第55話 2か月の課外授業
最初の森探索から、2か月が経った。
Sクラスの課外授業は、想像していたよりもずっと多かった。
森を歩き、足跡を追い、折れた枝や草の倒れ方から魔物の行き先を探る。
最初はザック先生に言われなければ気づけなかった痕跡も、今ではマリウスが真っ先に見つけ、俺たちも周囲を見る癖がついてきた。
素材採取の課外授業では、エルナが火球で薬草を焦がして、ザック先生に怒られた。
「おいおい、討伐じゃなく採取だぞ!? 素材を駄目にしてどうするんだよ……全く!」
「うっ……すみません」
護衛演習では、ジークが馬車の真横に立っていたところを注意された。
「守るなら横に張りつくな! 進行方向と逃げ道を見ろ!」
「はい!」
撤退訓練では、俺たちは何度も失敗した。
勝てる相手を倒すのは簡単だ。
だが、負傷者役を抱えながら陣形を維持して下がるのは、思った以上に難しかった。
アイリスは負傷者役を助けようとして何度も前へ出て、そのたびにザック先生に止められた。
「治癒役が倒れたら終わりだ。助けたいなら、まず自分が残れ」
「……分かっています」
雨の中で行動した日もあった。
泥に足を取られ、マリウスの弓の弦は湿り、エルナの火球も普段より扱いづらくなった。
夜間の見張りでは、眠気に耐えながら、遠くで草が揺れる音に全員で反応した。
歩くこと。
食べること。
眠ること。
見張ること。
撤退すること。
魔物を倒すだけが課外授業じゃない。
全部が、生き残るための授業だった。
そして、課外授業を重ねるたびに、俺たちの戦い方も変わっていった。
◇◇◇◇
「止まるべ」
森を進んでいたマリウスが、片手を上げた。
全員が足を止める。
マリウスは地面に膝をつき、土に残った足跡へ指を当てた。
「コボルトだべ。新しい足跡が重なってる。1体や2体じゃねえ」
「数は分かるか?」
ザック先生に聞かれ、マリウスが周囲を見回す。
「10体以上はいると思うべ。あっちに向かってる」
足跡を追うと、木々の向こうから獣の唸り声が聞こえてきた。
俺とジークが前に出る。
マリウスは短剣を抜いて左側に立ち、その後ろにアイリス、最後尾にエルナ。
エルナの周囲に、6つの火球が浮かぶ。
茂みが大きく揺れ、棍棒や錆びた剣を持ったコボルトが一斉に飛び出してきた。
全部で15体!?
「来るぞ!!」
俺は剣を構えたまま、2本の氷槍を作り出した。
まだ剣を振りながら制御することはできない。
だが、接近される前なら使える!
氷槍を放ち、先頭の2体を貫く。
残ったコボルトが左右に分かれ、俺たちへ襲いかかってきた。
俺が3体を引きつけ、ジークが盾で敵の進路を塞ぐ。
ジークは受け止めるだけではなく、盾を叩きつけて体勢を崩したコボルトを剣で仕留めた。
「右から来るで!!」
エルナの火球が俺たちの横を抜け、回り込もうとしたコボルトの足元へ着弾する。
炎が逃げ道を塞ぎ、足を止めた敵へアイリスが飛び込んだ。
「ハアッ!!」
一撃で首を斬り、そのまま深追いせずに戻ってくる。
俺たちは確実に強くなっていた。
数は多いが、これなら押し切れる!
そう思った時、左側でマリウスが一歩下がった。
傷を負って逃げるコボルトを、短剣で追うか、弓に持ち替えて仕留めるか迷ったのか?
その一瞬で、陣形に隙間ができた。
別のコボルトが身体を低くし、マリウスの横を抜ける。
まずい!
その先にはエルナがいる!
「マリウス!!」
俺が叫ぶより早く、アイリスがコボルトの前へ割り込んだ。
振り下ろされた剣を受け止め、腹を蹴り飛ばす。
「何してるのよ!!」
「マリウス!! その一歩でエルナが死ぬぞ!!」
ザック先生の怒声が森に響いた。
マリウスの顔色が変わる。
「す、すまねえ!!」
すぐに前へ戻り、アイリスが蹴り飛ばしたコボルトの喉へ短剣を突き刺した。
俺たちはそのまま押しきり、残るコボルトを次々に倒していった。
最後の1体が逃げようとしたが、エルナの火球が目の前へ着弾して足を止める。
そこへマリウスが駆け込み、短剣で仕留めた。
辺りに静けさが戻った。
誰も怪我をしていない。
「15体もおったで!?」
エルナが興奮した声を上げる。
俺も荒い呼吸を整えながら笑った。
だが、ザック先生だけは笑っていなかった。
「全員、集まれ!!」
俺たちはすぐに先生の前へ並んだ。
ザック先生はマリウスを見る。
「マリウス、なぜ下がった?」
「短剣で追うより、弓で仕留めた方が早いと思ったんだべ。でも、持ち替えるか迷って……」
「判断するのは悪くない。だが、中途半端に動くな! 下がるなら仲間に伝えろ! 踏みとどまるなら、最後まで踏みとどまれ!」
「はい……」
「あの一歩でエルナまでの道ができた。今回はアイリスが間に合ったが、次も同じとは限らない。それを忘れるな!」
「はい!」
ザック先生は、俺たち全員を見回した。
「正直に言えば、途中で俺も介入するつもりだった。15体は1年生に任せる数じゃない。上級生のパーティーでも危うい数だ」
俺たちの表情が明るくなる。
「それを自分たちだけで殲滅した。お前ら5人の戦闘能力は、はっきり言って異常だ」
「うちら、そんなに強いん!?」
エルナが目を輝かせた。
俺も胸の奥が熱くなる。
「ただし、個々の力は強くても、パーティーとしてはまだまだ未完成だ! 今のお前らは、連携の失敗を個人の力で押し潰して勝っているだけだからな!」
ザック先生の言葉に、誰も言い返せなかった。
「1つの判断ミスで全員が死ぬ! それがパーティー戦だ! 覚えておけ!!」
「はい!!」
俺たちは声を揃えて返事をした。
先生の言葉は理解したつもりだった。
それでも、15体のコボルトを自分たちだけで倒し、誰も怪我をしていない。
その事実に、俺の胸はまだ高鳴っていた。
◇◇◇◇
コボルト討伐から学園へ戻った俺たちは、夕食までのわずかな時間、リリアと一緒に寮の談話室へ集まった。
アイリスは、まだマリウスの行動に怒っていた。
「マリウス、あんた何であそこで下がったのよ!?」
「横にアイリスがいたから、弓で仕留めた方が早いと思ったんだべ……」
「あんたが下がったら、私が穴を埋めるしかないでしょ! あのまま抜かれていたら、エルナが襲われていたのよ!」
「本当に面目ないべ……」
マリウスが肩を落とす。
「俺の短剣は、みんなと比べたら何段階も下だべ」
「だから、そういうことじゃないわよ!! 本気で殴るわよ!!」
アイリスが机を叩いた。
「あんたの短剣が弱いんじゃなくて、気持ちが弱すぎるのよ! ロウエン爺も言っていたじゃない!? 迷って中途半端に動いたら、あんた自身も怪我するわよ!」
「まあまあ、アイリス。落ち着いてください」
リリアが苦笑しながら宥める。
「マリウスさんは、私のクラスの生徒と比べたら物凄く強いですよ」
アイリスが首を傾げた。
「私たちと、そんなに違うの?」
「ええ。私は皆さんの鍛練しか見たことがなかったので、Aクラスの課外授業へ行った時は違和感しかありませんでした」
リリアは俺たちを順番に見る。
「セインもアイリスもジークさんも、エルナさんも、短剣を持ったマリウスさんも、全員異常に強いんですよ」
「やっぱり、うちら強いんや!」
エルナが嬉しそうに胸を張った。
ザック先生からも、上級生のパーティーでも危うい数のコボルトを殲滅したと言われたばかりだ。
俺だって、嬉しくないわけがない。
すると、リリアが頬を膨らませた。
「でも、最近は皆さんが課外授業でいなさすぎです。学園祭も1人で回ることになって、つまらないからすぐ寮へ戻りました」
「ああ、学園祭あったんやな! リリアが1人で歩いとったら、男子から声をかけられまくったんやない?」
「ええ。煩わしくて、ほとんど歩けませんでした」
「どれだけ声をかけられたんだ……」
ジークが少し青ざめる。
すると、アイリスがなぜか自慢げに胸を反らした。
「当然よ! リリアはすごいのよ!! うちの領内でもちょっとした有名人なんだから!」
「アイリスが自慢することやないやろ」
「私の親友なんだから、いいのよ!」
アイリスはリリアへ抱きついた。
「変な虫がつかないように、私が学園にいる時は完全に守るからね!」
談話室に笑い声が広がった。
課外授業では、まだ失敗することも多い。
それでも俺たちは、確実に強くなっている。
この5人なら、もっと強い魔物が相手でも戦える。
俺はそう思い始めていた。
◇◇◇◇
数日後。
ザック先生が、Sクラスの教室で宣言した。
「明日から1週間、ダンジョン探索訓練を行う」
「ダンジョン!?」
エルナが勢いよく立ち上がった。
「ああ。森探索より難易度が跳ね上がるから、通常は上級生同伴でしか行かない。だが、俺はお前らならやれると判断した」
俺たちは顔を見合わせて笑った。
上級生と同じ扱いを受けたことが、素直に嬉しかった。
「ただし、調子に乗るなよ」
ザック先生の鋭い声で、全員が先生へ向き直った。
「王都周辺の森は、予期せぬ出来事が起こりにくい。教師も危険を把握しやすく、お前らの実力なら勝てる場所だ」
ザック先生が、俺たちを1人ずつ見る。
「だが、ダンジョンは違う。中で何が起きるか分からない」
教室から笑顔が消えた。
「お前らは戦闘能力こそ高いが、パーティー戦術はまだ甘い。これまでのように、失敗を個人の力で押し潰せるとは限らない。それを肝に銘じて、ダンジョンに挑むぞ!!」
「はい!!」
俺たちは力強く返事をした。
ザック先生の忠告は、真面目に受け止めた。
それでも、怖さより楽しみの方が大きかった。
この2か月で、俺たちは何度も失敗し、そのたびに強くなってきた。
15体のコボルトだって、自分たちだけで倒せた。
ダンジョンでも、この5人ならきっと大丈夫だ。
その時の俺は、本気でそう思っていた。




