第53話 Sクラス始動
夏休みが終わった初日。
クラス替え試験で上位5人に入った俺たちは、Sクラスの教室にいた。
教室は、通常の教室の3分の1くらいの広さしかない。
机も5つだけで、少し声を出せば教室中に響きそうだ。
Sクラスの教室って、こんなに狭いんだな。
でも、各学年5人だけなら、これでも十分に広いのかもしれない。
教室にいるのは、俺、アイリス、ジーク、マリウス、エルナの5人だけだ。
リリアはいない。
リリアはAクラスだ。
昼休みや放課後には普通に会える。それでも、いつも一緒にいたリリアの姿がないだけで、教室の一角が妙に空いて見えた。
「リリア、今頃どうしてるかしら」
隣の席に座ったアイリスも、同じことを考えていたらしい。
「まだ授業も始まってないだろ。昼休みに会いに行こう」
「そうね」
アイリスが頷いたところで、廊下から靴音が近づいてきた。
扉が開き、ザック先生が教室に入ってくる。
「みんな揃ってるな」
ザック先生は教壇まで歩くと、俺たちを順番に見た。
「エルナ・レイフォルトは、俺の授業を受けるのは初めてだな。俺はザック・オルゲン。このSクラスの担任を受け持つ。元A級冒険者だが、訳あって学園にいる」
「よろしゅうお願いします!」
エルナが勢いよく頭を下げる。
ザック先生は片手を上げて応え、そのまま教壇に手を置いた。
「この学園では主に剣術を教えているが、実戦的なサバイバル術も得意だ。森での歩き方、野営、痕跡の読み方、逃げ時、飯の作り方。そういうことは何でも聞いてくれ」
俺たちは真剣に耳を傾けた。
ザック先生の視線が、さっきまでより鋭くなる。
「まず、このSクラスの目的を説明する。Sクラスは、机で優等生を作る場所じゃない」
一度言葉を切り、5人を見渡した。
「外で死なない人間を作る場所だ」
その一言で、狭い教室の空気が変わった。
俺も、無意識に背筋を伸ばす。
「学ぶのは、実戦的なパーティー戦術、集団戦法、魔物討伐、護衛、撤退判断。つまり、即戦力になり得る人材になるための技術だ」
ザック先生は教壇から離れ、黒板に森、護衛、撤退と大きく書いた。
「もちろん、通常の選択授業も受けてもらう。だが、Sクラスは他のクラスよりも明らかに課外授業が多い。実戦に勝る授業はないからな。森探索、痕跡調査、採取任務、護衛演習、撤退訓練。そして、いずれはダンジョン探索もある」
ダンジョン。
その言葉に胸が高鳴った直後、母さんが死にかけた戦いを思い出した。
楽しそうだから行く場所じゃない。
ここでは本当に、判断一つで死ぬかもしれないことを学ぶんだ。
「他のクラスの生徒がSクラスを目指す理由の一つが、この豊富な課外授業だ。お前らは今、上位5人としてここにいる。だが、気を抜けば下位クラスに落ちる。逆に、Aクラスの生徒が上がってくることもある」
俺はリリアを思い浮かべた。
リリアは、Sクラスという肩書きが欲しいわけではないと思う。
それでも、俺やアイリスと一緒にいたいから、ここへ来たい気持ちはあるはずだ。
「ここまでで何か質問はあるか?」
俺は手を上げた。
「課外授業が明らかに多いと言っていましたが、具体的にはどれくらいですか?」
ザック先生が口元だけで笑う。
「Aクラスの課外授業は、大体3か月に1回。半期で2回ほどだ。Sクラスは半期で10回ほど行う」
「10回!?」
アイリスとエルナの声が重なった。
俺も驚いた。
1か月に1、2回は、学園の外へ出ることになる。
「しかも、1日で帰ってくるとは限らん。お前らのチームとしての力量を見極めて、日数は俺が決める。Sクラスの課外授業には担任の裁量権があるからな」
ザック先生は少し困ったように頭をかいた。
「その分、学園行事に参加できないこともある。ただし、他学年の実力を見られる武闘大会や魔法大会は、個人的には見せてやりたいと思っている」
ザック先生は再び俺たちを見渡した。
「他に質問はあるか? ……ないなら、さっそくだが、明日から森探索をしてもらう」
「明日から!?」
今度は俺たち全員の声が重なった。
「目的は、パーティーとしての動き方、野営、足跡の追い方、魔物との接触、撤退判断を学ぶことだ。限られた食糧で、うまい飯を作るのも重要だぞ。飯は精神安定剤みたいなもんだからな」
気持ちが一気に高まった。
夏休みに鍛えた力を、もう明日には試せる。
しかし、アイリスだけは警戒するように目を細めた。
「先生、日帰りではないんですか?」
「2泊3日を予定している。問題がなければだがな。場所は王都近郊の管理された浅い森だ。危険度は低いが、実際に魔物が出る」
ザック先生はアイリスを見て、楽しそうに笑った。
「ちなみに、水浴びはできない。そこは我慢してくれ」
アイリスの顔が、目に見えて曇った。
「……最悪」
「サバイバル教本に、野営の基礎、飯の作り方、火の扱い、見張りの立て方は載っている。明日までに目を通しておけ」
その日の授業が終わっても、俺たちは自然と教室に残った。
机を寄せると、5人の顔がすぐ近くに並ぶ。
「夏休みの成果を、こんなに早く試せるとは思わなかったな」
ジークの声も少し弾んでいる。
マリウスが身を乗り出した。
「ああ! すごいモチベーションが上がるべ。俺たちなら、どう動けばいいんだべか」
俺は机の上を指でなぞりながら考えた。
「まず、俺とジークが前衛。アイリスはその後ろ。怪我人が出るまでは、治療にも前衛の援護にもすぐ動ける位置がいいと思う。後衛はマリウスの弓とエルナの魔法。この布陣が基本かな」
「怪我人が出たら、どないするん?」
「例えば前衛の俺が怪我をしたら、俺とアイリスがエルナより後ろまで下がる。その穴をマリウスが短剣で埋める。治療している数分は、ジーク、マリウス、エルナで持たせる」
ジークが難しい顔をした。
「その場合、残った前衛が全員の命を握ることになるな」
「本当に危なくなったら、治療は中断するしかないわね。命に別状がない限り、臨機応変に対応するわ」
エルナが不安そうにアイリスを見る。
「アイリスがパーティーの生命線やから、あまり前に出ん方がええんやないの?」
「うん。アイリスは無理をしない。それは前提条件だな」
アイリスが満更でもなさそうに腕を組んだ。
「フン……! 分かってるじゃない」
話し合いは、日が傾くまで続いた。
そして翌朝。
俺たちは荷物を背負い、ザック先生と王都近郊の森へ入った。
木々に遮られた陽射しが、濡れた地面にまだらな影を落としている。
昨夜の雨を吸った土は柔らかく、歩くたびに靴の裏へまとわりついた。鼻を抜ける湿った土と草の匂いも、王都の訓練場とはまるで違う。
どこから魔物が飛び出してきても、おかしくない。
少し前を歩いていたザック先生が、片手を上げた。
全員が足を止める。
「足元を見ろ」
湿った地面に、小さな裸足の跡がいくつも残っていた。
「魔物の足跡を見つけたら、何体なのか、どの方角へ向かったのか、新しいのか古いのかを考えろ。フンや折れた枝、草の倒れ方も見る。拾える情報は全て拾え。命に関わる基礎中の基礎だ」
ザック先生が足跡の横へしゃがむ。
「この特徴はゴブリンだ。何体くらいか分かるやつはいるか?」
マリウスも地面に膝をつき、いくつもの足跡を目で追った。
「5、6体だべな」
「その通りだ。他には?」
マリウスが指で足跡の縁を示す。
「縁が崩れてないし、中に雨水も溜まってない。昨夜の雨がやんだあとについた足跡だべ。かなり新しい」
ザック先生の口元が上がった。
「正解だ」
その瞬間、森の奥から鳥が一斉に飛び立った。
羽音に重なって、右手の茂みが揺れる。
さっきまで聞こえていた虫の声が、止まった。
ザック先生が立ち上がり、叫んだ。
「陣形を組め!! 俺は最後衛にいる! お前らの力を見せてみろ!! 来るぞ!!」




