第43話 武器実技試験
アイリスは俺たちと一緒に弓の方を見ていたが、早く自分の試験を終わらせたいのか、さっさと剣術の列へ並んでしまった。
俺は隣にいるジークへ尋ねる。
「さっき矢を射っていたヤツ、知ってるか?」
「ああ。あいつはマリウス・クレイン。クレイン辺境伯の三男らしい。入試の実技で5位だったヤツだな」
あー、言われてみれば、うっすら名前を覚えている。
弓の腕だけじゃない。
立っている姿に隙がなく、周囲を見る目も鋭い。身のこなしだけで、かなり鍛えているのが分かる。
弓の実技を終えたマリウスは、腰に差した2本の短剣型の木剣を確かめ、そのままアイリスの後ろへ並んだ。
これで、アイリスとマリウスの立ち合いが決まった。
入試実技2位と5位。
これは見逃せない。
列の進み具合を眺めていると、思ったより早く順番が回ってきそうだった。
エルナが俺の顔を覗き込む。
「セインは並ばへんの?」
「あっ……みんなの立ち合いに見入っていた。俺も並んでくる」
「うん。頑張ってや」
エルナに笑顔で送り出され、俺も列の最後尾へ向かった。
その途中で、アイリスの名前が呼ばれる。
最初の相手は槍使いだ。
アイリスが下座、相手が上座へ入る。
「両者、構えろ。始め!!」
ザック先生の掛け声と同時に、アイリスが地面を蹴った。
一気に低くなった姿勢へ、槍の穂先が迫る。
突く、突く、また突く。
アイリスは最初の突きを首を傾けるだけでかわし、次を木剣で受け流す。3度目の穂先が胸元へ伸びた瞬間、横へかわしながら跳んだ。
相手が顔を上げる。
アイリスは空中で身体をひねり、横から木剣を振り抜いた。
バシンッ!!
「ぐあっ……!!」
木剣が肩へまともに入り、相手が槍を落として膝をつく。
あちゃー、モロに入った。
あれ、痛いんだよね……。
アイリスは着地すると、相手の前へ木剣を突きつけた。
「早く立ちなさいよ。まだ時間が残ってるわ。私は実力をほとんど出せていないの」
鬼か……!!
お前は鬼なのか!!
それまで周囲でざわついていた生徒たちが、アイリスの一撃と言葉で静まり返った。
青ざめている生徒までいる。
ほら、周りもドン引きじゃないか!
相手は肩を押さえながら立ち上がり、苦痛に顔を歪めて槍を構え直した。
「続行可能だな? 始め!!」
ザック先生の声がかかる。
アイリスが踏み込む。
上段から振り下ろされた木剣を、相手は槍の柄で受け止めた。
次の瞬間、アイリスの前蹴りが鳩尾へ突き刺さる。
「うぐっ……!!」
相手の身体がくの字に折れ、その場へ崩れ落ちた。
「そこまでだ! これ以上の続行は危険と判断する!」
アイリスは物足りなさそうに息を吐き、上座を離れた。
「ハア……」
俺はリリアとエルナを見る。
2人とも目を輝かせていたが、リリアだけはすぐに笑顔を引っ込め、真剣な顔でアイリスの背中を見つめた。
アイリスの苛立ちに気づいたのかもしれない。
そのアイリスの前へ、マリウスが入る。
腰から2本の短い木剣を抜きながら、感心したように言った。
「アイリス・エーレンフェルトか。ずいぶん野性的な戦い方をするべ」
アイリスの足が止まった。
「ああ!?」
マリウスは慌てて片手を横に振る。
「いやいや、悪い意味じゃないべ。褒めてるんだ」
「あんたの褒め方、最悪なのよ。女の子に言う言葉じゃないわよね?」
マリウスはアイリスを上から下まで見た。
「え? その強さで女の子としてなんか見れないべ」
おい。
それ以上はいけない。
アイリスの目付きが変わった。
「十分分かったわ。要するに、喧嘩を売っているのね。あんたの希望どおり、ブチ殺してあげるわ!」
マリウス、完璧に怒らせたな……。
これは寸止めしてくれなくなるぞ。
アイリスが剣を持ったときのお前の気持ちは分かるが、デリカシーは大切だよね。
マリウスは2本の木剣を身体の前へ構えた。
さっきまでの軽い表情が消える。
アイリスも腰を落とし、木剣の切っ先をマリウスへ向ける。
2人の間の空気が、一瞬で張り詰めた。
「両者、構えろ。始め!!」
アイリスが真っすぐに突っ込んだ。
横薙ぎの木剣を、マリウスが右手の短剣で受ける。
ガンッ!!
乾いた音が響き、マリウスの腕が押し込まれた。
だが、止まらない。
アイリスがその勢いのまま身体を回し、下段から斬り上げる。
マリウスは左手の短剣を添え、木剣の軌道を外へ滑らせた。
同時に、右手の短剣がアイリスの脇腹へ伸びる。
速い!
アイリスは上半身を反らして刃をかわし、マリウスの手首へ蹴りを放った。
マリウスが腕を引く。
蹴りが空を切り、2人は同時に距離を取った。
アイリスの連撃を初見で受けただけじゃない。
あの一瞬で反撃までした。
「いやいや……噂には聞いていたけど、実際に受けると噂以上だべ」
マリウスは軽口を叩いているが、足運びは乱れていない。
アイリスが再び距離を詰める。
木剣が上から、横から、下から襲いかかった。
カンッ、カンッ、カカカカッ!!
アイリスの木剣が動くより先に、マリウスの足がわずかに動いていた。
剣だけを見ているんじゃない。
肩や腰の動きから、次の攻撃を読んでいる。
アイリスの木剣が頬の横を抜ける。
マリウスは半歩だけ下がってかわし、そのまま短剣を突き出した。
アイリスが首をひねる。
切っ先が髪を揺らした。
もう片方の短剣が、アイリスの胴へ迫る。
アイリスは木剣の柄で手首を弾き、その場で身体を回転させた。
後ろ回し蹴りがマリウスの顔へ飛ぶ。
マリウスは頭を下げてかわした。
だが、アイリスは蹴りの勢いを殺さない。
着地と同時に地面へ手をつき、マリウスの足元を払った。
「うおっ!?」
マリウスは後方へ跳び、空中で一回転して着地する。
周囲の生徒たちから、どよめきが上がった。
こいつ、目が良い。
それに、距離の取り方がうまい。
逃げているんじゃない。
アイリスの攻撃が届くギリギリの位置を見切り、その外側へ抜け続けている。
「受けてばかりいないで、攻撃してきなさいよ!!」
「さっきからしてるべ! 当たらねえだけだ!」
「だったら当ててみなさい!!ハアアーー!!」
アイリスは気合いを入れて地面を蹴った。
正面から木剣を振り下ろす。
マリウスが短剣を交差させて受けた瞬間、アイリスの姿勢がさらに沈んだ。
そのまま、空中で身体を縦に一回転させ、踵を振り下ろす。
「なっ!?」
踵が交差した2本の短剣へ叩きつけられる。
バギッ!!
両方の木剣で受け止めたが、衝撃に耐えきれず、マリウスは背中から地面へ倒れた。
アイリスは着地と同時に踏み込み、マリウスの喉元へ木剣を突きつける。
「そこまで!!」
ザック先生の声が響いた。
静まり返っていた周囲から、遅れて大きなどよめきが上がる。
マリウスは地面に倒れたまま、アイリスに言った。
「あの体勢で一回転してかかと落としとか……。そんなの分かるわけねえべ」
アイリスが鼻を鳴らす。
「フン! 私を野性的なんて言うからよ!」
「だから、褒めたんだべ……今もかなり野性的な動きだべ」
「どこが褒め言葉なのよ!!」
ジークは無言でマリウスを見ていた。
目だけが妙に輝いている。
まずい。
強い相手を見つけたときの目だ。
激しい立ち合いだったため、5分間の休憩が設けられた。
ザック先生がマリウスの腕や背中を確認したが、大きな怪我はないようだ。
マリウスは上座へ移動すると、木剣を何度か振って身体の感触を確かめている。
アイリスはリリアとエルナのところへ戻った。
2人から興奮した様子で褒められているようだが、望んでいる言葉をもらえないらしく、複雑な表情をしていた。
アイリスは実に分かりやすい。
あいつが常に求めているのは、「かわいい」という言葉だ。
だが、軽業師が真っ青になるような体術で相手を倒したら、見ている方は爽快感があるし、男女関係なくカッコいいと思う。
休憩後、マリウスは次の相手と立ち合った。
相手の剣が届く直前に半歩だけ外へ抜け、懐へ潜り込む。
2本の短剣が、首元と脇腹で同時に止まった。
相手は何が起きたのか分からない顔で固まっている。
やはり強い。
アイリスが異常なだけで、マリウスも間違いなく学年上位だ。
いよいよ次は俺の番だ。
相手は普通の剣か……。
俺は下座へ入った。
「両者、構えろ。始め!!」
まずは相手の動きを見よう。
俺は速度を抑え、木剣を袈裟斬り気味に振り下ろした。
相手が木剣で受け止める。
その瞬間、身体が勝手に次の動きへ入った。
ロウエン流の前蹴り。
あっ、やべっ!
俺の足が相手の鳩尾へ突き刺さる。
「うぐっ……!!」
相手は息を吐き出し、その場へ崩れ落ちた。
「そこまでだ! これ以上の続行は危険と判断する!」
俺は上座へ移動しながら、倒れた相手を振り返った。
これはマズい。
さっきは、実力を出せないくらいで苛立つアイリスを鬼かと思った。
でも、自分の良さを何も見せられないまま終わると、確かに焦る。
アイリス、さっきは鬼だと思ってごめん。
次の相手も剣か……。
よし。
今度は自分から攻めず、相手の攻撃を受けてから反撃しよう。
「両者、構えろ。始め!!」
俺は木剣を構え、相手の動きを待つ。
相手も構えたまま動かない。
…………。
いや、来ないのかよ!!
どんどん来いよ!
やる気あるのかよ!
しばらく待っても相手は動かなかった。
仕方なく、俺から距離を詰める。
今度こそ倒さないよう、分かりやすく右から木剣を振った。
相手も反応し、慌てて木剣を構える。
ボゴッ!!
「うがっ……!!」
相手の木剣が弾かれ、俺の一撃が肩へ入った。
相手は痛みに呻き、その場へうずくまる。
いや、ちゃんと受けて!?
剣をちゃんと握って受ける、基本だよね!?
木剣を軽く握ってフラフラさせているから、相手の剣の威力を殺せないんだろ!?
これは、いよいよヤバい。
あー、早く立てって言いたい。
言葉が喉まで出かかってる……。
だが、俺は言わん!!
周りが引くから!!
今までアイリスやジークとばかり立ち合ってきたせいで、同じ学年の生徒とここまで差があるとは思っていなかった。
相手がようやく立ち上がり、木剣を構え直す。
「続行可能だな? 始め!!」
俺は再び相手の攻撃を待った。
相手は動かない。
俺も動けない。
また倒してしまえば、今度こそ何も見せられないまま終わる。
そのまま時間だけが過ぎていく。
ピーッ!!
笛が鳴った。
「そこまで!」
「え?」
嘘だろ!?
俺は呆然としたまま上座を離れた。
結局、俺が振った剣は最初の1回だけだ。
残りの時間、相手はほとんど構えていただけじゃないか!
これ、俺より相手の方が評価やばくないか?
リリアとエルナが駆け寄ってくる。
2人とも興奮しているようだった。
「セイン、強いな! ほとんど瞬殺やん!」
「セインの立ち合いも、うっとりするほど尊かったです」
「いや、俺は何もできなかったんだけど……」
ジークも俺の隣へ来た。
「セイン、俺もお前と同じような感じで終わった。自分の良さを少しも出せないと焦るよな?」
「ああ。焦りを通り越して呆然だ。逆に俺が一方的にやられた気分だよ」
アイリスが笑顔で頷く。
「あー、分かる。私はイライラしたけどね」
「アイリスはマリウスと立ち合って、自分の良さを全部出していたじゃないか」
マリウスの名前を聞いた途端、アイリスが顔をしかめた。
「フン! あの田舎者の話は出さないで!」
少し離れた場所で、マリウスがこちらを振り返る。
「聞こえてるべ!」
「うるさい!!」
そんなやり取りをしているうちに、武器実技試験は終わった。
いよいよ明日は結果発表だ。
Sクラスは、父さんも母さんも在籍していたクラス。
入ることができれば、課外活動を中心とした実戦的な授業を受けられる。普通のクラスとは、そもそもの教育方針が違うらしい。
Sクラスに入らない理由はない。
筆記と魔法は、今の俺にできる限りのことをした。
だが、剣術は相手を圧倒しただけで、俺が何を評価されたのか分からない。
勝てばいい試験ではない。
今さら考えても、結果は変わらないけど……。
頼む。
Sクラスに入っていますように。




