第46話 伯爵家からの贈り物
俺は母さんにエルナを引き合わせた。
「母さん、さっき挨拶できなかったエルナを連れてきた。もう一度挨拶させてあげてほしい」
エルナはカチカチに緊張しながら、ぎこちない動きで一歩前に出た。
「初めまして! 本日からお世話になります、エルナ・レイフォルトと申します! 私は昔からクレア様を崇拝しております! できれば魔法の助言をいただければ嬉しいです!」
母さんは困った顔をした。
「えっ!? 申し訳ありません、エルナさん。皆さん、長旅でお疲れでしょう。私も主人からおもてなしの料理を振る舞うように仰せつかっているので、魔法はまた今度でよろしいでしょうか?」
エルナが直立不動で答える。
「はい! クレア様がそう仰るなら!」
俺は騎士団本部で、ほかの騎士団員たちが父さんに取っていた態度を思い出した。
軍隊かよ!
数刻後、食卓にはたくさんの料理が並んだ。
今まで見たことがないほど手の込んだ料理ばかりで、かなり複雑な気分だった。
俺って、そんなに友達ができないと思われていた?
そんなに心配されていたの?
逆に悲しくなってくるよ……。
もしかしたら、アイリスやニルくんに「いつまでも仲良くしてあげてね」とか言っていたのかな?
いかん、いかん。
こんなことを考えるのはやめよう。
でも、アイリスが来たら聞いてみよう。
父さんが酒の入った杯を掲げた。
「みんな! 今日は我が領に来てくれてありがとう! 1か月間、自分の家だと思って遠慮なく過ごしてくれ! あと、セインともいつまでも仲良くしてあげてくれ! 乾杯!!」
みんなが一斉に声を上げる。
「乾杯!!」
ほら、言った。
アイリスとニルくん、リリアにも同じことを言ってるな?
まあ、幼いのにストイックすぎたかな?
今さら直す気もないけどさ。
俺がいろいろ考えているうちに、気づけばエルナが壊れていた。
「ああ~……クレア様の手料理! こっちもクレア様やん! あっ! こっちもクレア様……なんて幸せな食卓なんや……!」
エルナ、母さんの作った手料理だけど、母さんそのものではないぞ……。
父さんが引き気味に聞いた。
「お、おう……伯爵令嬢であるエルナ嬢に、うちの質素な料理が口に合うか心配したが、幸せなら何よりだ」
「当たり前ですやん! うちの実家ではクレア様の手料理は出ないんです。家族が知ったら、喉から手が出るほど欲しがりますよ」
レイフォルト伯爵家って、どんな家なんだ?
本当に母さんを神様として崇めてるの?
ちょっと想像がつかないな……。
アンドリューは忙しそうに動き回っていた。
新しい料理を運んでは空いた皿と交換し、みんなの飲み物を注いでいく。
王宮魔法士団って、こんなんでいいの?
でも、こんな異常な光景にも見慣れてきたな。
エルナがアンドリューの服を見て、首を傾げた。
「アンドリューさんの服についている紋様は、王宮魔法士団のものですよね? 魔法士団の方なんですか?」
アンドリューは驚いたように自分の服を見下ろした。
「えっ? あ、うん。最近、自信がなくなってきたけど、まだ……一応……所属しているはず」
エルナが身を乗り出す。
「えー!? いいな!! クレア様の弟子的な存在じゃないですか! クレア様の身の回りのお世話ができて、たまに魔法も見られる。なんて羨ましすぎるんや! 王宮魔法士団の神配置ですね!」
さらに夢見るような顔で続けた。
「うちも学園を卒業したら王宮魔法士団に入って、グランベル領への配属願いを出そう」
アンドリューは首を傾げた。
「……それは、あまりおすすめできないかな?」
母さんが低い声を出した。
「アンドリュー……」
アンドリューは直立不動で答えた。
「ハ、ハヒィーー!! 奥方様の元で働かせていただけるのは、光栄の限りであります!」
◇◇◇◇
翌朝、事件が起きた。
玄関の騒がしさで目を覚まし、エルナと一緒に階段を下りると、玄関ホールが大小さまざまな木箱で埋め尽くされていた。
蓋の開いた箱には金貨や宝飾品が詰まり、高級そうな酒や菓子、絹のような肌触りの布、見慣れない紋様が刻まれた魔法道具まで並んでいる。今も使用人たちが、開け放たれた扉の向こうから次々と荷物を運び込んでいた。
なんだ、これ……。
父さんは木箱の山と手元の手紙を何度も見比べ、読み進めるほどに青ざめていく。
「娘のエルナが押しかけてしまい、申し訳ない。1か月間お世話になる詫びと滞在費として、些細な物ではあるがお納めいただきたい……些細な物!?」
父さんが耐えきれないように顔を上げた。
「ロウエン! ロウエンは来てるか!?」
「旦那様、ここにおります」
父さんはロウエン爺に手紙を押しつけ、声を潜めた。
「どう思う? これは、エルナ嬢に不自由な思いをさせるなよっていう命令か?」
ロウエン爺は手紙に目を通し、ゆっくりと首を横に振った。
「恐らく違いますな。文面どおりの好意でしょう。……それにしても、娘の1か月の滞在費としては多すぎますが」
「ああ。1か月どころか、明らかに5年分はある。こんな物をもらって、返礼はどうしたらいい?」
ロウエン爺はしばらく顎を撫でていたが、やがて木箱を見回した。
「伯爵様ともなれば、金品財宝は見慣れているでしょう。我が領に同等の物はありませんし、用意すれば破産します。それは伯爵様の望むところでもありますまい。我が領の特産品でよろしいのではないでしょうか?」
そこでエルナが、荷物の山を見渡しながら言った。
「おはようございます。もう届いたんですね。実家の張り切り具合が分かる量と早さやん」
父さんの肩がピクッと揺れた。
「……張り切り具合?」
「はい。うちは魔法系貴族で、家族も使用人も全員クレア様が大好きなんです。うちがグランベル領へ行くと手紙を送った時点で、家中が大騒ぎしている光景が目に浮かびました」
父さんが呆然と木箱へ目を戻す。
「そうか。レイフォルト伯爵家は、魔法系貴族か……」
ロウエン爺が、木箱に押された紋章を見つめたまま動きを止めた。
「旦那様。そういえば、先の魔物の襲撃でクレア様が危険な目に遭われた際、多くの貴族家から寄付が届きましたな。エーレンフェルト家に次いで早かったのが、このレイフォルト伯爵家でした」
エルナの表情から笑みが消えた。
「それは、うちも覚えています。あの事件を知って家中がパニックになり、一家総出で支援物資を集めました。普段はほとんど怒らない父上も大激怒して、すぐ王宮へ向かったんです」
父さんとロウエン爺が顔を見合わせた。
「それだ……」
父さんが木箱へ歩み寄り、刻まれた紋章に手を触れる。
「俺たちは、グレゴールが動いてくれたから、5年間実現しなかった騎士団派遣がようやく決まったと思っていた。もちろん、あいつがずっと尽力してくれたのは知っている。だが、グレゴールも俺たちと同じ騎士爵家だ。そこへ伯爵家まで動いたなら……」
「父上が言っていました。あのとき王宮へ働きかけた魔法系貴族は、ほかにも大勢いたそうです」
エルナの言葉に、父さんが深く息を吐いた。
俺は、目の前に積まれた木箱を見上げた。
あのとき母さんが生き延び、ようやく騎士団が派遣された裏で、俺たちの知らない人たちまで必死に動いてくれていたのか。
さっきまで異常にしか見えなかった贈り物の山が、急に違って見えた。
ロウエン爺が静かに頷いた。
「寄付をいただいた貴族家の中では、レイフォルト伯爵家が最も高位です。事実が分かった以上、礼を尽くすのが筋ですな。返礼品も決まりました」
父さんも腹を決めたように頷く。
「ああ。クレア!! 玄関ホールに来てくれ!!」
母さんは怪訝な顔で玄関ホールへやってくると、木箱の山を見て絶句した。
「あんた、これは何だい?」
「レイフォルト伯爵家からの贈答品だ。返礼として我が領の特産品を詰め合わせて、クレアの氷魔法で鮮度を保ちたい。できるか?」
「簡単にできるけど、少し面倒だね」
「クレア。レイフォルト伯爵家は、騎士団派遣にも大きく影響していた可能性が高いんだ。我が領の恩人だ。礼を尽くしたい。協力してくれ」
母さんは眉間にしわを寄せたが、積み上がった木箱を見て、諦めたように息を吐いた。
「……分かったよ」
エルナが胸の前で両手を握りしめた。
「それは、すごい! クレア様が氷魔法で鮮度を保った返礼品なんて、うちの家宝になりますやん!」
食べ物を家宝にするのは、やめた方がいいと思うぞ。
父さんが母さんへ向き直る。
「エルナ嬢の希望にも、極力応えるのが筋だ。クレア、セインの魔法指導にエルナ嬢も同席させてやってくれ」
エルナの身体が跳ねた。
母さんが頷く。
「分かったよ。エルナさん、この1か月、ビシビシいくからついてきてください」
エルナは直立不動になって答えた。
「はい! 呼び捨てにしてください!! よろしくお願いいたします!!」
今にも倒れそうなくらい、その目が輝いていた。
俺は何度も母さんの氷槍を見てきた。
でも、その氷槍が、幼い頃から専門的に魔法を学んできたエルナの目にどう映るのかまでは、まだ知らなかった。




