第8話 間に合わぬ剣
木剣を受け取り、俺はかなりテンションが上がった。
剣を力任せにブンブン振る。
木剣は両手で持って振ると、意外に軽い。
アイリスもブンブン振っていたが、すぐにロウエン爺に聞いた。
「ロウエン爺、剣の振り方を教えて」
ロウエン爺はニッコリ笑う。
「剣の振り方の基本は、頭上に振りかぶり、真っ直ぐ下へ振り下ろすことです。対象物を斬る時は手首を少し返して、柄を絞るように力を入れます」
ロウエン爺は実演を交えて教える。
「振り下ろしの最後に手首を返し、柄を絞る。まずはこれを覚えましょう」
ロウエン爺の剣の軌道は綺麗だった。
「剣の素振りの時は、さらに足の動きもつけます。一歩踏み出して斬る。足を戻す。一歩踏み出して斬る。足を戻す。これを繰り返します」
ロウエン爺の実演は続く。
「要は、常に相手を思い描きながら、その相手を斬るイメージを持つのです。慣れてきたら、色々な動きを取り入れます」
ロウエン爺はダッシュで横一文字に斬る。
剣を受けて切り返して斬る。
何かを避けて斬る。
跳びながら切り返しで斬る。
すごい!
ロウエン爺の想像の敵が見えるようだ。
さらにスピードがすごい。
あっという間に4人の敵を斬った。
アイリスも目を見開いて食い入るように見ていた。
目が大きすぎないか!?
かわいすぎだろ!?
ロウエン爺は低い声で言う。
「若様、邪念が入っておられますぞ? 剣に集中なされよ」
俺は驚愕した。
えっ!?
俺の心の中見えてる!?
達人レベルになったら心の中も読める!?
バカな……。
「若様の考えていることなどお見通しですぞ。剣の鍛練の時は剣に集中しないと、思わぬ怪我をしてしまいます」
俺は戸惑いを隠せない声を出した。
「う、うん……わかった! 剣に集中する」
ロウエン爺は優しく微笑む。
「2人とも、最初は難しい動きはできません。だから最初は、一歩踏み出して上から下へ斬る基本の動きを練習なされよ」
敵をイメージしながら、剣を上から下へ振る。
一歩踏み出す。
一歩踏み出さないと、相手の急所まで剣が届かないからだな。
アイリスも同じ動きをしている。
「2人とも良い動きですぞ。慣れてきたら、もっと鋭く、強く斬るイメージを持ってくだされ。柄を絞る時の力の入れ方も、手首の返し方も、より自然になります」
なるほど。
ロウエン爺は教え方が上手い。
説明がすんなり落ちてくる。
さすが、父さんの師匠だ。
「若様の剣は力強くて良い剣です。ですが、肩の力をもう少し抜いてみましょう」
「うん」
「アイリス様は肩に力は入っておりませんが、逆に剣がフラフラしております。敵を剣で撫でても斬れませんぞ?」
「は、はい!」
何本、素振りをしただろうか。
一つ一つ力を入れて素振りをしているから、少しやっただけで額に汗が滲んできた。
「2人ともその調子ですぞ。想像の中で敵を骨ごと断つつもりで振り込んでくだされ。そうすれば自然と力が入り、最初は100回振り込んだだけでも汗だくになります」
ロウエン爺は、俺の素振りをじっと見ていた。
「若様、少し止まりましょう」
「え?」
俺は木剣を下ろした。
「若様の剣は力があります。大きく振ることも悪くありません。魔物を斬るなら、撫でるような剣では足りません。骨ごと断つつもりで振る。それは正しい」
ロウエン爺はそこで、俺の足元を指した。
「ですが、今の若様の剣は腕だけです」
「腕だけ……?」
「足が遅れ、腰が逃げ、剣だけが先へ行っております」
ロウエン爺の声は静かだった。
「それでは、届くべき時に届きません」
胸の奥が、冷たくなった。
「間に合わぬ剣では、誰も守れませんぞ」
間に合わぬ剣。
いつか誰かを救う時には、絶対に間に合わせたい。
そのためにも、必ず強くなる。
「もう一度、やってみる」
「はい。今度は、足と腰を意識なされよ。腕で剣を振るのではありません。足で間合いに入り、腰で身体を運び、腕で剣を届かせるのです」
足で間合いに入る。
腰で身体を運ぶ。
腕で剣を届かせる。
これは、ラグビーのタックルと似ている。
腕だけで止めるんじゃない。
足を出して、腰を落として、身体ごと相手の進路へ入る。
剣も同じだ。
腕だけじゃ駄目だ。
身体ごと、そこへ届かせる。
俺はもう一度、木剣を構えた。
一歩踏み出す。
腰を逃がさない。
腕だけで振らない。
身体ごと木剣を前に運ぶ。
「ふっ!」
木剣が振り下ろされる。
さっきより音は小さい。
だが、木剣の先が前へ伸びた気がした。
「今のです」
ロウエン爺が静かに頷いた。
「今の感覚を忘れずに」
小さな一歩だ。
でも、腕だけで振っていた時とは違う。
剣が、身体と一緒に前へ出た。
俺は木剣を握り直す。
今のを、もっと正確に。
もっと速く。
もっと強く。
ふと横を見ると、アイリスもロウエン爺の動きを真似していた。
足を出す。
腰を入れる。
剣を振る。
さっきより少しだけ、身体がついてきている。
え?
アイリス、今の1回で少し直したのか?
くそ。
かわいいだけじゃなくて、感覚もいいのか。
俺は少し悔しくなった。
「アイリス様も良いですぞ。肩の力が抜けている分、身体の流れが自然ですな」
「ほんと!?」
「ただし、剣が軽くなりすぎています。斬る時は、もっと敵を断つ意識を持ちなされ」
「はい!」
それから、俺とアイリスは何度も素振りを繰り返した。
いつしか、俺たちは肩で息をしていた。
今では、少し走ったくらいでここまで息は切れない。
それなのに、木剣を少し振り込んだだけで、呼吸が苦しくなっている。
ロウエン爺は俺たちの様子を見て頷く。
「2人とも、はっきりと敵を想像しながら剣を振っているから疲れるのです。それが剣の真髄ですぞ」
ロウエン爺は続ける。
「苦しくても、もう少し続けてくだされ。自分の想像の敵が掻き消えたら、止めても結構です。敵を想像できなくなったら、続けても意味がありませんからな」
ハア……ハア……ハア……。
俺がイメージしていた敵がおぼろげになってきた。
だが、まだ消えていない。
ハア……ハア……ハア……ハア……。
くっ……もう駄目だ!
腕が上がらなくなったと同時に、敵も消えてしまった。
俺はその場で座り込む。
アイリスは既に終わっていたようだ。
アイリスが満面の笑みを浮かべた。
「セイン、剣ってすごいね! 今までのどんな遊びよりきつかった!! でも、すごい楽しい!!」
「うん……俺も楽しいと思った。何より、これで少しでも強くなれる感じがした」
ロウエン爺が微笑む。
「2人は見所がありますぞ。最初からこんな密度の高い素振りができる人は、めったにいませんからな」
アイリスは嬉しそうに聞く。
「本当!? 私たち才能あるかな!?」
「ハッハッハ! 才能なんて誰にでもあります。強くなれるかは、今のような密度の高い鍛練を人より長く続けられるかどうかで決まりますな」
ロウエン爺の言う通りだ。
いわゆるゾーンに入るというやつだな。
確かに、今の素振りでは周りの音も景色も消え、目の前に想像した敵だけを見ていた。
剣の鍛練を終えて家の門に戻った時、2頭の馬が用意されていた。
父さんが馬に乗りながら伝える。
「ロウエン、ちょうどよかった。俺たちは今から王都に行って、騎士団を動かせないか聞いてくる。子どもたちの午前中の剣の鍛練を頼めるか」
「かしこまりました。旦那様」
ギルベルトさんも馬上から言う。
「ロウエン殿の剣の指導は定評がありますからな! アイリスの剣の基礎は、ロウエン殿に叩き込んでもらうのが良い。アイリスをお願いする」
「はい。責任を持って指導致します」
ロウエン爺は深々と頭を下げる。
母さんとフィオナさんも見送りに出てきていた。
母さんが心配そうに言う。
「あんた、道中、気を付けてね」
ギルベルトさんがフィオナさんに声をかける。
「フィオナ! アイリスを頼むぞ!」
「任されました」
父さんは手綱を握り、ギルベルトさんの方へ顔を向ける。
「では、ギルベルト! 行くぞ!!」
2頭の馬が、王都へ向かって走り出す。
騎士団が来れば、村は守れる。
俺は、そう思っていた。
だが、現実は甘くはなかった。




