんな音を聞いながら、僕の意識は少しずつ海のような暗闇に堕ちていった。
…その日、僕は夢を見た。
大量の人々の顔が…壁のように集まり、僕を見ていた。
…なんだろう…これは…
怖い。
とてつもない恐怖、僕はそれしか感じなかった。
でも…なぜか、そこに僕の探している正解がある気がした。
そして、僕は手を伸ばそうとして──
「っ…!」と飛び起きた。
「…コクラ君っ…どうしたの?」と、僕が起きるのとほぼ同時に、ルアも起き上がり、僕を心配してくれる。
「…はぁっ…はぁっ…」動悸がする、眩暈がする、汗が身体中から溢れ出す。
最初に…昔の記憶を思い出そうとした時に似た感覚だった。
「…っ…コクラ君…大丈夫だよ…」
「私はここにいるよ…」と、僕を抱きしめてくれた。
「…ル…ア…」と、それを抱きしめ返す。
僕の中の恐怖が、ルアの存在を確かめることで、少し解けた気がした。
* * *
私は彼をギュッと抱きしめ、視界を塞ぐ。
(コクラ君が弱いところ見せてくれてるぅ…♡)
(私に頼ってる…♡)
(私を抱きしめてる…♡)ニヘラニヘラ
「大丈夫…大丈夫だよ…」
「…私がいる…」
「……私だけが…コクラ君を認めてあげるからね…」ニヤァッ
「…うん…う…ん…?」
「…る、ルア…?」とコクラ君は顔を上げる。
それを見て、私はすぐに顔を真剣なものにする。
「ん…?コクラ君、どうしたの?」
「…いや…なんでもないけど…」
「…気のせいかな…」ボソッと、彼はそう呟くのだった。
* * *
「…よく寝るな…」と、僕にまた抱きついて寝ているルアを見ている。
太陽が真上に登り、かなり熱い。
ルアの体もベトベトして、僕にまとわりついてくる。
そんなことを考えていると、昨日と同じ2人組が巡回しながら話す声が聞こえてくる。
「あの忌々しい『魔物教』になんか動きがあったらしいぜ。」
「まじで…!?今度は何するんだよ…五英傑様も騎士も宗教の1つすら潰せないのか?」
「仕方がないだろう…あいつらも忙しいんだ。」
「…そして、それに加えて海の大陸のアン教授とその関係者が一気に殺害されたらしいぞ。」と声が遠ざかっていく。
「…魔物教…か…」と呟き、ルアの頭を撫でる。
——その瞬間だった。
船の軋む音も、人の足音も、何も聞こえなくなった気がした。
背筋に悪寒が走る。
誰かに見られているような、そんな気持ち悪い感覚。
すぐにその感覚の原因を探る。
そして、僕は見つける。
扉の隙間から、何かが僕達…いや、僕を見ていた。
背丈は僕と同じくらいで、泣いている顔の仮面をつけている。
「…だ…れだ…?」見ているだけで、わかる。
こいつは今まで見た何よりも強い。
そして…僕とよく似ている。
気配、雰囲気…何もかもが自分自身と重なる。
「…またね。」そう言うと、そいつはまるで元からそこにいなかったかのように消えた。
誰…だったんだ…?
…あの人だ。
砦で聞いた僕に似た人、間違いない、あの人だ。
…またね…また会えるんだ…
…その時は必ず僕の正体を教えてもらわないと…
そう思った瞬間、服の裾が小さく引かれた。
「……コクラ君」
「え?」
「……あの人に、近づいちゃだめ」と、そう言い僕の目をジッと見つめてくるルア。
「…いつから起きてたの…?」
「…」と、その問いにルアは答えない。
「…」
「…安心してよ…ルア…危ないことはしないから…」と、僕は必要な嘘をついたのだった。
* * *
ガタッ、と大きな揺れで僕は目を覚ました。
(またか…)と思いながら、目を擦り、上体を起こす。
檻の隙間から外を見る。
そこには、無数の島々が海に浮かんでいた。
島と島を繋ぐ粗末な橋、空へ伸びる煙、錆びた鉄骨、雑多に積み上がった建物。
昼のはずなのに、どこか薄暗い。
「…ついたみたいだね」と隣でルアが小さく呟く。
「ここは…ノクス列島…海の大陸の中で最も闇に染まってる場所だよ」
そう言う彼女の声は、少し震えていた。
そうして、誘拐犯達は僕達を日も届かないような倉庫へ運んだ。
そこからは…すぐだった。
ルアが僕に抱きつくだけの時間。
言葉を交わしたとしても、それはただの雑談しかない。
怖い、助けて、帰りたい。
そんな言葉は、お互い一度も口にしなかった。
そんな時間を過ごすうちに、夜が来たらしい。
僕達は再び運ばれ、薄暗い建物の中へ入れられた。
壁越しに、くぐもった大勢の話し声が聞こえる。
笑い声。
酒の匂い。
金属の擦れる音。
そして——
「次の商品を連れてこい」
という声が聞こえた。
* * *
カチッ!と音が鳴り響き、眩しい光が僕を頭上から照らした。
「さぁさぁ!今日1番のご注目の品!」
「世にも珍しい白髪に!美しい肌、整った顔!」
「まるでこの世に現れた女神のようだ!」
「さらに、翼も耳も尻尾もない稀有な存在!」
「この美少女を勝ち取るのは誰か!」
「あ、僕男です」と、その言葉に訂正を入れる。
その瞬間、会場が静まり返る。
「…え?」
司会者が台本を見た。
僕を見た。
もう一回台本を見た。
「…そうなの?」
「はい」
数秒の沈黙。
「……」
「……」
「……」
「さぁ!この美少年を勝ち取るのは誰か!!」
「変わらねぇじゃねぇか!」
「値段は下がらねぇな!」
「むしろ上がったぞ!!」
「気持ち悪りぃこと言うな!」
「さぁ!5億からスタートです!」
* * *
…私は、ステージ裏からそれを見ていた。
コクラ君の値段が、見たこともない金額までどんどん吊り上がっていく。
嬉しい。
…コクラ君が、それだけ特別な存在だって証明されているみたいで。
でも、同時に悲しい。
胸の奥が、ぎゅっと締めつけられる。
もし、コクラ君が誰かに買われたら。
私はもう、二度とコクラ君に会えないかもしれない。
……嫌だ。
その瞬間、自分でも驚くほど黒い感情が湧いた。
私以外の誰かが、コクラ君を自分のものにする。
……気に入らない。
反吐が出る。
撫でてくれる手も。
優しい声も。
あの温もりも。
全部、私のものなのに。
……あ。
そう思ってしまった自分に、一瞬だけ息が止まる。
私は一体何を考えているんだろう。
と、思考を巡らせている間に、大きな声が響いた。
「50億!」
「…え?」私は思わず声を漏らす。
先程まで、出ていたとしても30億ほどだった、なのにそれを大幅に上回って…?
* * *
「さぁさぁ!そこのローブの方、50億が出ました!」
「もう出回るかわからない品!他にはおりませんでしょうか!」と、司会が叫ぶ。
目元は見えないが、黒いローブの者が勝ちを確信し、微笑を浮かべる。
「それでは!落──」
次の瞬間、バァンッと扉が開く。
そして、入ってきたやつを見て、会場がざわめきだす。
「…お、おい…!あれは…!」
「ああ…間違いねぇ…あれは…不随のフォード…!」
「ふわぁ〜…なぁんだぁ…?おもしれぇやつが出品されるって聞いたから、わざわざ来てやったのによぉ…」
あくびをしながら、暗闇から一人の男が現れる。
長身で、ボサボサの短い茶色の髪。
片手には酒瓶。
シャツはだらしなく着崩れている。
どう見ても、ただの酔っ払いだった。
……なのに。
全く…実力が計れなかった。
「す、すみません…これ以上ステージに近づくのは禁じられてい──」その瞬間だった。
司会の足から、突然力が抜けた。
骨が消えたみたいに、膝がぐにゃりと折れる。
「……え?」
本人すら、自分に何が起きたのかわかっていない様子で、ドサッ、と地面に膝をつく。
「ちょ〜だと…どいてろや…うぇっぷ…」
「…おいお前…もし俺が今からお前を殺すと言ったら、どうする?」
「殺す。」と、僕はそんな問いにすぐに返す。
「そうか、なるほどな…気に入った、おい、こいつの値段は?」と、笑う。
「は、はい!?い、今の所50億ですが…」
「じゃあ60億」
と言う男の呆気なく言う声に一瞬、誰も反応できなかった。
「……ろ、60?」
「は?」
「10億上乗せ…?」と、会場はざわめく。
「っ…70億!」とローブのやつが唇を噛み、そう叫んだ。
「ああ?噛みついてきやがるなぁ…じゃあ100だ、100、100億やるからこいつを売ってくれ。」と、またそいつはまるでどうと言うこともないように言う。
「…ねぇおじさん」
「んぁ…?おじさんじゃない、フォードお兄さんだ、しつけのなってねぇガキだな、まぁそう言うのが面白いんだけどな。」
「ルアって子も買って」
「はぁ?なんでそんなこと俺がしなくちゃ——」
そこまで言って、男の視線が僕とルアの間を行き来する。
そして、男はニヤリと笑った。
「ああわかったぞ、そいつお前のこれだろ、これこれ」と、小指を立てる。
「いやぁ…こんなチビが抜かりねぇなぁ!そう言うことなら、このお兄さんに任せな。」
「…?じゃあ、お願いします。」と、よくわからないが僕は頷いたのだった。
* * *
(……え?)
(い、今…)
(コクラ君……否定、しなかった……?)
頭が真っ白になる。
心臓がうるさい。
体温が一気に上がる。
(こ、恋人…)
(私が…コクラ君の…?)
「にゃっ…!?」と、思わず変な声が出る。
(…私が…コクラ君の…うへへ…♡)
(でも…私も買ってなんて…コクラ君やっぱり優しいなぁ…♡)
* * *
黒ローブの者は、小さく舌打ちした。
「…覚えていろよ、不随のフォード…それは我々がいつかいただくからな。」と言い、彼女はローブを靡かせ、そこを後にした。




