第三話「厄災」
「ん…んん…」と、僕は目を覚ます。
硬い石の上で寝たからか少し肉体が痛む。
「いてて…」
僕はそんな鉛のような肉体を引っ張るように起き上がった。
既に太陽は天高く登っていた。
「…寝過ぎちゃったかな…」と言い、自分の肉体の調子を確認する。
肉体の負傷は完全に治っており、多少疲れが残っている程度だった。
そのまま、ぐるりと周囲を見渡そうとした瞬間、僕は驚く。
横の焚き火に火がついていた。
「…え?」
さっきまで、火なんてなかったはずなのに。
他に変わった点はない、だからこそ、怖くなった。
自分なら絶対に僕を殺したり、僕が持ってるものを奪う、なのに何一つ手はついていなかったからだ。
「…少し…警戒しながら行こう…」とそう決意し、歩き出すのだった。
相変わらず…暑い…
「うぅ…」
喉の渇きを感じ、水筒から水を補給する。
その水だって、もう少しで底を突こうとしていた。
少し進むと、地面に大きな穴が開いていた。
中を覗き込むと、僕が三人縦に並ぶくらいの深さの底に、大きな水溜まりがあるのが見えた。
その外周を取り囲むように石の広い地面もあり、降りられたら水にありつけそうだ。
僕は近くの植物のツタを切り、数本合わせ、捻る。
「…よし…」どうしてこれを知っているかはわからない、自然と頭にアイデアが湧き出た。
それを木に繋ぎ、下へ垂らして、それを使って僕は下へ降りる。
透明度の高い水、変な臭いもしないし、味も普通、中も見る限りは何もいない。
「…んぐっ…んぐっ…ぷはぁ…」と、水を手で掬い、飲む。
「涼しいぃ…」と僕は呟きながら、そのまま水筒へ水を入れた。
「うわぁ…ベタベタだぁ…」と言い、服を脱ぎ、水の中へ飛び込んだ。
深さは僕の腰ほどまでしかなく、ひんやりとしていて、気持ちがよかった。
少しして、僕はその岩肌に上がり、服を着て、戻る準備をしているところだった。
そこで、違和感に気づく、森が妙に静かだ。
いつもは小さな動物が何かしらいて、常に何かの音がするはずだ。
ペタペタと、足音を鳴らし岩肌を歩き、上がろうとその即興ロープを掴み、上を見た──
次の瞬間だった。
昨日戦った、深く暗い紫色の「狼」。
それが、目に入った。
その刹那、1匹が僕めがけて飛び込んでくる。
それを僕は後ろへ跳ね、躱す。
それに続くようにさらに2匹の狼も降りてきて、僕をジッと見つめる。
だが、まだ大量にいるそいつらは上から見ているだけで、何もしてこない。
やつらはわかっているのだろう、こんな狭い足場に全員降りてきたら、まともに戦闘すらできなくなると、だからこその3匹──
「…やだなぁ…」と、僕は冷や汗をかきながらそう呟いた。
次の瞬間、正面の個体が一気に僕に向かって走り出す。
(いつものパターンだ、知っている。)
(これなら──
だが、次の瞬間、そいつの動きは左右に揺れた。
左右に跳ねながら僕に向かってくる。
(どっちだ…!?どっちから…!)と僕が考えていると、そいつの動きが一瞬鈍った。
それを見た瞬間、僕は逆にそいつに向かって地を蹴った、ほぼ勘だった。
そんな僕のすぐ背後を、別の個体が通過する。
(正面に注意が向いてる時に…左右のやつが攻撃か…!)と、多少焦りながらもナイフを振るう。
一瞬動きが鈍ったそいつの脳天を、僕のナイフが貫く。
刺した瞬間、そいつの肉体は地を蹴ろうと、力んだ。
だが、そのまま絶命し、脱力する。
そのままナイフを乱暴に引き抜き、やはり背後から迫っていたその個体の口にナイフを噛ませる。
「ぐっ…!うぅ…!」ナイフをガッチリと噛み、そいつは力で僕を押してくる。
もう1匹のことも考え、僕はそいつの顎を蹴り、ナイフを離させて、そのまま右に飛んだ。
案の定、先程まで僕が立ってきた場所にもう1匹が飛びついてきていた。
それを確認した直後、上空から僕めがけて、さらに1匹降ってくる。
「っ…!」なんとか僕はそれを身をくるりと翻すことで躱した、だが、そこに別の個体が噛みつこうとやってくる。
それをまた右へ飛ぶことで僕は躱した。
僕は全員が見えるように、壁に背をつけた。
「っ…はぁっ…はぁっ…」心臓が激しく鼓動し、汗が流れる。
(…苦しい。)
そんな僕を見て、その獣達は…ジリジリと近づいてくる。
「…やるしかない…」
(かすり傷でも…足に受ければ動きは鈍る…)
(なら…足は最優先で守る…!)
しばしの静寂…そいつらは一定の距離を保ち、こちらを伺っている。
汗が頬を伝い…風が吹く…
次の瞬間、顎から一滴の汗が滴り落ちた。
その瞬間、僕達はほぼ同時に動く。
正面から走ってくる獣の爪をナイフで弾き、大きく開けた口めがけ、ナイフを振るう。
刃が顎を切り裂き、ドロッとした黒い液体が舞う。
左から迫るそいつは飛びかかってくる。
それを僕は屈んで避け、カバンの中のそれを掴む。
それは水筒の肩紐。
そして…右から向かってくるそいつに叩きつけた──。
ゴンッ!と打撃音が鳴り響き、そいつは地に倒れる。
だが、すぐに体勢を立て直す…その一瞬、一瞬だけでいい。
僕はナイフを引き抜く。
左から飛びかかってきていた個体が、また飛びかかろうとしていた。
だから、僕はそいつの脳天に突き刺し、すぐにナイフを引き抜く。
1匹は顎を失い、2匹は殺した。
残りは瀕死と普通のやつ合わせて2匹…上に…数十匹…
その2匹は体勢を立てなおし、僕に前後から迫ってくる。
極限まで引きつけ…僕は横に避ける。
そいつらは勢いそのまま、ぶつかり合う。
それに合わせ、僕はナイフを振るい、2匹の頭を…貫いた──。
「はぁっ…はぁっ…」と、汗を垂らしながら、僕は肩で息をする。
それに追い打ちをかけるように…背後から、また着地音が鳴り響いた──。
斬って、切って、裂いて、抉って、避けて、殴って、叩きつけて…
どんどんと削られていく体力…またしても肉体は限界を超えていた。
だが、生き残るために、体は動き続けた──
やがて…
そこには、深く暗い紫色の遺骸が積み重なっていた。
「っ…はぁ…」と息をついた瞬間、僕の体は重力に従い、後ろに倒れた。
バシャァンッ!と大きな音を経て、水飛沫が上がる。
冷たい水が火照った身体を包み込む。
ひんやりとした水の上に、僕は力無く浮かんでいた。
「…もう…今日は疲れたなぁ…何もしたくない…」と、弱音を吐く。
だが、それとは裏腹にお腹はギュ〜〜〜と大きな音を鳴らした…
〜数分後〜
既に太陽は真上に登っており、その下で…
「あむっ!んむっ!」と僕はその狼達の死体に噛みついていた。
「すごい…あの腕モリモリのやつより柔らかい…」と、夢中で肉を貪る。
数十匹の狼の死体は、骨だけになっていた。
「ぷふぅ…お腹いっぱい…」
「……なんか肉食べたら元気出た!」さっきまで鉛のようだった体が羽のように軽い。
そうして僕はツタを掴んで上へ上がる。
そうして、上がった先で目に入る。
巨大な…「狼」
僕に敵意を丸出しで、そこに立っている。
僕が4人並んでやっとこのくらいの大きさになるだろうか。
「グォォォォォ…」と唸り、口を開き、牙を剥き出しにし、僕に飛びかかってくる。
…確かに大きい。
けど──
それだけだ。
一歩踏み込み、ナイフを振るう、まずは前右脚の膝裏──そして、次に後右脚の足首。
何かをナイフで断ち切る感覚がした次の瞬間。
そいつはバランスを崩し、地へ伏せた。
地に伏せ、もがく巨体を見下ろす。
こうなれば、もう動けない。
大きくても、それはただの──
肉に過ぎない。
〜しばらくして〜
歩いているが、一向に何も見えない。
さっきまであれだけ騒がしかったからか、今の静けさに逆に「退屈」を覚える。
「ん…?」と言い、地面に多数の足跡を見つける。
1つだけ、僕より少し大きいくらいの、裸足の足跡。
他は全て、大きさは少しバラつきはあるけど、僕の2倍はありそうな大きさの足跡だった。
「…なんだろこれ…」と言い、興味本意でその足跡達が続く方へ歩み出す。
木々が途切れた先に、灰色の巨大な壁が、まるで森を断ち切るように立っていた。
「…なんだろあれ…」
目を凝らすと、その灰色の何かの上に…僕とよく似た形状の者達が立っていた。
(…紫じゃない…あいつらとは違うみたいだけど…)
僕はそいつらの腰に目を向ける。
そこには尻尾が生えており、その先端に火が灯っている。
(持ってるのは…槍…かな)と思い、とりあえずそこに向かって歩き出す。
だが、しばらく歩いても、その巨大な壁はまだ遠いままだった。
壁は見えているのに、近づいている気がしない。
「うぅ…暑いから早く着いて欲しいなぁ…」
歩いて、歩いて…ようやく、もう少しで着きそうだと感じるほどの距離まで来た。
だが、次の瞬間、キィィィィンッ!という甲高い大きな音が鳴り響いた。
「うるさっ…なに…?」
その音を聞いた瞬間、灰色の壁にいる奴らが慌ただしく動き出す。
彼らは一斉に僕へと視線を向け、戦闘姿勢を取った。
僕…怒らせちゃったかな…
(こう言う時…どうしたらよかったかな…?確か…頭を下げればよかったんだっけ…)
「何か怒らせてしまったならごめんなさい!」と叫び、僕は頭を下げた。
だが、次の瞬間、妙なオレンジ色の光が僕を包み込む。
顔を見上げた瞬間、そこには3つの火球が浮いていた。
そして、僕が口を開く暇もなく。
「撃てーーッ!!!」と大地を震わせるような号令が響き渡るのだった。
* * *
着弾と同時に、土煙が舞った。
「おぉ…!」
「流石魔法だ…!」
「や、やったか…!?」
「化け物を仕留めたんだ!仇は取ったんだ!」
ザワザワ…
そんなこんなで、騒いでるうちに、土煙がゆっくりと晴れていく。
そして、奴がいた場所を確認する。
「え──」
次の瞬間、世界がぐるりと回った。
(なんだ…?何が起こ…)
視界が、それを捉える。
紫色に怪しく光る目、女か男かわからない顔、そして…怖いほど純白の髪
(…ああ……そう言うことか。)と理解し、意識はそこで途絶えた。
* * *
グチャッ…
と、不快な音が鳴り響いた。
それを見て、俺は絶句する。
先程まで「やったか…!?」と叫んでいた男の首が…地面にゴミのように落ちている。
全員がそれを見た瞬間、一瞬硬直した。
その次の瞬間、そいつの肉体が崩れるように、床に崩れる。
「う、うわぁぁ!?」とその音を聞いた瞬間、全員の叫び声が混じり合う。
「ま、待てお前ら…!陣形を…っ…!?」と、指揮官が叫ぶ声はパニックの声に揉み消された。
* * *
目の前でわちゃわちゃとしているだけのやつらを見ながら、無言で僕は近くにいた指揮官らしき男の心臓部付近にナイフを当てる。
「…なんで、僕は何もしてないのに、嫌なことされてるの?」それはただの純粋な疑問だった。
「っ…!?だ、黙れ化け物!貴様に喋ることなど──!」と、そのおじさんは何か小難しいことを叫んでいる。
そんなことをおじさんが叫んでいる時だった。
「…っ!し、指揮官殿をお守りしろ!」と、誰かがそう叫んだ。
次の瞬間、それを聞いた3人の兵が前に出て、僕に向かって槍を構えた。
「指揮官殿を解放しろぉ…!」と、震えながらもそいつらは槍を向けてくる。
(…これなら、あの狼達の方が頭がいい…)
「やぁぁぁ!」と先頭の1人が突っ込んでくる。
「よ、よせ!!指揮官殿がまだ…!」と言う仲間の静止が耳に入っていないようだ。
確かに速い、踏み込みも強い。
だが、動きは素人そのものだった。
それを見た瞬間、僕は指揮官殿と呼ばれていた男の心臓を貫く。
そのまま乱暴にナイフを引き抜いて、突進してくるそいつの方を向く。
(…なんだか、前より動きやすい気がする。)
そのまま僕は少し横に逸れてその槍を避け、一瞬で距離を詰める。
耳の真横を槍が通り過ぎ、それを僕は掴む。
「っ…!?」と、そいつは驚きの表情を浮かべた。
そんなやつの心臓に、僕は深々とナイフを突き刺した。
そいつの体は支えを失ったように、僕にもたれかかる。
「うわっと…おもっ…」と言い、なんとか横にどかす。
それを見て、後ろで固まっていた2人が同時に動く。
(…ここは狭い…こんなところで槍を振ったら──)
ガンッ!と、音が鳴り響く。
それはその2人の槍がぶつかり合う音。
「何してんだよ…!?」
「は、早く取れよ!」
(…バカだなぁ…)とそいつらを見てから、僕は奪い取った槍を握る。
(リーチは確かに魅力的だけど…僕には長すぎるかな。)そう考え、槍の中腹に膝蹴りを叩き込む。
バキィ!と鈍い音を立て、槍は真っ二つに折れた。
「んしょっ」と、全身を使い、槍の先端を投擲した。
グシャッ!と音が鳴り響き、そいつは力無く倒れた。
「ひ、ひぃ…!」
* * *
目の前で、立ち向かおうとした槍兵が次々と殺されていく。
背後では、仲間たちが走る音がする。
砦へ逃げ込もうとして、扉の前で揉める声も聞こえた。
体が動かない…ただ、見ている事しかできない。逃げても、立ち向かっても死ぬとわかっているからだろうか。
心臓を突き刺され、もう1人は頭に槍を投げつけられた…そして目の前で、最後の1人の胸に槍の持ち手が深々と突き刺さり、力無く倒れた。
そうして、体についた血を拭い、その『怪物』は紫色の瞳を怪しく光らせながらゆっくりと歩いてくる。
ペタペタ…と、足音が近づくたびに、俺の鼓動はどんどんと速くなる。
そして、至近距離にまで来た時、心臓は破裂しそうなほど脈打つ。
俺は死を覚悟し…目を閉じた。
ああ…
死ぬ──
だが、その足音は俺のすぐ横を、まるで最初から俺など存在しなかったかのように通り過ぎていった。
(…なぜ?)そんなことを考えた瞬間。
背後から、肉が裂ける音と、何かが倒れる鈍い音が鳴り響くのだった──
続く




