第五話「琥珀の少女」
僕は、揺れを感じて目が覚める。
視界が上下に揺れていた。
床が見える。……誰かの肩に担がれてる?
体が重い。意識もぼんやりして、指一本まともに動かせない。
「おい、ガキの武器とか持ち物はちゃんと取っておけよ。」
「わーってるって…ま、ガキが武器持ったところで、何もならねぇがな。」
「「ガーハッハッ!」」とそいつらの豪快な笑い声が耳元で鳴り響く。
(…うるさい…)そう思い、また僕の意識は堕ちた。
「んっ…」と僕はまた目を覚ます。
(月明かりが差してる…どこここ…)と思いながら、ゆっくり上半身を起こす。
背中に硬い感触。
冷たい床。
鼻をつく、湿った木と鉄の匂い。
「ひっ…」と、すぐ近くから、短い悲鳴が聞こえた。
「い、生きて…いや…だ、大丈夫…?」
月明かりの差す牢の中、声のした方を見る。
隅で小さく縮こまるその子と目が合った。
青みがかった黒髪は手入れをする余裕がないのか、少しボサボサで、腰あたりまで長く伸びている。
長めの前髪は左へ流れ、片目に少しかかっていた。
その髪の隙間から覗く琥珀色の瞳が、怯えたように揺れている。
暗い場所なのに、その目だけが小さく光って見えた。
頭には猫の耳のようなものが生えていた。
その耳は、怯えるようにペタッと頭に伏せられている。
腰からは細い黒い尻尾が伸び、自身の太ももに巻き付いていた。
年齢は僕と同じくらいか、少し下くらい。
怯えた小動物みたいに肩を震わせながら、それでも僕を見ている。
「え、あ…ぇ…き、綺麗…?」と言い、周りをきょろきょろと見渡す。
そして、僕の視線が自分に向いていると気づいた瞬間。
その子の顔がカァッと赤くなり、耳がピンと立ち、尻尾がピンと立つ。
「…ねぇ、もう少し近くで見ていい?」そう言って立ち上がろうとした瞬間。
ガシャンッ、と言う重い金属音が鳴る。
「…?」足を見ると、片足に鉄の輪がはめられていた。
そこから伸びる鎖が、牢の壁に繋がっている。
「……」僕は鎖を指でつついた。
「なるほど。」
「な、何が…?」
「捕まってるみたい。」
女の子は目をぱちぱちさせた。
「い、今気づいたの…?」
「うん、今」
「…か、変わってるね?」と言い、彼女は笑みを浮かべた。
「そうかな?まぁそうなのかも。」
「…っ…」ぶるっと身震いする。
「ちょっとトイレ…」そう言って立ち上がり、檻の端の方へ向かう。
そして、僕はTシャツをたくしあげた。
「……え?」彼女の動きが止まり、耳がぴんと立つ。
「……はぇ…ぁ…うぇ…」と彼女は変な声を出し、琥珀色の目が大きく見開かれる。
「お、お、男の子…!?な、なんでぇ…!」顔を真っ赤にして、慌てて両手で目を覆う。
けれど指の隙間はしっかり開いていた。
「な、なんで…!?ずっと女の子だと…ひゃぁ…!?」と言ってるうちに彼女はまた赤くなる。
(…面白いな…)と、そう思いながら、僕はTシャツを戻し、また元の位置に座るのだった。
* * *
「うぅ…」と、私は膝を抱え、顔の下半分をそこに埋める。
そして、ちらりと上目でその少年を見た。
さっきまで女の子だと思っていた。
でも違った。男の子だった。
しかも本人は、まるで気にしていない。
「…え〜と…う〜んと…怒ってる…?」と、その少年は頬をポリポリと掻いた。
「…別に…怒ってるわけじゃないけど…」と言い、私は尻尾をブンブンと振り、乱暴に床に叩きつけた。
「…」しばらく目線をあちこちに向け、彼は悩んでいるようだった。
しばらくして、彼は口を開く。
「…ごめんね?」と、その端的な一言を。
「……いいよ…」と言い、私は丸めていた背中を少し伸ばした。
「…え〜と…君、名前は?」と、彼は聞いてきた。
「…私は…『ルア』…」
「ルア…か、可愛い名前だね」と恥ずかしげもなる彼、逆にこっちが恥ずかしくなってしまう。
「僕は…『コクラ』…よろしくね?」彼は変わらない調子で、にこっと笑った。
* * *
(さて…ここからどうしようか…)
「ねぇ、ルア、君はここに詳しいの?」と聞いてみる。
「え…あ…うん…一応…結構長くいるし…」と、ゆっくり尻尾を左右に振っている。
「じゃあ、ここがどこか教えてくれる?」
「…ここは…」
「誘拐犯達が攫って来た子供を保管するための倉庫の1つ…」
「…滅多に人が通らない場所にある…」そういうと、彼女の失敗また自身の太ももに巻き付く。
「私達は…ここから別の大陸で闇市のオークションにかけられて…奴隷にされるの…」少し間を空けてから、彼女は無理に笑った。
「ま、まぁ…私は誰も買おうとしないから…ここにいるんだけどね…」
* * *
「…そうなんだ…こんなに綺麗な瞳をしてるのに…」彼は何のためらいもなくそう言った。
そして、すっと距離を詰めてくる。
「ちょ…ちょっと…コクラくん…!?」
私は慌てて壁際へ下がった、でも逃げる前に、顔のすぐそばまで来られてしまう。
彼の手が、そっと私の頬に触れた。
そして、視線を無理やり合わせるみたいに顔を上げさせられる。
「……」
二藍色の目が、まっすぐ私を見ていた。
近すぎる。
息の気配すらわかる距離。
心臓がうるさいくらい跳ねる。
「ふ…ふぇ…ちょっと…コクラ君…」と、視線の置き場が分からなくて、目が泳ぐ。
「ほら…すごく綺麗だ。」彼は、ただそう言った。
* * *
そうして僕はルアから離れた。
(…なんかするとすぐに赤くなって面白い。)
「…ところで…コクラ君って…何族なの…?」と、聞いてくる。
「僕?さぁ…それがわかんないんだ」
「…えぇ…?そ、そんな…う〜ん…翼も…耳も…爪も…尻尾もないよね…」と言い、僕をジーッと見てくる。
「あ、私は『獣人族』だよ」と言うと、ルアはあくびをする。
「ふわぁ…」と、目を擦る。
「…眠たいの?」
「…うん…ちょっと…」と言うと、ルアはそこに横になる。
「そっか、じゃあおやすみ。」と言うと、ルアは軽く頷いて瞳を閉じた。
(さてと…)と、眠ったことを確認してから、腕につけたベルトからナイフを取り出す。
足首についた枷の鎖のヒビを擦り、溝を広げておく。
さらに、扉に付いている鎖のヒビにも同様のことをする。
巡回か何かが来て気づかれるかと思ったが、誰も来ないため、問題なく作業を完了できた。
そして、僕も目を瞑り、眠りについた。
次の日の朝
「うわっと…こ、こう…?」と、僕はルアにそれを教わっていた。
「違うよ、ここはこっちに入れて〜…」
この遊びはあやとりと言うらしい、ナイフを振るより難しい。
* * *
彼の指が、糸に何度も引っかかるのを見て、思わず、笑ってしまう。
こんなに不器用なんだ……と
昨日のことを思い出すと、胸がじんわりと熱を帯び、騒ぎだす。
小さい頃からずっと一人だった。
親の顔も知らない。
殴られて、売られて、買われて、また殴られて。
それが「普通」だった。
だから、あんなふうに、ただ「綺麗だ」って言われたのが…私は嬉しかったんだと思う。
(コクラくん…何が好きなのかな…)
(どこから来たのかな…)と、私は考えながら、無意識に手を動かす。
気付けば形ができていた。
「あ……」
そうして、出来上がった形を見て、思わず私は顔が焼けるように熱くなる。
尻尾と耳がピンと立つ。
それは、ハートの形だった。
「?どうかし──」
「な、何でもないよ!ち、調子はどう?」慌てて私は糸を解いた。
(…私、どうしちゃったんだろう…)
* * *
しばらくして、僕達は遊び疲れていた。
檻の中は狭く、やれることは限られていた。
すると、ルアの耳がピクリッと動いた。
耳を頭にペタンとつけ、またしても尻尾自身のを太ももへ巻き付ける。
「…どうしたの?」と聞く僕の耳にもその音は聞こえた。
コツ…コツ…と言う、ゆっくりと歩いてくる音が反響しながら僕に聞こえてくる。
「…この足音のせい?」
「う、うん…ちょっと…怖くて…」と言う、ルアの体は小刻みに震えていた。
「……大丈夫だよ、僕が耳を塞いでてあげるから…」と言い、僕は自然と彼女の耳を塞ぐ。
(なんでだろう…この子を見ていると、放っておけない。)
「おぉい」と言うその声と共に、威圧的に檻の格子を蹴られる。
「…何ですか?」
「飯の時間だ、ほれ。」と言い、そこに置かれ、そいつは立ち去る。
「…ほら、もういなくなったよ、大丈夫。」と言い、手を取る。
「……うん…」と言い、ルアは僕の服の端を掴んだ。
「…一緒に、食べよっか。」と言い、それを取る。
それはパンとよくわからない肉を適当に炒めたものと、野菜の切り端だった。
「あむっ…んむんむ…」と野菜を食べる。
何かはわからないけどシャキシャキコリコリしていて、まぁ食べられないほどではない。
そんな感じで食べすすめていると。
「あ、あの…コクラ君…」と、ルアが声をかけてくる。
「ん?」
「よ、よかったら…その…助けてくれたから…これ…」と、肉を手で摘んで差し出してくる。
「くれるの?ありがとう。」と、僕ははそれを迷いなく受け取ると、そのまま口に運んだ。
そして次の瞬間、ルアの手首を軽く掴む。
「え?」と困惑した顔をするルア
「もったいないから」そう言って、指先についた肉汁をそのまま舐め取る。
「んひゃぁ…!?」ルアはまたしても一気に耳まで真っ赤になったのだった。
そこから先も僕が何かをするたびにルアは面白い反応をしてくれた。
面白くてもっとやりたくなったが、何だか怒ってそうだからやめておいた。
その日の夜、月明かりが僕達を優しく包み込む。
ただでさえ暑いのに、今日はルアが僕に抱きついて寝てしまい、少し暑苦しい。
だが、眠気というものは来るもので、僕はそのまま目を閉じ、意識を手放すのだった。
* * *
次の日、僕はガタンッという大きな揺れで目が覚める。
目を覚ますと、ベタつく風が吹いており、僕達は「船」に乗せらているようだった。
「…ルア、大丈夫?」と、僕に抱きついたまま震えているルアを見る。
「…だ、大丈夫だよ…慣れっこだから…」と無理に笑顔を作る。
なんだろう、なぜか、それを聞いた瞬間、嫌な気持ちを感じた。
そうして、船が動き出したのか、揺れを感じ、陸が遠ざかっているのが容易に予想できた。
だが…突然僕の視界が歪み出して──
* * *
「うぇっ…うぉ…ぶぇ…かはっ…」と、目の前の彼は胃の中身を全部出しそうな勢いで吐いている。
「こ、コクラくん…!大丈夫…!?」と言い、私はただ背中をさすることしかできない。
心配だ…胸が締め付けられる感覚に襲われる。
無力な自分に、反吐が出る。
なんとか落ち着いたコクラ君に水を飲ませる。
するとホッと少し顔が楽そうになり、寝息を立てて寝始める。
全身の力がフッと抜け、尻尾がコクラ君の頬を撫でる。
「…よかった…」と、その言葉が私の口から自然と漏れ出るのだった。
* * *
そうして…僕は目を覚ます。
気付けば、揺れにも慣れ、大分楽になった。
ふと横を見ると、僕のすぐ側でルアが寝ていた。
僕を看病してくれたのだろうか。
そんなことを考えた瞬間、外から男の悲鳴が聞こえてくる。
僕は扉の隙間から、甲板を覗き込む。
そこでは、槍を持った人型の魔物に、僕達を攫った奴らのうちの1人が胸を突き刺されていた。
「こ、コクラ君…?」と、ルアも起きてしまったようで、それを目撃してしまう。
「しーっ…静かに。」というと、彼女は恐怖を押し殺し、僕の言う通りにする。
しばらく、その魔物と誘拐犯達の攻防は続いている、剣や魔法で立ち向かう。
だが、どんどんと追い詰められていく。
「…まずいかな。」そう呟いた瞬間、僕の服が強い力でギュゥと掴まれる。
そうして、ルアが絞り出すように言う。
「コクラ君…怖いよ…」
それを聞いた瞬間、体は動いていた。
「任せて。」
次の瞬間、僕はナイフを取り出し、鎖を砕く。
そうして、外に出る。
周りの檻の中のやつらが騒いでいるが、そんなものは今はどうでもいい。
木箱の中に押し込まれている見覚えのある不恰好なナイフに、肩にかけるカバン。
それを取り出し、僕はくるくるとそのナイフを回す。
「よし、しっくりくる。」そう言い、僕は甲板へ歩いて行った。




