第45話 セインのご学友
「それなら、うちも馬車に同乗させてもらって、グランベル領に行きたいんやけど……ダメかな?」
エルナがグランベル領に?
「別にいいけど、何で? 畑しかない何もないところだよ?」
「何もないって……《氷槍》のクレア様がおるやん!」
エルナは何を言っているんだという顔で俺を見た。
「クレア様の氷槍を間近で見られるかもしれへん。それに、直接魔法を教えてもらえるかもしれへんのやで! 行かへん理由がないやん!」
「母さんが教えるかは分からないけど、来たいなら歓迎するよ」
「ほんまに!? ありがとう、セイン!」
エルナが俺の両手を握って飛び跳ねる。
その様子を見ていたアイリスの眉が、わずかに動いた。
「俺も行く」
ジークが突然言った。
「ジークも?」
「ああ。お前とアイリスの剣術の師であるロウエン殿に、以前から一度教えを受けてみたいと思っていた。迷惑でなければ、俺もグランベル領で鍛練させてほしい」
「それなら俺も行きたいべ!」
マリウスまで勢いよく手を挙げた。
「セインとアイリスの剣術には、蹴りや体術も混ざってるべ? 俺の戦い方にも絶対合うと思うんだ。俺もロウエン流を教わりたいべさ!」
「一気に増えたな……。父さんなら喜ぶと思うけど、みんな家の許可は大丈夫なの?」
「俺はこれから家に戻って、直接許可をもらってくる」
「うちも王都屋敷に手紙を送る。今日中に返事をもらえるよう頼んでみるわ」
「俺も王都屋敷に手紙を出してみるべ」
こうして、エルナ、ジーク、マリウスの3人も、家の許可が下りれば夏休みをグランベル領で過ごすことになった。
◇◇◇◇
翌朝。
荷物を抱えて寮の庭へ降りると、父さんとギルベルトさんはすでに到着していた。
「おはよう。父さん、ずいぶん早かったね」
「久しぶりにセインに会えると思ったら、早く目が覚めてな。馬にも少し無理をさせちまった!」
父さんは悪びれもせずに笑っている。
ギルベルトさんも、アイリスの姿を見ながら頷いた。
「その気持ちは分かるぞ。俺も半年もアイリスに会えなかったのは初めてだからな」
「父上……大げさです」
そう言いながらも、アイリスは嬉しそうに笑っている。
父さんは俺の肩を何度も叩いた。
「それで、セイン! 結果は聞いたぞ。総合1位だったらしいな! さすが俺の息子だ!」
「うん。なんとか1位になれたよ」
「なんとかで1位になるな! お父さん、誇らしすぎて困るだろ!」
何で困るんだよ。
ギルベルトさんも、アイリスの頭を優しく撫でた。
「アイリスも2位だったそうだな。よく頑張った」
「はい、父上」
アイリスは照れくさそうに頷いた。
その隣で、リリアが少しだけ俯く。
ギルベルトさんは何も言わずにリリアの前へ移動し、アイリスにしたのと同じように、その頭を優しく撫でた。
「リリア。6位なら十分すぎるほど立派な成績だ。Aクラスでも、お前が努力して勝ち取った結果に変わりはない。よく頑張ったな」
リリアが顔を上げる。
「……ありがとうございます」
父さんも明るい声で言った。
「6位は立派な成績だ。胸を張りなさい、リリア嬢。おい、ギルベルト。万年6位のフィオナを思い出すな!」
「そういえばそうだな! フィオナもそうだったな。懐かしい」
いやいや、父さんたち。
リリアは今回、Sクラスには届かなかったけど、まだSクラス入りを諦めていないんだから、万年6位とか言うなよな。
リリアは小さく笑った。
「フィオナ様もそうだったんですね。少しだけ気が楽になりました」
昨日から残っていた表情の硬さが、少しだけ和らいだ。
それから俺は、父さんにエルナ、ジーク、マリウスを1人ずつ紹介した。
「3人とも、夏休みはグランベル領で過ごしたいんだって。連れて帰っても大丈夫かな?」
父さんの目が大きく見開かれた。
「セインが……友達を……?」
「うん。3人とも、家から許可はもらってるよ」
エルナとマリウスは、今朝までにそれぞれの王都屋敷から届いた返事を父さんへ見せた。ジークも、父親から直接許可を得たと伝える。
それなのに父さんは手紙を受け取ろうともせず、真上を向いた。
「あのセインが、学園の友達を家に連れてきたいと……」
目元が光っている。
父さん、泣いてないか?
ギルベルトさんが、分かるぞという顔で父さんの肩を叩いた。
「気持ちは分かるが、学園で友達ができるのは当たり前だろ。俺たちだって、ここで知り合ったんだからな」
「……そうだな。歳を取ると涙もろくていけねえ!」
そこまで感動することなのか?
俺がちょっと変わった子どもだったから、学園で友達ができるか、実はずっと心配していたんだろうか。
それにしても、みんなの前で泣かれるのは恥ずかしい。
父さんは腕で目元を拭うと、3人に向かって笑った。
「グランベル領は大歓迎だ! うちは部屋だけは余ってるからな。遠慮せず、自分の家だと思って過ごしてくれ!」
「ありがとうございます!」
「お世話になります」
「世話になるべ!」
ギルベルトさんは、アイリスとリリアの荷物を馬車へ積みながら父さんに言った。
「俺たちは一度エーレンフェルト領へ戻る。準備ができたら、すぐにお前のところへ向かうからな」
「ああ。待ってるぞ」
アイリスが名残惜しそうに俺を見た。
「セイン、先に帰ってなさい。すぐに行くから」
「分かった。待ってるよ」
俺が答えると、アイリスはエルナの方をちらりと見た。
エルナはそんな視線にも気づかず、父さんの馬車を見ながらそわそわしている。
今から母さんに会うことで、頭がいっぱいなんだろう。
◇◇◇◇
王都を出てからの1週間、馬車の中はずっと賑やかだった。
エルナは母さんのことを、ジークとマリウスはロウエン爺のことを、何度も俺に尋ねてくる。
「なあ、セイン。クレア様は普段、どんな魔法を使うん?」
「普段は料理をしたり、俺を叱ったりしてるけど」
「叱られる? 誰が?」
「俺が」
「羨ましい……」
「何で!? 羨ましいのか?」
エルナは本気の目をしていた。
駄目だ。
この子は魔法に関わると本当に壊れる。
野宿のたびに、ジークとマリウスから立ち合いを挑まれた。
2人は俺と立ち合ったあとも、盾で短剣をどこまで防げるのか、どの間合いなら懐へ潜り込めるのかと、互いの戦い方を確かめ合っている。
それを父さんが嬉しそうに眺めていた。
みんな楽しそうで何よりだ。
◇◇◇◇
1週間後、馬車がグランベル領の領主屋敷へ到着した。
俺たちが馬車を降りると、父さんは3人を屋敷へ招き入れるように大きく腕を広げた。
「さあ、着いたぞ! 空いている部屋は好きに使ってくれて構わない。クレアにベッドを整えてもらうから、荷物は玄関に置いておけ!」
エルナの顔色が変わった。
「グランベル様! それはあきません! クレア様にベッドを整えていただくなんて恐れ多すぎます! 自分でやります!」
ジークもすぐに頷く。
「アノルドさん、俺たちは勝手に押しかけた身です。その程度のことは自分たちでやりますので、お構いなく」
「そうなのか? それなら分かった」
父さんは不思議そうな顔をしながら玄関の扉を開け、屋敷中に響く声で叫んだ。
「クレアー! セインが友達を連れて帰ってきたぞー! 今日は祝い飯だ! 一番いい肉を出せ!」
え!?
なぜ祝い飯!?
俺はそんなに友達ができそうにない子どもだったの!?
母さんが何事かという顔で、玄関ホールへ出てきた。
ジークとマリウスが、そろって深々と頭を下げる。
「夏休みの1か月間、お世話になります」
「世話になるべ」
エルナは母さんを見たまま、完全に固まっていた。
母さんは3人へ微笑みながら丁寧に挨拶をした。
「うちのセインが、いつもお世話になっております。これからも仲良くしてくださいね」
そう言った母さんの目に、みるみる涙が浮かんだ。
母さんはそれを隠すように顔を背け、そのまま屋敷の奥へ戻っていく。
いや……マジか……。
母さんまで、そうなるのか……。
想定外の攻撃を受けている。
これは、かなりの精神的損傷だ。
アイリスもいないから、誰も俺を助けてくれない。
学園を出る時に父さんが涙ぐんだ理由を、もっと深く考えておくべきだった。
「おい、エルナ! 大丈夫か!?」
ジークに肩を揺すられ、エルナが我に返った。
「ハッ! うち、挨拶する機会を逃してもうた! どないしよう!?」
ジークが、隣で灰になりかけている俺へ顔を向ける。
「セイン、エルナをもう一度お母上に会わせてもらえないだろうか? ……セイン? おい、どうした?」
「いや、いいんだ。お前たちは分からない方がいい……。母さんに、もう一度だね。分かったよ」
その時、屋敷の外から何頭もの馬が駆けてくる音が聞こえた。
まさか……。
嫌な予感がして振り返ると、ロウエン爺とニルくん、それに自警団の人たちが、早馬でも飛ばしてきたのかという勢いで屋敷へ駆け込んできた。
「若様!! ご学友を連れて帰ってきたというのは本当なの!?」
ニルくんの後ろから、ロウエン爺も目元を押さえながら歩いてくる。
「若様……爺は感無量にございます」
「もういいって! その反応、父さんと母さんで十分だから! はいはい、連れてきましたよ! 早く村に帰ってよ!」
ロウエン爺の後ろでは、自警団の人たちまで涙ぐんでいた。
「後ろの人たちも泣かないで! 何で村中に広まってるの!?」
頼むから、もう村へ帰ってくれ。
これ以上は耐えられない。
しかし、俺が頭を抱えている間に、ジークがロウエン爺の前へ進み出た。
「もしや、あなたがロウエン殿ですか?」
「いかにも。ロウエンにございますが……」
ジークの顔が輝いた。
「セインとアイリスから、何度も話を聞いています。剣術と体術を組み合わせたロウエン流を、ぜひ俺にも教えていただきたい」
マリウスも隣へ並ぶ。
「俺もだべ! 短剣にも活かせる体術を学びたいべさ!」
ロウエン爺は2人の身体つきを眺め、嬉しそうに髭を撫でた。
「若様が戻られた以上、明日から毎日、午前中は鍛練の時間にございます。その折、お二人もご一緒なさればよろしいでしょう」
「ありがとうございます!」
ジークとマリウスが、そろって頭を下げた。
ニルくんは、期待外れだという顔で2人を見る。
「なんだ。友達っていっても、結局は鍛練仲間なんだね。若様らしいや」
「うるさいよ!」
俺が睨んでも、ニルくんは楽しそうに笑うだけだった。
もう反論する気力も残っていない。
その時、エルナが俺の服の裾を引いた。
「セイン……」
振り返ると、エルナは母さんが消えていった廊下を見つめていた。
「今の人が……本物のクレア様なん?」
「本物って……母さんなら、そうだけど」
エルナは青ざめた顔で俺を見上げる。
「うち……《氷槍》のクレア様を目の前にして、一言も挨拶できへんかった……」
どうやらエルナにとっては、ここからが本番らしい。
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