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英雄になる最強魔法剣士ができるまで 〜前世で動けなかった俺は、三歳から身体を作り直して多くの人を救う〜  作者: むぎ
第3章 共に生き残る力

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第47話 伝説の氷魔法

 屋敷の広大な庭で、ロウエン爺がジークとマリウスに、ロウエン流の真髄を語り始めた。


 俺も混ざろうとしたところで、母さんに呼び止められる。


「セイン、今日はこっちだよ。森に行くよ」


 母さんの後ろには、アンドリューとエルナがついてきていた。


「え? もう魔法を教えるの?」


 母さんは真面目な顔で頷いた。


「ああ。レイフォルト伯爵家は、グランベル騎士爵家にとって恩人だったらしいからね。筋は通したい。早い方がいいだろう?」


 俺たち4人は屋敷を出て、森の中へ入った。


 しばらく歩いたところで、母さんが立ち止まる。


「アンドリュー、この辺りで一番でかい木を探しな」


「ハ、ハヒぃーー!!」


 アンドリューは直立不動で答えると、辺りを歩き回った。


 やがて、1本の大木を指差す。


「この木が、この辺りでは一番大きいと思われます!」


 屋敷の近くにあるとは思えないほど太い木だった。


 大人が数人で手を回しても、幹を囲みきれないだろう。普通の剣や槍でどうにかできる木ではない。


 母さんは大木を見上げ、満足そうに頷いた。


「うん。なかなかよさげだね。エルナ! 目ん玉見開いて、しっかり焼き付けな!! いくよ!!」


「はい!!」


 エルナが、これでもかというほど目を見開く。


 母さんは大木へ向き直り、腹の底から声を上げた。


「ハアアアーーー!!」


 肌を撫でていた風が、一瞬で冷たくなった。


 吐いた息が白く染まり、母さんの周囲へ白い光が集まっていく。


 次の瞬間、10数本の氷槍が母さんを取り囲んだ。


 俺の氷槍とは、何もかもが違う。


 大きさは3倍以上。どの氷槍も形を崩さず、先端は針のように鋭い。透き通った氷の中には、気泡一つ見当たらなかった。


 1本目が放たれた。


 ドン!!


 大木の幹が震え、遅れて2本、3本と別々の角度から突き刺さる。


 ドゴッ!! バキッ!!


 一定の間隔ではない。


 2本が同時に飛んだかと思えば、別の1本は空中に留まり、向きを変えてから撃ち込まれる。


 まるで、一本一本が別の意思を持っているようだった。


 しかも、氷槍が放たれて空いた場所には、次の白い光が集まっている。


 光はすぐに槍の形へ変わり、先端まで鋭く研ぎ澄まされた。


 撃っても、数が減らない。


 学園で半年間学び、試し、思い悩んできたからこそ分かる。


 これは、ただ氷槍をたくさん出しているわけじゃない。


 母さんが口元を吊り上げた。


「じゃあ、本気でいくよ!! これが《氷槍》のクレアだ!!」


 ドドドドドドドドドドドドドッ!!


 腹の底まで揺さぶる轟音が、途切れることなく森に響き渡った。


 幹のあちこちが砕け、木片が激しく飛び散る。森にいた鳥たちが一斉に飛び立ち、木々の向こうへ逃げていった。


 数十発目の氷槍が幹を貫いたところで、ようやく轟音が止まる。


 静かになった森に、ひび割れる音が響いた。


 バキッ、バキッ、バキッ――。


 大木がゆっくりと傾き始める。


「うわっ……!」


 地面を揺らすほどの音を立て、大木が倒れた。


 ドーーーン!!


 母さんは額の汗を拭い、一度だけ大きく息を吐く。


「ふぅー。だいぶ魔力を持っていかれたね」


「まだ魔力は残ってるの?」


 俺が聞くと、母さんは少し考えてから答えた。


「感覚的に、全体の3分の1くらいは残ってるよ」


「ぶっ……!」


 隣で妙な音がした。


 エルナが鼻血を噴き出し、ふらりと身体を傾ける。アンドリューが慌てて、その肩を支えた。


「エルナ! 大丈夫か!?」


「だ、大丈夫や……ちょっと興奮しすぎただけやから……」


 鼻を押さえたまま、エルナが震える声で話し始める。


「あれだけ大きくて密度の高い氷槍を、10数本も同時に出す。その時点で異常なんや。うちは火球を5つ。セインは氷槍をまだ4本やろ?」


「ああ」


「でも、それだけやない。クレア様は10数本を1つの魔法として動かしてへん。一本一本の向きと角度を変えて、別々のタイミングで撃ってた。全部を独立して操ってるんや」


 それは、俺にも見えていた。


 だが、エルナは倒れた大木を見つめたまま、さらに声を震わせる。


「それでも、一番おかしいのはそこやない。撃った場所に、もう次の氷槍ができてた。普通なら絶対にできるわけがない……」


 アンドリューがエルナの肩から手を離し、真剣な顔で母さんを見る。


「エルナ嬢の言う通りです。奥方様の氷槍が最も恐ろしいのは、次の一撃までの隙がないことです」


 アンドリューは地面に散らばった氷の欠片を1つ拾い上げた。


「通常、魔法士は魔力を練り、魔法を形にし、狙いを定めて放ちます。そして、放ったあとに再び魔力を練り始める。どれほど優れた魔法士でも、次の魔法を放つまでには必ず溜めが生じます」


 氷の欠片を握るアンドリューの指に、力が入る。


「ですが、奥方様は10数本の氷槍を独立して操りながら、その一部を射出し、空いた場所に新しい氷槍を形成していました。そのうえ、次の氷槍に使う魔力まで練り続けていたのです」


 操る。狙う。撃つ。新しく形を作る。そして、次に使う魔力を練る。


「それらすべてを、順番に行っているのではありません。同時に処理し続けている。こんなことは、本来、人間1人の脳で処理できるはずがないのです」


 アンドリューの声には、恐怖に近い響きさえ混じっていた。


「魔法を放ったあとの隙がなくなれば、前衛に守られる必要すらなくなる。どれほど強い剣士や魔物でも、近づく前に押し潰せる。魔法士になった子どもなら、誰もが一度は夢見ることです」


 アンドリューは自嘲するように笑った。


「そして、すぐに思い知るのです。同時に処理しようとすれば、頭が割れそうに痛み、魔力の流れが絡まり、すべての魔法が崩れる。人間には不可能なのだと」


 その不可能を、母さんはやっている。


 動ける魔法剣士。


 俺は、魔法を撃ったあとも動ける身体を目指してきた。


 だが母さんは、次の魔法を撃つまでの隙そのものを、魔法の技術で消している。


 アンドリューが、まぶしいものを見るように母さんを見つめた。


「奥方様だけが、それを実現してしまった。だからこそ、王立学術学園在籍中に《氷槍》の二つ名を授けられたのです」


 母さんが眉間にしわを寄せ、声を低くした。


「アンドリュー……足元」


「えっ?」


 アンドリューの足元が白く凍りついていた。


 氷は靴を包み込み、足首から脛へとゆっくり這い上がっていく。


「ヒ、ヒぃーー!! 何で!? 何で凍っている!? 私は水属性の魔法士だぞ!?」


「あたいの氷槍を、子どもの夢だの人間には不可能だのと、人をゴリラみたいに馬鹿にした罰だよ」


 母さん、それは完全に言いがかりでは?


「ち、違います! そういう意味ではありません!!」


 アンドリューが必死に自分の魔力を流し込む。


 だが、氷は少しも止まらない。


 さっきの攻撃で魔力を3分の2も使ったはずなのに、同じ水属性のアンドリューですら抵抗すらできていなかった。


 これが、母さんの知名度を一気に上げた伝説の同属性凍結!


 エルナが前に眉唾だと言っていた話は、本当だったのか!


 アンドリューも、選ばれた魔法士しか入れない王宮魔法士団の団員なんだぞ!?


「ヒ、ヒぃーー!! 奥方様! ごめんなさい!! 助けてください!!」


 ついにアンドリューが泣き出した。


 その様子を見ていたエルナの身体が、痙攣したように大きく震える。


「で、伝説の氷魔法や……。話は……少しも盛って……いなかった……」


 今度こそ白目を剥き、その場に倒れた。


 母さんが舌打ちする。


「チッ……最近の子は、すぐに倒れるんだね……! アンドリュー、氷は解いたから、この子を担ぎな! 屋敷に帰るよ」


「母さん、アンドリューさんは足が動かなそうだから、エルナは俺が担ぐよ!」


 母さんが勢いよく俺を振り返った。


「セイン、何を言ってるんだい! あんたはアイリスちゃん以外の女の子に触れるんじゃないよ!」


 ただ担ぐだけなのに、何がいけないんだ?


「アンドリュー! 早くしな!! エルナを落としたら、どうなるか分かってるね?」


「ハ、ハヒぃーー!! 絶対に落としません!!」


 アンドリューはエルナを背負い、まだ動きにくそうな足を機械のように動かし始めた。


 俺はいつでも助けられるよう、アンドリューのすぐそばを歩く。


 アイリスがここにいたら、俺に担がせず、自分でエルナを担ぎそうだ。


 あいつ、細いけど力だけはあるからな。


 屋敷へ戻ると、母さんに続いて、エルナを背負ったアンドリューも中へ入っていった。


 俺は玄関の前に立ち、森の方を振り返る。


 母さんの氷槍は、何度も見てきた。


 でも、今日初めて分かった。


 あれは、ただ大きくて強いだけの魔法じゃない。


 魔法士なら誰もが夢見て、誰にもできなかったことを、母さんだけが実現した魔法だ。


 そして俺は、まだその入口にすら立っていない。


 庭の方から、木剣がぶつかり合う音が聞こえた。


 俺は、その音へ向かって駆け出す。


 剣を振り、動きながら氷槍を保ち、その先で、撃ちながら次の魔力を練る。


 母さんの背中は、思っていたよりずっと遠い。


 それでも今日、追いかけるべき道が、ようやくはっきりと見えた。

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