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記憶を失くした転生王女は竜騎士陛下に溺愛される  作者: 五条葵


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5 新しい生活

 それから、私の城での過ごし方は大きく変わった。


 この国の習慣や文化を学ぶための勉強の時間が大半を占めるのは変わらないけれど、起きる時間は陽が昇るのと同じくらいになったし、睡眠時間もしっかり確保出来るようになった。


 これまで侍女たちが教えてくれた授業は、名門貴族の家庭教師を歴任した、という先生方が教えてくれるようになり、随分とわかりやすくなった。


 ……実を言うと、本来は10歳前後の子ども達を相手にしている先生たちなのだそうだが、とうに成人している私を蔑むでもなく、ひたすら熱心に教えてくださる。


 おかげで勉強することがとっても楽しくなった。


 そうしてもう一つ変わったのが食事の時間。


 ハインツ様は宣言通り、可能な限り私と食事を一緒に摂ってくださるようになり、そこで食事のマナーを指導してくださるようになった。


 王族であるハインツ様は、前世の私の感覚からしても振る舞いが上品で美しい。

 彼は、おそらくこの国で一番贅沢なマナー教師だと言えた。


 ハインツ様は王様だけど、実はあまり華美なことは嫌いらしい。

 臣下達と会食をする時はともかく、それ以外の時は素材の味を活かした素朴な料理を好むし、またこれが、本来のこの国の料理なんだとか……






 例えば、今日のディナーのメインは前世でいう鮭に似た魚を焼いたもの。王都の郊外にある湖の特産らしい。

 塩と胡椒のシンプルな味付けでも、魚の味が濃くて美味しい。


 ――ただ、それはそれとして今日の私は箸を使わず魚を食べる、ということに四苦八苦していた。


「えっと……こんな感じでしょうか?」


 魚、ということは当然骨があり、ハインツ様はそれをフォークと平たいスプーンで綺麗にとっていく。


 魔法のような手付きに惚れ惚れしつつ、私も真似しようと試みるが、早速せっかくの身を潰しそうになり、手が固まってしまった。


「王女殿下? よろしければ……」

「ああ、ハンナ、私が行こう」


 どうカトラリーを動かせばよいのか、目を白黒させる私に近づいて、助けてくれようとするのは新しい筆頭侍女のハンナさん。


 けど、そんな彼女をハインツ様は目で制して、席を立ち上がるとパチンと指を弾いた。


 またたく間に、テーブルの周囲を柔らかい壁が包む。結界術だ。


「ハインツ……様……?」

「エマさんはたくさんの人に見られると、緊張して動けなくなってしまうタイプでしょう? なので結界を……これで誰も貴方のことは見えません」


 そう言うと、ハインツ様は私の後ろに立ち、カトラリーを握る両手にそっと手を添えてくださる。


 そうして


「力を抜いて?」


 と私に囁いた。


 ハインツ様の思わぬ行動に頬を盛大に赤らめる私。

 なんとか手の力を抜くと、そっと私の手を持ち上げてゆっくりと動かしてくださる。


「フォークはここを抑えて……スプーンで骨を剥ぎ取るようにして……」


 ハインツ様は好意でしてくださってるのだけど、耳元で囁かれる低音はあまりにも心臓に悪く、お魚の味など吹っ飛んでしまう。

 それでも、ここは一度でしっかり覚えなければ、と自分を叱咤して、私はカトラリーの使い方を頭に叩き込んだのだった。






 ディナーを美味しくいただいた後は食後のお茶の時間。


 私の前にはふわりと甘い香りのする紅茶。ハインツ様は、とろりとしたワインを口にしている。


 そうして、2人の間には可愛らしい大きさの焼き菓子の載った皿。


 ハインツ様に時間があるときは、こうして甘い物をつまみながら、お話をするのが日課となっていた。


「なるほど……貴方のいらした世界では季節がいくつもあったと……羨ましいですね」

「いえ……はっきりとした季節があったのは私のいた国の特徴で……そうでない国もありました。この国のように比較的寒い国ももちろん――」


 ハインツ様は元来好奇心の旺盛な方らしく、よく私の前世の話を話題にした。今日の話題は四季についてだ。


「貴方のいらした国の場合は暑い季節と寒い季節、それにその間が2つ。春、夏、秋、冬でしたっけ……?」

「はい、ハインツ様。夏は外に出れないくらい暑くなりますし、冬には大雪が降ることもあります」

「それはまた……どうやって皆さん過ごされていたのですか?」


 どちらか片方への対策ならともかく……と難しい顔をされるハインツ様。こういう時ハインツ様は為政者なんだ、ということを強く感じる。


「昔からそういう国でしたので、住居にはいろいろ工夫がされてました。あと、魔法の代わりに便利な機械がたくさんあったので……たとえばスイッチ1つで部屋を温めることも涼しくすることも出来る道具とか……」

「それは便利ですね。この国にも欲しいくらいです」

「私からすると、当然のように魔法があるこの世界のほうが不思議だったりするのですが……」


 前世のように科学が発達しているわけではないこの世界。その代わりこの世界には魔法がある。


 魔力は土地に根付くらしく、地域によって魔法を使える人が多い土地もあれば、ほとんどの人が魔法を使えない土地もある。


 そして、そういった魔法使いの少ない土地では、魔法を含んだ鉱物である魔法石、というものを原動力とする魔法道具が人々の暮らしを支えているのだという。


 この王国はこの周囲一帯ではかなり魔力が強いほう。

 おかげで、ほとんどの人が魔法を使えるし、魔力のない国にとっては欠かせない資源である魔法石の産出も盛ん。


 ――というよりも、酪農や繊維産業もあるとはいえ、ほとんど魔法石の輸出で食べているのがこの国の実態らしかった。


 一方私の今世での故郷、ティエアル王国は肥沃ながら魔力は少ない土地。故に豊富に取れる作物を輸出し、代わりに魔法石を輸入することで栄えているのだという。


 共に王国であるが、大陸のほとんどを支配するカレンティア帝国の支配下にあり、国王はカレンティア皇帝の配下、という立ち位置。


 ……なんということをここ最近の私は習っているのだった。


「こちらの国の方々は大体皆さん魔法を使えて、だから暖房器具もあまりいらないのですよね?」

「ええ、もちろん薪を使う暖炉は昔からありましたし、今は魔法石で動くストーブもあったりはありますけど、子供やお年寄り以外はだいたい全国民が暖を取る程度の魔法は使えます。そのせいでエマさんにお寒い思いをさせていたことは本当に申し訳ありませんが……」

「そんな! 謝らないでください。あれは私が無知だっただけで……」


 あの晩餐会の事件まで毎夜のように寒さに震えていた私。その理由は私が魔法を使えず、自分を温める術を持たないからだった。


 普通そういう場合は、家族や恋人、使用人に魔法をかけてもらうらしいのだが、この城に来たばかりの私はそんな知識を持っておらず……それを教えてくれる人もいなかった。


 今はほぼ毎夜、ハインツ様が魔法をかけてくださるので凍えずに眠ることが出来る。


 王様に魔法をかけていただくなんて……と最初は恐縮した私だけど、「私がやりたいんだ」とハインツ様がおっしゃってくださるから、私もその優しさに甘えていた。


「エマさんは優しい方ですね。私があなたのような境遇に置かれたら怒り心頭ですよ」

「まあっ! ――なんだか想像が付きませんわ」


 プンプンといった表情を作って見せるハインツ様。

 ……けど、いつもの様子からして、ハインツ様もまた私みたいに我慢してしまうタイプだろう。


 そう思ったのはハインツ様もだったのか、2人で顔を見合わせてクスクスと笑い合う。


 それから、不意にハインツ様は懐中時計を取り出した。


「あぁ、もうこんな時間ですね。名残惜しいですが、あまり遅くなると明日に差し支えるでしょう。少し頭に触れても?」


 名残惜しい……それは私ともっとお話がしたいということだろうか?


 前世含め恋愛経験がとんとない私は、ハインツ様のそんな些細な一言にもピクンッと反応し、鼓動が跳ね上がる。


 私はまだ早い鼓動を感じつつ、「お願いします」とハインツ様へ返事を返した。


 頭に触れる、というのは私たち2人にとって魔法をかける合図だ。

 そっとハインツ様が私に近寄ると、そぉっと私の頭の上に手が置かれ、そこから淡いオレンジ色の光が溢れてくる。


 やがて、部屋の中は淡いオレンジ色の光でいっぱいになり、私は体の内側からポカポカしてくるような心地となった。


 これがこの国では常識の身体を温める魔法だそうだ。


「いかがですか? まだ寒かったり……反対に暑すぎたりは?」

「いえ、ちょうどよい心地です。いつもありがとうございます」

「いえいえ。このくらい、なんともありませんよ」


 そう言ってふわりと微笑むハインツ様。この笑顔を見ると、なんだか良い夢が見れそうな気がする。


 事実、それからハインツ様と別れ、侍女達によって身支度を整えてもらってからベッドに潜り込んだ私は、とっても良い夢を見たのだった。

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