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英雄になる最強魔法剣士ができるまで 〜前世で動けなかった俺は、三歳から身体を作り直して多くの人を救う〜  作者: むぎ
第3章 共に生き残る力

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第52話 レイフォルト伯爵家

 やっと王都に着いた。


 通常、王都までは早馬で3日、普通の馬車なら1週間かかる。


 今回は母さんが乗っていることもあり、道中で警戒のために足を止める時間を減らし、6日目の昼には王都へ入ることができた。


 大通りは相変わらず人が多い。


 馬車が人に接触しないようにゆっくり進み、その隙間を縫うように人々が行き交っている。


 窓の外を眺めているだけで、少し息苦しくなってきた。


 グランベル領は山や森、畑が多く、人はあまり多くない。


 やっぱり、のどかなグランベル領の方が俺の性に合っている気がする。


 王立学術学園の寮の前で、ギルベルト夫妻やほかの仲間たちと別れ、父さんと母さん、俺、エルナはレイフォルト伯爵家の王都屋敷を目指した。


 道中、父さんと母さんは口数が少なく、どこか表情が硬い。


 やがて、馬車の窓から高い塀に囲まれた屋敷が見えてきた。


 グランベル領主屋敷よりも、明らかに大きい。


 馬車が正門の前で止まると、重そうな門がゆっくりと開いた。


 父さんが、あらかじめレイフォルト伯爵へ手紙を送っていたらしい。


 馬車は広い前庭を進み、そのまま屋敷の玄関前で止まった。


 俺たちが馬車から降りると、玄関の前には20人ほどの使用人が整然と並んでいた。


 その全員の視線が、一斉に母さんへ集まる。


 使用人の数だけでも、伯爵家と騎士爵家の格の違いを思い知らされる。


 背筋の伸びた初老の男性が前へ進み出て、深々と頭を下げた。


「私はレイフォルト伯爵家の執事でございます。長旅、お疲れさまでございました。ただいま旦那様のもとへご案内いたします」


 次にエルナへ向き直り、もう一度頭を下げる。


「エルナお嬢様、お帰りなさいませ」


 エルナは頷きながら答えた。


「爺、グランベル夫妻にくれぐれも失礼のないようにお願いするわ」


「重々承知しております。では、グランベル夫妻とご子息のセイン様。こちらへどうぞ」


 執事の案内で玄関へ向かう。


 俺たちが使用人たちの前を通ると、全員が一斉に頭を下げた。


 服の擦れる音まで重なって聞こえる。


 ここまで動きが揃っていると、圧倒されるな。


 エルナも俺たちの後についてきた。


 広い玄関ホールへ入ると、知的そうで表情の柔らかい男性が待っていた。


「遠路はるばるご足労いただき、誠にありがとうございます。クレア夫人とご子息のセイン殿には、初めてお目にかかりますな。私は当主のダリス・レイフォルトです。以後、お見知りおきを」


 母さんが、すぐに一歩前へ出た。


「これはご丁寧なご挨拶、恐悦至極に存じます。私はクレア・グランベル。こちらは息子のセイン・グランベルでございます」


 母さんが深々と頭を下げる。


 俺も慌てて母さんにならい、頭を下げた。


 あれ?


 意外に普通じゃないか。


 そう思った直後、レイフォルト伯爵の身体が小刻みに震え始めた。


「く、クレア様……いや、クレア夫人。どうか頭をお上げください。恐悦至極なのは私の方ですから。こ、ここで立ち話をするわけにもいきませんな。応接室までご案内いたします。爺、頼む」


 レイフォルト伯爵はそう言うと、カチコチに固まった身体を無理やり動かすような歩き方で、どこかへ行ってしまった。


 レイフォルト伯爵の方が明らかに目上なのに、緊張しすぎではないだろうか。


 それにしても、母さんがこんなにしっかりと挨拶できるとは、意外を通り越して驚愕だった。


 俺たちは応接室へ通され、すぐに使用人がお茶と菓子を運んできた。


 エルナは、いつの間にかいなくなっている。


 あいつ、どこへ行ったんだ?


 使用人がお茶を置こうとするたび、その手が小刻みに震える。


 ティーカップと受け皿が、カタカタと乾いた音を立てていた。


「ご、ごゆっくりどうぞ……」


 母さんが何げなく頷くだけで、使用人の肩が跳ねた。


 この人たちにとって、母さんは伝説の人物なんだろうな。


 父さんの影がかなり薄くなっているのは、しょうがない。


 その瞬間、応接室の扉が乱暴に開いた。


「クレア様がここにいるって本当!?」


 10歳くらいの男の子が、勢いよく部屋へ飛び込んできた。


 そして母さんを見つけると、顔を輝かせて駆け寄ってくる。


「あっ!! クレア様!! 僕ね、魔法適性があったんだよ!! 火と水!! すごいでしょ!!」


 母さんが目を見開いた。


「複数属性があったのかい!?」


「うん!! そうだよ!! 僕ね、たくさん鍛練して、いつか必ずクレア様のお役に立つから!!」


 男の子が胸を張る。


 母さんは優しく微笑みながら、その頭を撫でた。


「そうかい? じゃあおばさんは、僕が成長するのを待っていようかな?」


 男の子の顔が一瞬で真っ赤になった。


 次の瞬間、鼻から血を噴き出し、そのまま後ろへ倒れる。


「クレア様は、おば……さん……じゃ……ない……」


 やっぱりお前もか!!


 さては、エルナの弟だな!!


 父さんが額に手を当てた。


「おいおい。伯爵家の跡取り息子が流血して倒れるとか、傍から見たら俺たちが危害を加えたみたいじゃないか」


 父さんは深いため息を吐くと、男の子を抱き起こした。


「ハア……とりあえず寝かせるから、クレアの膝を貸してくれ」


 父さんが男の子の頭を母さんの膝に乗せる。


 母さんは困ったような顔をしながら、男の子の鼻を布で押さえた。


 その直後、廊下から慌ただしい足音が近づいてきた。


「ハリス!! こんなところにいた!!」


 応接室へ飛び込んできたエルナが、母さんの膝で失神している男の子を見て固まる。


「って、何でクレア様に膝枕されとるんや!?」


 続いて、レイフォルト伯爵夫妻も応接室へ入ってきた。


「エルナ、クレア様の前ではしたないぞ」


 レイフォルト伯爵はそう言いながら、母さんの膝の上にいる男の子へ目を向けた。


「ハ、ハリス!!」


 レイフォルト伯爵の身体が、わなわなと震え始める。


 父さんがすぐに立ち上がり、深々と頭を下げた。


「レイフォルト伯爵様、大変申し訳ございません」


 しかし、レイフォルト伯爵は父さんを見ていなかった。


 母さんの膝に乗せられたハリスの頭を凝視したまま、震える声で言う。


「なんてうらやましい!!」


 父さんの目が点になった。


「は?」


 は?


 ちょっ……!!


 レイフォルト伯爵、本音が出ちゃった!?


 エルナが母さんの膝からハリスを抱き上げ、執事の爺へ渡した。


「クレア様、ハリスが申し訳ございません」


 母さんは首を横に振った。


「いや、別に謝るほどのことじゃないよ。あと、あんたら少し落ち着こうか!」


 母さんの地が出た。


「はい!」


 エルナとレイフォルト伯爵から、妙に息の合った返事が返ってきた。


 レイフォルト伯爵夫人が、口元を隠しながら笑う。


「ホホホッ! クレア様、そちらの話し方の方がよくお似合いですね。さあ、グランベル騎士爵様もお座りになってください」


 夫人は俺たちへ向き直ると、申し訳なさそうに頭を下げた。


「うちの者がご無礼を働いたようですね。改めて謝罪させていただきますわ。うちは魔法貴族ですから、皆、クレア様を崇拝しておりますのよ」


 父さんは椅子へ座り直すと、改めて来訪の目的を話した。


「この度は、伯爵様のご厚意への返礼の品をお持ちしました。どうかお納めください」


 父さんが合図を送ると、入口に控えていた使用人たちが大きな木箱を運んできた。


 机の横に置かれた木箱の蓋が開かれる。


 ひんやりとした冷気が流れ出し、机の上を白く這った。


 箱の中には、透明な氷に包まれた大きな肉の塊と、色鮮やかな野菜が隙間なく詰められている。


 レイフォルト伯爵が箱を覗き込み、再びわなわなと震え始めた。


「こ、これはもしや……クレア様が……?」


 母さんが胸を張った。


「ああ。グランベル領で採れた肉と野菜に、あたいが保存用の氷魔法をかけておいたよ。受け取りな!」


 母さん、その態度でいいのか。


 だが、レイフォルト伯爵は俺の心配とは裏腹に、満面の笑みを浮かべた。


「クレア様ご自身が作られた氷……家宝に――」


「するんじゃないよ! 食べ物だよ!!」


 母さんがレイフォルト伯爵の言葉を遮り、即座に否定した。


 伯爵夫人が愉快そうに笑う。


「ホホホッ! クレア様は、本当に面白い方ですわ」


 父さんが襟を正し、座り直した。


「それと、伯爵様。騎士団の派遣にも、お力添えいただいたそうで……」


 レイフォルト伯爵が頷いた。


「いやいや、当然のことです。あの時はこちらも焦りましてな。グレゴールに確認したところ、グランベル家は5年前から派遣を要請していたというではありませんか」


 レイフォルト伯爵の顔から、先ほどまでの笑みが消えた。


「クレア様が倒れられた以上、一刻も早く安全を確保しなければならない。しかし、私がクレア様をお守りしたいと訴えるだけでは、王宮は動きません」


 低くなった声に、父さんの表情も引き締まる。


「そこで、各地で相次いでいた魔物被害の報告を揃えました。グランベル領だけで起きている問題ではない。このまま放置すれば、被害は王国全土へ広がる。そう王宮へ突きつければ、騎士団を動かさざるを得ませんからな」


 つまり、レイフォルト伯爵は母さんの安全を確保するために、王宮が無視できない理由を突きつけたのか。


 父さんが深く頭を下げた。


「そこまでしてくださったのですか」


「間に合わなければ、何の意味もありませんからな」


 レイフォルト伯爵は母さんへ向き直った。


「クレア様が魔力枯渇で倒れられたという報せは、魔法系貴族の間にも大きな衝撃を与えました。あの氷槍のクレア様を、そこまで追い詰めた戦場なのですから」


 母さんが少しだけ目を伏せる。


「私は、ただ村人を守ろうとしただけです」


「そのために、あれほどの魔法を使えることが驚異なのです」


 レイフォルト伯爵の声に、熱がこもった。


「同じ水属性の魔法士すら凍結させ、何本もの氷槍を間断なく射出する。どれほど自尊心の強い魔法士でも、クレア様の魔法を一度目にすれば逆らえません。理解してしまうのです。自分とは、立っている場所が違うのだと」


 エルナと伯爵夫人が、何度も深く頷いている。


「それほどの魔法士を、十分な援軍も送らずに失うなど、あってはならないことです」


 母さんは一瞬だけ困ったような顔をした。


 褒められることに慣れていないのか、それとも、こういう場が苦手なのか。


 たぶん、両方だろう。


 母さんは小さく息を吐くと、レイフォルト伯爵へ丁寧に頭を下げた。


「……お力添え、本当に助かりました。グランベル家として、そして一人の母として、心より感謝いたします」


 レイフォルト伯爵が固まった。


 伯爵夫人もハンカチを口元に当て、目を潤ませている。


 エルナは両手で顔を覆い、身体を震わせていた。


「ク、クレア様が……父上に……お礼を……」


「エルナ、耐えなさい」


 伯爵夫人が優しく声をかける。


「母上こそ泣きそうやないですか」


「これは感動です」


 この家、全員方向性が似ている。


 父さんが小さく咳払いをした。


「今後、グランベル領でも自警団の強化や、村の防衛体制の見直しを進めるつもりです。騎士団や冒険者だけに頼ることなく、領地そのものが備えておくことも必要でしょう」


 レイフォルト伯爵が満足そうに頷いた。


「それがよろしいでしょうな。王都に集まった報告を見る限り、魔物の活性化は収まっておりません。これから先、何が起きるか分かりませんからな」


 デーモンがまだ討伐されていない以上、魔物の活性化は続くのだろう。


 レイフォルト伯爵が再び木箱へ目を向けた。


「返礼品は、ありがたく頂戴いたします。ただ、クレア様の氷は溶かさずに、魔法研究室で保存を――」


「食べ物ごと腐らせる気かい!!」


 母さんの怒鳴り声が、応接室に響き渡った。


 その後も、レイフォルト伯爵家の人たちは何度も母さんへ話しかけていた。


 夕方になり、俺たちはレイフォルト伯爵家の屋敷を出た。


 玄関前には、最初よりもさらに多くの使用人たちが並んでいる。


 レイフォルト伯爵夫妻、エルナ、目を覚ましたハリスも見送りに来ていた。


「クレア様、今日は本当にありがとうございました」


 レイフォルト伯爵が、何度目か分からないほど深く頭を下げる。


「だから、あたいに頭を下げるんじゃないよ。世話になったのはこっちなんだから」


 母さんが困ったように頭を掻いた。


 エルナが、名残惜しそうに母さんを見つめる。


「クレア様、また学園で会いましょうね」


「ああ。魔法の鍛練を続けておきな」


「はい!!」


 ハリスも母さんへ向かって大きく手を振った。


「クレア様!! 僕も絶対に強くなるから、待っていてね!!」


「楽しみにしているよ」


 母さんが手を振り返す。


 ハリスの鼻から、再び血が流れ始めた。


「ハリス!!」


 エルナが慌てて弟の鼻を押さえる。


 俺たちは馬車へ乗り込み、レイフォルト伯爵家をあとにした。


 馬車の窓から振り返ると、エルナたちはまだ手を振っている。


 母さんも珍しく、窓から手を出して振り返していた。


「すごい家だったね」


 俺がそう言うと、父さんが苦笑する。


「ああ。あそこまでとは思わなかった」


 母さんが腕を組み、少しだけ頬を赤くした。


「まったく、あたいの何がそんなにいいんだか」


 父さんと俺は顔を見合わせた。


 母さんは、本当に分かっていないらしい。


 あれだけの魔法を使えて、村人を守るためなら全魔力を使い切る。


 しかも、相手が伯爵でも態度を変えず、嫌なものは嫌だとはっきり言う。


 魔法士たちが憧れるのも、少し分かった気がする。


 母さんは、俺の知っている母さんだ。


 料理は苦手で、説明は下手で、怒ると怖い。


 それでも、誰よりも家族を大切にしている。


 そして同時に、圧倒的な魔法で魔法士たちを黙らせ、王都で今も語られている氷槍のクレアでもある。


 今まで別々に見えていた2つの姿が、少しずつ俺の中でつながっていく。


 王都の空気を吸いながら、俺は明日から再開する学園生活を思い浮かべていた。

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