第六話「船上のサルターティオ」
「ひ、ひぃ…!?だ、誰か助けてくれぇ!」と叫ぶ男、その男に魔物は槍を振り下ろそうとしていた。
僕は──その首を切り落とした。
「た、助かった…!一体誰が──」それを無視して走り出す。
ルアのことを考えると、なぜか僕は一刻も早く、この魔物達を殺したい、そんな気持ちになる。
次の標的を見つけ、殺意のままナイフを振り下ろす。
だが、それは簡単に槍で弾かれ、逆に槍で反撃の突きを喰らいそうになる。
それを僕はギリギリのところでナイフで逸らす。
「っ…」だが、腕にジーンと、衝撃と痛みが走った。
(力強っ…!)と考えながらもそのまま魔物の股下に滑り通り、背後から後頭部にナイフを投擲する。
風を切り、そのナイフは後頭部に突き刺さり、ドサッとそいつの体は力無く崩れ落ちる。
だが、滑り込むと言うことは、地面に寝転んでいるようなもの、そこに正面から槍を突き刺そうと魔物がやってきて、軽く振りかぶり、僕の顔めがけて振り下ろす。
「っ…!」と、頭を横に傾け、なんとか避ける。
だが、頬に痛みが走った。
「次から次へと…!」と言い、魔物を蹴り上げ、槍を手放せさせる。
そしてそのまま立ち上がり、心臓にナイフを突き立てる。
そんな僕の左から、また別の個体が死角を縫うように駆け寄り、槍を振り下ろしてくる。
ナイフから手を離し、槍に手をかける。
そのまま右に飛ぶ、それにより甲板に突き刺さっていた槍が抜け、僕は何とか回避をする、足音が無ければ避けれなかった、それほどギリギリの一撃。
背後を向けば、そこには大海原の波が渦巻いていた。
矛先を僕はそいつに向ける。
そいつも槍を構えた。
だが、次の瞬間──
バシャァンッ!と大きな音を経て、水飛沫が背後から飛んでくる。
「…え?」と僕が驚きを隠せずに、背後を向くと…そこには…
水面から飛び出し、僕に向かってくる4体の魔物の姿があった。
(どうする)
(無理だ)
(避けられない)
(受けることも不可)
(死ぬ?)
(いや…!ダメだ!)
(なんとかする!!!)と言い、カバンの中に手を突っ込む。
そして、そのまま重力に任せ、槍を構えながら降ってくる4匹の魔物のうち、2匹を体を捻ることでなんとか避けるが。
避けきれずに右脇腹、左太ももに掠る。
そうして、そいつらの槍は深々と甲板に突き刺さる。
そしてそのまま、カバンの中から小さなをナイフを投擲する。
それは魔物の肩に直撃し、空中でバランスを崩し、そいつの槍は僕に当たらない位置に逸れる。
そうして、もう1匹の方を見るが…もうそれは至近距離まで近づいていて…
僕はキィンッ!と音を経て、槍で何とか弾いた。
腕が悲鳴を上げる。
それでも、まだ動く。
「うあぁ!」と叫び、前方に槍を振い、前方の2匹を切り裂く。
そのまま背後を向き、後方の1体目掛けて、全力の投擲をする。
投げつけられた槍は頭に深々と突き刺さり、魚ごと後ろに倒れ、突き刺さった。
そのまま右を向き、カバンからナイフを取り出す。
正面のやつの胴体を切り付け、背後のやつを蹴る。
確かに蹴りの威力は弱いが、そいつは肩にナイフが突き刺さっており、そのおかげもあり背後へよろける。
そうして、そいつらを見据えながら、先ほど頭を貫いた魔物の死体へ向かって飛ぶ。
そいつの近くのもう一つの死体へ踏み込み、その心臓に突き刺さったナイフへ手を伸ばす。
引き抜く。
一拍遅れて、黒い血が噴き上がる。
その瞬間、先ほどの2体が迫ってくる。
僕は…冷静にそいつらの腹に刃を突き立て、思いっきり踏み込み、切り裂いた。
「はぁ…はぁ…」と、肩で呼吸をする。
「まだ…こんなにもいるんだ…」といい、船の両サイドから迫るそいつらをに視線を送り、構えた。
* * *
まるで、夢でも見ているようだった。
目の前では、出会って数日の、同じくらいの歳の少年が化け物と戦っている。
それも、私を守るために。
こんな状況、現実なわけがないのに。
目が離せなかった。
切る。裂く。貫く。投げる。避ける。
そのどれもが、迷いなく繋がっている。
あれだけの数を相手にして、それを“当然みたいに”やっている。
……すごすぎる。
* * *
「はぁっ…はぁっ…!っ…!」と、また魔物の腹を切り裂く。
頭が、重い。
いや――違う。
考えが多すぎる。
(落ち着け……落ち着け……!)そう思った瞬間、足が──滑った。
一瞬、時間が止まったように感じられた。
音が聞こえる。
風も、痛みも、全部遠くなる。
今までの短い記憶が蘇り、頭を駆け巡る。
嫌だ。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。
死ぬな
まだ
まだ終わるな
僕はまだ──死にたくなんてない!!!
* * *
私はもう一度、自分の目を疑った。
彼が足を滑らせ、大量の化物が彼を突き刺そうと踏み込んだ。
コクラ君の体が、甲板に崩れ落ちた。
魔物たちの槍が、一斉に振り上がる。
一本でも致命傷。
四本なら、確実に死ぬ。
槍の切っ先が、目の前まで迫る。
皮膚を裂く未来が、ありありと見えた。
間に合わない。
——そのはずだった。
その瞬間、彼の腰に何か深く暗い紫色の塊が現れ、膨らんだ。
それは脈打つように膨らみ、捻れ、細長く伸びていく。
そして…それは私が見たことのあるものに変化した。
「…『炎尾」…」
黒く、根本から先端にかけて細くなる長い尻尾。
先端では荒々しい炎が燃え盛っていた。
* * *
なんだ…?何だこれ…
次の瞬間、腰の奥が焼けるように熱くなった。
骨の隙間を、灼熱が無理やりこじ開けていく。
自身の変化に1番驚いているのは、他でも僕自身だった。
カチッと何かが外れるような音がし、体に力が泉のように湧いてくる。
そのまま僕は…体を捻り、尻尾を振り回す。
その尻尾は、飛びかかってきた魔物たちを鞭のように薙ぎ払う。
骨が砕ける鈍い音と共に、数体まとめて吹き飛んだ。
「ギ…ギ!」と声を出し、周りの魔物達が本能的に数歩後ずさった。
「がっ…ぁ…!」
熱い。
体の奥で、何かが暴れている。
力が——抑えきれない。
喉の奥から、自分のものとは思えない低い唸り声が漏れる。
* * *
コクラ君を探し、その瞬間、私は視線を巡らせた。
そして、見つける。
さっきまでそこにいた五体の魔物は、全て床に沈んでいた。
首があり得ない方向に折れたもの。
胴が抉れ、黒い血を撒き散らすもの。
原形すら留めていないものもいる。
その中心に——
コクラ君が、立っていた。
だが、息を呑む間もなく、反対側にいた魔物たちが一斉にコクラ君へ向かっていく。
「ぐがぁ!」唸り声と共に、手足で甲板を蹴る。
その身体は、弾丸のように射出された。
帆柱を掴み、そのまま身体を遠心力で振り回す。
そして、脚が、魔物の側頭部に炸裂した。
頭蓋が陥没し、次の瞬間には内側から破裂した。
吹き飛んだ死体が、そのまま後続の魔物たちを巻き込み、まとめて甲板を転がっていく。
吹き飛ばされずに残った一体へ、コクラ君は着地と同時に踏み込んだ。
そのまま——魔物の頭部に、頭突きを正面から叩き込む。
鼻骨が砕け、顔面が陥没する。
魔物は白目を剥いたまま、糸が切れたように崩れ落ちた。
コクラ君の額が裂け、真紅の血が流れ落ちる。
血は目元を伝い、顔の上半分を赤く染めていく。
なのに彼は、痛がる様子すらなかった。
倒しても倒しても海から無数に湧き出てくる魔物と戦っている。
違う。
あれは──コクラ君じゃない。
あれはもう、力に喰われた“器”だ。
気付けば私は走り出していた。
濡れた甲板に足を取られそうになる。
それでも、私は走るのをやめなかった。
目の前で魔物と戦うコクラ君へ、ただひたすら手を伸ばす。
「コクラ君——!」そう叫んだ、次の瞬間。
——消えた。
視界から、コクラ君の姿が。
何が起きたのかわからない。
ただ、真横を暴風みたいなものが駆け抜けた。
バサッと髪が舞う。
耳が揺れる、全身を風圧が叩いた。
遅れて、背後から鈍い破砕音が響く。
私はすぐに振り返る。
「コクラ君!」
そこでも、コクラ君は戦っていた。
私が振り向くまでの一瞬で、また二体、床に沈んでいた。
「待って…!待ってよ…!」
叫んで、手を伸ばす。
けれど、その声は届かない。
いつまで経っても戦いは終わらない。
コクラ君は傷つき、壊れていく。
こんなに近くにいるのに。
あと少し手を伸ばせば、届きそうなのに。
——届かない。
気づけば彼は、また私の視界から消えていた。
「はぁっ…はぁっ…」と、私は肩で息をする。
足を止める。
どうやっても…私の力じゃ、私なんかじゃ、コクラ君に届かない。
今だって、この甲板に入れるのはコクラ君のおかげだ。
(コクラ君は、目につく魔物が多いところに突っ込んで、そこから処理してる。)
(なら…!引き寄せる!)
と、私は海へ向かって走り出す。
タッタッタッ!と軽快な足音と、心臓の鼓動が重なる。
距離が縮まるたび、肺が焼けるように痛い。
喉が熱い。
脚が鉛みたいに重い。
こんなに走ったことなんて、一度もなかった。
ずっと檻の中で生きてきた体が、悲鳴を上げる。
怖かったのは、死ぬことじゃない。
また、一人になることが怖かった。
私の知らないコクラ君になるのが怖かった。
暗い檻の中で、誰にも必要とされず、ただ息をするだけの日々に戻るのが嫌だった。
私と沢山笑い合ってくれるコクラ君じゃなくなるのが怖かった。
コクラ君のいない世界が嫌だった。
私の知っているコクラ君がいない世界が嫌だった。
だから、コクラ君のために…!私は──
次の瞬間、体がふわりと足場を失う。
浮遊感を感じる──
そして…水面から飛び出してくる10は容易く超えるであろう数の魔物。
怖い、あまりにも怖かった。
だから、信じて目を閉じ、心の底から叫ぶ。
「置いていかないで…!」
「私を、一人にしないでよ…!」
「コクラ君!!!」
* * *
「…!」僕はその声で振り返る。
そして、床を蹴る。
風を切り、僕は飛んでいく。
まるで自分の体じゃないようだ。
間に合え
間に合え!
間に合え!!!
そして、僕は両腕で、彼女を──掴んだ。
* * *
次の瞬間、肉が裂ける音と打撃音が近くで鳴り響いた。
そして、私の体を誰かが支える。
耳元で、その声がした。
ああ——今ならわかる。
胸を締めつけていた、この熱の正体が。
この気持ちに、ようやく名前をつけられる。
その…私の大好きな声が囁いた。
「任せて」
* * *
そうして、そのまま僕は甲板に戻り、ルアを降ろす。
その瞬間だった。
「ぐっ…!?」
脊髄を焼くような熱が、再び全身を駆け巡った。
膝が揺れる。
視界の端が、じわりと赤に染まる。
まただ。
また、あの獣が——僕の中で暴れ出した。
意識が遠のく。
ああ、ダメだ。
今さっきみたいになったら……ダメだ。
ダメだ。
ダメだダメだダ──
「あ……あぁ……」喉から漏れた声は、もう自分のものじゃないみたいだった。
「こ、コクラ君!」
「コクラ君!」
ルアの声が、遠ざかった。
* * *
彼は、獣みたいに低く唸りながら、一歩、また一歩と迫ってくる。
「コクラ…君…!」
「ぐぁっ!」と言い、私に対し、拳を振り下ろそうとする。
だけど、それはさっき魔物を殺していた時より、明らかに遅かった。
まるで——彼自身が、必死に抗っているみたいに。
「きゃっ…!」と、私はなんとか避けることができた。
「…ダ…メだ…」苦しそうに呟きながら、彼はまた拳を振り下ろす。
怖い。
本当は、今すぐ逃げ出したい。
それでも私は——逃げなかった。
振り下ろされる腕の内側へ、一歩踏み込み、避ける。
そして、震える両手で彼の頬に触れる。
その刹那。
背筋が凍った。
後ろから、生臭い息。
「グギャァッ!」
「しまっ…!?」
死ぬ、そう思った。
次の瞬間、先ほどまでの私に向いていた殺意が、そいつに向けられた。
視界が揺れる。
何が起きたのか理解する前に——
コクラ君の拳が、魔物の顔面を貫いていた。
頭部が、熟れた果実みたいに弾け飛ぶ。
そして、私を掴み、投げ飛ばした。
「きゃっ…」と、私は甲板に転がる。
「あ…あぁ…!」と叫ぶような声を出しながら、コクラ君は私に迫ってくる。
そして、拳を振り上げた。
「っ…!」今度こそ死ぬと思った。
だが、拳は私を避け、甲板に突き刺さった。
バゴォッ!!と轟音が響く。
木板が砕け、拳を中心に蜘蛛の巣状の亀裂が走った。
気付けば…コクラ君の目から、雫が溢れていた。
ポロポロと、甲板へ溢れ落ちる。
「…泣くくらいなら…戻って来てよ!」私は叫ぶ。
違う、コクラ君に怒ってるわけじゃない。
何もできない自分に、怒っているんだ。
「この…バカァ!」と、私は手を思いっきり振った。
パァンッ!という、破裂音のような物が暗い雲の下、響き渡る。
気付けば、彼の頬は赤くなっていた。
ポタポタ…と、空から雫が落ちてくる。
その雨に消されるように、コクラ君の尾の火は弱まっていった。
* * *
頬にツーンとした痛みが走った。
その痛みと同時に、視界が晴れ、まるで世界に色がついたように見えた。
何が起きたんだ?と、僕は視線を巡らせる。
「ル…ア…?」
「なんで…泣いてるの?」
「…泣いてなんか…ないよ…」と、言う彼女は、ボロボロと大粒の涙を流し、嗚咽を漏らす。
手で拭っても拭っても、涙は止まらない。
「…ごめんね。」と言い、僕は彼女を抱きしめた。
その瞬間、僕の中で渦巻いていた、何かが消えた。
頬にツーンとした痛みが走った。
その痛みと同時に、視界が晴れ、まるで世界に色が戻ったように感じた。
何が起きたんだ──と、僕は視線を巡らせる。
「ル…ア…?」
「なんで…泣いてるの?」
ルアは答えなかった。
ただ、必死に息を吸って、それでも喉が詰まったみたいに言葉にならず、
肩を震わせながら、涙だけが止まらなかった。
手で拭っても拭っても、追いつかない。
「……ごめん」
そう言って、僕は彼女を抱きしめた。
さっきまで暴れていた熱が、嘘みたいに静まっていく。
獣の気配が、遠ざかっていった。
代わりに残ったのは、ひどく静かな疲労だけだった。




