12 陛下の評判
「エマ王女殿下。本日は当家にお越しいただき大変光栄にございます」
「いえ、こちらこそ。お招きいただきとても嬉しいですわ」
雪降り積もる、冬の昼下がり。
この日、カリアン侯爵夫人からお茶会に招かれた私は、アルジェ侯爵令嬢と共に侯爵邸を訪れていた。
あの夜会以来、こうして少しずつだけど社交界に顔を出す機会を作るようにしている。
やはり習うより慣れろとはよく言ったもので、場数を踏むごとに少しずつ緊張もしなくなってきたし、皆さんとの会話も楽しめるようになってきた。
……なんて偉そうに言ってるけど、今日のお茶会も含めて、私が出席した集まりは全て現王派のものばかり。
その上、必ず隣にはハインツ様か、ミリセントさん――アルジェ侯爵令嬢――がいてくれる。
あの夜会のあと、あらためてアルジェ侯爵令嬢をお城にお招きした席で、彼女とは随分仲良くなれた。
ミリセントさんは私と違ってとても社交的。
お話も上手で、社交界でもいつも会話の中心にいる彼女は、こうした世界に不慣れな私のことも上手にサポートしてくれる。
私にとっては、なんだか頼りになるお姉さんが出来たような気分なのだった。
「エマ王女殿下は魔法が苦手でいらっしゃるとか? この寒い季節にはさぞ不便ですよね?」
「は、はいっ……でも陛下がいろいろと気を回してくださり……」
「あらっ! そうですの? この国の人は大抵自分で勝手に暖を取りますものね……じゃあ部屋をもっと暖かくした方がよいかしら?」
「いえっ! そんな――充分適温です。それに……」
確かに、お茶会の会場となっているティールームは庭に続く窓が開け放たれていて、少し寒い。
ここにいる人は侍女や給仕も含めて全員魔法が使えるからだろう。
ただ、今の私は彼らと同じく充分に暖かく過ごすことが出来ている。それには理由があった。
「大丈夫ですわよ、カリアン侯爵夫人。王女殿下には陛下が幾重にも魔法をかけてらっしゃいますもの。ねっ、王女殿下?」
と、少しいたずらっぽく私に言うミリセントさん。
その言葉に、私を囲んでいた夫人がたがドッと湧いた。
「まあっ! 陛下が魔法を?」
「それも幾重になんて……やはり王女殿下を溺愛なさっているというお噂は本当でしたのね」
「で、溺愛だなんて――でも、とてもよくしていただいております」
夫人がたのからかうような、羨ましそうな視線にボッと顔が熱くなる。
かといって否定するのも問題かと思い、私はなんとか言葉を繕おうとした。
「フフッ……真っ赤になってしまわれて、可愛いですわね」
「えぇ、私の若い頃を思い出しますわ」
「あら? あなたは昔からそんなだったじゃない?」
結局上手な言葉が出せずワタワタとする私だけど、夫人がたはそれはそれで盛り上がっている。
と、そこで私の中には1つの疑問が浮かんだ。
「あの……以前、別の席でもお聞きしたのですが、陛下はあまり他の方に魔法をおかけにならないのですか?」
毎日の防寒魔法だけでなく、事あるごとに私のために魔法をかけてくださるハインツ様。
もちろん、この国の人はみんな多かれ少なかれ魔力があるから、他人に魔法をかけるという機会は少ないのかもしれないが――にしたって驚き過ぎな気がする。
それにミリセントさん曰く、仲の良い相手に魔法をかけてあげるのは、この国では定番の愛情表現なんだとか……
そんなことを思いつつ、私が疑問を口にすると、またしてもドッと周囲は湧いた。
「ええ、それはもう! 昔の陛下は女性の扱いがまるでなってませんでしたしねぇ……」
「そういえばあなた、冬の夜会でわざと魔法をかけずに行ったら、そのまま放置されたって怒ってましたわよね?」
「まぁっ! またそんなまた昔のことを……」
私の向かい側で懐かしそうな声を上げるのは、上品な濃紺のドレスを纏った貴婦人。
彼女は幼い頃の一時期、ハインツ様の婚約者筆頭候補だったことがあるのだという。
――結局、ハインツ様とは馬が合わず、その話はお流れになったそうだが、(と本人が教えてくださった)今のハインツ様からは想像もつかないことだ。
「あら? 陛下からは想像も出来ないって顔をしていらっしゃるわね。陛下も王座についてからは随分変わられたのよ」
「ええ。……でも、相変わらず女性の扱いは今ひとつでしたけどねぇ……誰に対してもよくない意味で公平で……」
「分かりますわ。一度エスコートいただきましたが、仕方なく義務的に……という気持ちがありありとお伺いできました」
そして続く、陛下への駄目だし。
ここは、「いえ! そんなことは」と否定するべきかとも思ったけど、盛り上がっている皆さんに水を差すのも……と思ってしまい躊躇する。
ふ、と隣を見ればミリセントさんも苦笑いだった。
「実際……陛下への女性陣からの評価は散々だったのよ。じゃなきゃ普通、王太子の頃に婚約するものだもの……」
「そ、そうなのですね……理想の王子様、みたいな方だと思ってたのですが……」
私はそんなミリセントさんに、思わずポツリと呟く。
その声はしっかりと盛り上がっていた皆さんの耳に届いたらしく、
「まあっ! 王子様ですって!」
「やっぱり若いって良いわねぇ!」
と、私は皆さんから随分からかわれることになったのだった。
「お疲れですか……王女殿下?」
侯爵家からの帰り道。
「自分も王城に用事があるから」と同じ馬車で帰ることになったミリセントさんにそう聞かれ、私は軽く飛び上がりそうになった。
「い、いえ! 大丈夫ですわ! ……やっぱりどこの国でも奥様方はお話好きだな〜なんて思ってたりしただけでして……」
「思いっきりからかわれていらっしゃいましたものね」
結局あの後、ハインツ様との生活について根掘り葉掘り聞かれることになった私。
なんとか乗りきった……とは思うけど、うっかり機密事項や、それこそ私の記憶の秘密を喋らないように気を付けつつ話をするのは妙に疲れる。
それでもまだミリセントさんの前だから、と気を張っていたつもりだったのだけど、彼女にはバレバレのようだった。
「はい。でも、たくさんお話が出来て楽しかったですわ」
ちょっと気疲れはしたけれど、楽しかったのも事実。そう口にしつつ、本心からの笑みを見せれば、ミリセントさんも安心したように笑ってくれた。
「……それにしても……陛下も本当に変わりましたわよね。最近は王女殿下と一緒の陛下ばかり見ておりましたから、忘れておりましたわ」
「私は今の陛下しか知りませんから、ずっとああいった方だと思っておりましたが……そんなに女性陣から……その……」
「モテてはおりませんでしたわね」
なんと表現すべきか? 思わず言葉に詰まった私にミリセントさんがすっぱりと言い切る。
そのスパッと斬れ味の良い言葉に私は思わず苦笑いした。
「若い頃の陛下は、社交よりも竜に乗るのが好き、と公言して憚らない方でしたし、エスコートもお話も同世代の方と比べて全然でした。もちろん見目はよろしいですから、それなりの人気はありましたけど……実際お話すると幻滅する――そんな評価でしたわね」
「そ、そうなのですね……あっ! でも今の陛下はお話は面白いですし、エスコートもダンスもお上手ですよね?」
「さすがにそれではまずい、とヴァルディモア卿がおしごきになったのです。おかげで一通りの社交術は身につけられましたが……今度は誰に対しても当たり障りなさすぎて、つまんない――と言われておいででしたね」
ミリセントさんの話すハインツ様の評価は、概ね侯爵家に集まった奥様方の話と一致している。
けれど、普段のハインツ様を想像すると、どうしても皆さんの言うことがにわかには信じられなかった。
「……正直私も今の陛下には驚いています。こんな甲斐甲斐しく女性に接することが出来る方だとは思っておりませんでした。それに愛竜に乗せていただいたりもされたとか……?」
「は、はい! この前コニーさんに乗せていただいて遠乗りをしてきました」
「陛下はそれはそれは竜がお好きで、特にコニー様のことは本当に可愛がっていらっしゃって……なので本当に王女殿下のことを信頼なさっているのだと思います」
「そんな……では陛下の信頼に応えられるようもっと精進しないといけませんね」
以前の陛下がどんな方であれ、今の陛下が私に対して大きな愛情を示してくださっているのは事実だ。
私もそれに応えられるように頑張らなくては、と思わず小さく拳を握りながら口にすれば、
「私も応援していますわ」
と同じように拳を握ったミリセントさんに、微笑ましそうな目で応援の言葉をもらったのだった。




