第42話 魔法実技試験
試験当日、午前中は筆記試験だった。
終了を告げる鐘が鳴る少し前、俺は最後の問題まで見直し終えた。
算術、歴史、魔法学。
解答用紙を最初から確認し、書き間違いがないことを確かめたところで鐘が鳴る。
多分、大丈夫だ。
昼休みになると、俺たち5人は食堂のいつもの席に集まった。
料理が並んでいるのに、アイリスはフォークを持ったまま、なかなか食べようとしない。
「アイリス、筆記はどうだった?」
「最後まで解けたけど、見直しの途中で鐘が鳴ったの。あと少し時間があれば、全部確認できたのに……」
「最後まで解けたなら大丈夫だろ?」
「書き間違えていたらどうするのよ」
アイリスは唇を尖らせ、ようやく料理を一口食べた。
エルナも大きなため息を吐く。
「うちも時間ギリギリやったわ。魔法学はスラスラできたんやけど、算術と歴史に時間を取られすぎた」
「試験には出るんだから、覚えるしかないだろ」
「分かっとるよ。だから1か月も頑張ったんやん」
エルナがジークとリリアへ顔を向ける。
「2人はどうやった?」
「いつも通りだ。最後まで見直しもできた」
「私も、できる限りのことはできたと思います」
リリアはそう答えたが、膝の上で重ねた指先は固く結ばれていた。
筆記だけで終わりではない。
午後には、リリアが一番不安に思っていた魔法実技が待っている。
「セインはどうだったんや?」
「一通り見直しもできた。多分、大丈夫だ」
「多分って、セインが言うと嫌味に聞こえるわ」
アイリスが半目で俺を睨んできた。
「そんなつもりはないよ!」
「どうせ、また学年1位なんやろな」
「まだ結果は出てないだろ?」
「セインがそんなことを言って、本当に1位じゃなかったことがあるん?」
「……ないけど」
「ほら、嫌味やん」
エルナに即答され、リリアが口元に手を当てて笑った。
張りつめていた空気が、少しだけ緩んだ。
午後1時。
俺とアイリス、エルナ、リリアは、魔法実技試験が行われる校庭へ向かった。
一定の間隔で標的台が並び、地面には何度も魔法を撃ち込まれた跡が残っている。焦げた土や砕けた的の破片が、校庭の端へ集められていた。
魔法実技試験を受ける生徒は、学年全体でも20人ほどしかいない。
全員が並ぶと、グレン先生が俺たちの前に立った。
「これから魔法の実技試験を行う。現時点で出せる、最大限の魔法を見せろ。攻撃魔法は威力、速度、形状維持、命中精度。回復系や精神制御系は、出力、照射時間、魔力制御を見る。試験だからと無理に新しいことをするな。では始める」
名前を呼ばれた生徒が、順番に前へ出ていく。
火球が標的台を焦がし、水弾が的にぶつかって弾ける。風の刃は的の端をかすめ、背後の土を浅く抉った。
普段の授業なら、失敗した生徒を見て笑う者もいる。
だが、今日は誰も笑わない。
「次、エルナ・レイフォルト」
「はい!」
エルナが勢いよく返事をして、標的台の前へ進んだ。
所定の位置に立つと、表情から笑みが消える。
エルナが右手を突き出した。
空気が揺らぐ。
1つ、2つ、3つ、4つ。
赤い火球が次々と浮かび、さらに5つ目が形を作った。
俺の頬にまで熱が届く。
最初の4つは、大きさも揺らぎもほとんど同じだった。だが、5つ目だけは輪郭がわずかに歪み、炎の先端が不規則に揺れている。
エルナの額に汗が浮かんだ。
「行け!」
4つの火球が、ほとんど間を空けずに射出された。
ボッ、ボッ、ボッ、ボッ、と空気を叩く音が続く。
すべての火球が的の中心へ命中し、ほぼ同じ大きさの焦げ跡を残した。
周囲から小さなどよめきが上がる。
残った5つ目の輪郭が、大きく揺れた。
エルナが奥歯を噛み締め、腕を振る。
火球は中心からわずかに外れた場所へ命中し、炎を横へ広げた。
「うーん……もう少しやったのに」
「4つまでは完成度が高い。5つ目は形成した時点で制御が乱れていたな」
「はい」
「だが、この速度と命中精度を両立できるなら十分だ。まずは5つ目の維持を安定させろ」
「はい!」
エルナは嬉しそうに返事をして戻ってきた。
「5つ目、惜しかったな」
「的には当たったんやけどなあ。4つ目までは完璧やったやろ?」
「ああ。俺には、あんなに同じ形には揃えられない」
「セインに魔法で褒められると、気分ええな」
エルナが満足そうに笑った直後、グレン先生が次の名前を呼んだ。
「次、セイン・グランベル」
「はい」
俺は標的台の前へ出た。
的の中心には、エルナの火球が残した焦げ跡が並んでいる。
俺も、氷槍を同じ精度で撃てるだろうか。
息を整え、両手に魔力を集める。
腕を伝った冷気が身体の前へ流れ、1本目の氷槍が形を作った。
2本目。
3本目。
そして、4本目。
4本すべてを浮かべた瞬間、頭の奥へ重い力がかかった。
半年前なら、4本目は穂先を作る前に崩れていた。
今は形にできる。
だが、4本目だけは表面が滑らかではなく、穂先がわずかに揺れている。
1本目を射出する。
氷槍は真っ直ぐ飛び、鈍い音を立てて的へ突き刺さった。
2本目も、その隣へ突き立つ。
3本目は狙った位置から少しずれたが、十分な深さまで刺さった。
残るのは4本目だけ。
額から流れた汗が頬を伝う。
ここで崩したくない。
穂先を標的台へ向け、一気に射出した。
飛んでいく途中で、氷槍の輪郭が崩れる。
それでも的からは外れなかった。
ガンッ、と鈍い音が響く。
4本目は的に当たったが、穂先が浅く食い込んだだけで弾かれ、砕けた氷が地面へ散らばった。
胸の奥に悔しさが込み上げる。
当てることはできた。
だが、これでは相手を貫けない。
エルナは5つ目さえ、威力を保ったまま的へ届かせていた。
氷槍の数を増やすだけでは駄目だ。
すべてを同じ形に揃え、威力を落とさず、狙った場所へ撃ち込む。
その難しさを、砕けた4本目が示していた。
「4本を同時に形成できるようになったことは評価する」
「はい」
「だが、4本目は形成した時点で制御が乱れている。命中はしたが、途中で速度も威力も落ちた。実戦なら有効打にはならない」
俺は地面に散らばった氷を見ながら頷いた。
「3本の完成度をさらに上げるか、4本すべてを安定させるか。自分の課題を考えて鍛練しろ」
「はい!」
的に刺さった3本と、砕けた4本目を目に焼きつけてから、皆のところへ戻った。
「惜しかったわね」
「ああ。でも、半年前は4本目を作ることすらできなかった。次は最後まで威力を落とさないようにするよ」
まだ上がいる。
なら、そこまで鍛練すればいい。
「次、アイリス・エーレンフェルト」
「はい」
アイリスの肩が、小さく跳ねた。
グレン先生の前には、回復魔法の出力と維持時間を測るための魔法板が置かれている。
アイリスは魔法板へ両手をかざし、深呼吸をした。
「ハイヒール」
手のひらに白い光が灯る。
光は魔法板を包み込み、少し離れた俺のところまで温かな空気が届いた。
教師が砂時計をひっくり返す。
1分。
2分。
白い光は、ほとんど揺らがない。
3分を過ぎると、アイリスの額に汗が浮かび、かざしている腕が震え始めた。
光が一度だけ弱くなる。
アイリスは唇を固く結び、すぐに元の強さへ戻した。
「頑張れ……」
思わず、小さな声が漏れる。
やがて、グレン先生が手を上げた。
「そこまで。4分だ」
白い光が消え、アイリスは両手を机についた。
「ハア……ハア……」
肩を大きく上下させ、指先まで震えている。
「出力は高い。ハイヒールを4分維持できたことも評価できる。ただし、途中で出力が乱れた。強い光を長く出すだけでなく、必要な量を安定して届けることを意識しろ」
「……はい」
アイリスは悔しそうに唇を噛んだ。
戻ってきたアイリスへ声をかける。
「4分も維持できたじゃないか。すごかったぞ」
「途中で光が弱くなったわ」
「でも、すぐに戻しただろ?」
「次は最初から最後まで、同じ強さで維持するわ」
息を切らしながらも、アイリスの目はもう次を見ていた。
「次、リリア・ベルフォード」
「はい」
リリアが静かに返事をする。
だが、机へ向かう直前、胸元で重ねた指先を強く握った。
リリアが不安に思っていることは分かっている。
攻撃魔法のように、的を壊せば強さが分かる魔法ではない。
自分の闇魔法が、どこまで評価されるのか。
リリアは魔法板の前に立ち、右手をかざした。
白い魔法板の上へ、藍色の魔力がゆっくりと広がる。
熱も冷気もない。
音さえしない。
ただ、リリアを中心に、周囲の空気が静まっていく。
胸の奥に残っていた緊張が、少しずつ薄れた。
呼吸が楽になる。
これが、リリアの闇魔法だ。
藍色の光は弱く見えるが、揺らぎはほとんどない。
1分。
2分。
3分。
4分を過ぎると、リリアの額に汗が滲み、指先が震え始めた。
藍色の光が、わずかに薄くなる。
リリアは目を閉じて呼吸を整え、再び魔力を魔法板全体へ行き渡らせた。
グレン先生は何も言わない。
成功しているのか。
それとも、出力が足りないのか。
見ている俺にも分からない。
リリアの頬を汗が伝う。
それでも、手は下がらなかった。
「そこまで。5分だ」
グレン先生が手を上げると、藍色の魔力が空気へ溶けるように消えた。
リリアは小さく息を吐き、手を胸元へ戻す。
グレン先生は何も言わず、記録用紙へ羽根ペンを走らせた。
リリアの指先が、再び固く結ばれる。
羽根ペンが止まった。
「安定している」
その一言で、リリアの肩から力が抜けた。
「出力に無駄がなく、5分間ほとんど乱れなかった。途中で一度弱まったが、自分で修正できている」
「はい」
「闇魔法は、攻撃魔法のように見た目だけで評価できるものではない。だが、お前の魔法は精神を鎮め、痛みを和らげることに向いた制御だ。そのまま伸ばせ」
「ありがとうございます」
リリアは深く頭を下げた。
戻ってきたリリアへ、アイリスが真っ先に抱きつく。
「リリア、すごいじゃない! 5分よ、5分!」
「ありがとうございます、アイリス。途中で少し弱くなってしまいましたけど……」
「自分で戻したって、先生も言ってたでしょ?」
アイリスに両手を握られ、リリアが嬉しそうに笑う。
「はい。私の魔法も、きちんと見てもらえました」
その言葉を聞き、俺も胸を撫で下ろした。
魔法実技試験が終わると、俺とアイリスは武器の実技試験が行われている訓練場へ向かった。
後ろから、リリアとエルナもついてくる。
「あれ? 2人も来るのか?」
「もちろんや。魔法適性があるのに武器試験まで受ける生徒なんて、ほとんどおらへんからな」
「私も勉強するつもりで来ています」
アイリスがリリアへ疑いの目を向けた。
「本当に勉強するつもりで来てる?」
「はい。アイリスの立ち合いは尊いです」
「全然、勉強する気ないじゃない!」
アイリスが吹き出し、リリアも口元に手を当てて笑った。
美少女2人が楽しそうに笑い合っている光景の方が、一番尊いと思うのだが……。
訓練場に入ると、剣や槍がぶつかる音が四方から響いてきた。
その中から、盾を抱えたジークが近づいてくる。
「ああ、来たか。俺はもう終わった」
「どうだった?」
「正直、力を出し切る前に終わった。あれで正確に評価できるのか、少し心配だ」
「どんな試験だったんだ?」
「受験者が上座と下座に分かれ、2分間立ち合う。時間が来たら上座の者が抜け、下座の者が上座へ移動する。そして、新しい受験者が下座に入る。武器が違う相手と、2回連続で立ち合う仕組みだ」
ちょうど剣と槍の立ち合いが終わり、槍の生徒が上座へ移動した。空いた下座へ、斧を持った生徒が入る。
「相手が変われば、武器も間合いも変わる。そこへどれだけ対応できるかを見るんだな」
「ああ。だが、俺は2人ともすぐに倒してしまった」
本人は不満そうだが、十分に評価されているだろう。
その時だった。
訓練場の端にある弓の試験会場から、腹に響く音が聞こえた。
ドン!
俺たちが振り向くより先に、2本目の矢が放たれる。
ドン!
さらに3本目。
ドン!
すべての矢が、的の中心へ突き刺さっている。
長弓から放たれた矢は深々と食い込み、矢羽が激しく震えていた。
周囲の生徒たちも、一斉に弓の試験会場へ視線を向ける。
「今の、全部中心じゃないか……?」
「長弓で、あの速さはおかしいだろ……」
「しかも、まだ一度も外してないぞ」
弓を構えている少年は、周囲のざわめきなど聞こえていないようだった。
矢筒から次の矢を抜き、迷いなく弦へつがえる。
両腰には短剣。
手には、自分の背丈に近い長弓。
細身の身体には余計な力が入っておらず、立ち姿にも隙がない。
少年が弦を引き絞った。
甲高い音とともに矢が放たれ、また的の中心へ突き刺さる。
ドン!
今までの矢と、ほとんど同じ場所だった。
あいつは、誰だ?




