第9話 王都は遠い
王都までは、片道馬車で1週間、早馬でも3日はかかる距離にある。
アノルドとギルベルトは早馬を飛ばし、3日後、王都の騎士団本部に到着した。
門兵にアノルドが尋ねる。
「本日は団長はいらっしゃるか?」
門兵は敬礼の姿勢を崩さないまま答えた。
「はっ! 中におられます!」
アノルドに続き、ギルベルトも中に入っていく。
「ご苦労!」
「はっ! 恐縮です!」
2人は足早に騎士団長室の受付へ向かった。
受付の兵は2人に気付くと、すぐさま席から立ち上がり敬礼する。
「グランベル様! エーレンフェルト様! ご苦労様です!!」
ギルベルトが受付の兵に言う。
「すぐに団長に会いたい! 都合はつくか?」
「はっ! 今なら都合はつきます。団長に許可を頂いてきますので、今しばらくお待ちください!」
程なくして、受付の兵は団長室から出てきた。
「どうぞ、お入りください」
2人は扉の前に立ち、直立不動の姿勢で声を張る。
「アノルド・グランベル、入ります!」
「ギルベルト・エーレンフェルト、入ります!」
2人は団長室の扉を開け、団長の机の前に立ち、足を打ち鳴らして敬礼した。
団長のグレゴール・ランバルトも敬礼で返す。
「ご苦労!!」
グレゴールは続ける。
「さあ、堅い挨拶は終わった。何の用だ? 2人が揃って来るなんて相当だろう?」
アノルドは直立不動の姿勢を解いて話す。
「ああ……グレゴールの言う通りだ。我が領で統率型のゴブリンが出た!」
グレゴールは眉間に皺を寄せる。
「アノルドの所でも出たか……」
ギルベルトは低い声で言う。
「以前、報告書で見たが、お前が驚かないところを見ると、かなり出ているのか?」
グレゴールは腕を組んで頷いた。
「ああ……今や全国の魔物発生地域でかなりの数が出ている……全く、どうなってんだか分からん状況だ」
アノルドが驚きの表情で尋ねる。
「な、なんだと!? じゃあ、各地に騎士団を派遣しているのか!?」
「それがそうもいかんのだ。かなりの件数が出ているから、全てには対応できない状態なのだ。人員が全く足りていない」
グレゴールは続ける。
「表向きは緊急性を吟味して派遣しているが、ここだけの話、上からの圧力も酷くてな……対応に苦慮しているところなんだ」
アノルドは顎に手をやり、考える。
「実は俺の所にも派遣してほしくてな。だから来たんだが……」
ギルベルトも話に乗る。
「俺の所はまだ出ていないが、魔物発生の多い領地だ。グレゴール、頼むよ」
グレゴールは暗い表情を浮かべる。
「申し訳ないが……今すぐは無理だ……俺だって派遣してやりたいが、これ以上派遣したら、王都警備が薄くなる」
アノルドは低い声で言う。
「確か、王都警備の人数は決まっているんだったな……そこを何とかならんか?」
「無理だ……他の地域で討伐を終えた部隊の帰還を待たなければならない。アノルドの領地については何とか前向きに考えるが、まだ統率型魔物が出ていないギルベルトの領地への騎士団派遣は諦めてくれ」
ギルベルトが納得したように言う。
「まあ、アノルドにも即派遣できないなら仕方ないな……」
アノルドはさらに食ってかかる。
「死者が出てからでは遅いんだぞ!?」
「それはもちろん分かっている。だが、死者が出ている領地にもまだ回せていない状況なんだ」
アノルドは歯ぎしりして、しばらく黙る。
だが、グレゴールに怒っても状況は変わらない。
アノルドは深く息を吐き、少しだけ雰囲気を和らげた。
「ハア……お前に怒っても仕方ないな……前向きに検討して、できるだけ早く派遣してくれよ!?」
「ああ、約束する!」
アノルドとギルベルトが部屋を出ていこうとした時、グレゴールが2人を引き留めた。
重い空気を変えるように、グレゴールが話題を変える。
「そういえば、お前たちの子どもは俺の子どもと同い年だったな。将来は学園で同級生だな」
アノルドは思い出したように言う。
「そうだな。グレゴールの子どもの様子はどんな感じだ?」
「うちのジークは、最近剣の鍛練を始めたばかりでな。数年後には騎士団の鍛練にも参加させようかと思っている」
ギルベルトが不満げに言う。
「これだから王都住みはズルいな! 騎士団と鍛練できるなんて最強の環境じゃないか!?」
アノルドはニヤリと笑う。
「だが、鍛練を始めたのは最近なんだな?」
「ああ、そうだ!」
ギルベルトも意図を察して不敵に笑う。
「フッフッフ……そっちが最強の環境なら、こっちは早く始めた分が武器だな! なあ、アノルド!!」
グレゴールは首を傾げる。
「うん? どういうことだ?」
アノルドがしてやったりの顔をする。
「こっちは3歳から鍛練を始めているということだ!」
グレゴールは目を見開く。
「それは本当か!? 質の良い鍛練じゃないと意味がないんだぞ?」
ギルベルトが笑いながら答える。
「本当だ! 質も高いよな? 本人たちは遊びだと思っているからな」
アノルドも笑いながら団長室を後にする。
「まだまだ遠い話ではあるが、学園の入学試験が楽しみだな!」
◇◇◇◇
騎士団本部を後にして馬に乗った時、ギルベルトがアノルドに頼み込んだ。
「アノルド! 俺はこのまま自領に引き上げようかと思っている。だが、アイリスにはロウエン殿の指導をもう少し受けさせてやりたい。頼めるか?」
アノルドは驚きながら言う。
「ああ? フィオナとアイリス嬢の帰りはどうするんだよ? あいつら2人での道中は危険だし、俺も護衛の冒険者を雇う余裕はないぞ?」
ギルベルトは申し訳なさそうに言う。
「俺がまたグランベル領へ迎えに行くまでの数か月間、何とか頼めんか? 剣術の基礎をロウエン殿の指導でアイリスに叩き込んでやりたいんだ」
「それにしても、フィオナを待っている患者はお前の領にいるんじゃないのか?」
「まあ、そうなんだけどな。しばらく帰って来ないから、他の治癒士で我慢しとけってやつだな!」
アノルドは額に手を当てながら言う。
「ハア……全く……お前というヤツは……お前が一度言ったら聞かんのは分かってる。あと、お前の気持ちも分かるから仕方ないな……」
「おお! アノルド!! さすが親友だ!! 礼はあとで考えとく!!」
「礼などいらん! お互い様だ! セインにとってもアイリス嬢の存在は大きいからな!!」
「ありがとう!! ではまたな!! 気を付けて帰れよ!!」
「お前もな!!」
そう言って、2人はそれぞれの帰路についた。
◇◇◇◇
それから3日後、父さんはグランベル領の屋敷へ戻った。
父さんはフィオナさんとアイリスに、しばらくここに滞在することになったと告げた。
フィオナさんが額に手を当ててため息をつきながら、申し訳なさそうに母さんに言う。
「クレア、ごめんね……もう少しだけお世話になるわ」
母さんは笑いながら言う。
「私は大歓迎だから気にしないで! セインもアイリスちゃんがいたら楽しそうだしね」
庭では、午前中の鍛練が続いていた。
俺とアイリスは交互に打ち込みをしている。
カン、カン、と乾いた音が響いていた。
そこへ父さんが入ってきて、ロウエン爺にアイリスが滞在することになった事情を話した。
「左様ですか……いや、若様にとってアイリス様がいた方が明らかに能力は伸びやすいと見ますので、こちらは大歓迎ですな」
父さんもニヤリとしながら言う。
「そうだよな!? あと、治癒魔法の使えるフィオナがいるのはかなり大きい!」
ロウエン爺も納得する。
「ああ、なるほど。なら、しばらくの間、剣術の鍛練方針はこれで決まりですな」
ロウエン爺は続ける。
「2人とも、今日はこの辺で剣術の鍛練は終わりにしますぞ」
俺たちは汗だくで肩を上下させながらも、不満を漏らした。
アイリスは頬を少し膨らませる。
「えー!? もう終わり!?」
俺も暗い表情になる。
「今日はもう終わりか……残念だな……」
ロウエン爺はニッコリと笑いながら話す。
「いや、そんなに残念がる必要はありません。明日からは実戦形式の鍛練も取り入れます。実戦形式の鍛練が一番能力が伸びますからな」
アイリスは満面の笑みになる。
「えー!? 本当!? 楽しみ~!」
俺も胸が高鳴った。
実戦形式。
つまり、ただ振るだけではない。
相手を見て、動いて、剣を届かせる鍛練だ。
俺は父さんに、気になっていたことを聞いた。
「父さん、騎士団は来るんですか?」
その時、父さんの表情が少しだけ硬くなり、庭の空気が変わった。
「騎士団への要請は受理された。だが、すぐには来られないそうだ」
「すぐには……来ないの?」
俺は思わず聞き返した。
「ああ。統率型魔物は各地で出ているらしい。騎士団も人手が足りていない。死者が出ている領地にも、まだ十分に回せていないそうだ」
騎士団が来れば、村は守れる。
俺は、そう思っていた。
でも、違った。
父さんたちが王都まで行って、正式に頼んでも、すぐに助けは来ない。
王都は遠い。
距離だけではない。
助けが届くまでの時間も、遠かった。
だから俺たちは、待っているだけではいられなかった。




