第7話 木剣を握る日
父さんとギルベルトさんたちが魔物討伐に出掛けた後、俺とアイリスと母さんは早めの夕飯を食べた。
アイリスが心配そうな表情を浮かべる。
「パパたち、大丈夫かな……?」
母さんが優しく答える。
「大丈夫だよ。フィオナがいるのは大きい。今でも優秀な治癒士だから」
「そうなの?」
「昔はフィオナの治療を受けるために、教会の前に行列ができたくらいよ」
アイリスが嬉しそうに胸を張る。
「あっ! それはパパに聞いたことある! すごく人が並んだとか言ってた!!」
確かにフィオナさんは優秀な治癒士なのだろう。
しかし、あの美貌だ。
人が並んだ理由は別にあるんじゃないか?
単純に治療目的だけではないような気がするが……黙っておこう。
アイリスは得意げに鼻を高くした。
「ふっふ~ん! セイン、あなた気軽にママの治療を受けているけど、本当はママの治療は高いのよ!」
「そ、そうか……今度からはありがたく治療を受けるよ……てか、今までもありがたい気持ちで受けていたよ!」
「本当に~? 本当にありがたいと思っているの?」
「本当だよ! あの手の光は本当に不思議だよね。何度見てもすごいと思う」
母さんも同意しながら答える。
「セイン、あれが魔法なんだよ。私も少しは使えるのよ?」
「えっ!? 母さんが!?」
アイリスも目を丸くする。
「クレアさんもヒール使えるの!?」
母さんは笑いながら答える。
「私は攻撃魔法の方だよ」
「でも、母さんが魔法を使っている所は見たことないよ……?」
「当たり前だよ。この辺で使ったら危ないもの。セインの前でなんて使えないよ」
アイリスは感心しながら言う。
「へえ~……クレアさんもすごいんだ!」
母さんは手を叩いた。
「さあ! 早くご飯を食べて寝なさい!」
アイリスは不満そうに頬を膨らませる。
「え~!? 嫌だよ! パパたちが帰ってくるまで寝ない!」
「ダメよ。アイリスちゃんが起きている間には帰ってこないわよ。今夜はセインと一緒に寝なさいね」
「……むぅ、はあーい……わかりました」
アイリスはこういう素直な所が本当にかわいいよな。
夕飯の後、俺たちは同じベッドに潜った。
外はもう暗い。
父さんたちはまだ戻ってこない。
アイリスは布団の中で、そっと俺の手を握った。
「ねえ、セイン……パパたち、心配で眠れなくない?」
「うん。でも、今は休むのも大事なんだ。俺もいつか、父さんの助けになれるくらい強くなりたい」
「私も……強くなって、パパとママを助けたい」
アイリスの手に、少し力が入った。
その声はいつもより小さかった。
普段ならすぐ勝負を挑んでくるアイリスも、今夜だけは不安そうだった。
だから、俺はわざと意地悪そうに笑う。
「フッフッフ……足の速さや素早い動きで俺に負けているアイリスは、本当に強くなれるのかな?」
「もう!! セインの意地悪!! 今度は絶対に負けないんだから!!」
アイリスは頬を膨らませながら、ぎゅっと抱きついてきた。
怒っているのに、離れようとはしない。
俺も小さな背中に腕を回した。
お互いに不安だった。
けれど、こうしていると少しだけ落ち着いた。
アイリスの温かさを感じながら、俺は思う。
守れるようになりたい。
そう思いながら、俺たちはいつの間にか眠りについた。
翌朝。
俺たちは父さんたちの話し声で目が覚めた。
俺とアイリスは弾かれたように居間へ向かった。
アイリスは目に涙を浮かべたまま、ギルベルトさんとフィオナさんに駆け寄った。
「パパ!! ママ!! 良かった!! 無事だったんだね!!」
俺も父さんの無事な姿を見つけて、安堵して胸が熱くなった。
ギルベルトさんは、駆け寄ってきたアイリスを抱きかかえた。
「何だ、アイリス! 心配してくれたのか?」
母さんが笑いながら話した。
「昨夜からずっと心配していたからね!」
ギルベルトさんはアイリスに笑いかけた。
「大丈夫だ! パパはアイリスの予想以上に強いからな。アイリスもパパくらい強くなってくれたら、嬉しいな!!」
「うん!! 私、パパより強くなって助けてあげる!!」
コンコン……。
玄関の扉を叩く音がした。
「旦那様、失礼致します」
俺とアイリスはすぐに玄関ホールへ向かった。
ロウエン爺だ。
アイリスが首を傾げた。
「ねえ、セイン、あの人はだあれ?」
「あの人はうちで古くから仕えてくれている人だよ。父さんの剣の師匠でもあるらしいんだ。いつもは村で村長をしているんだよ」
「へえ~……アノルドさんに剣を教えたなら、すごく強いんだね」
「うん、すごく強いみたいだよ」
ロウエン爺は微笑みながら声をかけてきた。
「若様、おはようございます。そちらの姫君は若様のお嫁さんですな」
「おはよう、ロウエン爺」
アイリスはかしこまりながら丁寧に頭を下げる。
「は、はじめまして、アイリスと申します」
「フッ……はい、はじめまして。かわいらしい姫君ですな」
ロウエン爺が居間に入り、続いて俺たちも居間へ戻った。
ギルベルトさんが軽く礼を言う。
「ロウエン殿、昨夜は助かった。ありがとう」
「いえいえ、私は私のできることをしたまでです」
ギルベルトさんは笑いながら言う。
「相変わらず、謙遜するな」
父さんは、ロウエン爺にだけは少し背筋を伸ばして向き直った。
「ロウエン、昨夜の被害を聞かせてくれ」
「人への被害は最小限です。畑が荒らされ、家畜の牛が1頭やられましたが、村人に死者は出ておりません」
父さんは頷きながら言う。
「村人の怪我人は?」
「怪我人が3名。ですが、フィオナ様の治療が早く、重傷者も死者も出ておりません」
「……そうか。死者が出なかったなら、まだよかった」
父さんは深く息を吐いた。
「フィオナ、本当にありがとう」
フィオナさんは首を横に振る。
「いえいえ、そんなこと。私は治療しただけだわ。ゴブリンを退けてくれた皆さんのおかげですよ」
ロウエン爺が眉間に皺を寄せる。
「しかし、昨夜のゴブリンは様子が違いましたな……」
父さんが低い声で言う。
「ああ……ロウエンの言う通りだ。ホブゴブリンが逃げるゴブリンに吠えて、引き戻したように見えた」
ギルベルトさんが唸る。
「そうだな。明らかに統率されていた。他領でも統率された魔物の集団の報告は上がっていたな。最近、明らかに魔物が活性化している」
父さんも表情を険しくした。
「ああ。王都からも、統率型魔物に関する報告書が何通も届いていたな」
ロウエン爺が現実を告げる。
「ゴブリンでも統率されたら、その集団の戦闘力は跳ね上がります。ゴブリン以外の魔物まで統率されている可能性は、あまり考えたくないですな」
父さんは頷いた。
「その通りだ。昨夜は何とか退けたが……」
「我が領は明らかに戦力不足です。王宮騎士団の派遣を願い出てはいかがですか?」
ギルベルトさんは顎に手を当てて言う。
「背に腹は変えられんな。我が領でも早急に検討しないとな」
父さんは額に手を当てながら言う。
「騎士団を我が領に入れたら、監視対象になりかねんから嫌なんだが、現状では限界なのも分かる。ロウエン、誰かが死ぬ前に王都へ向かう手配をしてくれ」
アイリスは青ざめた表情で話を聞いていた。
魔物の活性化。
俺が3歳でゴブリンに襲われた時も、父さんは魔物の活性化とか言っていたな。
魔物がレベルアップしているのか?
早く俺も戦える身体を作りたい。
それが、みんなを守るためでもあるし、自分が死なないためでもある。
父さんたちの話が終わり、ロウエン爺を交えて朝ご飯を食べ終わった頃には、先ほどの雰囲気は少しだけ和らいでいた。
父さんは何かを思い出したように、ロウエン爺へ尋ねる。
「そうだ! ロウエン、例のあれは持ってきてくれたか?」
「はい。武器屋に作らせました。持った時の重心も重要ですからな。職人でなければ、なかなか作れません。玄関先に置いてあります」
父さんは真剣な顔で立ち上がる。
「セイン、アイリス嬢、庭に出ろ」
父さん、ギルベルトさん、ロウエン爺に続いて、俺とアイリスもきょとんとしながら庭に出た。
父さんとギルベルトさんは、それぞれ小さな木剣を握っていた。
父さんは俺たちに言う。
「お前たちも5歳になった。そろそろ剣術の鍛練を始めても良い頃合いだと思う」
ギルベルトさんが引き継いで話した。
「お前たちが5歳になった記念に、木剣を贈ると決めていたんだ。2人とも受け取れ。2人の背丈に合わせた特注品だぞ?」
俺とアイリスは、それぞれ木剣を受け取った。
持ってみると、意外に手に馴染んだ。
少し重たく感じるが、普通に振れる程度の重さだ。
アイリスも口を半開きにして木剣を見つめている。
ロウエン爺が話し始めた。
「2人とも、剣は人を傷つけるものです。ですが、守りたいものを守るための武器にもなります」
ロウエン爺は、俺とアイリスを順に見た。
「どちらになるかは、持つ者の心次第です」
アイリスは、手の中の木剣をじっと見つめた。
俺も木剣を見る。
昨日の鐘の音を聞いた後では、ただの遊び道具には見えなかった。
「若様、アイリス様」
ロウエン爺の声が、少しだけ低くなる。
「剣を持つ者は、振るう理由を間違えてはなりません」
振るう理由。
強くなるため。
動けるようになるため。
そして、いつか誰かを守れるようになるため。
俺は木剣を強く握り締めた。




