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英雄になる最強魔法剣士ができるまで 〜前世で動けなかった俺は、三歳から身体を作り直して多くの人を救う〜  作者: むぎ
第3章 共に生き残る力

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第51話 嫌いじゃないよ

 翌日の午前。


 訓練場の土の上を、マリウスが勢いよく転がった。


 すぐに起き上がったものの、悔しそうに奥歯を噛み締めている。


 今日からアイリスも加わり、ロウエン爺が相手をするのは俺、ジーク、マリウス、アイリスの4人になった。


 さすがに4人全員を1人で相手にするのは厳しいんじゃないか?


 そんな俺の心配をよそに、ロウエン爺はいつもと変わらない。俺たちを順番に相手にしては、何度も土の上へ転がしていく。


「マリウス様、今、少しだけ逃げの姿勢がありましたな。もっと殺気を出して向かってきてもいいんですぞ」


 マリウスは土を払いながら立ち上がり、悔しさを叩きつけるように叫んだ。


「クソッ……! ウオアアアーー!!」


「そう、それでよろしい」


 ロウエン爺は満足そうに頷き、真正面からマリウスを迎え撃った。


 そして、最後はアイリスの番だ。


 アイリスは持ち前の素早さと剣速に、軽業師のような身のこなしを織り交ぜて、ロウエン爺を攻め立てる。


 だが、ロウエン爺はアイリスの剣を受けながら、わずかに目を細めた。


「体勢が崩れすぎですな」


 次の瞬間、アイリスの身体が宙に浮き、土の上へ転がされた。


 アイリスの目つきが一段と鋭くなる。


「ロウエン爺の転がすことだけを狙った戦い方、なかなか腹が立つわね」


 鉄剣を握り直し、地面を蹴った。


「ハアアアーーー!!」


 カン、カン、キン、カンカンカン!


 アイリスの連撃を、ロウエン爺は最小限の動きで受け、かわしていく。


 一瞬、ロウエン爺の右足が持ち上がった。


 前蹴りだ。


 アイリスは素早く右へかわす。


 避けた――そう思った直後、ロウエン爺は蹴り足を下ろさず、そのまま身体を回転させた。


 風を切る後ろ回し蹴りが、アイリスの頭上を通り過ぎる。


 アイリスはしゃがんでかわしたが、ロウエン爺の動きは止まらない。回転の勢いを利用して一気に背後へ回り込み、アイリスの首筋へ鉄剣を突きつけた。


「……っ!」


 背中に鳥肌が立った。


 前蹴りから後ろ回し蹴り、さらに相手の背後へ回る動き。


 アイリスの戦い方の原点は、ロウエン爺なんだ。


「アイリス様の弱点は、変則的な動きの中で体勢を崩しやすいこと。そして、自分が攻撃に乗っている時に相手が変則的な動きをすると、対応しきれないことですな」


 ロウエン爺は鉄剣を下ろし、静かに続けた。


「無理に突っ込まず、相手の動きも見ながら、戦いを自分で組み立てなされ」


 その言葉が、俺の中にもスッと入ってきた。


 武器試験の時も、アイリスは勢いのまま突っ込んでいた。あの時はマリウスを含め、誰もその速さに対応できなかったが、ロウエン爺のような手練れには通用しない。


 アイリスは悔しそうに唇を噛んだ。


「アイリス、少し俺と――」


「嫌よ!!」


 ジークが言い切る前に、アイリスは即座に拒絶した。


「な、何故だ!! 本当に何故なんだ!! 頼む! 1回だけでいい!!」


 ジークは縋るような目を向けたが、アイリスは冷たい目で睨み返すだけだ。


 ロウエン爺が顎に手を当てた。


「ジーク様。女性に物事をお願いする時は、相手への配慮が必要ですな。ただ真っ直ぐお願いするだけでは、女性はますます頑なになりますぞ」


 ジークは目を見開いて、ロウエン爺を見た。


 伸ばしかけていた指先が、かすかに震えている。


 俺も、ようやく気づいた。


 もしかして、アイリスが腹を立てていたのは、ジークが自分を立ち合う相手としてしか見ていなかったからなのか?


 俺にとって、アイリスは大好きな女の子で、婚約者だ。強い剣士であることは、アイリスの一部でしかない。


 でも、ジークは違う。


 今まで、アイリスの強さしか見ていなかったのかもしれない。


 ジークはしばらくアイリスを見つめたあと、俺たちの方へ目を向けた。何かを迷うように唇を結び、やがて震える声で話しかける。


「ア、アイリス。周りの目が気になるのであれば、場所を変えてもいい。俺と立ち合いをしてくれないか?」


 アイリスは不機嫌そうに顔を背けた。


 だが、返ってきた声には、さっきまでの拒絶の鋭さがなかった。


「フンッ! ロウエン爺に言われてから気づいたのは腹立たしいけど、そういう態度は嫌いじゃないわ。1回だけよ!」


 やっぱり、そうだったんだ。


「あと、場所を変えたらリリアがうるさそうだから、ここで結構よ」


 少し離れた場所で見ていたリリアが、なぜか嬉しそうに微笑んだ。


 ジークは自分を恥じるように顔を歪め、震える拳を握り締めた。


「アイリス、ありがとう。そして、今まですまなかった。俺は騎士を目指す者として、その根幹である騎士道に背いていたようだ」


「はいはい。もういいから、早く始めるわよ。構えなさい」


 アイリスが鉄剣を構える。


 ジークも表情を引き締め、剣と盾を構えた。


「ああ。よろしく頼む!」


 向かい合っても、アイリスはすぐには踏み込まなかった。


 さっきのロウエン爺の助言を、もう試すつもりか。


 先に動いたのはジークだった。


 盾を前に出し、じわじわと距離を詰めていく。


 間合いに入った瞬間、アイリスの姿勢が沈んだ。


 下から斜め上へ、鋭い斬り上げが走る。


 ガンッ!


 ジークは盾で受けると同時に、上から剣を振り下ろした。


 アイリスは右へかわし、そのままジークの身体を踏み台にして跳び上がる。頭上から振り下ろされた剣を、ジークは再び盾で受け止めた。


 そのまま盾を左へ振り抜く。


「くっ……!」


 着地しようとしたアイリスの身体が押され、わずかに傾いた。


 ジークはその瞬間を逃さず、一気に間合いを潰す。


 横薙ぎの剣を、アイリスは鉄剣で受け止めながら着地した。


 だが、ジークの盾がすぐさま持ち上がり、アイリスの視界を塞いだ。


 あの構えは――!


 盾の陰から、ジークの足が伸びる。


 着地したばかりのアイリスは動けない。足を払われ、身体が土の上へ転がった。


 次の瞬間には、喉元へ剣先が突きつけられていた。


「そこまでですな」


 ロウエン爺の声が響く。


 上手い!


 アイリスの速さを生かさせず、着地の瞬間を狙った。


 今の足払いは、ジークが初日にロウエン爺から教わり、この2週間、何度も失敗しながら練習していた技だ。


 それを、初めての立ち合いで成功させた。


 アイリスは目を丸くして剣先を見つめ、すぐに悔しそうに唇を噛んだ。


 ジークが剣を引き、手を差し出す。


「良い立ち合いだった」


 アイリスはその手を取って立ち上がった。


「最初の1回で勝った気にならないでよね。また時間がある時にやるわよ」


 ジークの目が潤んだ。


「ああ! もちろんだ! またやろう!!」


 少し離れたところで見ていたリリアが頬を赤くし、俺の耳にかろうじて届くほどの小声で呟いた。


「あぁ……なんて眩しくて尊いのかしら……興奮で身体が熱くなります……」


 やっぱり、場所を変えなくても十分うるさかった。


 午後からは、母さんたちとの魔法鍛練が始まった。


 エルナはいつも通り標的台の前に立ち、周囲に5つの火球を浮かべる。


 4つは形も大きさも揃っているが、最後に出した1つだけが不安定に揺れていた。


 母さんがすかさず口を開く。


「エルナ、5個目の火球だけ特別扱いしすぎだね。5個全部をギュッとすればいいんだよ。ギュッと」


 エルナは助けを求めるようにアンドリューへ視線を向けかけて、踏みとどまった。


 眉間にしわを寄せ、母さんの言葉を頭の中で組み立て直している。


「つまり、5個の火球を別々に考えず、1つの魔法として認識しろということですか?」


「そう! だから、そう言ってるじゃないか。まずはそれで安定させな。1個ずつ別々に操るのは、そのあとだよ」


 母さん、まったくそんなふうには言ってなかったよ……。


 アンドリューを見ると、何度も頷きながら感無量の表情を浮かべていた。


 ついに母さんの言葉を理解できる人が現れたことが、よほど嬉しいらしい。


 エルナは一度すべての火球を消し、もう一度、5つの火球を浮かべた。


 今度はすべての形が揃い、揺れていない。


「ホンマや! さっきより全部安定してる! じゃあクレア様、6個目も7個目も同じ感覚ですか!? その時、魔力配分はどんな感じですか!?」


 母さんは少し考えてから答えた。


「うん。何個出そうがギュッは変わらないね。あとは必要な魔力をボワッと出すんだよ。要は、ボワッと出してギュッだよ。何個出しても一緒」


 母さん、要はって……。


 全然、要約されていない。


 言葉の数だけなら、確かに短くまとまっているけど……。


 エルナは顎に手を当て、宙を見つめた。


 しばらく考えたあと、力強く頷く。


「よし!」


 目を閉じ、ゆっくりと魔力を練り始めた。


 火球が1つ、2つと浮かび上がる。


 5つ目までが同じ大きさで揃い、その隣に6つ目の火球が生まれた。


 一瞬、表面が揺れる。


 崩れるか?


 俺が息を止めて見守る中、揺れはすぐに収まった。


 6つすべての火球が、形を崩さずにエルナの周囲へ浮かんでいる。


「本当にできた!! やったー!!」


 エルナは飛び跳ねて喜んだ。


 驚きのあまり、心の声がそのまま口から飛び出した。


「ウソでしょ!? 何で!? 今の助言で分かったの!?」


 エルナは興奮したまま、母さんへ振り返る。


「クレア様!! やりました!! 6個出せたことも嬉しいですけど、クレア様語が何となく分かり始めたことが一番嬉しいです!!」


 母さんは優しく微笑み、エルナをそっと抱き締めた。


「あたいは、エルナみたいに素直で、魔法が好きなだけの真っ直ぐな魔法士は嫌いじゃないよ」


 エルナの顔が、一瞬で真っ赤になった。


 次の瞬間、鼻から血が噴き出す。


「あぁ……ク、クレア様が近……い……幸……せ……」


 恍惚とした笑みを浮かべたまま、エルナの身体から力が抜けた。


「エルナ!?」


 母さんが慌てて抱き止めると、フィオナさんがすぐに駆け寄ってきた。


「クレア、ダメよ。あなたを信奉している子には、もう少し距離を取らないと! 王都でも、あなたの魔法を見た子がこうなったことがあるでしょう?」


 母さんはエルナを抱えたまま、しゅんと肩を落とした。


「だって……久しぶりに真っ直ぐな魔法士を見たから、思わず……」


「魔法が使えるだけで、自分は神に選ばれた人間だって顔をする魔法士は多いものね。プライドばかり高くて、鼻持ちならない人も少なくないし」


 フィオナさんはため息をつきながら、エルナの鼻血を治療した。


 母さんの感覚的な説明をエルナが理解できるなら、これからも時々、母さんに見てもらうのはありだ。


 それにしても、エルナの才能には驚かされる。


 あんな感覚だけの助言を聞いて、すぐに6つ目を安定させるなんて普通じゃない。


 ふと視線を感じて振り返ると、アイリスが呆れたように俺を見ていた。その隣では、リリアが俺とアイリスを見比べながら楽しそうに微笑んでいる。


 リリア、また人の反応を観察して、1人で楽しんでるな。


 そんな鍛練の日々が続き、夏休みは残すところ1週間になった。


 俺たちはグランベル領とエーレンフェルト領の馬車に分乗し、2台で王都へ向かうことになった。


 アイリスの両親は、俺たちを王都まで送ったあと、エーレンフェルト領へ帰る。それは分かるが、なぜか母さんまで馬車へ乗り込んでいた。


「母さんも、また王都に行くの?」


「ええ。レイフォルト伯爵様に直接お礼を申し上げないと、筋が通りませんから」


 母さんの口調は、すっかり貴族のものに戻っていた。


 レイフォルト伯爵様は、どんな人なんだろう?


 エルナみたいな人だったら、母さんと会わせた瞬間に大騒ぎになりそうだ。


 だが、グランベル領が多大な恩を受けたのは間違いない。


 母さんがわざわざ王都まで礼を言いに行く相手だ。


 少し、興味が湧いてきた。

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