11 侯爵令嬢の秘密
「あっ! 王女殿下っ! お気づきになったのですね。本当に申し訳ございません、なんと言ってお詫び申し上げればよいか――」
「アルジェ侯爵令嬢。悪いと思っているならもう少し静かに……エマさん? 気分は?」
パチリと目を開けると、そこはベッドの上。そして頭上ではハインツ様とアルジェ侯爵令嬢が心配げにこちらを覗き込んでいた。
そうだ私、夜会の途中で気分が悪くなって……
「そうだ! 陛下っ、大変です!」
「心配入りませんよ、エマさん。アルジェ侯爵令嬢はこちら側の人間です。お伝えするのが遅くなり申し訳ない」
と、ついさっきの記憶が蘇り、慌てて陛下に私の秘密が漏れていることを伝えようとする。
が、その前にハインツ様はゆっくりと首を振り、そして穏やかな声で私の懸念事項を否定した。
「こちら側? つまり……私の秘密を元々ご存知?」
「はいっ。驚かせてしまって申し訳ございません王女殿下。私、実は裏稼業がありまして……」
「う、ら? かぎょう?」
物騒な単語に私が目を剥くと、ハインツ様が額に手を当ててため息をついている。
と、それから彼はアルジェ侯爵令嬢に、
「もったいぶった言い方をしないで下さい」
と、やや眉を寄せて苦言を呈した。
「彼女は生まれつき、気配を消す魔法の能力がずば抜けて高いのです。その特性を利用して、表向きは外務部に所属しつつ、実際は内外問わず諜報活動をしてもらっています。エマさんがこちらにいらしてすぐに起きた侍女たちの反抗。これも彼女が知らせてくれたのですよ」
「そうだったのですか!? では、アルジェ侯爵令嬢は命の恩人なのですね。ありがとうございます」
こちらにきてすぐの頃、侍女たちに疎まれ、かといってそれに対抗することも出来ずにただ泣いていた私。
きっと、あのタイミングでハインツ様が城に戻ってきてくれなければ、私は壊れていただろうことを考えると、ゾッとする。
そう思うと、アルジェ侯爵令嬢には感謝してもしきれなかった。
「いえ、そんな! 私は当然の仕事をしたまでですわ。むしろもっと早くお救いできていればと……」
「いえ。本当に助かりました」
謙遜するアルジェ侯爵令嬢に私がそう言えば、彼女はホッとしたような笑顔を見せてくれる。
少し場の空気が綻んだところで、ハインツ様が
「と、いうわけで」
と立ち上がり、私を横抱きにして抱き上げた。
「エマさんはまだ本調子でないと思うので、今日のところはここでお暇させていただこうと思います。アルジェ侯爵令嬢。大広間の方々を頼めますか?」
「もちろんにございます。『王妃殿下はなれない気候の中での社交で少し体調を崩された』いかがでしょうか?」
「それで頼む。アルジェ卿夫妻にもよろしく伝えておいてくれ」
「あの……私もせめて一旦立って……」
せめてお詫びぐらい地に足をつけて、と思った私だけど、ハインツ様は下ろしてくださるつもりはないらしい。
諦めた私は、横抱きにされたまま
「申し訳ございません、アルジェ侯爵令嬢。よろしくお願いいたします」
と頭を下げると、彼女は
「どうぞお気になさらず。近い内にもっとたくさんお話がしたいですわっ!」
と弾むように言うと、声音とは対象的な美しく洗練されたお辞儀を見せ、それからクルリと踵を返して部屋をでていった。
「素敵な方ですね、ハインツ様」
「あ、えぇ……少々騒がしいですけどね……」
私がそういえば、ハインツ様はどこか苦々しい顔をしてそう呟く。
私はアルジェ侯爵令嬢にとても好意的な印象を抱いたのだが、ハインツ様は苦手意識があるのかも?
誰にでも人当たりの良い彼にしては珍しい、と思いつつ、私は居心地のよい彼の腕に身を委ねたのだった。
「アルジェ侯爵令嬢からの手紙ですか?」
「はい。今度お城でお会いできないか? と。アルジェ侯爵家での夜会の時にも近い内にお話したいとおっしゃってましたし……」
決して上出来とは言えない初社交から数日。夕食後のお茶の時間に私は恐る恐るハインツ様の表情をう伺っていた。
「そういえばそんなことを言ってましたね。もちろん構いませんよ。同性の友人を作るのはあなたにとっても良いでしょう」
「……。えっ! 良いのですか?」
果たしてなんと言われるか? そう思ってドキドキしていたのだが、帰ってきたのはあまりにも良い返事。
拍子抜けした私は、一瞬返事が遅れた挙げ句、思い切り声が裏返っってしまった。ヴァルディモア卿がいたらお説教モノだろう。
「えぇ。構いませんよ。どうしてそう驚かれるのですか?」
一方やや心外、とでも言いたげなハインツ様。そんな彼の言葉に私はさらに疑問を深めた。
「ハインツ様はアルジェ侯爵令嬢が苦手でいらっしゃるでしょう? なので、私があまり深く交流するのはお嫌いになるかと……」
「ハハハッ……私の好みであなたの交友関係を制限しようなどとは考えませんよ。もちろん、政治的なバランスの面で問題がある場合は別ですが――」
そう言って少し言葉を切るハインツ様。そして彼は珍しく視線を宙に彷徨わせた。
「あと、アルジェ侯爵令嬢のことは……そうですね、苦手……と言えば苦手ですが嫌いではありませんよ。むしろ能力については買っています」
「そ、そうなのですか?」
「ええ。なので安心して交流いただいて結構ですよ」
その言葉に私はようやく安心し、お茶を口にする。
安心したからか、私は思わずあの夜会の日から気になっていたことを口にしていた。
「ところで――ハインツ様が明確に苦手意識を持たれる、というのも珍しいですよね」
「おや、そうですか? そんなこともないのですが……」
私の質問に苦笑いするハインツ様。ちょっと不躾だったとは思うが、実際気になっていた事だった。
「エマさんから見ると……きっと私は八方美人に映りますよね?」
「いえ――そんなことは……」
そう言いつつも、私の目は泳ぐ。さっきの質問を言い換えればそういうことだし、実際……まあ、そんな風な一面はある人だと思っている。
そして私にはまだ、本音を上手く隠す能力は備わっていたなかった。
「心配しなくても怒りませんよ。実際出来るだけ、内面や好みを見せないよう振る舞っているのは事実です。王族はそれでなくても揚げ足を取られやすいですからね……」
いつぞや、『私的な場所では好みを言っても良い』と言ってくれた陛下。
でも、その陛下自身は出来るだけ感情を表に出さないようにしている……彼の表情がなんとなくだけど少しさびしそうに見えた。
「すいません、嫌な話をしましたね。でも別に無理をしている訳ではありません。私はそもそも人付き合いの得意な方ではありませんからね……竜に乗って、大空を飛んでいる方がずっと楽しい。でも、王としての自分も仕事だと割り切っていますよ」
けど、ハインツ様の表情はすぐにいつもの穏やかなものに戻る。
その奥にどんな感情があるのか? は私にはまだわからなかった。
「慣れればこういう振る舞いも難しいものではありません。さ、それよりもうこんな時間ですね。寝室に向かいましょうか?」
そう言うと、ハインツ様はグラスに残っていたお酒をグイッと煽り、それから私の方に近づく。
防寒魔法をかけるため、彼の手が私の頭に触れると、その近さと、魔法の力で身体がポカポカとしだした。
「ありがとうございます……ハインツ様」
「お安い御用ですよ」
いつものようにふわりと微笑まれれば、ホワッと暖かくなる心。
いつか、もっとハインツ様の心の内を知って、彼の助けになりたい。
そんなことを考えつつ、私はハインツ様に送られて寝室へと戻るのだった。




