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記憶を失くした転生王女は竜騎士陛下に溺愛される  作者: 五条葵


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8 いざ、大空へ

 ハインツ様に抱きすくめられたことで、やや気恥ずかしさはあるものの、外を眺める余裕が出来た私。


 ソーッと視線を下の方へ向けてみると、そこにはすでに模型のように小さくなった王都の街並みが広がっていた。


 上空から見ると、王都の真ん中には大きな川が流れており、それがこれから向かう北の方へ向けて続いているのが見える。


 川にはいくつもの橋がかけられており、その橋を起点に広がる通りにはいくつもの石造りの建物。


 そして何より、橋も道も建物も全てがうっすらと雪に覆われている。

 真っ白なそれは、冬の貴重な日差しに照らされてキラキラと輝いていた。


「綺麗……これでもまだ雪は少ない方なのですよね?」

「えぇ。まだ冬は始まったばかりですからね。これからどんどんと雪深くなっていきます」


 冬の王国に積もる雪は道を閉ざしてしまうし、あまりに大雪が降ると経済にも影響が出る。


 一概に「綺麗」とはしゃいでばかりもいられない。


 けれども、空から見た王都の雪景色はまるで絵のようで、私はキョロキョロと視線を動かすことをやめられなかった。


 やがてある程度の高さまで上昇したコニーさんは旋回をやめ、北の方へと頭を向けてスイスイと飛び始める。

 今回の目的地はコニーさんにとっても馴染みの場所らしく。時折翼を羽ばたかせる彼の飛行に迷いはない。


 川沿いにどんどんと飛んでいくと、さっきまであんなに遠かった北の山々が段々と近づいて来るのが分かった。


 真っ白な雪に覆われたいくつもの高い山々。これらは王国と北の国境を隔てる天然の壁であり、同時に魔法石の主要な産地でもある。


 目を凝らしてみれば、あちらこちらに光が集まっている場所があり、そこからは明らかに人工のものではない、キラキラとした光が煙のように立ち上っていた。


「ハインツ様!? あれがもしかして……魔法石の採掘現場ですか?」

「ええ、そのとおりです。北の山脈には魔法石の採掘を主産業にする街がいくつもありますからね」


 魔法石は掘り出した瞬間から魔力を発し、それは不思議なキラキラとした光を放つ。

 もちろん、魔力を放ちっぱなしではどんどん魔力が目減りするから、特殊な容器に淹れるそうなのだが……これをいかに迅速に行えるかが、魔法石の質を左右するそうだ。


 どんどん山に近づいていくと、少しずつ街が近くなり、魔法の光だけでなく、煮炊きの煙や馬ぞりの姿も見えてくる。


 王都に比べると建物の数は少ないけど、これらの街が随分栄えていることはよく分かった。






「さぁ、エマさん? そろそろ降りますよ。また揺れますからしっかりコニーに捕まっていてくださいね」


 ハインツ様がそう言うと、コニーさんは「クリュー!」と鳴き声を上げ、ゆっくりと降下を始める。


 一旦低い位置にあった雲に捕まったと思ったら、その先には綺麗に整えられた森と、その中でキラキラと輝く湖が見えてきた。


「まあ! 綺麗ですわ! これがメンリース湖なのですね」


 今回の目的地は北の山脈の麓。王領にあるメンリース湖だ。

 北の山脈に眠る魔法石の力が染み出した水をたたえた湖は、魔力を豊富に含みキラキラと眩く輝く。


 多少不便な場所にはあるものの、一部を除いては一般の立ち入りも自由で、観光地として知られてもいる。


 もっともこんな雪の降る季節に訪れるのは、森を空から飛び越えられる竜騎士の特権らしかった。


 コニーさんはうっそうとした森をかすめつつ、ゆっくりと湖のそばに降り立つ。

 彼が翼を畳むと、ハインツ様は「良くやった」とばかりにポンポンとコニーさんの首を撫で、それから軽い身のこなしでコニーさんの背中から飛び降りた。


「さ、エマさんもどうぞ」


 続けて私の方へ手を伸ばしてくれるハインツ様。私も彼の方へ手を伸ばすと、ハインツ様はひょいと私を抱き上げて地面へおろしてくださる。


 揺れる空の上から地面へ降り立ったことで、少しよろけてしまった私を、ハインツ様は予想していたかのように支えてくださった。


「さあ、コニー。ここまでありがとう。少しゆっくりしよう」


 私の腰に手を添えつつ、そうコニーさんに声をかけるハインツ様。

 するとコニーさんは「クリュッ!」と声を上げて、それから湖のほうへと一目散に歩いて行った。


「コニーさんは……あ、水を飲まれるんですね」

「そう。ここの湖の水は魔力が豊富ですからね。魔竜にとっては栄養満点なのです。エマさんも飲んで見ますか?」

「え!? わ、私も飲めるのですか?」

「ええ、もちろん。あの山からゆっくり流れてきた水ですから、とっても美味しいですよ」


 そういってハインツ様は湖の向こうにある高い山々を指差す。

 北の国境に立ちはだかる山々は真っ白な雪に覆われている。

 この雪がゆっくり溶けてここまで流れてきた、ということなら確かに美味しそうだ。


 ハインツ様はカップを持参していたらしく、それで湖の水を汲んでくださる。

 手渡されたそれを飲んでみると、確かに冷たくてちょっぴり甘くて、とても美味しい水だった。


「……美味しい。すごく美味しいです」

「でしょう? この山も水も我が国の誇りなんです」


 そう言って目の前で光る湖を見るハインツ様はどこか誇らしげ。

 その姿を見て、私はあらためて彼がこの国の王様なんんだと言うことを実感した。


「そうだ! エマさん? よかったらこれも……」

「これは……いつも朝食に出るベリー……あっ! でも勝手に良いのですか?」


 湖の水の美味しさに私が感動している間にハインツ様が摘んでいたらしいのは、いつも朝食にジャムとして出る赤いベリー。

 冬の王国にとっては貴重なビタミン源、という話を思い出した私は少し慌てるけど、それも見てハインツ様は「ハハッ」と少し吹き出した。


「ここは私の土地ですよ? 私が取る分にはなんの問題もありません」

「あ……そうでした」


 そうだ、ここは王領。だからこそ、いきなり竜に乗って乗り付けても問題ないのだ。


「普段はこの付近一帯を任せている管理人が収穫していますけどね。……それよりこれを食べてみてください」

「あっ……はいっ。……ッ……酸っぱい?!」

「ハハハッ! 期待通りの反応をありがとうございます」

「……ハインツ様……」


 ジャムやジュースにするととっても美味しいこのベリー。しかしあまりにも酸っぱいので生食には向かない、という知識はあったのだが、本当に酸っぱい。


 思わず口をすぼめる私を見て、笑いが止まらないらしいハインツ様を、私は恨めしい気持ちで見上げた。


「す、すいません……あまりにも予想した通りの顔だったので……でも、この酸っぱさこそが王国の冬を超える元気の源なんですよ」

「確かに……なんだか元気にはなりそうです。……できれば次はお砂糖をかけて食べたいですが……」


 そんな話をしつつ、私達はゆっくりと湖畔を歩く。観光地化されている湖だが、この一帯は王家のプライベートスペースで、出入りが厳重に制限されているとか……


 おかげで私達は周りを気にすることもなく、この国のこと、前世のこと、といろんな話をしながら湖を楽しむことが出来た。






 そうして歩くこと小一時間。いつの間にかコニーさんも私達の後ろをのっしのっしと歩いている。この先には王家の別荘があるらしく、私達はそこまで歩くつもりだ。


 さらに十分程歩くと、不意に視界が大きく開けて、木造の山小屋? にしては立派な建物が見えてきた。


「もしかして……これが王家の別荘ですか?」

「えぇ。別荘というほど大したものではありませんけどね……狩りの季節などに休憩場所として利用するための建物です」


 ハインツ様はそう言うけどこの建物、前世ならかなり高級なコテージとして売り出せただろうくらいには立派。

 それが、彼曰く『ただの休憩場所』扱いなことにも私はまた慄いた。


「誰が『大したものでは』ですか! 坊っちゃん!」

「ひ、ヒャアッ! ど、どちらから?」


 そんなことを考えていると、突然目の前におばあさんが現れる。

 地味な濃い緑のワンピースに白のエプロン、というどちらかといえば庶民の装い。

 それなりにご年配な気がするけれども、背はシャキッとした彼女は「フフフッ」と含み笑いをした。


「ここの魔力は私達にとてもよく馴染んでましてね。瞬間移動などお手の物なのですよ」

「……あぁ……この森を管理してくれているドルモン夫人だ。代々一族でこの一帯を管理してくれている……」

「ええ、その通り! 驚かせましたな。改めましてメイベル男爵の妻、ドルモンと申します。エマ王女殿下のお越しを心より歓迎申し上げます」


 そうしてメイベルさんは、ワンピースの裾をきれいに広げてお辞儀をする。その作法はきっちり王宮のそれだ。


 一方ハインツ様はというと……


「……私は歓迎されないのか?」

「歓迎しなくてもちょくちょくいらっしゃるでしょう?」

「……」 

「冗句にございます。陛下に置かれましても寒い中よくぞいらっしゃいました。本日も屋敷は完璧に整えておりますよ」

「ありがとう。早速だが中へ入っても? 私は問題ないが、エマさんを温めたい」

「おお! そうでしたな。王女殿下はティエアルのご出身でした。どうぞお上がりください……すぐにお茶をご用意いたします」


 ハインツ様とメイベルさんの関係はよく知らないが、どうやら昔からの付き合いらしい。

 いつもよりずっと砕けた様子のハインツ様を珍しく思いつつ、私はメイベルさんの案内で別荘へと入った。


 元々厚着をしていたけれど、やはり建物の中は温かい。その上メイベルさんが部屋の中を温めておいてくれたらしく、思わず頬が緩む。


 と、ふと部屋を見回してみると、奥には立派な暖炉があるのが見えた。


「まあ……暖炉があるんですね!」

「えぇ、珍しいでしょう? ここは昔ながらの造りを残しておりますから……魔法は便利ですが、こういう暖かさもたまにはよろしいでしょう」

「はい! とても素敵です……」


 耳をすませばパチパチと火が爆ぜる音がする。揺らめく炎につい視線を奪われつつ、外套をメイベルさんに預けてテーブルへ向かえば、そこにはティーセットと大きなパイが用意されていた。


「本当は夫もご挨拶をするべきなのですが、生憎今日は街の方で泊まりの用がありまして……申し訳ない」

「いや、急にやってきたのは私達だ」

「えぇ、どうぞお気になさらず」


 そんなことを話しつつ、私達はテーブルにつく。

 メイベルさんが慣れた手付きで、お茶を入れてくれ、パイを切り分けてくれた。


「これはプリムベリーのパイです。地味なお菓子ですが、この辺りで取れたものを使っています」

「もしかして……湖畔になっていた……?」

「ええ。毎年陛下の許可をいただいて摘み取り、こうしてジャムなんかに加工しております。一部はお城に献上しておりますよ」


 プリュームベリーはさっき湖畔で食べた赤いベリー。

 冬の定番だけあって、お城でもこれを使ったお菓子はでるけれど、目の前のパイはそれよりずっと素朴だ。


 でも、それがとっても美味しそうで、陛下と目配せしあった私は祈りの言葉を唱えてからパイにフォークを入れた。


「美味しいッ! とっても美味しいですドルモン夫人」

「それはそれは……とても光栄にございます」


 夫人手作りだというパイはさっくりどっしり。そしてその中からは甘酸っぱいソースがたっぷりと溢れ出す。


 しっかりとした酸味と、あとから追いかけてくる濃厚な甘みが良いバランスで、結構大きくカットされているのに私はパイをぺろりと平らげてしまった。


 それからもしばらくお茶をいただきつつ、3人でお話をする。

 なんとなく想像していた通り、ハインツ様は子供の頃からここをよく訪れていたらしい。

 メイベルさんの話す、少しばかりやんちゃな子供時代のハインツ様のお話に、私は聞き入ってしまった。






 結局お茶会は1時間ほど続いて、気がつけばもう夕暮れ時。

 冬の王国は陽が落ちるのが早いから、もう外は薄暗くなり始めていた。


「名残惜しいですが、そろそろ帰らないといけないですね、エマさん」


 窓の外を見て、ハインツ様がそう言う。コニーさんは真っ暗でも飛べるそうだが、あまり遅くなるのもよくないだろう。


 ドルモン夫人にお礼を言い、抱擁を交わした私達は外へ出る。日の落ちかけた湖畔はすでにかなり気温が下がっていた。


「帰りは魔法を使いましょうか。風邪でもひいたら大変です」

「そんな! ……でもありがとうございます」


 コニーさんに乗ると、ハインツ様がそっと頭に触れて防寒魔法をかけてくださる。

 ちょっぴり過保護かも? と思いつつ、身体がぽかぽかするのは素直に嬉しい。


 もう寒いから、ということで外でのお見送りは固辞させていただいたドルモン夫人に窓越しに手を振り、そしてハインツ様が


「さ、コニー! 行くよ!」


 と声をかける。


 すると翼が羽ばたき、グッと身体が持ち上がった。


 狭い場所から飛び立ったからか、行きよりもずっと急な角度でコニーさんは空へと上昇していく。

 身体を切るのは冷たい風だけど、ハインツ様の魔法のお陰で寒さは感じない。


 そして不意にコニーさんの身体が平行になったと思ったら、すでに向こうには王都のいくつもの光が見えていた。


 空が澄んでいるからだろう。前世で乗った飛行機から乗った景色と比べても、ルメイン王国の空は見通しが良い。


 コニーさんの背中から見ると、王都のいたるところで建物に明かりが灯っているのがよく分かった。

 この1つ1つに、人々が暮らしているのだ。


「ここが……ルメイン王国なんですね……」

「そうですよ。私達が治める王国です」


 ハインツ様の言葉を噛み締めるように大きく頷き、私は段々と近づく王都の景色を瞳に焼き付けていた。




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