第10話 普通の遊び
翌日。
ロウエン爺と俺とアイリスは、いつもの剣術鍛練で庭に出てきた。
ロウエン爺が俺たちに向かって話す。
「昨日言っていた通り、今日は実戦形式の鍛練をしますぞ」
アイリスは目を輝かせる。
「今日は楽しみすぎて、昨日は眠れなかったんだー!!」
俺もかなりワクワクしていた。
初めて実戦形式で剣を振るう。
強くなる第一歩だ!
ロウエン爺は場を締めるように言う。
「若様、アイリス様、これは遊びではないですからな。集中しないと大怪我につながります。くれぐれもそのようなことがないよう、真剣に取り組んでくだされ」
笑みを浮かべていたアイリスも、すぐに真顔になる。
ロウエン爺が真剣な顔で言う。
「それでは2人とも、お互いに向かい合って剣を構えてくだされ。私が始めと言ったら始めてください」
俺とアイリスは向かい合って木剣を構えた。
「始め!!」
アイリスが真剣な顔で俺を見ている。
隙を窺っているんだろうか?
俺から打ち込んでやるか……。
その時、アイリスの剣が打ち込まれた。
間一髪で剣を受ける。
だが、アイリスは連続で打ち込んでくる。
くっ……!!
速い!!
防戦になっている!!
俺は剣を受け流し、切り返して木剣を横一文字に振る。
アイリスは余裕を持って避けると同時に、斜めから剣を振り下ろした。
アイリスの剣は、俺の肩口に叩き込まれた。
一瞬だった。
「ぐあっ……!! いってえーー!!」
アイリスが満面の笑みで叫んだ。
「キャアーーー!! やったあああーーー!!」
アイリスが両手を広げて喜ぶ。
ロウエン爺は静かに言った。
「そこまでです。アイリス様の勝ちですが、全くダメですね……」
「えー!? な、なんでよ!?」
アイリスが頬を膨らませる。
ロウエン爺は静かに続けた。
「アイリス様、相手を斬ったあとは必ず残心を忘れてはダメです」
「残心……?」
「残心とは、斬ったあとも相手が生きているかもしれないと考え、警戒を怠らずに剣を相手に向け続けることです。相手は死んだふりをして、隙を窺って斬ってくる可能性もありますから、かなり重要ですぞ」
「うん! そうなんだね! わかったよ」
アイリスが俺の方に顔を向けて笑う。
「残心はできてなかったけど、セイン、私の勝ちだよ!!」
肩口がジンジン痛む。
クソッ!!
やっぱりアイリスは運動神経が高すぎる。
何の運動でも吸収力がすごい。
「うん……そうだね。今のは最初の一撃で意表を突かれて、防戦一方だったよ……だが、次は負けない!!」
その時、村の子どもが庭を覗いていた。
「す、すごい」
ロウエン爺が子どもに話しかけた。
「ニル、どうした?」
「村長にお手紙です。緊急とのことなので持ってきました」
「ふむ……2人とも、ちょっと急用ができたから剣の鍛練は終わりです。また明日ですな」
そう言って、ロウエン爺は足早に屋敷を後にした。
ニルくんは手紙を届ける役目を終えたのか、ロウエン爺が屋敷を出たあとも庭に残って足を広げて座っていた。
フィオナさんが庭へやって来て、俺の肩にヒールをかけながら言う。
「2人とも時間が余ったのなら、ニルくんと遊べばいいじゃない?」
アイリスの不満げだった表情が、一瞬にして明るくなった。
「賛成ー!! ニルくん、一緒に遊ぼう!! まずは自己紹介だね。私はアイリス! そっちはセインだよ」
ニルくんは戸惑いながら言った。
「う、うん! 知ってるよ? 俺はニル、6歳だよ。村長の家の隣に住んでるよ」
ニルくんは背丈が俺たちより少し大きかった。
アイリスが首を傾げて聞いた。
「普段ニルくんは何をして遊んでるの?」
ニルくんは思い出すような表情になる。
「うーん……森で木の実を採ったり、川に行ったり、あとは鬼ごっこしたりかな。若様とアイリス様はどんな遊びをしているの?」
アイリスが楽しそうに答える。
「あの遠くに見える木までセインと5往復の競争をしたり、膝を曲げたり伸ばしたりする回数を競ったり、今は剣術もやってるよ」
ニルくんが笑いながら言う。
「ハハッ! あの遠くに見える木まで5往復とか、すごい疲れるじゃない。せめて、あの木までのかけっこじゃない?」
アイリスが真面目に答える。
「疲れてからが勝負でしょ?」
「え?」
「え?」
ヤバい!
アイリスの認識が正常に戻ってしまう!
普通の遊びがアイリスにバレてしまう!
アイリスという鍛練相手がいなくなってしまう!!
ここはごまかさないと!!
「あ、あ~そうなんだね……村の子どもたちはそんな遊びをしているんだね……で、でも残念だな~。森や川に子どもだけで行くのは、父さんも母さんも許してくれないからな~」
アイリスは考え込む。
「そうね……でもこの間、川には行ったじゃない! 泳げるようになって楽しかったよね!」
「え? この辺の川は流れがきついから、相当泳ぎが得意な大人じゃないと泳げないんだよ?」
「え?」
「え?」
クソッ!
俺は前世で泳ぎが得意じゃなかったから、川で泳いだことなんかなかった。
父さんもギルベルトさんも、俺まで騙しやがった!
なんか泳いでも泳いでも辿り着けないなと思ったわ!!
「でもパパは、鎧を着ても泳げるよって……」
そう!!
俺もその言葉で騙された!!
父さんもギルベルトさんも笑いながらスイスイ泳いでいたしね!!
ニルくんが困惑しながら言う。
「え? そんな人……見たことないけどね……ま、まあいいよ。じゃあ鬼ごっこしようよ!」
アイリスが首を傾げる。
「……鬼ごっこ?」
俺が即座に答える。
「ア、アイリス、鬼ごっこはかけっこと一緒だよ。鬼役が追いかけるだけのかけっこだ。いつもやってるじゃないか」
アイリスが俺を見て満面の笑みを浮かべる。
「うん! セインとしかやったことないから、他の子とするの初めて!! 楽しみ!!」
俺は安心して胸を張る。
「じゃあ俺が鬼役をやるね!」
ニルくんも楽しそうに言った。
「わあーー! 鬼だーー! 逃げろおー!!」
ニルくんが笑いながら逃げ出す。
アイリスは真顔で全力疾走を始めた。
俺はニルくんを一瞬で追い抜き、アイリスを全力で追いかける。
ニルくんがきょとんとした。
「え?」
俺はしばらく走り、アイリスの後ろについた。
俺は笑いながらアイリスを煽る。
「ハッハッハ! アイリスの足はまだまだだなあ」
「くっ……!! セインのバカ足!!」
「ほらほら、追い付いちゃうぞ~」
「もう!! セインの意地悪~~!!」
そんな様子を見ながら、ニルくんはポツリとこぼした。
「あの2人……速すぎない……?」
結局、アイリスは俺に捕まって、ニルくんのところに戻ってきた。
「もう!! いつかセインを追い抜いてやる!!」
「アイリスには無理だよ」
「悔しい!! あっ! ニルくん、でも鬼ごっこ楽しいね」
ニルくんが唖然としながら言う。
「う、うん! そうだね! 鬼ごっこ楽しいよね! 俺、そろそろ村に戻らないと……」
アイリスは不満げだった。
「えー!? せっかく遊んだのに、まだ疲れてないよ!」
「最近、この辺の森でゴブリンが出たから早く帰ってきなさいって、母ちゃんから言われてるんだよ……」
アイリスが驚いた表情で言う。
「そうなんだ! それなら仕方ないね……また遊ぼうよ!!」
ニルくんが笑いながら返す。
「そうだね! また来るから、その時遊ぼうね!! じゃあ、またね!!」
◇◇◇◇
村に戻ったロウエンは、自警団の若者に案内されて、村と森の境目まで来ていた。
「これは、ゴブリンの足跡だな」
若者が眉間に皺を寄せ、声を低くする。
「はい。最近この辺でゴブリンの目撃情報が多数出ています。目撃されたのはいずれも1体ですが、同じ個体かは分かりません」
ロウエンは報告を聞きながら、足跡を見ていた。
「ふむ……数は多くなさそうだな」
だが、ロウエンの表情は晴れなかった。
ゴブリンは通常、複数で行動する。
それなのに、残されている足跡は少なかった。
もしや、はぐれゴブリンかもしれない。
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