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第1話 松鷺神社(一)

 ジリジリと照りつける太陽を、私は睨みつける。しかし、太陽を睨んだところで夏の暑さが和らぐことはない。背中に生ぬるい汗が伝う感覚に気持ち悪さを覚えながら、何段あるのか数える気にもなれない石段を登る。途中から石段が木陰に入る場所ができ始め、助かったとばかりに私はそちらに移動する。そうすると体感温度が少しばかり下がったような感覚になった。さっきよりかは幾分もマシだ。

 息を切らして石段を登りきると、目の前には砂利が敷きつめられていた。そしてその砂利たちの中心には大きさの違う石が綺麗にはまった石道が奥まで続いている。神社の境内にやってきたのだ。後ろを振り返るとさっき死ぬ気で登った石段が。石段は途中で左に折れ曲がり、折れ曲がった先は木々で見えない。少なくとも折れ曲がらせている時点で石段の段数が多いのは明らかだ。後ろの石段を見ていると、どうしても少しばかり腹が立つので、私は前に向き直った。年始ではないのに、神社にはそれなりに人が来ていた。皆、あの石段を登ってここにやって来たのだ。私は石段を登ってくる人の邪魔にならないように横に移動してから荒くなっていた息を整える。息を吸うと、少し草の匂いがした。


(やっぱり神社の境内は空気も澄んでるんだな〜。)


 息とともに気を整えて、私は神社の境内へと歩を進めた。

──この神社は名を「松鷺神社」という。この神社の興りは古く、約千年前になるという。千年前といえば源氏物語や十二単など、学校でも習う『平安文化』が開化した時期だ。そんなに古くからこの神社があると分かると、不思議な気持ちになる。今私が歩いている石道を、千年前の人達も同じように歩いていたのだ。ふと周りを見渡すと、境内には樹齢五百年以上とも言われる(本当にその情報が正しいのかは分からないが。)木が何本か生え、そういった木の近くには心願成就や夫婦円満といった言葉と共に説明の書かれた札が立てられている。他にもかなり大きい木がたくさんあるので、そこからもこの神社の歴史の深さが感じられる。

 しばらく歩いていると、また石段が私の前に立ち塞がってきた。この石段は先程登ったものよりはまだ段数が多くないが、何より石段ひと段ひと段が高い。まだ石段を登らないといけないという事実に、私は心底うんざりした。腹を括り、石段を登り始めたが、十数段登ったところで足が悲鳴をあげ始めた。


〈痛いよー。〉

〈もう無理ー!〉


(……。)


 石段を登るのは、自分の心との戦いだと薄々感じ始めていた。私は極力足の悲鳴(自分の心の諦めが早い部分の気持ちが足によって代弁されてる)を聞かないように、無視を心がけながら登る。


(ここ、己の邪心を無くすお寺じゃなくて神様祀ってる神社のはずなんだけどなぁ。)


 若干現実逃避気味に、しかし切実に、そう思った。




 なんとか三十数段ありそうな石段を登り終わり、息を整えていると、遠くから声が聞こえた。若干荒い呼吸のまま前を向くと神主の服を着た人が手を振っているのが見えた。その人は手を振ったまま、小走りで近づいてくる。

「おーい!こんにちは美怜ちゃん。」

「こんちには、清平伯父さん。」

私がそう挨拶すると、清平伯父さんは快活に笑い、

「しばらく見ないうちにだいぶしっかりしたな。」

と、次はガハハと笑いそうな声音で言った。清平伯父さんはこの神社の四十二代目宮司であり、代々松鷺神社の宮司を務めてきた松守家の四十七代目当主でもある。このことを思い出した私に、一つの疑問が浮かんだ。

「どうして宮司と当主で代数がズレていんですか?」

すると清平伯父さんは、器用に片眉を上げて、感心したような声を上げた。

「最初に聞くことがそれなのか。勉強熱心でいいことだ。……そうだな、まずは、戦乱の時代まで遡って考える必要がある。」

ピッと指を一本立て、清平伯父さんは丁寧に説明してくれる。

「昔、松守家はこの神社で神職を務めながら、貴族としても働いていた。だが、世が戦乱の時代に突入すると、松守家はこの神社から少し離れた別の土地で武将家としても興ったんだ。そして、松守家は貴族家、武将家、神職家の三家にまで発展したらしい。その後、時代の流れによって貴族家と神職家が統合され、武将家が分家となった。そして戦乱の世が終わり、平和な時代になった時、細かい事情までは分からないが武将家と神職家も統合になった。その時、武将家と神職家で微妙に代数がズレていたんだ。」

私の頭の上には、はてなマークが浮かんでいると思う。とにかく状況が複雑すぎる。ホイホイ聞くもんじゃなかったと後悔するが、聞いてしまったものは仕方ないので、最後まで説明を聞く。

「それで結局、代数が多かった武将家に合わせた結果、当主と宮司での代数がズレたらしい。まぁ、難しいから、そこまで深く考えることは無い。そういうものだと思っておけ。」

清平伯父さんのその言葉に、私はコクコクと首を縦に振る。清平伯父さんはまた豪快に笑った。

「まぁ、とりあえず、家から遠いのによく来た。ここは美怜ちゃんの家から近いわけでもない。大変だっただろ?」

そう清平伯父さんが言い、私は少し申し訳ない気持ちも抱えつつ、大きく頷いた。すると清平伯父さんは、正直なこった、と言い、また笑った。

 私が家から離れたこの神社に、わざわざ電車を乗り継いで来たのには訳がある。そもそもは、夏休みに親が単身赴任に行くと言い出したのが原因だ。両親ともに海外に単身赴任に行くと言うので、私は夏休みずっとひとりで過ごすことになりかけた。そこで父が提案したのが、父の実家がある松鷺神社で神主をしている清平伯父さんに私を預け、預けられている間松鷺神社の巫女さんをすればいいのではないかと言うものだった。母もその案にすぐに乗り、清平伯父さんに連絡を取ると二つ返事で了承を得られ、私はほとんど会ったことがない伯父夫婦の元に夏休みの間預けられることになったのだ。


(本人である私にはほとんど確認取らずになんで勝手に予定決めちゃうかな。)


 正直、私は夏休みの間友達と遊びに行きたかったし、家でダラダラしたかった。そのため、こんな風に不満をためる時もまぁまぁあった。けれど、親から伯父さん夫婦は子供が欲しかったけど、子供ができなかったから私が夏休みの間遊びに来ることを心底楽しみにしているんだと言われ、断るのも申し訳なり……そうして私は夏休み初日にここに来たのだった。

「これから一ヶ月弱、よろしくお願いします。」

言うと同時に頭を下げると清平伯父さんはしっかりしてるなと感心したような声を上げた。私が頭をあげると、清平伯父さんは一旦周りを見渡した後、参拝客がほとんど居ないことを確認し、大きな声をあげた。

「おーい深世ー!美怜ちゃんが来たぞー!」



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