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第5話 危機(一)

 気がつくと、私は地面が薄く水でおおわれた、どこまでも続いていそうな不思議な場所に立っていた。地面と同じように、青々と澄み切った空に浮かぶ、一羽の白鷺を、私は息を切らして追いかけている。時折、周りに光を帯びた木などが、わさわさと風で揺られる。その場所に響く音は三つ。風の音と、私の息遣いと、それから、足元で跳ねる水。……なんで、ここを走っているのだろう。ここは、どこなのだろう。そう疑問を持ち始めた時、視界に急に霧がかかっていくように、だんだんと、私の意識はそこから遠のいていくのだ。

……いつもと、同じように。




 目が覚めると、そこはもう見慣れた蚊帳の中で、開け放たれた障子からは、ほんの少し潮の香りを含んだ風が運ばれてきていた。ぼんやりとした頭で蚊帳を少し上にあげると、寝起きには眩しすぎるくらいの陽の光が目を突いた。……ここは、伯父さん達の屋敷なのだろう。また、あの夢を見ていたのだ。


(何度も見る、あの走る夢は、一体どこを走っているんだろう……。)


昔から、何度も何度も、繰り返し見てきた、通称『走る夢』。この世とは思えない場所を、息を切らして走り続ける、あの夢。


(あんなもの、ただの夢。そんなの、誰より私が分かってる。だけど……あれは夢だとは思えない自分が、確かにここにいる。)


ゴロリと布団に寝転がり、私は眩しすぎる光を遮った。起きる時間まで、まだ少しの時間があったから。




 今日も今日とて、いつもと同じアナウンサーの声を聞きながら、朝ごはんを口に運んでいた。未だにどこにも雨が降らないと言うニュースが私の耳をすり抜けていく。前映っていた専門家とはまた違う専門家が、雨が降らない理由を説明していたが、例により内容はいまいち理解できなかった。しかし、他に聞くこともないので、私はその専門家の理論をぼんやりと聞いていた。すると、同じくずっとニュースを聞いていたのであろう真理が口を開いた。

「……さすがに、少し不自然過ぎませんか?」

その声に、私を含めたこの部屋にいる全員が反応したのは明らかだった。察しのいい真理がそれに気づかないはずもなく、真理は驚いたように口をつぐんだ。しかし、私達の続きを促すような視線を察したのか、真理は先程よりも恐縮した様子で話し出した。

「だって……今は夏ですよね?なのに、このニュースの言うことが本当なら、夏の風物詩である夕立も、起きてないことになりませんか?」

その言葉を聞いて、私の中でこの雨の降らないニュースが一気に関心事項に躍り出た。私がずっと雨の降らないニュースにほぼ無関心だったのは、夏なのに雨が降っていないという事実に想像がつかなかったからだ。真理が言った夕立以外にも、夏は様々な理由で雨が降るはずなのだ。私は今のこの状況の異常性にやっと気づき始めていた。すると、何かをずっと考えていた伯母さんが口を開いた。

「もしかして……特別な力が働いているのでしょうか?」

「特別な……力?」

その、なんとも神職の立場らしい意見に、私の興味は移動した。伯母さんは私の反応に小さく頷いてからまた話し出した。

「ええ、なんだか……今回のこの"雨の降らなささ"は、誰かしらの意志を感じるの。それで、こんな大掛かりなことができる者なんてそうそういないじゃない?だから、特別な力が働いて、今回の騒動が起こっているんじゃないかって。」

「その可能性は……十分すぎるくらいに考えられるな。」

いつもの豪快な雰囲気とは打って変わって真剣な雰囲気を漂わした伯父さんが、唸るような声音でそう言った。賛同を得られたからか、伯母さんもさっきよりは多少自信のある顔つきで、さらに驚くべき事実を語った。

「一昨日の雨の降らないニュースを見てから気になって調べてみたんだけど……そもそも今年の夏……日本全国で一回も雨が降ってないらしいのよ。」

「「えっ?」」

真理と声が重なり、真理の方を向くと、真理は大きく目を見開いていた。おそらく、私も同じような顔なのだろう。

「それは……少し、というか大分おかしくないですか?だって……夏は夕立の他にも台風があるんですよ?夏なのに台風が来ないのは……。」

真理がゆっくりと、少し震えた声で言い、私も気づいたことを言った。

「たしかに……この時期は頻繁に聞くはずの台風○号って言葉聞いてない……です。」

とくに気に留めていなかった言葉だったが、夏に台風が来ないなんて天地がひっくりかえってもおかしいことなのだ。否、今実際にその状況なのだから、正確には天地がひっくりかえっても起きないものだと思っていた、だ。言ってみて気づいた恐怖が徐々に心を覆っていく。気を紛らわそうと思い、伯父さんと伯母さんの方を見ると、伯父さんと伯母さんはさっきの私と真理のように顔を見合わせていた。その顔は、難しい問題にぶつかった時のような、信じられないとでも言いたげな、そんな顔だった。

「一回、状況を整理しましょう。」

伯母さんがそう言い、伯父さんも、真理も、私もこくりと頷いた。それを見てから伯母さんは一つ一つ事実を確認するように、ゆっくりと話し始めた。

「まず、今年は極端に雨が少ないどころではなく、雨が降っていない。そして、今の時期は夏だから、普通なら台風や夕立などのいわゆる夏の風物詩で、雨が降るはず。」

「……なのに、台風が来ないうえに夕立や……都会の夏ではよくあるはずのゲリラ豪雨も起こらず、雨が降ってない……?」

伯母さんが紡ぐ恐ろしい事実を黙って聞くことが出来ず、私は伯母さんがきっと言おうと思っていたであろう言葉の続きを自分の口から出した。改めて冷静に考えてみると、今の日本は気象的に有り得ない状況下なのだ。

「そう。そして、その原因はなにか特別な……それこそ、神様が関わっている力なのではないかと私たちは考えている。正確に言えば、私と清平は、ね。」

「……僭越ながら、私もそう思います。」

真理が伯母さんの意見に賛同し、私も賛成の意味を込めてコクコクと首を縦に振った。その時不意に、私の頭にあの少女の姿がよぎった。


(そうだ……あの子……なんだか纏う雰囲気も常人のものとは思えなかったし……池の神様って言った時は違うって言ってたけど、なにかしら神様と関係のある子、なのかな……。)


頭の中で精一杯思考を巡らしていると、伯母さんがため息のような息を漏らした。

「とりあえず……ニュースを聞いてみましょう。まだ、情報が少なすぎるし。」

「そうだな。流石にどこかしらでは雨が降っているかもしれないしな。」

希望を持つような伯父さんと叔母さんの言葉に安心しかけた時、ちょうど時刻は八時を回り、八時のニュースが部屋に流れだした。トップニュースに出ていた文字を見て、私の背筋は……否、部屋の空気は凍りついた。トップニュースに並んだ文字は、『異例の状況 全国各地で一ミリも雨降らず農業以外の懸念も』。


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