16 宰相の思惑
南の離宮に数日滞在し、そしてお城に戻ればいよいよ年越しだ。
王都では魔法石を使った花火があちこちで上がり、城にいても街の人々の熱気が聞こえてくるよう。
賑やかな夜が明けると、お城では新年を祝う儀式や国王のスピーチ、有力貴族を招いての舞踏会など、次々に行事が続く。
これまでは限られた社交界にしかでていなかった私も、ついにこういった大舞台へ参加することになり、内心はドキドキ、ヒヤヒヤだ。
これまでとは違い、ハインツ様と対立している人たちとも交流することになる。
中には、あからさまにハインツ様と私の婚約に苦言を言ってくるような人もいた。
ただ、そういった人たちもさすがに国の大事な行事をぶち壊そう、とはなかなかならないらしい。
そんなこともあり、ちょっぴり胃を痛めるようなことはあれど、初めてのこちらでの世界の年越しはそれなりに上手く乗り切ることが出来た……と思う。
少なくとも、前みたいに大勢の前に立っても足はすくまなくなったし、晩餐会でもきちんと会話をして、食事も楽しめるようになった。
ここにきた頃よりはだいぶ前進しただろう。
そして、年越しの行事が一段落すれば、いよいよ本格的にハインツ様と私の結婚の準備が始まった。
国を挙げての一大事となる結婚式に向けて、入念な打ち合わせが重ねられる。
わたしがここへ来てすぐの頃から制作されていた式典用のドレスも仕上がってきた。
そして、同時に結婚式は王国にとっての一大外交行事でもある。
ハインツ様と私の結婚式には、宗主国である帝国の皇太子殿下夫妻がいらっしゃるのを皮切りに多くの国の王侯貴族の方々がいらっしゃるという。
もちろん、そういった方々のまえで万が一にも失礼があってはいけないから、私は招待者リストにのっている方の顔とお名前、それに各国の特徴といったことを必死に覚えている。
私の日々のスケジュールもかなり忙しくなってきた。
一方ハインツ様はと言えばもっとお忙しい。これだけたくさんの国の方が集まるということで、結婚式の前後にはいくつもの外交行事が予定されている。
それに向けての下準備が佳境を迎えているのだ。
もちろん、実務的なレベルではハインツ様の臣下である貴族達が動いているのだが、国の規模が小さいルメイン王国では、王族も自ら動かざるを得ないらしい。
本来なら、私も関わらなければならないのだけど、今の私では足手まといになるだけだ。
そして厄介なのは、本来妃教育を終えているはずの私がいまだ表舞台にあまり出てこないことを、訝しむ人が出てきていることだった。
「おや、これはこれはエマ王女殿下。ご健勝でなによりです」
「宰相閣下、お久しゅうございます。閣下こそお元気そうで何よりです」
「ハハハッ……王女殿下も随分振る舞いが様になってきたようですな。年明けの晩餐では随分と堂々となさっていた。途中で逃げ出したりもなさりませんでしたねぇ――」
「まぁ……意地悪はおよし下さい」
外国語の授業から私室へ戻る途中、不意に声をかけてきたのは現宰相様、そして反現王派筆頭のレイディアル卿だ。
彼は緊張感で顔が強張りそうになる私に、いきなり嫌味をぶっこんできた。
「意地悪ですか……事実ですがね。まあ、それはともかくとしても、王女殿下は随分と勉強に励んでおられるようだ。陛下ともなかなかお会いになれていらっしゃらないとか――」
「その通りですが……なにがおっしゃりたいのですか、閣下?」
意地の悪そうな表情のまま、そんなことを言う卿。私
がやや口調を強めれば、卿はあからさまに嫌そうな顔をしてみせた。
「おや、随分と強くなられたようだ。以前はもっとおどおどしてらっしゃったのに……では、遠慮なく単刀直入に申し上げましょう。此度の結婚、あなた方から破棄を申し上げるべきです」
「理由をお聞きしても?」
静かながら、強く人を従わせる力を感じる口調。私はそれに負けないよう両足に力を入れて、でも努めてゆっくりと卿に聞き返した。
「あなたは本来我々が求めていた妃殿下ではない。替え玉が何かは知らないが、どういった理由であれ、それは王国への反逆行為でしょう。そもそも我々はティエアルとの友好は程々に、と幾度も陛下に助言申し上げて参りました。……陛下はお聞き入れ下さいませんでしたが、それはやはり間違いでしたな」
「私があなた方が求める妃のレベルに到達していないことは謝罪申し上げます。――このようになった理由はこちらにも事情があり、今は申し上げられません。しかし、この婚約は両国相談の上の政略婚ですから、私の一存では破棄もなにもいたしかねますわ」
正直に言えば、きっと誰かはハインツ様と私の結婚にケチをつけるとは予想していた。
そのためにハインツ様やヴァルディモア卿と考えていた答えを頭に浮かべて、卿に返す。
ゆっくり、落ち着いて、すると卿は予想外とでも言いたげな顔をする。
そして、コツンと手にしていた杖で一度床を叩いた。
「ほう――やはり随分王女殿下は変わられたご様子だ。ですが我々としても『事情がある』で済まされては困るのですよ。ティエアルは昔から時に友好国でも敵国でもあった。あなたの身の振り方1つで、今の平和は簡単に崩れるということを忘れるべきではない」
「ご忠言痛み入ります。肝に命じますわ」
卿の言葉は受け取りつつも、明確な答えは返さない。
そうして睨み合うこと少し。先に動いたのは卿の方だった。
「なるほど――やはり随分変わられたご様子だ。お話すればするほど、噂に聞くエマ王女とはまるで違う。まあ、今日はこのぐらいにしておきましょう。忘れないで下さい、この国はあなたの味方ばかりではありませんよ」
そう言うと、卿はスッと礼をして身を翻す。と、次の瞬間なんらかの魔法が発動して卿の姿が消え、私の私室へ続く廊下には私と2人の侍女だけが取り残されたのだった。
「王女殿下! ご心配申し上げておりました!」
「ご立派でした殿下。レイディアル卿の言うことなど真に受けてははなりませんからね」
卿が視界から消えたことで不意に足元がぐらつく私を、慌てて2人が支えてくれる。
「味方ばかりではない」と言われたばかりだけど、すくなくとも直ぐ側に味方がいた事に安堵して、私は少しほっとした気分になった。
「ありがとう、ハンナ、メル。大丈夫よ、ちょっと力が抜けただけ……ある程度は予想していた言葉だわ」
「ですが、あまりにも無礼が過ぎます。もちろん陛下には報告させていただきます」
「ありがとう。私も陛下に相談するわ」
「そうなさるのは良いかと思います――ここ数日、反元王派は旗色が悪いそうですし……」
「メル! そういう話は廊下でしないっ!」
と、思わず口をすべらせた風のメルに侍女長のハンナが顔を顰める。
確かにここは廊下だ。あまり下手な話はしない方が良いだろう。
「ハンナ、メル。もう動けるわ。いろいろ気になることもありますし、ひとまず部屋に戻りましょうか」
私は二人に声をかけて、ゆっくりと歩き出す。そうしながらも私はメルの今しがたの言葉を反芻していた。
現王派と反現王派の最大の争点。それはこの国の主産業である魔法石の取り扱いについてだ。
宗主国たる帝国を刺激しないよう、一定量を輸出に回し、帝国領全体の魔法石の値が上がらないようにしているのが、昔から今に至るまでの王室の考え方。
一方レイディアル卿を中心とした一部の貴族達――いわゆる反現王派は魔法石の輸出を制限し、国内の流通量を増やすべきだとする。
それだけであれば一理あるのだけど、彼らの危険なところはその国内向けの魔法石を独占的に利用したい、という考えを併せ持っている点なのだとか。
そもそも、魔法石鉱業を主産業にするルメイン王国は、魔法石を輸出しなければ食べ物を確保出来ない。
事実、過去にティエアルと戦争になった際には、戦いによる犠牲者よりも、食料輸入が止まったことによる餓死者の方が圧倒的に多かったのだそうだ。
そんな点を無視してでも、一部の貴族と大商人で魔宝石を大量に使用したい。そんな考えを持つ反現王派のことをハインツ様は随分とお嫌いになっているようだった。
結婚式に前後して行われる外交においても、各国との最大の交渉事項は魔法石の価格と、それと引き換えに輸入する食料の価格。
幸い、今のところでは現状維持を謳う現王派の意見が優先されているらしい。
そして、私のこの世界での故郷、ティエアルとの関係においては私の存在が外交の肝となっている。
私をいわば人質として王国に嫁がせることで、ティエアルは王国へ友好の意思を示す。
これが万が一、私の身に何かあったり、婚約が破棄されれば、両国の関係にはひびが入る。
困ったことにそのひびを足がかりに、隣の国を我が物にすれば、魔法石も食料も手に入る。
そんな風に考える人は、ルメイン王国にもティエアル王国にもいるらしかった。




