14 お義母様とのお話
「エマさんっ! よく似合ってらっしゃるわ」
「あ、ありがとうございます、王太后殿下……」
「もう……だから堅苦しいのは嫌よ? それにあなただってもうすぐ妃になるのだから、義母と呼んで下さいな」
「はいっ! え……と……では、お義母様」
前王陛下の奥様、つまり王太后殿下であるエリー様はとても明るいお方だ。
華やかな笑顔と王太后殿下とは思えない程気さくな雰囲気は誰からも愛されていて、今なお国民の支持が熱い。
――正直に行ってしまえば、こんな風になれる自信はあんまりない。
と、そんな後ろ向きな考えはさておき、南の離宮に到着した私は、早速殿下の私室にお招きいただいていた。
今晩行われる、という歓迎の夜会で着るドレスを王太后殿下が仕立ててくださっていたのだ。
今日の夜会は、前王夫妻の親しい御友人や離宮のごく近くに住む貴族だけを呼ぶ小さなもの。そしてそのドレスコードはルメイン王国の民族衣装なのだという。
ルメイン王国の民族衣装は、大きな花柄の刺繍とふんだんに使われたレースが特徴の色鮮やかなドレス。
普段着ている、帝国風だというドレスに比べるとかなり派手な印象だ。
今回王太后殿下が仕立てて下さったのは、薔薇のような真紅の生地に、この世界での祖国、ティエアルを象徴する夏の花々がいくつも刺繍されたドレス。裾の部分には、可憐なレースがふんだんに使われている。
最初に見せていただいた時は「……これを私が?」となったけれど、いざ姿見を除いてみると、確かに黒髪に青い瞳の私の容姿とよく似合っていた。
「さ、そこでクルッと回ってちょうだい」
「は、はい……こうでしょうか?」
「えぇ、そうよ! うん、やっぱり可愛いわ〜ね、みんな?」
「はい。本当によくお似合いですわ」
「まさに花の精にございます」
言われるままにクルリと回れば、裾がヒラリと舞い、色とりどりの花の刺繍が揺れる。
前世ではあんまりお洒落には頓着しないほうだったし、こっちにきてからもどちらかといえば落ち着いたデザインのドレスを選びがちな私。
ただ、けっして可愛いものが嫌いなわけじゃないので、こんな素敵なドレスを着させていただけるのは素直に嬉しい。
さらに王太后殿下や侍女のみんなが口々に「可愛い」と褒めてくれるから、否応なく私の気分はウキウキとしたものになった。
「皆さん、本当にありがとうございます! はやく陛下にも見ていただきたいですわ」
思わず口からこぼれたのはそんな言葉。と途端に私の周りを回ってドレスの最終チェックをしていた王太后殿下がピタリ、と止まった。
よく見ると侍女の皆さんも動きが止まってしまっている。
……もしかして不敬だったかしら……
最近はハインツ様との距離も近くなったので、少し気が緩んでいたかもしれない。
どうしよう……とオロオロし始めたところで聞こえてきたのは
「まあっ〜っ!」
という王太后殿下の悲鳴にも見た高い声だった。
「エリー殿下。もう少しお声を潜めて下さいませ」
「まっ――ごめんなさい、つい……エマさんもびっくりされたわよね」
「い、いえっ……」
側近らしき年嵩の侍女の方に諌められて、罰が悪そうな顔をされる王太后殿下。
けれど、私は恐縮しつつ首を振れば、コロコロと楽しげに笑い声をあげられた。
「本当にごめんなさい。いえ、まさか息子にそんなことを言ってくれる女の子が現れると思っていなかったらつい……ねぇ?」
「はい、エリー殿下。奇跡のようなことだと存じます」
王太后殿下に話を振られた侍女さんは、彼女もまた真面目な顔でなんともいえないことを言う。
そんな2人の言葉に、私はこの前の夜会での出来事を思い出していた。
「あ、あの……そんなに陛下は……そんなにそんななのですか?」
なんといえばわからず、おかしな言葉遣いになってしまう私。けど王太后殿下には伝わったらしく、エリー様はこちらを向いて、拳をギュッと握られた。
「ええ! それはもう! 本っ当に浮いた話がないし……このまま独身を貫く、とか行ってきたら蹴飛ばすつもりだったわよ」
「竜と結婚する、などとおっしゃったら殴り飛ばすともおっしゃっておられましたね、エリー殿下」
そうして顔を見合わせる王太后殿下とその侍女さん。その表情をみると、お二人が随分と陛下のお相手選びに苦労したのだろうな〜ということがよく分かった。
「だからね、エマさん。私はあなたが嫁いできてくれて本当に嬉しく思っているし、ハインツと仲良くしてくれていることも本当に喜んでいるの。見ての通りの朴念仁だけど、どうか捨てないであげて頂戴ね」
「そんなっ! もったいないお言葉にございます。それに陛下は、いつも紳士的でとても素敵な男性にございます」
「まあっ! そんな嬉しいこと言ってくれるなんて……いきなりティエアルの王女様と結婚すると言い出した時は、どうしたものか? と思ったけど、本当に良い子が来てくれて良かったわ〜」
「本当にそのとおりにございますね、エリー殿下」
私の返事にまたしても高い声を上げて喜んでくださる王太后殿下。
私はそれに顔を赤らめつつも、ふとある疑問が浮かび上がった。
「あの……お義母様?」
「あら? どうしたの、エマさん?」
「その……お義母様方は陛下が私と結婚することを直前にお聞きになったのですか?」
重要な貿易相手でありつつ、仮想敵国。そんな2国間の政略結婚ともあれば、前王ご夫妻も関係してらっしゃると思っていたのだが、王太后殿下のお答えはそれとは違うものだった。
「ええ、そうよ。本当に振って湧いたような話だったの。――もちろん議会は通してるでしょうし、私達は基本的にあの子の政治には口出ししませんからね。でも、びっくりはしたわよ」
「結婚のけの字もないお方でしたから、最初はどんな謀略があるのかとお話しておりました」
王太后殿下の言葉に侍女さんも大きく頷く。その様子はまさに当時の驚きを表しているようだった。
「まあ、でも突然の政略結婚なんてよくあることだしね。あの子はあの子でいろいろ考えていたのでしょう。譲位した以上、求められない限りは口出ししないのが私達の方針なのよ」
思わず不思議そうな顔をしてしまった私に、前王妃殿下はきっぱりとおっしゃる。
「さて、じゃあ一旦そのドレスは脱いでしまいましょうか。可愛いけど動きにくいでしょ? まだ夜会まで時間はありますしお茶にしましょう」
そして、パンっと手を叩いた王太后殿下はそう仰って、同時に部屋の隅に待機していた何人かの侍女さん達が私の方へ来てくれる。
そのまま試着会はお茶会へとなだれ込み、私と陛下の結婚の理由についての話は、いつの間にかどこかへと消え去っていたのだった。




