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第1話 松鷺神社(三)

廊下から微かに衣擦れの音が聞こえ、私は顔を上げた。


(……?伯母さんかな)


そう思っていると、ゆっくりと障子が開き、藤色の着物が視界に映った。

「えっ、と……?」

「お初にお目にかかります。この屋敷で使用人をしています菊川真理と申します。これからどうぞよろしくお願い致します。」

 綺麗な座令を見せた少女の名は真理というらしい。年齢は私とほとんど変わらないように見えた。

「私は松守美怜です。これから約一ヶ月間、よろしくお願いします。」

 私も慌てて真理さんに習ってお辞儀をすると、真理さんは顔を下げたまま私に言った。

「美怜様のことは存じ上げております。私は、これから美怜様の世話係になる者だと心得てもらえれば。」

「わ、分かりました。あの、顔を上げてください。落ち着かないので……。」

 真理さんのあまりの丁寧さに気後れしながら返事をすると、真理さんはようやく顔を上げた。その姿を見て、私は一瞬息を飲んだ。真理さんが想像以上の美人だったのだ。最初から顔を下げていたため、顔はよく分からなかったが、それでもかなり美人なんだろうと思えるオーラを真理さんは纏っていた。しかし、実際はその想像を超えるほどの美人だったようだ。透明感溢れる白い肌が藤色の着物の袖から覗き、その肌色と対をなすように艶のある髪はどこまでも黒く美しい。着物を着ていても分かるほどの線の細さで、印象的な琥珀色の瞳はどこまでも透き通っていて、学校では絶対にモテるような美貌を持っていた。美人な真理さんを穴があくまで見つめていると、真理さんは眉一つ動かさずに立ち上がった。


(見られるのは日常茶飯事なのかな?)


 と思っていると、真理さんの耳の先が少し赤くなっていることに気がついた。


(……照れてる?)


 ますますジロジロと真理さんの顔を見ていると、視線に耐えきれなくなったのか真理さんは私に向かってさっきよりも少し高い声を発した。

「あの……あまり見ないでください。は、恥ずかしい……ですので。」

案の定顔を見られていることを恥ずかしがっているようだった。これはこちらが明らかに悪いので、私は素直に謝った。

「あっごめんなさい。」

「いえ……。」

 初めから眉一つ動かさない無表情で話していたので淡々としたどこか冷たい印象を私は受けていた。しかし、どうやら、いつも無表情で淡々と仕事をする使用人ではなく、緊張で表情が硬くなっていただけのようだった。そのことに気づくと、幾分さっきよりも話しかけやすくなったので、私は積極的に話しかけることにした。

「真理さんは何歳なんですか?私と余り変わらない年齢に見えるんですけど……。」

「私は今年で十六になります。」

「えっ?高校……とかには通ってるんですか?」

 私は感じた疑問を率直に問いかけることにした。

「はい。この屋敷で住み込みで使用人をしていて、夏休みなどの季節休みは一日中働き、普段は朝業務と夕方・夜業務を行っております。」

 なるほど、と私は納得した。十六ということは私の二歳年上ということになる。年上ということはこのまま敬語を使っていた方が良いのだろうかと考えていると、真理さんがその疑問を解消してくれた。

「私にはタメ口を使っていただいて結構です。それと、どうぞ私のことは『真理』と呼んでください。」

「わかった!これからよろしくね真理。」

 伯父さんや伯母さんにはタメ口が使いづらかったのに、年が近い真理にはすぐにタメ口を使うことが出来た。もしかすると、私の疑問を感じとって先にタメ口を使っていいと言ってくれたのかもしれない。


(使用人スキル高いなこの子。)


 一人感心していると、伯母さんの声が微かに聞こえた。

「奥様がお昼ご飯が出来たと仰っております。参りましょう、美怜様。」

「分かった。」

 この時、私はタメ口で真理と話すのに、年上であるはずの真理が私に敬語なことに違和感を覚えた。

「ねぇ真理。」

 私の前を歩き、伯母さんがいる場所まで案内してくれている真理に話しかけた。

「なんでしょうか、美怜様。」

 その応答に私は口を尖らせた。

「その、美怜"様"って呼び方やめない?」

「し、しかし……他になんとお呼びすれば?」

「私のことは、美怜って呼んで!様付けはなしにして!」

 駄々をこねるように言うと、真理はどこか恐縮したような顔つきになった。

「使用人たるもの、主人には常に敬語を……。」

「……。」

 私は声を発さず、無言で不満ですオーラを出すことにした。話している中で、真理は察しがいいのではないかと考え始めたからだ。読み通り、真理は私のオーラを察してすぐに口をつぐんだ。

「私のことは、遠慮なく美怜って呼んで?友達に敬語使うのは変だよ。やっぱり。」

 そう言うと真理は一瞬目を見開いたあと、嬉しそうに表情を緩ませた。

「……!わかった。」

 その返答に次は自分の口がにへっと緩むのを感じた。真理は続けて言葉を発した。

「友達だと美怜が思ってくれているなら、私は友達として美怜に接する。……でも、敬語は半分癖みたいなものだから、たまに出るのは許してね。」

「うん!もちろん!」

 私は元気に返事をし、真理も満足気に微笑んだ。私たちの間には和やかな空気が流れ、この時間を私は心地よく感じた。さっきよりも近い距離から伯母さんの声が聞こえた。


【人物紹介】

松守美怜(十四)

ごくごく一般的な中学二年生。明るく、よく話す性格。

初めましての人と話す時はすごく緊張する。

まだまだ見習いのひよっこ。


松守清平(四十七)

美怜の父の兄。松鷺神社で宮司をしている。

豪快で裏表がなく、誰とでも気さくに話す。

宮司なだけあって歴史に精通している。


松守深世(三十九)

清平の妻。松鷺神社で禰宜をしている。

落ち着いた雰囲気を持っていて、かなりの美人。

料理も上手でお菓子作りが趣味。


菊川真理(十六)

松守家の使用人をしている。

祖母、母が昔松守家の使用人だった縁で働かせてもらっている。美人だが、どこか人を寄せつけない雰囲気があるため告白されたことはない(ただ緊張で表情が硬いだけ)

本を読むのが好き。

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