第1話 松鷺神社(二)
「おーい深世ー!美怜ちゃん来たぞー!」
伯父さんがそう言うと神殿の方から草履からパタパタという音を立てながら、一人の女性が小走りで近づいてくるのが見えた。その女性は全体的に色が白く、綺麗な黒髪を後ろでお団子にひとまとめにしている、かなりの美人だった。豪快な伯父さんとは対照的に、華奢な体つきがどこか儚げな雰囲気を醸し出している。その人は私を見るなり微笑みを浮かべ、綺麗なお辞儀をした。
「初めまして。私はこの神社で禰宜をしている松守深世と申します。これからよろしくね、美怜さん。」
"ねぎ"というあまり聞きなれない単語に頭を傾げながら、私も深世さんに向かってお辞儀をした。
「こんにちは、深世……さん?これから一ヶ月弱お世話になります。よろしくお願いします。」
自分の名前を自らは名乗らなかった伯父さんとは違い、礼儀正しい綺麗な挨拶に気後れしながら、さっきよりも少し硬い口調で私は挨拶をした。すると、深世さんは、本当にしっかりしているのね、と伯父さんと同じように感心した声を上げた。
「そう硬くならなくても大丈夫ですよ。あと、私のことは遠慮なく深世伯母さんと呼んでください。」
「は、はい……。」
「まぁまぁ深世、深世が敬語だと美怜ちゃんも気後れするだろ?もう少し二人とも身体の力を抜いた方がいいぞ。」
(いや伯父さんが自然体すぎるだけでは……?)
とりあえず私は、伯父さん夫婦に歓迎されていることを感じとり、安心した。二人とも温かい人柄で、ここに来たことを早くも喜ぶ自分がいた。深世伯母さんは少し戸惑いの表情を浮かべつつ、私に向かって微笑んだ。
「とりあえず、外は暑いでしょう?涼める中にあがりましょう、美怜ちゃん。」
「そうだな、じゃああとは頼んだ深世。」
「ありがとうござい……」
ます、と言いかけて、さっき伯父さんが言っていた自然体という言葉を思い出し、慌てて言い直した。
「あっ、ありが……とう?」
けれどなんだかしっくりこなくて、中途半端な返事になってしまい、恥ずかしさが私の心を包む。そんな私の心情を察してか、深世伯母さんは
「自分がしっくりくる話し方でいいと私は思うわ。」
と、優しい言葉をかけてくれた。
「じゃ、じゃあ慣れるまで敬語でもいいですか?」
そう私が問いかけると、深世伯母さんは優雅な笑みを浮かべ、頷いてくれた。その様子を見ていた伯父さんは、
「まぁ自分が使いたい言葉を使えばいいな!」
と、また豪快に笑った。
伯父さん夫婦は神殿に住んでいるのかと思っていたのだが、実際は神殿の奥にある家に住んでいたようだった。鍵のかかった柵を開け、神殿の横をしばらく歩くと、ずっと横目に見えていた神殿がなくなり、開けた場所にやってきた。
「神殿って広いんですね。」
「神殿と言うより社殿の方が一般的かしらね。社殿は神社の建造物の総称で、この社殿の中に本殿、拝殿、幣殿、御饌殿、神楽殿、舞殿、祓殿、直会殿が含まれるの。」
聞きなれない単語が多く、終盤の説明はほとんど理解出来なかったが、とりあえず神殿ではなく社殿と呼ぶことだけは理解出来た。難しいわよねと穏やかに笑う伯母さんを見ていると、急に聞きたいことができ、気づけばすごい勢いで伯母さんにそのことを聞いていた。
「えっあの!もしかして巫女さんとして働くなら、そういう神社とかの専門知識も覚えないとダメなんですか?!」
あまりの勢いに伯母さんは目を見開き、そのあと少し考え、静かに首を振った。
「いいえ。巫女をするだけなら、こう言った専門知識はあまりなくていいと思うわ。」
その言葉に安堵しつつ、私は心の中である欲が生まれてきているのを感じた。伯母さんと伯父さんと、もっと話したいという欲だ。そして、二人は神社の専門知識が豊富なのだから、私もそういった専門知識を知っていきたいと思った。
「あの!よろしければ!そういう専門知識も教えてもらいたいです!」
すると伯母さんは目を見開き、私に向き直った。そして、静かに私の目をじっと見つめた。私は何か言ってはいけないことを言ったのかと内心焦りながら伯母さんの目を真っ直ぐに見返した。痛いほどの沈黙の末、伯母さんは静かに頷いた。
「わかったわ。たしかに、由緒ある松鷺神社の宮司の姪だものね、美怜ちゃんは。」
「えっいいんですか?」
そう反射的に聞き返すと伯母さんは不思議そうな顔になった。
「?ええ、もちろん。断る理由がないじゃない。」
「で、でもすごく真剣な瞳で見てきたから……。」
拍子抜けした気持ちを隠しつつそう言うと伯母さんはああ、と納得したような声をあげた。
「ごめんなさい、貴女を預かるときに、無理に神社の専門知識を教えて、神社を継ごうと無理に思わせないようにしようと清平と決めたから……美怜ちゃんにそう言わせるような流れを作ってしまったのではないかと考えてしまって。」
そう言って申し訳なさそうな表情をする伯母さんを見ていて、私は二人の気遣いを肌で感じ、なんだかこそばゆいような、そんな気持ちになった。
伯父さんと伯母さんの家は平屋建ての、歩いているだけでも迷いそうな広い家だった。縁側や東屋があり、玄関口の隣には青々としげる松の木が生えていた。その松の木が、この家の和風な雰囲気を強くさせているように感じる。家の中に上がり、廊下に足をつけるとヒヤリとした感覚が身を包む。外が暑かったからか、その感覚が心地よく感じられた。
(冬の底冷え深刻そうだな。)
そう考えながら伯母さんの後に続いていくと、伯母さんがある部屋の前で立ち止まった。
「美怜ちゃんの部屋はここね。私の部屋の隣。部屋はほかにも沢山あるから、この部屋が嫌になったら言ってね。」
そう言いながら伯母さんは障子を開けた。
「わぁ……!」
私の目の前に、6畳ほどある部屋が広がり、私は思わず感嘆の声を漏らしていた。部屋から庭園に行けるようになっていて、和風チックな家具が揃っていた。早速部屋に入ると、畳独特の香りが鼻をついた。その様子を見ていた伯母さんは、私が部屋を気に入ったことを感じとったのか嬉しそうな表情をしていた。
「気に入って貰えたかしら?」
「はい!すごくおしゃれでいい部屋ですね。」
声を弾ませながらそう答えると伯母さんはますます嬉しそうに表情を緩ませた。
「そう言って貰えると嬉しいわ。お腹が空いたでしょ?お昼ご飯が出来たらまた呼ぶから、それまではゆっくりしてていいわよ。」
「ありがとうございます。」
伯母さんは小さく手を振ったあと優しく障子を閉めた。私は畳の上に寝転がり、ボーッと天井を見つめていた。ゆっくり体を起こし、部屋の中をぐるりと見渡すと、上手く和と洋が織り交ざっていることに気がついた。廊下から入って右側には文机と座椅子があり、左側にはクローゼットが設置してある。そして、伯母さんの部屋がある右側の壁には布団がしまってある押し入れがあった。キャリーケースから衣類を出し、クローゼットにキャリーケースと一緒に衣類をしまった。すると、廊下から微かに衣擦れの音が聞こえてきた。




